散歩道
昼休み、AはBと食事に行った。鉄橋の下は電車の通る音がガタゴト響くものの、少し涼しい日陰になっていて、AとBはそこで信号が変わるのを待った。Bは沈黙を破ると唐突に自分の持病のことを話しだした。だからあまり思うようにAの研究を手伝ってあげられないかもしれないとも言った。Aは、いまでも十分力になってもらってますよと応じながらも、A自身もなにかもっとBに心を開くべきなんじゃないかと思案していた。しかし、AがBに秘密を暴露する機会は今後一切訪れないだろう。AとBは大学に戻るとはっかの味のするたばこを並んで吸った。
電車が鉄橋の上に差し掛かると、ガタゴトと響く音が一段と大きくなった。そのうるささに対抗するようにCはAの耳に口を近づけてなにかを話した。Aは自分の汗の匂いがCにばれないかどうかだけを気にしながらCに相槌をうっていた。映画が終わってAがCを食事に誘うとCは家族が夕飯を用意しているからといって断った。計画が狂ったAは勢い余って突然Cに告白した。実はぼくはあなたのことが前から好きだったので、交際してもらえませんか、という内容のことをAはCに話した。Cがそれを受け入れるとAは泣いてしまう。それからAとBはコンビニのイートインコーナーではっかの味のするアイスクリームを並んで食べた。ちょっとだけ寄り道をしたのだ。
Bは毎日14時間くらい寝る。研究はもうずいぶん長い間なんの進捗もないように思えたが、それでも毎日寝てしまう。寝ても寝ても起き抜けのだるさは変わらなかった。Bのアパートは鉄橋のすぐ近くにあり、電車の通る音が夢の中でもガタゴトと響いた。隔週土曜日の朝は病院に行く予定があるはずだったが、Bはもう何ヶ月も土曜日を丸一日寝て過ごしていた。そのせいでもう薬は手元になかった。Bは唐突に思い立ち、自分の決意をはっきり口に出して言った。それから、深夜まで営業を続けているドラッグストアに行き、薬を二瓶とペットボトルに入ったスポーツドリンクを買った。はっかのような鮮やかな緑色の錠剤をゆっくりとすべて飲みきったBは再び眠りについた。
Cは仕事帰りに電車に揺られながら、Aと行ったボーリング場のガタゴトした騒音を思い出していた。AがCに告白したとき、Aは手が震えていた。最初はこのましく思えたAの純朴さは次第にうとましくなっていった。AはCが何を言ってもニコニコ笑ってうなずくだけなのだ。Aは毎日欠かさずラインで連絡してくるが、筆不精なBは返信を考えるのも一苦労だった。Aは自分自身に物事をきちんとけじめづけることを課しているようなところがあったので、Aにはっきりと別れを告げるべきだと考えた。Cが電話でAにそのことを相談するとAは電話口で泣き出してしまった。Cが「また泣いてるの?」と聞くとAは「泣いてないよ」と言った。Cはそれに「ふうん」とだけ答えた。Aはわかった、じゃあもう切ろうか、と言った。Cは「はい。別れてください」と言った。Aはもう一度わかったといった。Cもつられて少し泣いてしまい、Cのコートのポケットの中では、昼に職場の上司からもらったはっかの味のキャンディーが暖房の熱でゆっくりと溶け出していた。Cが「大丈夫? 自殺とかしない?」とAに聞くとAは大丈夫と自信を持って答えた。
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