地球儀

 発表者は、会議室の岩壁から円くつき出した部分を指さしながら話す。


「この部分が地球にあたります。政治家の住居をこのあたり、赤道付近に集中させることにより、化石燃料の使用量を約20%ほど、削減できます」


聴衆のひとり、女性が手をあげて質問する。


「その話の出典は」


「独自の調査です」


 わざとらしい笑いがおこった。


 ぼくは、いやな気持ちになった。しかし、その感情のせいで昔のことを思い出した。発表者は、ぼくの知っている人だった。


 引っこしをする前、だからまだ小学校にあがる前か、低学年のころだ。ぼくはほぼ週に一回くらいのペースで図書館に通っていたのだが、その通っていた図書館の館長さんは、お別れするとき


「君の読む本はもうここにはないから、これからは好きなところにいって、いくらでも好きな本を読みなさい」


と、ぼくに言ってくれた。


 その館長さんが、今の発表者だ。


「独自の調査を恐れてはいけません。ここもここも、まだ誰も来たことがない場所です。」

 

「ここもここも」。言いながらおじさんは壁から壁、本棚から本棚にとびうつる。


 よかった。ぼくは安心した。あんなふうにジャンプできるのはおじさんだけだ。これでみんなもおじさんを見なおすだろう。


 でも、ぼくは

 

 「進む場所は、いくらでもあるのかもしれないけれど、帰る場所はないのです。それで、あれ以来ずっと、さみしい思いをしているのです」

 

と、おじさんに言いたかった。そう言ってできれば、おじさんに頭をなでてもらいたかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る