#27 不在


 私の後輩である塩屋くんを学校内で探し初めて二日目の水曜日。

 塩屋くんを無事に見つけたことを前提として、どうやって連れ出そうかと考えながら学校に向かっていた。

 自宅から数分ほど歩いた所にある成増駅まで行き、そこからバスに乗って吉祥寺駅まで移動。さらに、今度は中央線に乗って神田駅にまで行くのが私の通学ルートになっている。

 学校に通い始める最初の頃、パパに家から近い駅から電車に乗りなさいって言われたけど、私は『いやだ』の一言で一蹴したことがある。

 確かに、成増駅から東上線に乗って池袋にまで行って、そこから地下鉄の丸ノ内線に乗って神田駅まで行くことはできるよ?

 でも、私が池袋にあまり行きたくないんだもん。


 そもそも、私がいいなぁって感じるようなお店が少ないし、私のことを見つけた男の人はみんな鼻の下を伸ばして声をかけてくるし。

 断って無視しながら歩いててもしつこく話しかけてきて追いかけてくるからイヤなんだよね~。

 そんな場所で私みたいな可愛い女の子が遊びに行ったりするのは、かなりのリスクが伴うし勇気も覚悟も必要になってくる。

 私はそんなリスクを背負ってまで池袋に遊びにいこうとは思わない。


 それに比べて吉祥寺は池袋よりも上品な感じがするし、可愛いお店も色々あるし、お洒落なカフェやレストランだって色々ある。

 それに、吉祥寺にもナンパしてくる人はいるけど、池袋みたいにしつこく付きまとってこない。

 吉祥寺最高じゃん。可愛い乙女わたしには最高な場所だよ。

 吉祥寺と言えば……塩屋くんをここに連れてきて一緒に買い物とかするのも最高かも。

 私に似合うようなお洋服とか選んでもらって一緒にご飯とかも食べて、帰りに私の荷物を持ってもらって送ってもらう。

 うん! そのプラン最高!

 今度是非そうしてみよう。

 そのためには、まずあいつの連絡先をゲットしなきゃ。


 そんなことを考えながら学校に向けて移動していると、気がつけば神田にまで電車で移動していた。

 人間の考えているときの集中力ってすごいね。

 もっと言えば、無意識に行動しているのがすごいと思う。

 夏に差し掛かるこの時期の私は「あづい~」って数分に一回のペースでそう思っているか、一人文句で吐き散らしているかのどっちかなのに、今回はそんなことは一回もなかった。

 それに、いつも使いなれている通学手段とはいえ、バスとか電車とかをよく乗り間違えなかったなって感心する。これは私の体がいつものルートを覚えていたからできたのかな?

 ……それとも愛のパワー? なんてねっ☆


「望羽おはよー」


 私がくだらない考え事をしていると後ろから友人である絵理奈に声をかけられた。


「あ、おはよー」

「今日もご機嫌だね? 何を企んでるの?」


 企んでるって人聞きが悪いなぁ……

 せめて計画って言葉に変換してよ。


「今日も塩屋くんを探して、見つけ出したときにどうしようかって考えていたところだよ」

「前回と同様の拉致計画ですか。色々と法を学校内で犯そうとするの止めてください」


 拉致計画って……

 別に強引に引っ張り出そうなんて考えてないし、そんなこと一回もしてないよね?

 朝から私のテンションゲージを減らすとはいい度胸だよ……


「絵理奈ちゃん?」

「お願いだから“ちゃん”付けで呼ばないで。怖いから」

「あんまりそういうこと言うと、生徒指導の児玉先生にあることないことを生徒会から報告させるよ?」

「ごめんなさい! お願いだからそれだけは止めてっ!? 私の成績に響いちゃうから!」


 私の生徒指導への報告宣言を聞いた瞬間、両手を胸の前で恋人繋ぎのように組んで、必死に懇願する絵理奈だった。


 # # #


 午前中の授業が終わり昼休みになると、私はあいつを探すためにすぐに席を立った。


「望羽ちゃん今日も行くの?」

「うん。すぐに戻るから先に食べてていいよー」


 私の回答に対し二人からわかったーと返事を背中で受けて、すぐにあいつがいる教室へと向かった。


 昨日と同じように教室の入口に立って、開いているドアをノックして中にいる生徒たちに声をかけた。


「こんにちは~。塩屋くんいますか~?」


 そんな風に声をかけながら室内を覗いてみると、ほとんどが昨日いた顔ぶれだった。

  そして、塩屋くんがどこに行ったのかと答えてくれた子は私の近く、この教室のドア付近に座っていた。

 っていうか、乗合研究部の二人も塩屋くんと同じクラスだったんだね。昨日は全く気づかなかった。

 教室内を見渡していると、昨日と同じ彼女・・が返事してくれた。


「省吾なら購買に行っていると思います」


 あれ? また空振った?

 ん~……今日は結構早く来た方だったんだけどな……。

 ここで考えたって仕方ないからとりあえず言われた通り購買に行ってみるとしよう。


「わかった。ありがとうね~」


 私は簡単にお礼を告げて購買へと急いで向かうことにした。


 今日の購買部は昨日と違ってなかりの生徒が集まって賑わっていた。

 一人一人の生徒がお目当ての商品を狙っていて、何としても確保しようとうごめく集団の中に体を捩じ込み、必死に腕を伸ばして商品をゲットしていく。

 ……何かこの光景ってテレビでたまに見る再現VTRとかのタイムセール品を狙う母親の光景だよね。まさかテレビの中のサバイバル光景を、学校で見ることになるとは思わなかったよ。

 テレビで見るような光景に感動をし―――てる場合じゃないっ! 早くしないとご飯食べる時間が無くなっちゃうじゃん!

 焦りながらも周囲を見渡してみても彼の姿を見つけることができず、苛立ちを覚え始めた。

 あ゛ぁぁぁもうっ! あいつ一体どこにいるのっ!? どこにもいないじゃん!

 時間もないからこれ以上は探せないし……明日こそは絶対に見つけ出すからね!

 二日連続で空振りからのタイムオーバーになった私は思うように事が動かないことに怒りが収まらず、教室に戻ったら妬け食いすることを心に決めた。


 # # #


「……行ったか?」

「うん」


 清掃用具入れの中に隠れていた省吾が辺りを覗くように確認しながら中から出てきた。


「問題なさそうね。会長はあなたが隠れている場所に視線すら向けていなかったわよ」

「そうか。それが分かったのはいいとして、この中むちゃくちゃ暑いんですけど?」


 三ノ輪さんの済ましたような顔の台詞に対し省吾が汗だくになりながら抗議する。全く聞き入れてもらえてないけど。

 この教室に設置されているエアコンがフル稼働しているとは言えど、窓際に設置された収納ボックスは外からの差し込んでくる太陽の熱によって常温程度にまでは暖められているはず。

 そこに人一人が中に入ってドアを閉めてしまえば、外からの空気は入らないし、人の体温でボックス内の気温も体感温度も徐々に上がっていく。低温サウナみたいな感じになっちゃってることになる。


「……省吾。このまま続けてると、いつか熱中症で倒れちゃうよ?」


 僕の大事な友達が倒れて具合悪くするのはあまり気分のいいことじゃない。

 ましては、事前に防げる事案ともなれば尚更だ。

 出来ることなら早くこの現状を脱却させたい。

 けど―――


「大丈夫だ。次は水分補給してから隠れる」


 ―――その一言で片付けられてしまった。

 最初は省吾の手伝いができればと思っていたけど、へばっている省吾をこれから先も見ると考えると辛いものがある。

 それに、野矢先輩もそのうち気づくと思う。美浜さんとか湯本くん達も協力してくれてるけど、省吾が先輩に見つかるのも時間の問題だ。


「……会ってあげればいいのに」

「開南くんの言うとおりよ? 熱中症で倒れる前に会った方が懸命だと思うけれど……」

「お断りだ。後々何されるかわかったもんじゃない」


 僕もそうだけど三ノ輪さん達も省吾の体を気にしてか、素直に会うことを進めるもお断りだと言って拒絶し続けた。

 うーん……。これは誰がなんて言おうとも聞きそうになさそうだね。

 僕は省吾を説得するのを諦めて弁当の残りを食べることにした。


 # # #


 探し初めてから三日目の木曜日。二日連続で空振りに終わり、塩屋くんに会うどころか目撃すらできていない。

 昨日は昼休みの他に放課後に乗合研究部の部室に行ってみたけど、ドアは鍵がかかっていて、中には誰もいるような気配がなかった。

 その後、児玉先生のところに行って塩屋くんがいそうな場所を聞いてみた。児玉先生曰く、彼は基本誰とも関わろうとせず一人を好むらしい。

 ……一人が好きなのに何で乗合研究部に入ったの? よくわかんないや。

 私のそんな疑問は兎も角、浮上した場所が校舎の屋上、体育館の裏、テニスコート横のベンチの3ヶ所。

 3ヶ所ともバラバラに離れてるんだよな……。本格的に探してたら昼休みが終わってご飯が食べれなくなっちゃうじゃん。

 とりあえず、今日はいつもの教室と購買、そして屋上の3ヶ所に絞ることにした。

 最初は、『緊急なのであれば電話で呼び出すが?』って提案されたけど、私個人の用事だし緊急性もないと言って遠慮した。

 そんなことより―――何で児玉先生が塩屋くんの連絡先を知ってるのっ!?

 いいなぁ! 私も塩屋くんの連絡先がほしいっ!

 ……後で教えても~らおっ♪


「望羽、今日も行くの?」


 自分の弁当を机の上に出して探しに行く準備をしていると、後ろから絵理奈が声をかけてきた。


「うん。先に食べてていいよ~」

「そのつもりー」


 さすがに三回目ともなればそんな反応になりますよねー。

 そんなことを思いながら私は教室を後にした。


『あれ? 望羽ちゃんは?』

『今日も後輩狩りへと出掛けていったよー』

『あー。最近収穫不良みたいだもんねー』


 私が教室を出ると同時に聞こえてきた会話は、ここ最近思うように動けていない私のことを話している友人の二人の会話だった。

 その“後輩狩り”って表現何とかならないかな? 端から聞けば思いっきり誤解を生む発言なんだけど?

 まるで私がオヤジ狩りの如く、後輩からお金を巻き上げているように聞こえるじゃん。

 別に後輩はあいつしか探してないし、お金も巻き上げることも、理不尽な暴力を振るうことなんてしないからね?

 生徒会の手伝いを強制的にさせたことはあるけど。


 ……それは兎も角として、あの二人は後でじっくりと話し合う必要がありそうだ。うん、そうしよう。


 そんなことを考えながら歩いていると、気がつけば塩屋くんがいる教室に到着していた。

 いつものようにドアをノックして存在感をアピールし行動に移そうとすると、中にいる生徒達が一斉にこちらに視線を向けてきた。


 おや? 私はついに後輩にも気配で気付かれるようになったのかな?

 これは嬉しい限りだねぇ~♪

 私自身に集まる視線に応えようと息をやや深めに吸って、いつもの質問をしようとした瞬間―――


「でさぁー、昨日行った店がなかなか不味かったんだよねー」


 一斉注目していた後輩たちの視線は一瞬だけだった。そして、何もなかった起きなかったとも言いたげなぐらい華麗にスルーされた。

 ……あれ? 他のクラスだとワーとかキャーってな感じて歓喜の声が上がるのに、何でこの教室ではこの空気なの? 三回目ともなればこうも反応に変化が出るものなのかな?

 そんなことを思いながら塩屋くんがいるかどうかを聞いてみると、同じ子から昨日と同じ返事が返ってきた。

 購買に行ったって言われてもねぇ……。言われた通りに行ってみても結局いないんだもんなぁ……あいつ。

 教えてくれた子にお礼を言って購買に向かってみるも、やはりそこに塩屋くんの姿はどこにもなかった。


 残る場所は屋上にだけになっていつになく緊張し始めた。

 ……何で緊張してるんだろう。変に意識してるのかな?

 いや、初めて探す場所だから自分の自分の気持ちに整理がついてないだけ。きっとそうだ。

 さて、もしあいつがいた場合、どうやって接しようかな。思いっきり怒って強制連行する手もあるけど……それじゃぁあまりにも理不尽だもん。可哀想かな。

 まぁ、その時に考えてみることにしよう。

 自分にそう言い聞かせて屋上に繋がるドアを開けて踏み込んだ。

 そこには―――塩屋くんどころか誰一人もいなかった。


「やっぱりいなかった……。私の時間返してよっ! お昼食べる時間が思いっきり減ったじゃん!」


 誰にも伝わらない叫びを溢し、慌てて教室に戻って大急ぎでお昼を済ませることになった。


 四日目の金曜日は先に購買に行って、それから教室へ。この日は別の子にどこに行ったのかわからないと返事をされて、それからこの日は体育館裏に行ってみる。

 塩屋くんがいるどころか隠れてタバコを吸っている不良を発見してしまい、生徒指導に連絡をする余分な仕事をすることになり―――

 土日も学校に行って午前と午後に彼がいる部室に行ってみるも不在で―――

 週が明けた月曜日は天気が朝から大雨になっていて、外には出れないから室内にいるはずだと信じて、購買に立ち寄ってから教室に行ってみるも、ここにはいないって返事をもらい―――


 何の成果も得られないまま気がつけば一週間の時が過ぎた。

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