#30 ノロケ
色々あった先輩との買い物から一日が経った翌日。
今日は開南と教室ではなく屋上で昼食をとっていた。
いつもなら大した話題もなく食事が終わるのだが、今日は違った。
「省吾ってさ……」
「なんだ?」
開南はモグモグとハムスターの様に口に含んでいたサンドイッチを飲み込んで一言。
「―――女誑しだよね」
「……いきなりなんだよ」
不意に毒を吐かれた。
口に含んでいたモーニングショットを噴出さなかった俺はさすがだと褒めてやりたい。
つか、俺は開南からも罵倒されるようになっちまったの? なにそれ、最高のご褒美じゃねぇか。
「同級生から先輩まで幅広く女の子に手を出してるよね? 昨日だって会長とデートだったんでしょ?」
なんだその俺がいかにもチャラ男みたいな言い方は。
「その誤解しか招かない言い方どうにかならないのか?」
しかもデートじゃねぇよ。ただの荷物持ちだし……
勘違いしそうになった俺をぶん殴ってやりたい……
「うーん、でも省吾ってあんまり男子と仲良くしてるとこ見たことないからそれもあるのかもね? ほら、実際に乗合研究部の二人だって女子だし美人じゃん?」
コテンと可愛らしく首をかしげる開南を見ながら、
「まぁ、少なくとも一人行動を好むチキンな俺が、女子を口説けると思われていることが俺は疑問だけどな」
「それを自分で言っちゃうんだ……」
アハハハと乾いた笑いを浮かべる開南を横目で見ながら再び食事を再開する。
この前の買い物をしている光景を誰かに見られてたからそんな噂が立ってるのかもな。そんなことを考えてるとつい顔をしかめてしまう。
あざとい先輩の申し訳なさそうな顔がちらつき、何故かイラッとした。まぁどうせ今日あたり書類を書かなきゃなんないって言ってたし、ついでに生徒会室に顔出してから部活に行くか。
事実確認もして分かり次第俺との関係もフェードアウトするとしよう。
今日のこれからの行動を頭の中でまとめ俺は惣菜パンの最後の一口をモーニングショットで流し込んだ。
# # #
しょーくんとの備品買い出しデートの翌日の昼休み。
今日は絵理奈とあすかと一緒に食事をとろうと、自分の机で弁当箱を広げていた。
あ、そうそう。昨日からだけど、私は彼のことを“しょーくん”って呼ぶことにした。
だってその方がお互いの関係が近くなったように感じるんだもん。
……まぁ、私が勝手にそう呼ぶことを決めたんだけどね。
本当はお互いに下の名前とかあだ名で呼び合ったりしたいのに、しょーくんがそれを許してくれなかった。
私が甘えるように名前で呼ぶよう上目遣いでお願いしても『無理です。あとあざとい』で一蹴するし。
てか、私の方から男の子に下の名前で呼ぶことを要求するの初めてなんだからねっ!?
今までいろんな男の子に『望羽ちゃん』って呼ばれていたけど、それは他の男子が勝手にそう呼んでただけだからね?
私はその男子たちに自分の下の名前で呼ぶことを要求もしてないし、許可だってしてないもん!
そんな私が初めて自らお願いしたことをあざといの一言で片づけるなんてひどいよ!
……まぁ、ナンパに絡まれているときに一回だけ名前で呼んでくれたから少しだけ許してあげようかな♪
そのかわり、これからも下の名前で呼んでもらえるよう全力でぶつかって行くけどね~♪
まぁ、昨日の不満を今日は絵理奈たちにいっぱい聞いてもーらおっ♪
頭の中でそんな計画を立てていると、あすかと絵理奈が私の近くに来るなり、私のことを不思議そうな顔で見てきた。
いや。ちょっと違う。なんか心配そうな顔してるよ。……なんで?
「望羽ちゃんどうしたの?」
「ふぇ?」
顔を合わせるなりそんな声をかけてくる二人。本気で私を心配しているよう感じだった。
なんで私はこんなに心配されているんだろう。まったく意味が分からない。
「……もしかして何かあった?」
「いや、望羽の場合何もなくても捨てたって可能性もあるけど……」
ケンカ……? 捨てる?
いったい何の話をしてるの?
「えっと……何のこと?」
「いや、今日は望羽ちゃん愛しの愛しの彼氏のところに行かないからどうしたのかなって思ってね?」
「彼氏? 誰の事?」
「あー……。これはもう重症だね。昨日のデートを思い出すのもイヤすぎて若年性アルツハイマーを拗らせるようになっちゃったか……」
絵理奈のデート発言でようやく何の話をしているのか分かった。
なんかこの二人に思いっきり勘違いされているみたいだから、ここは一つちゃんと訂正しておかなきゃいけない。
……その前に。
「ふ~ん? 私って、アルツハイマーなんだぁ~?」
「ひっ!?」
全くひどいよね~。私そこまで物忘れひどくないもん。
でもぉ、私のアルツハイマーは確定みたいだしぃ? そこまで言われちゃったら仕方ないかな?
お仕置き確定だねっ♪
「……絵理奈ちゃんには後でたっぷり、お仕置きしてあげよっかなぁ~♪ どうせ忘れるんだから問題ないよねっ♪ 絵理奈ちゃん?」
いったい何を想像したのか、顔を真っ青にして必死になってごめんなさいと謝ってくる絵理奈。
……謝るくらいなら最初っから言うなっての。
そんなことを思いつつ、溜め息一つ吐いた私は、脱線した話を戻すことにした。
「……それで、何でそんな話になってるの?」
「私たちも間接的に聞いた話なんだけど―――」
あすかの話によると、私が先日しょーくんの教室でロッカーに身を隠してた彼を捕獲したのが始まり。
その日から、私としょーくんが付き合ってるのでは? と、そんな噂話が流れ始めたらしい。
そしてその噂は、昨日のデートを複数人に目撃され断定的なものになったらしい。
「ちなみに、どんな目撃情報があるの?」
私の質問にさっきまで必死に謝っていた絵理奈がいつの間にか復活し、あすかの代わりに答えた。
まず、新宿駅で待ち合わせしているのを私たちのクラスメイトとその後輩たちに見られて―――
一緒に買い物をしているのを生徒会メンバーに見られて―――
食事をしているのを男子テニス部に見られて―――
ナンパから救出されるのを絵理奈たちに見られて―――
一緒に帰っている光景を先輩達に見られて―――
全部見られてるじゃん!
てか、生徒会メンバーが私たちの買い物を目撃してたってのが一番納得いかないんだけどっ!?
同じ場所にいたんなら買い物を押し付―――頼めばよかったよっ!
あっ、でもでも、今回買い物があったから、しょーくんを無理やり引きずり出すことができたんだっけ。
うん。結果オーライってことでいいかなっ♪
「なんか目撃証言が多いね……」
「それで、実際どうなの? 付き合ってるの?」
あるわけないじゃん。
私がどんなに可愛さ全開でアピールしても全く靡かないし、それどころか小バカにしてあざといの一言で片付けられるんだよ?
頑張って振り向かせて落とそうとしても、全くそんな素振り見せないだもん。
拗ねるようにそう伝えると、それを聞いていた二人は楽しそうにニコニコと私のことを見ていた。
ねぇ、何でそんなに楽しそうなのかな?
何でそんなにいい笑顔してるの?
非常にムカつくんだけど……
特に絵理奈のニヤニヤとした笑顔が無性にムカつく。
よし。絵理奈はお仕置きレベルアップだね。
「青春だね~」
あすかのほんわかとした発言を聞いてしまうと、ムカついていた感情が霧消し、怒る気力も無くなっていく。
それと同時に、恥ずかしさが一気に込み上げてきた。
「うるさいなぁ~……そ、それより聞いてよっ! しょーくんったらひどいんだよ!?」
「あっ、愚痴る方向に逃げたよこの子」
うるさいなぁ……ほっといてよ!
愚痴るような感じで話さないと、恥ずかしすぎておかしくなりそうなんだから仕方がないじゃん!
「はいはい。ちゃんと聞いてあげるから、まずは弁当食べよ?」
あすかに宥められつつ、弁当を食べながら昨日あったことを二人に話すことにした。
# # #
あすかと二人で昨日の出来事を望羽から聞き出したけど……
正直もういいかな。
お腹いっぱいです。
てか、甘ったるい話を聞かされると思って今日は唐辛子を効かせた辛い弁当にしたのに、想像を上回る甘ったるい話を聞かされた。
そのせいで、辛いはずの弁当が甘く感じてしかたがない。
まぁ、望羽と合流した瞬間から帰っていいかの発言には驚かされたけど、そのあとの話は甘さしかない。
不服を表現しようと頬を膨らませたら突っつかれて盛大に恥ずかしい思いしたとか。
買い物袋を奪い取られて何も持たせてくれなかったとか。
……なにこれ。愚痴と言う名のノロケじゃん。
もう十分だよ? 大体の事は予想できたからこれ以上話さなくていいよ?
じゃないと、私たち糖尿病になっちゃうよ。
私のそんな願いなんて知らない望羽は更に話を続ける。
「お昼を食べた場所なんてあり得ないよっ!」
「確か……浜松食堂だっけ?」
「そうっ! あの餃子やさんのお店だよ!」
それ、さっき私たちが目撃情報として上げたやつじゃん。
でも……。
「女子を連れていくのに餃子屋かぁ……」
「ちょっとびっくりだね~」
女の子と二人で出掛けているのに、臭いが残る餃子を選ぶのは女の子にとってはマイナスポイントかな。
私は餃子が好きだから何とも思わないけど。
そんな彼にお昼が餃子ってことに最初は不満を溢していたらしいけど、色んな味の餃子を二人で食べれて結果的には満足したらしい。
あとは、しつこく絡んでくるナンパから救出されるときに一回だけ名前で呼んでくれたとか、荷物を持ったまま家まで送ってくれたとか。
最後まで話を聞いた上でもう一度言おう。
これ愚痴じょないよね!? ただのノロケだよね!?
てか、ナンパから救出されるとことか私たち見てたんだから知ってるし。てか、望羽が目立つことしたんだよ?
あのゲンナリとした彼の顔見た?
ただえさえ通行人が多い新宿駅周辺なのに、あんな大声で呼ばれたんじゃ恥ずかしくもなるって。さすがに彼が可哀想だったよ。
そんなノロケ話を散々聞かされて昼休みは終了。
午後の授業も終わって放課後になると、望羽は提出書類があるようで自分の鞄を持って職員室へと向かっていった。
いつもある生徒会の仕事も今日は休みらしく、望羽と一緒に近くのカフェに行く約束をしている。
望羽が戻ってきたらすぐに行けるように自分の荷物を整理して、途中で合流できるよう教室を後にした。
すると、タイミングよく用事を済ませた望羽がこちらに向かってくる姿が見えた。
けど、何故か途中で立ち止まり階段の方へと方向転換してしまう。
あれっ? どこ行くんだろう。また彼のところにでも行くのかな?
望羽の行き先が気になった私は、望羽が曲がった階段に足早に向かうと、一年生がいる下の階ではなく上に進んでいく姿を確認した。
これはもしかして屋上で告白タイムかな?
でも、告白なのに何で男の先輩三人が一緒にいるんだろう。
そんな疑問を抱きながらついていくと、案の定屋上に到着。
バレないように屋上ドアの窓から様子を窺うと、望羽が一緒にいた先輩三人に取り囲まれている光景だった。
……これはさすがにヤバくない?
このままだと望羽が危ないかもしれない。
本能的に危険信号が灯された私は、すぐにその場を離れ助けを求めて学校の廊下を必死に走った。
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