気球

 教室ににわとりが入ってきたことがある。クラスのみんなはちょっとしたパニックになった。先生は「大丈夫だから、気にしないで」というような言葉をくり返していたけど、みんなは席から立ち上がってワーワーいいながら小走りで教室の隅のほうへ固まった。ぼくは飼育委員でいつもにわとりの世話をしていたので、にわとりのあつかいには自信があった。なんでみんながそんなにあわてているのか、ぼくにはわからないよ、とでもいうような感じにぼくはにわとりをつかまえて、「これどうしますか?」と先生にきいた。先生は「にわとり小屋にいれてきてくれるかな」といった。このにわとりが学校のにわとり小屋から逃げ出したにわとりなのか、それともどこか別のところから迷いこんだにわとりなのかは、結局よくわからなかった。

 ぼくはこのころからクラスのみんなにきらわれはじめたようにおもう。ぼくのけしゴムやうわばきを放り投げて木の枝に引っかけてとれないようにしたり、肩やももの筋肉のところを叩く遊びをしたりして、直接いやなことをしていたのは、竹内君や寺沢君だけだったが、ほかのみんなもぼくに冷たい態度をとるようになっていった。ぼくがはなしかけても「いや別に、こっちの話」とか「あっそ」っというような返事で、あまり関わりを持ちたくなさそうなしらけた感じのふるまいをしていた。

 にわとりが教室に入ってきたとき、竹内君はすぐに教室の外へ出て行ってしまった。教室から出たのは竹内君だけだった。にわとりをかかえて外にでて、ぼくは竹内君をみつけた。にわとりを近づけてみせると、竹内君は本気でいやがって校門の外まで逃げた。ぼくも竹内君をおいかけて校門の外に出た。門をでてすぐのところに風船をもっている人がいた。その人は通信教育の宣伝をしていたみたいで、ぼくと竹内君は風船とチラシをもらった。竹内君が「こんなもんいらないんだけど」といったので、ぼくは爪をたてての竹内君の風船をわった。すると竹内君は教室に戻った。自分のぶんの風船は校門の柵に結びつけてみた。にわとりは高く放り投げると、羽ばたいてすこし飛ぶので、ぼくはにわとりを高く放り投げる遊びを一回やってから、にわとりを小屋にいれて教室に戻った。

 気球。

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第2短編集 阿部2 @abetwo

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