#28 捕獲
「授業はここまでだ。号令っ!」
野矢先輩が教室に顔を出すようになってから一週間程が経過したの火曜日。
今日も通常通りに学校に登校して午前中の全ての授業の終わりを知らせるチャイムが教室内に鳴り響き、日直が号令を掛けて昼休みの時間へと差し掛かった。
教室のクラスメイトと食事を開始するために近くにある机を少しばかり移動させる。
「開南、悪いけどいつも通りで頼む」
「わかった」
高校に入って初めて親しいと言ってもいいよな友人がクラスメイトでできた。……最も本人がそう思ってるかは別だけど。
そんな友人がいつものように清掃用具入れに身を潜めて少し経つと、教室のドアが開かれキャピるんとした声とその声の主が姿を見せた。ある目的を探して。
「こんにちは~。塩屋くんいますかぁ?」
「購買に行くって言ってました」
「また空振りかぁ……分かった。ありがとね~」
そう言って野矢先輩は去っていった。
始めこそ、野矢先輩の登場にびっくりしていたクラスメイト達だったけど、今ではすっかり当たり前の光景になっていた。
そもそも省吾が先輩から逃げ回っている理由は何なのかと言うと、『俺の憩いの場所に侵入者が居たから、然るべき
僕は窓際の彼の席にお弁当を置き、前の人の椅子を借りて腰掛ける。
お弁当を開けたところで、少し古びた鉄の音を鳴らしながら清掃用具入れから省吾が出てきた。
「……行ったか?」
「うん。いつも通りだったよ」
「いつも悪いな」
「そう思うなら会ってあげればいいのに……」
この会話もここ最近ではおなじみになったやり取りをしている。
「お断りだ。ただでさえ歩く冷却材と天然記念物に俺の精神力と体力をキツツキの如く奪われてんだ。これ以上面倒ごとに巻き込まれてたまるか」
「んなっ!? 誰がキツツキだしっ! てか、天然記念物とか言うなっ!! シーマンマジキモい!」
「塩屋くんそれはどういう意味かしら……? 内容次第ではチルド室に放り込むわよ?」
「いや、事実だろうよ……キモいのは関係ないからな? あと、マジで俺のことを凍らせようとしないでください。お願いします」
美浜さんのキモいの一言とチルド行きに堪えたのか、ゲンナリしながら呟く省吾と、省吾の言葉に頬を膨らませてプンスカと怒りを表す美浜美奈さんと冷めた視線で冷却予告をする三ノ輪みのりさん。
うん。省吾のその発言が悪いんだよ?
美浜さんはクラスの中ではとても優しい美少女なのだが、省吾の前ではどこか攻撃的な感じで執拗に絡む。その一方で三ノ輪さんは顔を合わせるなり省吾のことを執拗に貶し罵倒する美少女。
けど、他の人にはわからないようにひっそりと見守り、そんな生活をどこか楽しんでいるようにも見える。この三人は会ってすぐに言いたいことを遠慮なく言い合う仲になっていた。
なんでも省吾が所属する乗合研究部で何かあったらしい。
省吾曰く、三ノ輪さんは先生によって強引に部活をすることになった被害者と位置付け、美浜さんは『なんか知らんが美浜が突然現れて料理を手伝わされて、悲惨なものを食わされた。それからは自分の家でも親の手伝いをして努力するってことになって解決したが、その日の翌日から何故か俺らの部活に入っている』とのこと。
正直よく分からないけど多分いつもの彼特有の優しさが出たんだろうと思う。
彼は素直じゃない。でも、すごく優しい。
それは、ここ最近一緒に居てよく分かった。
だからこれからも一緒に居られたらなぁって言うのが僕の目標だ。横でゲンナリしている彼には内緒だけど。
# # #
後輩を探し求めて旅立っていた
すごくいい感じの機嫌の悪い状態で。
「あ、帰ってきた。お帰り~」
「ただいま~。また、空振りだったよ!」
そんなことを言いながら教室に戻ってきた野矢望羽はムスッとした表情で席に座り弁当箱を開く。物凄く機嫌が悪い。
当の本人がそれに自覚しているかどうかは知らないけど。
私の隣に座る飛鳥山あすかと一緒に顔を見合わせた。そして、恐る恐る聞いて見ることにした。
「例の彼?」
「そう。一週間も教室と購買に行ってるのにいないってありえないよ!」
「それは確かに不思議かも……」
「でも、珍しいよね」
いつになく不機嫌な望羽にあすかは正直な感想を投げ掛ける。
「珍しいって何が?」
「
「そ、そうかな?」
「うん。だって大概の男の子ならすぐに飽きちゃうのに今回は珍しいなぁと思ってさ」
そう。この生徒会長こと野矢望羽は、先輩や同級生と色んな男子へと“可愛い私”をアピールし続ける子。上手いかんじで釣れた男子にはもれなく自分の掌で手駒にし、散々使って、飽きたらポイッと切り捨てる残念生徒会長なのだ。
けど、今回の限っては望羽の方がかなり苦戦しているようだ。
「た、偶々だよ! それにアイツが悪いんだよ! 人がお礼をしようとしたら、いきなり『あざとい』とか言ってさぁ!!」
うん、あざといのは事実だからノータッチだとして……
側で聞いている私たち二人がそう思っているのも知らず、望羽はさらに愚痴を溢す。
「この前の朝も私と目が合ったのに完全無視で何かの写真撮ってるし、レンズの中に私が含まれていたら幸せになるだろうと思ってキャハッってな感じでポーズをしたら、非常に迷惑そうな顔された上に逃げ出すし」
うん。それは邪魔した望羽が悪いと思うよ?
「ムカついて捕まえて事情聴取したら『誰ですか?』って言われるし!」
「へぇ……」
「ほぉ……」
そんな子がいるんだ……。てっきりアニメとかドラマだけの世界かと思っていたけど。
素直に思った感情を二人して口に出すと不満そうな顔で睨んできた。
「……その反応は何かな? 遠藤絵理奈さん?」
「いや……純粋に驚いただけだよ」
何で私だけなの? おかしくない? あすかだって同じ反応してたよねっ!?
それに、この事実にはさすがに驚くでしょ。望羽の存在を知らないってのは流石に異常だと思う。
朝の全体朝礼なんて望羽が出てきて挨拶とかしてるし……知名度はかなりあるはずなんだけどなぁ……。
さっきからムカつくを連呼している知名度抜群の望羽は今にもムキーー! とか言い出しそうな顔になってる。
「ムキーーッ!!」
あっ、言った。付け加えれば両足を使って地団駄まで踏んでるし。
止めてあげて? 床に罪はないよ?
そんな彼女を見ながらあすかは―――
「そんなに探しても居ないなら、案外教室の中で隠れてたりして」
―――なんてのんきに呟いていた。
そんな言葉を聞いた望羽は思い当たる場所が浮かんだようだ。そして、納得したかのように頷き今度は逃がさないから覚悟しておいてねとか呟きながら悪い顔を浮かべ始める。
うわ……望羽の顔を見ていると例の彼が可哀想になってきた。
そんな風に思いながら望羽を遠目で見てバレないように深い溜め息を吐きつつ、私たちは残りの弁当を食べ進めた。
# # #
例のあざとい先輩に会ってから約一週間が経過したこの日。
俺はひたすら先輩に遭遇しないよう細心の注意を払ってきた。
理由は簡単。前に放課後に部室に突然現れた先輩に拉致され、生徒会の仕事を強制労働という形式で酷い目にあったからだ。
だが、ここに来てついに隠れ場所が見つかってしまった。
まぁ、美浜と三ノ輪と開南がクラスに働きかけてくれたおかげで、これまで何とかなっていたのだ。
なんて現実逃避してもしょうがないのだが……現在、俺はリア充のおなじみイベント壁ドンをされている……。
場所は教室内に設置されている清掃用具のロッカー。
いつも通りに開南が俺の席に座って弁当箱を開けたのを合図に扉を開けたら捕まった。
簡単に音で言えば、『タッタッタッタッ! ガコッ!! キィー……ドンッ!!』こんな感じ。
いつかバレるなんてのは解っていたはずなのに、ずっと同じ場所に隠れていた結果がこれだ。
立ち去るふりをして全力でかけてきた彼女は、掃除用具入れのロッカーのドアを勢いよく全開にし、満面の笑みを浮かべている。
なにその笑顔、怖ぇ……マジで怖ぇ。
その怖い笑顔の後ろにはクラスメイトも当然いるわけで、突然の事態に目を丸くして此方を見ている。
何してくれてんだよ。目立ちたくないのに思いっきり見られてんじゃねぇか。
「やっと捕まえたよ。塩屋くん?」
「……よくここで隠れてるのが分かりましたね」
正直バレる覚悟はしていたけど、ここまで早くバレるとは思っても見なかった。
「乙女の勘だよっ♪」
キャピルンってな感じでウインクしながらそう答える先輩。
万能すぎやしませんかねぇ、その乙女の勘ってやつ。もっと別の方向性に使いなさいよ。
あとあざとい。
「……んで、一週間も人のことストーカーのように追い回して何のようですか?」
俺の言葉に三ノ輪は頭を抱えながら首を横に振り、開南と美浜も俺の性格が分かってるせいか苦笑い。
いや笑ってないで助けてくれ……
「前回も言ったけど、君って先輩に対して失礼だよねっ!?」
相変わらず元気すぎてうるさい。
そんな先輩は余程ムカついているのか顔を真っ赤にして怒っていた。
生意気な態度にムカつき、それに付け加えてこの会話を聞いている他の人達にも笑われてさらにムカついていることだろう。
先輩のムカつき加減を予想していると、そのムカつかれたついでに強行手段を駆使されることになる。
「君のスマホを貸しなさい」
「え? 何で―――」
「いいから貸しなさい!」
「はぁ……まぁ、はい」
あまりの迫力に気圧され渋々と言った感じで野矢先輩にスマホを渡した。
慣れた手つきで俺のスマホを手短くいじり返却してくる。
「これで完了だね。来週の日曜日、時間空けておくように」
いやいや唐突だな。大体俺にも予定ってものがあるんですけど?
路線図の作成だったり、取材に行ったり、家でゴロゴロしたり。もうスケジュールパンパンだよ。
つか、俺のスマホに何をした?
「いや、俺はい―――」
「と・に・か・く!! 時間は開けておくことっ!」
「いや、何でですか……」
「口答えしないっ! 私と(買い物に)付き合ってもらうんだからね!」
「………は?」
え? 今なんて言った?
「だから、君は私と(買い物に)付き合ってもらうの!! 生徒会長権限を使うから逃げられると思わないで! 連絡したら必ず対応してよねっ!」
思わぬ爆弾を投下した野矢先輩は、中半いい逃げとも言えるような感じでとっとと教室から退散していった。
周りのクラスメイトの女子はピンク色の絶叫を上げ、男子からは睨み付けられ、三ノ輪は放心状態、美浜はアワアワと慌てふためき、開南も手を口に当てて驚いた顔をしている。
直接言われた俺ですら脳内処理が追い付かず呆然とするしかなかった。
さっきのは何? まさかの告白? いやありえねぇだろ……
呆然としつつ返却されたスマホの画面には野矢先輩の名前と連絡先が入っている。“可愛い可愛い先輩”とあざといメモも添えられていた。
この日を境に俺の平和な日常が完全に消し去ったのが確定した瞬間だった。
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