スーパーソニックジェットマン、冷蔵庫に閉じ込められた少年を助ける

 象を冷蔵庫に入れる方法というジョークがあって、こんなふうだ。


1. 冷蔵庫のドアを開ける。

2. 象を入れる。

3. 冷蔵庫のドアを閉める。


 2番目のセンテンスでは象を入れる。どこに? もちろん、冷蔵庫に。象を冷蔵庫に入れる方法を説明する文章に象を冷蔵庫に入れるという文が含まれる。これはトートロジーではないか? どうやら、象を冷蔵庫に入れる方法を言葉で説明するのは難しすぎるのだ。もっとかんたんな問題として、なすを冷蔵庫に入れる問題を考えてみよう。


1. 冷蔵庫のドアを開ける。

2. なすを入れる。

3. 冷蔵庫のドアを閉める。


 2番目のセンテンスではなすを入れる。どこに? もちろん、冷蔵庫に。これはトートロジーではないか? ここまで考えて気づく。なすを冷蔵庫に入れる方法を説明するのは、象を冷蔵庫に入れる方法を説明するよりもかんたんなわけではないのだ。しかし今日、ぼくはたしかになすを冷蔵庫に入れた。どうやってその方法を学んだのか、思い出せない。

 偉大なSF作家は言った。

「真のSF小説の第一号は──誰も書かなければ私自身が書こうと思うのだが──記憶を失った男が深夜に冷蔵庫のドアを開け、冷蔵庫の明かりが照らし出す自分自身を、冷蔵庫の中に見つけようとする、そんな物語になるはずだ」

 偉大なSF作家はこうも言った。

「対立物同士が没入しあうという観点から捉えない限りこのイメージは理解できない」

 もっとわかりやすいものとして、こんな宣言がある。

「これまでのSFは外宇宙を目指したが、新しいSFは内宇宙を目指すのだ」

 ここで最初のジョークに立ち返り、1番目のセンテンスと、3番目のセンテンスの役割について考える。象を冷蔵庫に入れる方法をシンプルに述べるのであれば、本来これで十分だ。


象を入れる(冷蔵庫に)。


 1と3は、なんの意図をもって付け加えられたのか?

 偉大なSF作家はインタビューに答えて言った。

「良い読者に必要なものはなにか?」

「辞書だ」

 そう。ここでぼくは辞書を引く。入れるという行為は、外側にあるものを、ある範囲内、内側の場所に移すことを指す。外側と内側がなければ入れるという行為は完結しない。冷蔵庫のドアは、開閉によって内と外を分かつ役割を持っている。象を冷蔵庫に入れるジョークの作者は、まずドアを開けることによって、冷蔵庫の内と外の境界をあいまいにして、ドアを閉めることによってふたたび境界を明確にしたのである。

 となれば、象を冷蔵庫に入れる方法を述べ直すのはかんたんに思える。


1. 冷蔵庫のドアを開ける。

2. 象を冷蔵庫の中に移動する。

3. 冷蔵庫のドアを閉める。


 ここにトートロジーはないかに思える。チェックしてみよう。「移動する」は「入れる」を言い換えただけではないか? そうではない。「入れる」は「移動する」に含まれる。しかし「移動する」は「入れる」に含まれない。「入れる」と「移動する」の指す意味は明らかに同一ではないのだ。

 「中に」という修飾は適切だろうか? 適切であるに違いない。内と外の境界はドアによって定められる。そこに矛盾はないはずだ。慎重に自問自答を続ける。

 冷蔵庫の内と外の境界はドアを開けることによって、あいまいになったはずではなかったか。あいまいな境界において、それでも「冷蔵庫の中」を明確に認識できるのか? できる。ぼくにはできる。あいまいさとは、グラデーションの濃淡のようなものだ。どこまでが灰色かはわからなくても、両端の白黒は明確なのだ。不安であれば、冷蔵庫の十分奥に象を配置すればいい。

 

 よし。ここまでくれば、象を冷蔵庫から出す方法を考えるのも簡単だ。


1. 冷蔵庫のドアを開ける。

2. 象を冷蔵庫の外に移動する。

3. 冷蔵庫のドアを閉める。


***


 スーパーソニックジェットマンは、以上の考察を超音速で行い、見事冷蔵庫に閉じ込められた少年を助け出すことに成功した。

 少年は言った。

「ありがとう」

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