#31 唯一頼れる後輩

 午後の授業が全て終わった放課後、隣に座る開南に別れを告げ生徒会室へと足を伸ばした。

 生徒会室の前に到着し、ドアをノックしてドアを開けると室内には数名ばかりが作業をしていた。だが、そこには先輩の姿はない。

 どうやら一度生徒会室に来たがある用紙を持って急いで出ていったんだとのこと。

 他のメンバーが俺が来ていたことを伝えてくれると言うのでお願いしてそのまま部室へと向かった。


「あ、タラシーマン来たんだ!」

「あら、これはこれは女誑し屋くんじゃない。今日は拉致監禁されなかったのね? 残念だわ」


 部室のドアを開けて飛んできた第一声がこれとかどうかと思う。


「お前らまで俺のことを誤解を招くような呼び方するの止めてくんない?」


 しかもタラシーマンって何だよ。まるで俺がお漏らししてるみたいじゃねぇか。

 そして俺が登場したことをいい笑顔で残念がってるんじゃねぇよ。泣くぞ?

 そんな些細なやり取りをした後に、作業を始めるために資料を引っ張り出していると、部室のドアが突然乱暴に開かれた。


『―――っ!?』


 ドアの方向へと視線を送ると、入口のところに一人の女子が息絶え絶えで立ち塞がっていた。

 あまりにも突然の出来事に誰もが動くことができず、声すら発することすらできないでいた。そんな中、入口に立つ彼女は息を切らしながらも俺らに用件を口にし始めた。


「塩屋……君、いる……?」


 彼女から俺の名前が上がった瞬間、美浜と三ノ輪のジトッとした視線が送り込まれてきた。またお前かと聞こえてきそうである。


「えっと……あなたはどちら様で―――」


 俺をひと睨みしあと、視線を入口に佇む女子に視線を戻した三ノ輪がそう質問をしようとするが、その声を彼女は遮って再び声を発した。


「私は、遠藤絵理奈。野矢望羽のクラスメイトで友人。塩屋くんいるっ!?」


 ただならぬ空気に思わず押し黙る三ノ輪と美浜。


「えっと……俺ですけど」

「今すぐ来てっ! 望羽が……望羽が大変なのっ!」


 多分、今朝から出回っている噂のことを言っているんだろう。

 なら、尚更俺が出ていかない方が懸命じゃなかろうか。


「噂のことなら俺は関わらないほ―――」

「そんなことを言いに来たんじゃない! 望羽が三年生の男子集団に襲われそうになってるの! つべこべ言ってないで助けてよっ!」


 ここまで言われてようやくどんな事態に陥ってるのか理解することができた。かつて俺のベストエリアで繰り広げられていた参上を思い返すと、放置してはならないと本能的にそう判断を下していた。


「……場所はどこですか?」

「えっ……?」

「場所はどこですかって聞いてるんです」

「この建物の屋上だよ」

「わかりました。先輩は先生を大至急呼んでください。できるだけ多く。児玉先生と数人ばかりの男の先生を。俺は先に屋上へ向かいます」

「待ちなさい」


 急いで部室を出ようとしたところ三ノ輪に呼び止められた。


「あなた、私たちに何か言うことはないのかしら?」


 こんな時に何を言えってんだよ。だが、唯一浮かんでくるとしたらこれだ。


「少しの間任せたぞ、部長代理・・


 俺の言葉に満足したのか優しそうな笑みを浮かべる三ノ輪。


「私たちも先生をできるだけ集めるわ。さっさと行きなさい」

「すまん。助かる」


 彼女のそんな返答を聞いた俺は屋上へ急いで向かった。


 # # #


 屋上に到着しドアの窓越しに外の様子を覗いてみると、野矢先輩の周りに復数人の男子が取り囲んでいた。

 幸いにもドアは完全には閉まっておらず、すぐに開けられる状態になっている。


「くそ……何でこんなことになったんだよ……俺の平和な日常が完全に無くなってんじゃねぇか」


 誰にも届くことの無い文句を吐き捨て、男子たちが野矢先輩に意識が集中している隙にドアを開け、できるだけ近くの物影へと身を隠した。


『何ですか? こんなところに集団で呼び出して』

『最近お楽しみだったそうじゃないか。俺らのこと散々弄んでおいて今度は年下に乗り換えってか?』

『はぁ? 勝手に勘違いして鼻の下伸ばしてたのは先輩たちじゃないですか』

『こいつ……優しくしていれば調子に乗りやがって!』


 先輩達の言い争いがこっちにまで聞こえてくる。このまま言い争いだけで終わってくれればいいんだが……


『あの目の下隈まみれの不健康な男のどこがいいんだよ。今ならまだ間に合うぞ? 俺たちのとこに来ないか?』

『嫌です。お断りです。自分自身の性格と向き合ってみてはどうですか? あの子は少なくともあなた達とは比べ物にはならないぐらい最高の性格をしてます』


 ……何だよそれ。いくらなんでも反則だろ。そんな台詞を聞かされたら後に引けなくなるじゃねぇか。

 動かなきゃいけなくなるじゃねぇか。


『……そうかよ。なら……あの邪魔な一年はたっぷりとお礼をしなきゃな』

『……っ! 一体何をする気なんですか!』

『それはもちろん可愛がるんだよ』

『そんな事してどうなるのか分かってるんですか!?』

『知ってるよ。あいつが病院送りになるってのだけはな』


 そう言い放った男子達はジリジリと先輩に近づき始める。


『なぁ。取引しようか。あいつを潰さない代わりに俺たちのことを楽しませてくれる奴隷になるってのはどうだ?』


 ダメだ。


『嫌です。お断りします』

『そうかよ』


 そう短く返事したかと思えば二人がかりで先輩のことを掴み腕を強引に広げさせる。


『嫌っ! 何するんですか! 離して!!』


 やめろ……


『まぁそう決断を早めるなって。まずは体験してからでも遅くはないだろ。いかに俺たちの方がいいか、たっぷり教えてやる。ビッチ系生徒会長』

『嫌だっ!!』


 もう無理だ。いい加減耐えられない。

 ったく……何で俺がこんなことに巻き込まれなきゃなんねぇんだよ。全てが終わったらたっぷりと文句を言ってやる。

 我慢の限界に達した俺は先輩のところへとゆっくりと歩き始めた。


「やっと見つけた! 一体どこで遊んでるのかと思ってたらこんなとこにいたんですね。随分と探しましたよ」

「嘘っ……何で……?」

「あぁん!? 何だテメェー!」


 声を掛けながら歩み寄る姿を捉えた先輩は驚愕に満ちた視線を送り、男子達は威嚇の牙を向けてくる。

 俺はそんな状況を完全に無視し更に話しかける。


「望羽先輩が急に失踪するから、無関係な俺が生徒会から怒られたんですよ? どうしてくれるんですか」

「ゴチャゴチャうるせー奴だな。テメェーが噂の一年だな? あんま調子に乗ってると痛い目に遭うぞ?」


 あーはいはい。そーですか。

 そいつは見ものだな。


「先輩いつまで遊んでるんですか早く戻りますよ?」

「ダメっ……こっちに来ないでっ……!」


 こっちに来るな? この期に及んで誰が先輩の指示に従うかよ。


「さて、早いとこ戻りますよ。でないと俺がまた怒られます」


 敵陣営の中に完全に立ち入り、先輩の手を握って何事もなかったかのように立ち去ろうと試みたが、当然ながら俺以外の男どもはその行為を許さなかった。


「おい……てめぇマジで潰すぞ……!」

「あんたらめんどくさい性格してますね。弱い立場の人間を威嚇する脳みそしか入ってないんですか?」


 最後に“ファッキンボーイ”―――日本語で言うクソ坊主を付け足して全力で挑発した。

 これで上手く乗ってくれるといいんだが……


「てめぇ……誰に向かって口聞いてんのかわかってんだろうな……?」

「あ? あんたらの名前なんて聞いて無いんだから知るわけ無いでしょうよ。頭の思考回路の歯車錆び付いてるんじゃないんですか? 塩害にやられすぎですよ?」


 何だこの自虐ネタ。自分で言ってて悲しくなってきた。

 もう使うのやめよ。


「……っ! おい、まずはこいつを先に片付けるぞ。ビッチ系生徒会長の調教はその後だ」


 だが俺の悲しくなるような自虐ネタすらも挑発の台詞と判断した先輩男子生徒は思いの外すぐに食いついた。

 単純なやつらめ。

 先輩のことを拘束していた二人組も俺に対する制裁組に加わり、先輩は完全にノーマークとなった。

 計画通り……それでいいんだよ。後は時間を稼ぐだけだ。

 今のうちにさっさと逃げてくれ……!


「散々俺らのこと貶したわけなんだから、それなりの覚悟はできてるんだろうな? 精々死なないよう頑張るんだな」


 その言ったのと同時に一斉に俺への集中攻撃が始まった。

 顔や頭、腹部を殴る蹴るなどの攻撃を一気に受ける。

 ヤバい。かなり痛いんですけど。

 俺が攻撃されている最中、野矢先輩は逃げるどころか「お願いだからやめて!!」と泣き叫んでいるがそんなのは今は無視だ。

 攻撃を受けていると、だんだん立ってるのがキツくなりその場で倒れ込んだ。そんな姿を見て気が済んだのか男子からの攻撃が止まる。


「一年の癖に年上に噛みつくからこうなるんだよ。さて、次はこのビッチ系生徒会長の調教に移行するとするか」


 何だよ。俺のこと散々殴ったのにまだ満足しねぇのかよ。目を開けて周りを見てみてもまだ先生達の姿は見えない。

 クソッ……何でこんな時に限って来るのが遅せぇんだよ。

 頭を集中的に攻撃を受けたせいか、激痛が走りクラクラとする。だが、ここでへたばっちまったら俺が出てきた意味がなくなる。必死になって俺に助けを求めた遠藤先輩、先生を集めるのに協力してくれた乗合研究部の二人、そして俺のことを見えないところで評価してくれていた野矢先輩の思い。

 そんな奴らの思いを知った上で出てきてるのに、ここで終わってたまるか。


「おい……!」


 俺の声に反応した男子生徒を再びこちらに視線を向けさせ、痛みに悲鳴を上げる体を強引に動かし、ふらつきながらも立ち上がり再び挑発を試みる。


「何だその程度ですか。思っていたよりも口だけだってことがよくわかりましたよ。……すげぇ笑えますね」

「こいつ……生かしておいてやったらこれか……!」


 苦虫を噛み潰したような顔になる男子生徒の一人が、そう言いながらポケットから出した銀色で尖ったの短い物体を手に取り、俺の方へと向けてくる。


「そんなにお望みなら今すぐしてやるよ!!」


 そう言い放った男子は刃先を俺に向けながら走り始めた。

 あぁ、俺の人生はここまでか。以外と早いもんだな。いや、やっとなのか? 掛けてくる男子が近づきこれから来るであろう激痛に備え目を強く瞑っていると「ぐはぁっ!」と思わぬ声が耳に届いた。

 目を開けて何が起きたのか確認してみると、握られていたはずの刃物は別の方向に転がっていて、走ってきていた男子は腕を後ろに回され、頭を踏み潰されていた。手に持っていた刃物は直ぐ近くで転がっている。


「随分と楽しそうだな……私たちも交ぜてくれないか……?」


 男子生徒の頭を踏んでいる人の正体を確認しようと顔を上げると、目は完全に充血させ、鬼のような形相の中に不気味な笑みを浮かべた児玉先生の姿がそこにはあった。他の生徒も男の先生たちによって取り押さえられている。

 ……やっと先生が来たか。

 これでもう俺のお役目はごめんだな。そう考えると緊張の糸が切れ、全身の力が一気に抜ける感覚に見舞われた。


「……っ! 塩屋くん!!」


 重力に従い崩れ落ちるかのように倒れ、動けなくなった俺に野矢先輩が駆け寄ってきた。


「塩屋くん! しっかりして塩屋くん!」


 体を揺さぶり頬を軽く叩きなから必死に声を掛けてくるが、今は返事をする気力が起きない。

 先輩すみません……。さすがに無謀なことをしすぎました。なので少し休ませてください。


「ねぇ塩屋くん、返事してよ……! 目を覚ましてよっ!!」

「野矢落ち着くんだ。塩屋は今は動けないだけだ。少し休めばいつも通りになるだろう」


 何度呼び掛けても返事をしない俺に泣きつくように声をかける先輩。それを宥めるように児玉先生が声をかけてる。

 この時、二人がどんな顔をしていたのか俺にはわからない。

 ただ、二人にはとてつもなく心配をかけたことには確定的なものだろう。

 そんな会話を最後に俺は意識を完全に手放した。


 # # #


 次に目が覚めたのはとある個室だった。

 見知らぬ天井がまず最初に視界に入り、すぐ側には天井吊るし型のカーテンが見える。

 自分頭に異変を覚え触ってみると布らしきものが頭に巻かれている。


「……っ!」


 ベッドの近くでうたた寝していた望羽先輩が俺が目を覚ましたことに気がつきすぐに声をかけてきた。


「塩屋くん!? 塩屋くん聞こえるっ!?」


 何でそんなに大きい声で話しかけるんですか……。俺の耳は難聴じゃないんでもう少しボリュームを落として下さい。


「……ちゃんと聞こえてますよ……ここは、どこなんですか?」

「ここは総合病院の個室病棟だよ。だ、だって……君、あの後その場で倒れたっきり目を開けてくれないんだもん……っ! 先生と一緒に病院に運んだんだよ!?」


 涙目を浮かべながらそう訴える先輩。その表情だけでどれだけ必死だったのか物語っている気がした。

 だが、俺にはひとつだけ気がかりなことがあった。

 稼働していればいいんだが……


「すみません。それより、俺の携帯はどこですか?」

「へ? 君の携帯? えーっと……」


 俺の唐突な質問に戸惑いながらも野矢先輩の鞄から俺のスマホが取り出され、それをそのまま渡された。

 ホーム画面を起動させ、すでに開いたままのアプリを確認すると未だに録画したままの状態だった。


「よしっ……! コイツは何とか生きたままだ」


 現場に突入する前に急遽導入した隠しカメラのアプリ。画質等はあまりよろしくはないが今回みたいに至近距離でデータを残すには十分な役割を補ってくれた。

 その録画したままのアプリを停止させデータを保存。そのデータを保険として野矢先輩にも送りつけた。


「塩屋くん。これって……」


 俺から送りつけられたデータの内容を見るなり先輩の眼は大きく見開かれていく。


「俺はこのデータを証拠としてあの先輩たちを訴えることにします。学校がそれを隠蔽しようとするのであればそれなりの手段にも出ます」

「そんな……ダメだよ……ただえさえ塩屋くんがこんな目に遭ってるのに余計塩屋くんが酷い目に―――」

「何言ってるんですか?」

「へっ……?」


 先輩の言葉を遮るように俺は否定的な質問を最初にぶつけた。


「俺が痛い目に遭うのは今更なんですよ」

「ごめん……ごめんねっ!」

「それは何の謝罪なんですか?」

「私のせいで……私がもっとしっかりしていればこんなことに……!」

「ほんと……」


 先輩の顔は今にもダムが決壊しそうなほどにまで水が溜まっていた。

 まぁ、俺が今思っていることを思いっきりぶつけることにしよう。もしそれで俺が嫌われるのであればそこまでだ。


「先輩ってあざとい系大バカですよね」

「……はぁっ!?」


 だから思いっきり貶してみた。後輩にバカ呼ばわりされた先輩は当然ながら納得いかない顔をしている。


「先輩、もしかして奴らを一人で解決させようとしてました? そんなもん無理に決まっているでしょう。人数的にも力的にも無理があるんですよ」

「……」

「それに……俺にとっての唯一の先輩があんな目に遭ったのが、俺の中では許せないことなんですよ。だから―――」


 馬鹿にされて文句でも言ってくると思ったが何も言い返さず、それどころか黙って俺の話を聞いてくれている。


「一人で抱え込むくらいなら俺でよければ頼ってくださいよ。できることは限られますが……力になれるようには努力します」


 黙って聞いていた先輩は俺の最後の言葉を耳にした瞬間、溜めるに溜まった涙がついに零れ落ちた。

 緊張の糸が切れたのかポロポロと涙を流し続け俺の胸元へと顔を押し付け嗚咽を漏らす先輩。

 俺は目の前にある先輩の頭を黙って撫でながら泣き止むのを静かに待つことにした。

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