読書ノート

 ぼくの友人K君は隔週水曜日の資源ゴミの日に古本古雑誌の束を拾ってくるのが得意な男で、切り貼りしてノートにコレクションしている。しかし、K君は活字を読むことには興味がないみたいだ、ぼくは思う。刻まれて、ずれたり重なったりかすれたりしてまたくっついて、読めない文字の羅列。

 はじめてK君の家に遊びにいった時に、積んであったノートをパラパラめくっていて、大量の漫画のキャラクターが目の部分だけパンチでくりぬかれているページを見てしまい、なんだろう、何気なく石をどかしたら下にハサミムシが思いの外いっぱいいた、みたいな気持ちになったものだ。

 ところで、K君が拾った六法全書は、背表紙がかさぶたをはがしたみたいにすり切れて、ページがバラバラになっていたので、スクラップしやすかったそうだ。


「吊り橋の腐朽がはなはだしく、いつ落下するかもしれぬ状態にあったとしても、ダイナマイトでこれを破壊する行為は、危険をさけるためのやむを得ない行為とはいえない」「愚鈍な被害者を欺き、縊死しても蘇生しうるものと誤信させて縊死させたときは、殺人罪が成立する 」「他人が所有している山林を、そこに生立していた松の立ち木をブルドーザーで掘り起こして敷き込むなどして陸田に造成し、これを耕作して米を収穫したときは、本罪(不動産侵奪)を構成する」「会社の事務所に押し入り、居合わせた事務員全部を縛り、そこにあった洋服類は着込み、その他の物は荷造りして持ち出すばかりにした以上、それらの物を屋外に持ち出さなくても、強盗罪の既遂である」


 あるとき、ぼくはK君のノートをのぞいていて、

 「被害者を欺き、縊死しても蘇生しうるものと誤信させて縊死させたときは、殺人罪が成立する」

という一文をみつけ、それがなんとなくずっと引っかかっていた。 そんなおまじないみたいなことが現実に可能なのだろうか、とぼくは思った。 事件の詳細が知りたかった。


 『刑法判例研究』(長島敦著、大学書房刊) という本を見てみると、こんな事例が載っていた。


 この事件の被告人は加持祈祷を商売にしていた人、おまじないのプロだ。

 被害者の村上昭子(当時22才)は何かの精神病だったようで、昭子の母、しげ子は被告人に2万2千円を支払い、被告人にその治療を任せたという(漫画による知識だと当時の2万2千円は現在の22万円以上の価値がある)。

 被告人は、昭子と「ある女性」とともに、神戸市垂水の妙見堂で共同生活を始めた。

 しかし「ある女性」はある事情があって、ある日故郷へ帰ってしまう。

 被告人は祈祷、水行、投薬、灸、断食など手を尽くしたが、昭子の病状は回復しなかった。

 被告人は昭子と2人で暮らすのが嫌になったが、治療に失敗したとすれば2万2千円を返却しなければならない。

 そこで被告人は昭子を殺したいと思ったようだ。

 昭子は被告人に命じられるまま、遺書を書き、兵児帯で首を2重に巻き、後で2回結び、帯の両端を結んで輪にして、供物台にのぼり、天井の梁に帯の端をかけた。そこで供物台が倒れ、昭子は死んでしまったそうだ。

 せっかくここまで読んだのに「縊死しても蘇生しうるものと誤信させ」たという記述に対応するような出来事が何もでてこなかった。 だから、これはK君のノートにあったのとは別の話だ。人をだまして首を吊らせる事件は、少なくとも2回は起きているのだ、とぼくは思った。

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