第2短編集
阿部2
人魚脚
パーテーションっていう教室をしきる板を2枚持って運んでるときに「阿部君磁石貸して」と声をかけられた。ぼくを呼んだのは吉田さんっていう人だった。「左のポケットに入ってるから勝手にとって」って答えて立ち止まって振り返ると吉田さんが押してきた車椅子に人魚脚が乗ってた。ぼくは人魚脚をそのときはじめて見たんだけど、人魚脚はつま先まですっぽり隠れる長いスカートをはいて車椅子に乗っていたので彼女の足がわがままで労働に従事しようとしないみたいな感じでなんとなくおかしかった。
吉田さんが磁石を受け取ると、人魚脚は両手のひらをパーにして上に向けた。化粧っぽい色の手だった。ところどころにきらきらと塩の結晶のようなかがやきが付いている。目の焦点を光る粒に合わせてよく見る。針だった。動物の毛のように細いおそらく鍼師のつかう針やまち針のようなピアス、おもちゃの釘のような針が刺さっている。一度まばたきをしてもう一度見て、やっと分かる。人魚脚は、手のひらのしわと針だけで雪が降ったときのこの町の景色を再現していた。
吉田さんは磁石を針にくっつけて引っぱり始めたが、遠目に見ても下手な動作だった。針がどっかにひっかかって抜けない。「貸して」と、ぼくが替わって左手に人魚脚の手、右手に磁石を持って針を抜いていった。ぬるりと抜ける痛快な感触がこちらの手に伝わってくると自然ちくちくする痛みも自分のものとして感じられた。
そういえば、昔のカフェーというところには足を見せることを仕事にしてる人がいたという。彼女らはマッチ売りの少女でもある。なぜならいつも長いスカートをはいていて、お客さんは彼女の足を見るために、そのスカートをまくりあげて、長い影をマッチで照らしていなければならないからだ。でもこれは人魚脚とはまったく関係ない話だ。
はじめて人魚脚の部屋に行ったとき、その部屋がずいぶん汚いので、ぼくは驚いた。
「机の上のものすてていい?」
と聞くと、人魚脚は
「いいよ」
と答えたので、ごみ袋をもらって、お菓子の袋やペットボトルなんかをどんどん入れた。それからぼくが洗い物をしていると流しにすぐ水がたまったので、ごみ箱のティッシュを使って排水口のうろうろを取り除いた。人魚脚は紙を大切にしないで、ぱっと使って捨てるので、彼女のゴミ箱は白い丸めたティッシュでいっぱいだった。彼女はぼくに鶏肉の炒め煮のような料理を作ってくれた。ものが多くて、掃除機をかけるのが難しかったので、ぼくは小さい黄色いほうきとちりとりを買ってあげたが、彼女がそれを使っている様子はなかった。人魚脚は紙を大切にしないのでぼくがドーナッツの入っていた袋をやぶり開いて書き物をしていると、
「やめなよ、紙あげるから。」
と言った。
「なんで?いいじゃん別に」
「はがしたあとがベタベタするでしょ」
「そっか」
それからしばらくして、人魚脚は火事で死んだ。カーテンとカーペット以外の家具はほとんど燃えていないのに、全身が燃えつき、足だけが残っていたせいで、まるで体内から火が出たようだった。これについてはいろんな人がいろんなことを言っている。
「アルコールを大量に摂取していたことによって、体内のアルコールが燃料になったのではないか?」「高温のプラズマが発生し、一瞬で燃え尽きたのでは?」「脂肪の多い体が、密閉された酸素の少ない部屋でゆっくりと燃えると、このようになる」「球電(ボール・ライトニング)が部屋に入った」「タバコの火が化学繊維に引火した」「未知の自然現象」
はじめてみる人魚脚の足は、化粧っぽい色で白くて、マネキンのような感じで残酷さとかは特に感じなかった。
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