空飛ぶ詩人

 道に座って詩を売りながら、飛行機に近づくチャンスを待ってる。


 宮下公園の木には下着やストッキングが引っかかっていた、お祭りのかざりみたいに。大統領専用機が離陸すると、路上生活者やカラスがジェットエンジンの空気吸入口に吸い込まれることがあって、吸い込まれた人は、上空で寒さと疲れで意識を失って落下する。だから東京では、まわりに高い建物がなくても、空から人が振ってくることが珍しくない。この現象をファフロツキーズという。公園では対策係が車で巡回して、散弾銃の空砲や爆竹で路上生活者を追っ払っている。車に搭載したスピーカーから黒板をひっかくような音を流すこともある。訓練された犬を使って、飛行機とは反対の方向に人々を追い立てることもある。


 今日、ぼくが宮下公園に来たのは炊き出しのボランティアをやっているK子に誘われたからで、K子は募金活動もやってて小銭があるときはぼくもいっつも寄付する。ぼくが渋谷に出たのは道に座って詩を売るためで、それで小銭が手に入るとぼくはいっつも寄付する。K子は募金活動をやっていて、ぼくとK子はそれでなかよくなった。なかよくなったK子は炊き出しのボランティアもやっていて、ぼくを誘ってくれた。今日、ぼくが宮下公園に来たのは炊き出しのボランティアをやっているK子に誘われたからだ。ぼくは料理ができないから、詩を読んでもいいかな、と尋ねるとK子は料理ができなくてもやることはいろいろあると言った、列を整理するとか、荷物を運ぶとか。それでぼくは宮下公園に来た、炊き出しのボランティアに参加することにしたから。でもほとんど見てるだけだった。炊き出しの列は整然と進み、ぼくはその列をほとんど見てるだけで、K子はぼくにも炊き出しの豚汁をくれた。


 夜まで立っていて疲れたので、土まんじゅうの上に座って休んでいたら知らないおじさんに声をかけられた、だめだよそこ座ったらって言われた。立ち上がると、おじさんはそこお墓だから、と付け加えた。すみません、お墓だって知らなくて。後でK子に聞くと路上生活者たちが作るお墓はファフロツキーズで死んだ人を弔うためのものだという。路上生活者たちは、道で死んだ人はいちいち埋葬しないそうだ、普通、死体は保健所が回収していくから。路上生活者は空から振ってくる人を天からの贈り物と考えて信仰している。だから保健所よりもはやく死体を回収し、公園の敷地内に葬るんだって、まるでカーゴ・カルトみたいに、残酷な話だと思わない? とK子は言った、みんな飛行機の離着陸を学習する機会すら奪われてしまったんだよ、って。ぼくはなんて答えていいかわからない。


 隔週日曜日に炊き出しに参加するようになって、ぼくは顔見知りになった何人かのおじさんに聞いてみた。ファフロツキーズの意味って知ってる? みんな答えるんだけど、大統領専用機に吸い込まれた路上生活者が上空で耐えきれなくなって落下することじゃないかって。ぼくもそう思うよ。飛行機って危ないんだよ。なのになんでみんな飛行機の近くで暮らすんだろう? そうやってしつこく質問してると、それで結果的にぼくが絡んでるみたいに思われちゃうんだけど、あるおじさんは教えてくれた、そりゃ当然、飛行機に乗ったらアメリカにいけるかもしれないからだろって、アメリカに行ったら仕事もあるかもしれないし、勇気を出してアメリカに行こうとして失敗したやつを放置なんかできない、この国はそういう勇敢な人間を集団墓地にぶち込むだけで、ひどい国だとおもわないか? って。ぼくはわからない、ぼくはただの詩人だからなんて答えていいかわからない。


 でも一つ思いついたことがある。ぼくの詩はぜんぜん売れないけど、それは単に読まれてないからじゃないかな、ぼくの詩を飛行機でアメリカまで飛ばせば、みんなもっと読んでくれるんじゃないかって、たとえアメリカまで行かなくて途中で落ちてきても、空から振ってくる言葉だったらみんな読んでくれるんじゃないかって。ぼくはほかの路上生活者みたいに馬鹿じゃないから、自分自身で飛行機に乗り込むような危険なことはしない。詩だけを飛ばす。それでぼくは今でも道に座って詩を売りながら、飛行機に近づくチャンスを待ってる。

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