若い芸術家の二人
Aは本当のことしか言わない。本当のことを言ってもBに馬鹿にされることはないと知っているからだ。
AはBに出会ったことがない。すれ違いすらしたことがない。
BはAをいじめなかった。包丁でAを刺す真似をして驚かしたりはしなかったし、ベランダで抱きかかえて落とす真似をしたりもしなかった。Aが数学に関心を持つようになり、家で一人で本を読むことが多くなったときも、そのことでBがAを笑いものにしたことは一度もなかった。Aが母に怒られて泣いているときでも、Bはいつもおだやかだった。泣き声がうるさいと言ってベース・ギターを振り回してふすまを壊すようなことは一度もしなかったし、もしそんなことがあったとしたら、母がAを助けただろう。Bの借金の催促をする電話が何度も何度もうちにかかってくるなんてことはなかったので、Aが借金を建て替える必要はなかった。
Bはもう三歳になるがあまり言葉をしゃべらない。Aはもうすぐ三十歳になる。BはいつもAをつねったり噛んだりするが、Aの中に泣いている子供はもういない。
AはBを殴らなかった。雨が上がると散歩に出かけ、近視のせいでにじんだ街灯を楽しんだ。二人には未来がある。Aは望みどおりの職にありつき、Bが不治の病と診断されたときも、動じることはなかった。AはBを殺さなかった。Aは自ら命を絶たなかった。AとBはいつまでも幸せに暮らすだろう。
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