蜘蛛の恩返し

 彼女はとても優しい子だった。掃除の時間にゴミ箱の裏から大きい蜘蛛が出てきたとき、彼女は「蜘蛛を殺さないで」と叫んだ。彼女は蜘蛛を捕まえると、そっと窓から逃してやっていた。


 ある時期から彼女は毎日のように遅刻してくるようになった。学校に来ても青白い顔で眠り続けている。給食にもほとんど手を付けず、日に日に痩せていくように見えた。最初はきつく叱ってみたが、どうも心配になったので保健室に呼んで何か悩みでもあるのかと尋ねた。彼女はなにもないです、王子様みたいな美少年に優しい目で見つめられる幸せな夢を見ていますと話した。それを聞いた私は彼女の両親に電話して、彼女が寝ている間、こっそり様子を見てくれるよう頼んだ。


 彼女の父親は久しぶりに彼女の部屋に入ったという。部屋の中は蜘蛛の糸で真っ白だった。蜘蛛は夜になると巣から降りてきて、彼女の血を吸っていた。蜘蛛の唾液には麻酔のような成分が含まれていて彼女を眠らせた。父親は怒り狂い、バルサンを3つ炊いてから蜘蛛の巣を掃除機で全部吸い取った。彼女は目覚めると部屋から蜘蛛がいなくなったことを知り泣きわめいた。


 彼女はしばらく入院することになった。処方された経腸栄養剤はドロドロしていた。味は甘いらしかった。彼女は言った。弟が赤ちゃんの頃、ミルクをのみながら途中で寝ちゃうことがよくあったんだけど、今ならその気持ちわかります。


 彼女は退院したが今でも毎日のように遅刻してくる。給食にもほとんど手を付けず、ひどく痩せている。どうにも心配で私は彼女を保健室に呼んで体調は大丈夫か、何か悩みでもあるのかと尋ねた。彼女はなにもないです、王子様みたいな美少年に優しい目で見つめられる幸せな夢を見ていますと答えた。それを聞いた私は彼女が死ぬまで幸せな夢を見続けられるように祈った。

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