#48 写真


 すべての授業が終わった放課後。

 HRが終わってすぐに騒がしくなる教室を足早に出てに向かう。

 部室に到着する頃には既に鍵は開けられていて、中には三ノ輪がケトルでお湯を作りながらポットに紅茶の茶葉を入れていた。


「相変わらず到着が早いな。ところで美浜はどうした?」

「あなたが遅いだけよ。美浜さんなら用事を済ませてから来るって言ってたわ。聞いてないの?」

「いんや、何にも」


 あいつのことだから何かお菓子とか買ってから来るんだろう。

 あまり深くは考えず、俺も部室に入ってすぐにパソコンを起動させ、路線図のデータ化の作業を進める。

 一日あたり20路線を編集しているのもあってか進捗ペースも順調だ。

 ちなみに、俺らが作っている路線図とデーターベースは日本語だけではなく英語も一緒に編集して掲載している。

 グローバル化している今の時代、大勢の外国人が入国し公共交通機関を利用する人も少なくはない。

 その現状の中、日本語だけでの案内では限界がある。

 三ノ輪からそう言った意見が出たこともあり、英語を一緒に掲載する事が決定事項になった。

 ちなみに、英語以外にも中国語と韓国語も入れようかと言う話にもなったが、そこまでするのには膨大なデータがあるなかでの編集に掛かる時間と、そこまでカバーするのは限界があることから却下した。


 役割もある程度決まりつつあり、俺がPCで路線図のデータ化と英語の変換を進め、三ノ輪が抜けや誤字脱字が無いかをチェックする形式で作業を進めている。

 互いに作業をすることに集中しているからか、部室内は俺のキーボードを叩く音と、三ノ輪がマウスを操作する音だけが響き渡っていた。

 美浜の役目? あいつはなんだろうな……まぁ、追々見つけていくってことでいいだろう。


 そんな静かな環境下で作業を進めていると、三ノ輪が声を掛けてきた。


「塩屋くん」

「……何だよ」

「その、あなたが作っているサイトのことだけど……」


 いつも思っていることをズバッと言うこいつにしては歯切れが悪い。何か言い難いことなんだろうか。


「その……何か新しいも―――」

「ハロッピー! お待たせっ!」

「こんにちは~!」


 ノック無しで突然開かれたドアと同時に乱入してくる二つの声。

 相変わらずのアホっぽい挨拶をする美浜と、やたらと間延びのある声が特徴の野矢先輩だった。

 その二人の声に遮られた三ノ輪は俺のサイトの話を一旦中断して美浜たちを迎え入れる。


「私が持っているデータの写真も結構あったけど、先生から頼まれていたのも一緒にやってたから結構時間かかっちゃった」


 えへへと笑う美浜はどうやらコンビニに行って写真のプリントをしていたようで、大量の写真が入った半透明の袋がテーブルに置かれた。

 最初はバスの写真なのかと思っていたが、美浜曰く先日深大寺に行った時の写真をプリントしてきたらしい。

 えっ……? いつの間に撮ってたの?

 止めてくれよ。俺が写っている写真なんて見つかったら悲鳴上げられて燃やされるだけじゃねぇか。


 ま、俺が写ってることなんて無いだろうけど。


 そんな俺の考えなんて知らない女子三人は、写真をテーブルに早速広げるなりキャッキャと騒ぎ始めた。

 何が楽しくて写真でそんなに盛り上がれるんだろうね。俺には全く理解が出来ん。

 それにしてもざっと見た感じでもかなりの枚数の写真がありそうだな。何枚プリントしてきたんだよ。

 美浜たちが手に取る写真はいろいろな風景が印刷されていた。


 深大寺での写真だったり。

 参拝しているときの写真だったり。

 バスで移動で外を眺めている写真だったり。

 そば屋で俺がメニューを見ている写真だったり。


 おい。なんで俺が写っている写真まで存在してるんだよ。

 周りの写真が腐っちゃうから今すぐ廃棄しなさい。おすすめは焼却処分だ。


「あっ、シーマンと先生だ」


 美浜がそう言って手に持っている写真をコチラに向けると、その声に釣られた他の二人も覗き込むようにその写真を視線を向ける。

 三人が見ている写真は俺と先生が並んで食事をしている光景を切り取った物だった。

 こんな姿まで撮られているとか恥ずかし過ぎて死にたくなってくる。


『……』 


 この写真を見てからさっきまで騒いでいた女子の反応が一変し突然無言になり始めた。

 えっ、何その無言怖いんだけど。もしかして俺のせい?

 俺の食い方が汚くて全員黙っちゃったの?

 やべぇ……もう人前で飯食いたくねぇよ……


「あれだね……シーマンはすっごく幸せそうに食べているけど」

「その隣の人物が原因で全部台無しね……」

「しょーくんが美味しそうに食べていていい写真だったのに……」


 そんな残念そうな声を上げガックリと肩を落とす三人。

 そんなに酷いの?


「……そんなにヤバいのか?」

「正直、同じ女性とは思えないレベルよ」


 三ノ輪にそう聞いてみるとなかなか辛辣な回答が返ってきた。

 いやいや、さすがに言い過ぎじゃね?

 お前も見てみろと言わんばかりに差し出してくる写真を受け取り、どんな状況になっているのか確かめてみる。


「うわぁ……これは……」


 三ノ輪たちの言うとおり、残念な現状がバッチリと写し出されていた。

 俺が口に入れる分だけの蕎麦を小さめの器に入っためんつゆに付けて、周りに飛び散らないよう器をできるだけ口まで近づけて食べているのに対し、

隣の人物は蕎麦を大量に入れたのか器からめんつゆが溢れだし、その器を持つどころか置いたまま豪快に蕎麦を啜り、それと同時進行で海老の天ぷらを箸で掴んでいる光景だった。

 一緒に運ばれてきたキレイだったトレイも、溢れためんつゆで一部が汚れ、トレイの周りにも飛び散っためんつゆと天ぷらの衣が散乱しているのが写真から見てもハッキリわかる。

 ……この人、本当に教師かよ。深大寺で食ったもりそばを岩手のわんこそばと勘違いしてねぇか?

 食いかたが違うからちょっと……いや、だいぶ違うな。

 じゃぁあれだ。フードファイターでも目指してるのか?


 いずれにしろ食いかたが汚いことには代わりはない。

 女子から見たらかなりドン引きしているようだが、男の俺が見ても確実にドン引きするレベルだぞ。


「……なんかあの人が結婚できない理由がわかった気がするよ」

「しょーくん、その台詞は本人の前では絶対言っちゃダメだよ?」

「あはは……でも、今回はたまたまなんじゃない?」

「……そうね。今回・・はたまたまかもしれないわね。そうであることを願いたいわ」


 あの時は閉店時間ギリギリと言うこともあって時間もあまりなかったこと。

 それに伴って急いで食べなきゃいけない現状かにあったって理由から、次回先生も一緒に外で食事をするときはじっくり観察をしてみましょうと三ノ輪が提案してきた。

 もちろん、俺ら三人とも賛成で達てに首を振った。


 もし、次回観察してダメなようであれば、対先生用のテーブルマナー講座を強制執行かいさいするらしい。

 三ノ輪のマナー講座とかスパルタで怖そうだな。そんな目に遭わないように気を付けるとしよう。


「ちなみに塩屋くん。この講座が開催した時はあなたも参加するのよ?」


 えっ……?

 待って? 俺の食い方そんなに汚かった?

 できるだけ周りに不快な思いをさせないようひっそりと食ってたんだけど……

 もしかして噛んでるときの音が鳴ってた?

 それとも、知らずに周りに何か飛び散らしていたか?


「……俺の参加する理由は?」

「反面教師役よ。あなたには児玉先生のみほんになってもらうわ」


 俺も一緒に食わせて汚く食べている先生に対し、俺は普段どおりの食べ方をして、その真似を(強制的に)先生にさせるという考えらしい。

 いやいや何の冗談だよ。

 俺がそんなことしたら後々攻撃されちゃうじゃん。だったら野矢先輩に頼めよ。

 俺よりも野矢先輩の方がきれいな食い方してただろ。

 ……ちゃんと見てないから知らんけど。


「……俺の拒否権は?」

「そんなのあるわけないじゃない」


 だろうと思ったよ。

 こう言うときの俺の参加ってほぼ強制なんだよな。

 もう慣れたから何とも思わねぇけど。


「ちなみに、塩屋くんが何かミスをしたり行儀の悪い食べ方をしているのを見つけたら、それなりのペナルティーを課すからそのつもりでいなさい?」


 前言撤回。参加したくねぇ!

 え? 俺だけペナルティー付きなの?

 なにそれ全然嬉しくないんだけど。

 参加しないで逃げるって方法もあるけど、前みたいに外部から攻めてくるんだよなこいつら。下手したら心温に相談って手段も使いそうだ。

 俺の逃げ満ちねぇじゃん……


「善処します……」


 結果的に諦めるしかない俺は渋々了承するしかなかった。 

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