#29 ピンク色の勘違い


 例の告白騒動から数日が経過した日曜日。

 俺と先輩は新宿駅で待ち合わせをしていた。


「はぁ……何故こうなった」


 先輩から前日に電話がかかってきて、強引に予定を捩じ込まれ、強制的に引っ張り出された俺は憂鬱な気分になりつつ深いため息を吐く。

 9時半集合で、現在の時刻は9時5分である。


「お待たせー」

「待ったので帰っていいっすか?」

「まだ、来たばっかじゃん!」


 ぷくーとリスのように頬を膨らませる野矢先輩。

 俺は何となくその頬をつついてみた。一種の好奇心ってやつだ。

 すると、“ぷしゅー”と音を鳴らしながら膨らんだ頬が一気に萎んでいく。


 抗議の意味でやったわけだが……

 やばい、これ面白い。


「い、いきなりなにしゅるの!!」


 噛み噛みの先輩の言葉に堪らず大爆笑の俺。そんな現状にますます顔を赤くする先輩。

 最初はめんどくさかったわけだが、以外と楽しい一日になりそうだ。

 それから、先輩の真っ赤な顔が元に戻るのを待って、俺と先輩の買い物はスタートした。


「それにしても、先輩も顔を赤くすることってあるんですね」

「塩屋くんは私のことなんだと思ってるのっ!? それに、顔が真っ赤になったのは君のせいなんだけど?」


 野矢先輩のクレームとジト目が飛んでくるが、ここはスルーすることとする。

 つか、先輩の服装があまりに女子高生過ぎて直視できないのもあるのだが。

 淡い色のTシャツに水色のカーディガンを合わせてあるのはいい。

 下を短めのスカートで生足さらしてるのは男子高校生にとって目に毒以外の何物でもない。

 誘ってんのか? と言いたくなるような服装だ。


「さっきから難しい顔してるけど何かあった?」


 しかも本人に自覚がないからたちが悪い。


「いえ、別に何も。ただ、貴重な休日がこうして無意味に潰れていくんだなぁと思いまして」

「『別に』とか言いながら心の声が漏れてるからね!? そんなに私と出かけるのが嫌だったの……?」


 しょぼんとして悲しそうな顔をする先輩。

 さすがに言い過ぎたか。


「本当に嫌なら、待ち合わせの時間とか話し合わないでしょ」


 それに本当にそうならば、先輩の真横を歩かねぇよ。


「そっか、ならいいんだけどさ」


 俺の言葉にホッとした顔を浮かべた。

 コロコロと表情が変わって面白いなこの先輩。


「で、最初はどこから買い物に行くんですか?」

「まずは、生徒会の消耗品の買い出しかなぁ。そのあとに、お昼を食べて服とか見ようかな?」

「ちゃんとした買い出しなんですね」

「デートだと思った?」

「まぁ、あんな強引な―――」

「そこから先は言わなくていいからっ!!」


 再び顔を真っ赤になった野矢先輩を笑いながら、この目に毒な恰好どうにかならねぇかなとひっそりとため息をついていると、最初の目的地に着いて買い物がスタートした。


 # # #


「えっと、次は―――」


 購入リストを片手に駅ビルの店内をぐるぐると周り、見つけ出してはかごの中に投入していく。


「随分いろんなもの買うんですね」

「普段はこんなに買わないんだけど、年度も切り変わって予算も降りたから、これを機会に色々買い替えたり、買い足そうと思ってね~」

「なるほど。で、俺はその荷物持ちと」

「ごめんね。後で何か奢るからさ~」

「いや別にいいですよ。それに施しを受ける気はないんで」


 俺のそんな言葉を受けて野矢先輩は俺に視線を向けてきた。

 何かスッゴい見られてる気がする。何なんだろうか。


「……? どうかしましたか?」

「へっ? あぁ、塩屋君って大人っぽいファッションセンスしてるんだなって思ってね」


 大人っぽいか。そんな風に言われるのとは思わなかった。

 白いYシャツに黒っぽいデニムジャケットと黒のチノパンを合わせたファッションは地味で目立たないようにしたつもりだからまぁいいだろう。さらにシンプルな金属フレームの眼鏡をかけているので、パッと見ただけでは俺が誰なのかわからないようにした。

 まぁ……それが狙いなんだけど。


「なんか周りから注目を集めている気がする……」


 野矢先輩が何か小さな声で呟いていたが、タイミング悪く大はしゃぎした小学生の集団の声に遮られ、全く聞き取ることができなかった。

 まぁ、大したことはないだろう。何かあれば言ってくるだろうし。

 そんなわけで、ノータッチだな。


「後は、何か買うものありますか?」

「ここはもう無いかなぁ。じゃあ、会計しちゃおうか」

「へい」


 会計が終わって野矢先輩が財布を仕舞おうとするタイミングで先輩が持っている買い物袋を奪い取った。


「それって無自覚でやってるの?」

「ん? 何のことですか?」


 何の話をしてるんだ? 聞いといて先輩は何故かそっぽを向いてるし。

 突然の謎めいた質問に俺は首をかしげるしかなった。つか、何かぶつくさ言ってるけど何言ってるのか何も聞き取れねぇ……。

 おかしいな。俺は難聴系じゃないんだけどな。

 その後、他の店なども回って買い出しは無事に終了。

お腹の非常ベルが作動し始めたのでお昼ご飯を食べに一旦外に出て飲食店街へと足を運んだ。

 俺が選んだ店は―――餃子専門店の浜松食堂だ。


 # # #


「ねぇ、塩屋くん」

「何ですか、野矢先輩?」

「何でこのお店なの? 女の子と一緒なんだからもっと他に店あるじゃん!」

「じゃあ、男ばっかのムサいラーメン店のがよかったですか?」

「何でその2択しかないのっ!?」

「なんでわざわざ高い金払って対してお腹にたまらないイタリアンとか食わなきゃならないんですか。懐のさびしい男子高校生にそんなの求めないでください」

「うぅー。だからお昼ご飯のお店を選ばせてほしいなんて言ってたんだ」


 こんなことなら私が選ぶんだった。野矢先輩の表情からはそう聞こえてきそうだしそう思っているんだろうが、後悔しても後の祭り。

 もう店内に入ったんだから諦めてください。


「で、何があるの?」

「色々あるんで、ちょっとずつシェアしながら食べましょう」


 俺がそう提案すると何故か呆けた顔をし始める。俺何か変なこと言った?

 あぁ、あれか。

 誰がお前と同じ皿のものを食うかバーカってやつか。

 なんか自分で思ってて悲しくなってきた……

 一方の先輩は先ほどの呆けた顔から何かしら考え込んだような表情へと変わっていた。唇だけパクパクと動かし何を言っているのかは全く聞き取れない。


 こういうさりげない優しさが今までの男の子は違うなぁって思う。

 今までの男の子は下心満載の人が多くて、警戒することが多かった。

 けど、塩屋君はそんなことない。

 下心がないわけではないと思う(彼が私と目を合わせないはおそらく今日の恰好が理由だろう)が、女の子をエスコートをする部分は完璧なのだ。

 目の隈と捻くれた部分がそれを台無しにしてるだけで。

 ―――やっぱり塩屋くんモテるのかな?

 なんて馬鹿のことを考えてしまい、慌ててそんな想像を頭を振って追い払う。


 野矢先輩のそんな思考なんて知らない俺は―――


「どうしたんですか先輩。急に犬のマネなんかして?」


 見たままの感想を言ったらムスッとした顔になり、無言でスネを蹴られた。


 # # #


 何故か先輩に蹴られた昼ご飯を終えて、俺と先輩は買い物を再開した。今度はお互いにプライベートなものだ。

 服とか山ほど買うんだろうな……

 

「さすがに荷物を持って貰ってるしこの前買ったから、安心していいよ?」

「なんかスミマセン」

「別にいいよ~」


 それからは2人でウィンドウショッピングを楽しんだ後、別行動をとることを提案し集合時間を決め二人は一旦別れることになった。

 しかし、俺は忘れていたのだ。この先輩はやたらとモテることを。

 そして今日の恰好は更にその彼女の魅力を引き立ていることを。


「……」


 時間になり待ち合わせの場所に向かっていると、先輩がナンパされてるのを発見した。

 こうなることは予測できたはずなんだけどな……

 先輩と離れて行動すればこうなることぐらい想像するのは容易かった。それなのに俺は別々で行動することを提案した。

 何してんだよ俺……

 なんて、自己嫌悪するのは後回しだ。


「さて、どうするか……」


 この前みたいに先生を呼ぶことはできない。先輩もナンパの男たちを怖がってるのは遠目で分かる。

 なら、簡単な話だ。

 先輩もうまくアドリブに乗ってくれるだろう。

 ポケットからスマホを取り出し、『野矢望羽先輩』をタップ。そのまま耳に当て応答があるのを待つことにした。

 数コールが鳴った後、あのあざとい声が俺の耳に届く。


『もっしもーし! 可愛い彼女の望羽ちゃんですよー』


 ……これは演技だ。勘違いするな。先輩の目の前にいる男共から逃れるための一種の作戦だ。

 くそ……俺の方がアドリブに上手く乗れるか自信なくなってきたよ……


「そのこっぱずかしい挨拶どうにかなりません? まぁいいや、今ナンパされてますか?」

『そうなんだよ! このナンパしつこいからさぁ早く迎えに来てよー!』

「はいはい。つーか、俺のこと見えてるでしょうに」

「あっ本当だ~! おーい、しょーくーんっ!」


 ニパァと満面の笑みで俺の名前を呼ぶ先輩。演技とはいえ電話口で彼女と自称し、おまけに下の名前まで呼び始める。

 あざとい。マジであざとい。しかも、手を振るのも忘れないあたりがもっとあざとい。

 その行動と声のせいで周りの視線が一気に俺に集中する。

 もう嫌だ、逃げ出したい……


「周囲の人がめっちゃ見てるんでやめてくれません? 望羽先輩」


 ナンパ男たちは俺たちの会話に呆気にとられているうちに俺は野矢先輩と合流、そのままその場を去った。


 少し離れたところにまで移動し一時停止。野矢先輩に向き直り、さっきの辱しめを受けたことによるクレームを思いっきりぶつけることにした。

 まぁ、あれだ。ナンパ男たちから無事に逃げられたのはよかった。

 だが、申し訳なさよりも先にムカつきが先に来た俺は悪くないはずだ。

 なので、通行人の邪魔にならない場所に移動し、先輩の頬を左右に引っ張ることにする。


「ひ、ひたい、ひたいよ! ひほやふん! ひひはりはひふるの!」


 まぁ痛いだろうな。痛くなるように両方の頬を引っ張ってるんだから。


「文句があるのはこっちですよ! アドリブだったとはいえ、何であんな周囲の目を集めるようなことやってんですか!」

「は、はってひはたはなはったんはほん!」


 他に案がなかったらしくああするしかなかったんだとか。

 そんな問答を続けていること10分。


「ぜぇーぜぇー」

「うぅー……ほっぺが痛いよぉ……」


 俺と先輩はお互いに消耗しきっていた。

 こうなったのも結局は俺が悪いんだもんな……

 なので、涙目になりながら頬を抑えている先輩に改めて謝ることにした。


「先輩、すみませんでした。俺が別々に行動しようなんて―――」

「気にしてないし、謝る必要なんてないよ?」


 俺は多分、間抜けな顔をしていたと思う。そんな俺に先輩は言葉をつづけた。


「確かに、別行動をとったからこんなことになっちゃったけど。でも、それは元はと言えば私が無理に塩屋くんを誘っちゃったのが悪いんだし……」


 自嘲気味に言う先輩に、俺は何も言えなくなってしまう。

 それから5分ぐらい黙っていると、ふと閃くものがあった。

 人はそれを詭弁とか言い訳って言うのかもしれない。

 でも、それがなきゃ人間関係が成り立たないことを俺はあの……先輩と関わる中で知った。だからこそ、今の俺と野矢先輩には必要なのだ。


「先輩」

「どうしたの、塩屋くん?」

「今度はちゃんと、遊びに行きませんか?」

「ふぇ?」


 素でそんなこと言う人初めて見たわ。


「俺の罪はナンパされると分かってるのに先輩を一人にしたこと。先輩の罪は俺を無理やり買い物に連れてきたこと。なら、お互いに一個ずつ相手の言うことを聞くのでチャラにしましょう」

「私はいいけど……本当にそれでいいの?」

「いいも何も罪悪感とおサラバできますからね」

「変なの」


 そんな先輩の笑いながらの一言に俺は安堵した。

 やっぱり先輩は笑顔が似合う。って、……ちょっと待て、何で俺はそんなことを考えた?

 幸い俺の動揺に気づくことなく、先輩は立ち上がった。


「じゃあ、帰ろっか! 私も書かなきゃなんない書類が一枚あるし」

「書類? 何ですか?」

「それは内緒~。それとも私が何を書くのかそんなに気になるのぉ~?」


 そんなこと言いながら俺の腕に抱きついて体を密着させてくる。まだ恋人ごっこのつもりなんだろうか?

 つか、先輩のが当たってるからマジで止めてほしい。


「はいはいあざといです。早く行きますよ」

「もうっ! またそんなこと言う!」


 誤魔化すようにそう切り捨て先輩と一緒に新宿から撤収することになったが、先輩の家の近くまで荷物持ちをさせられたのは言うまでもなかった。

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