#47 ウワサ
新たな一週間の始まりを告げる月曜日。
心地い感じで眠りにつく私を妨害する音が鼓膜を揺らし始める。
『そろそろ起きなさーい? 時間よー?』
「うーん……あと少し……」
もう少し寝ていたい。なのに私の睡眠を妨害してくる。邪魔しないでよ……人のここ地位気分を奪わないでよ。
『いつまで寝てるの~? もう時間よー?』
「……わかってるよ」
私の願いをガン無視するかのようにさっさと起きてよバーカッ! と言わんばかりにしつこく騒ぐ声に若干イラつきを覚え始める。
『もうっ! 早く起きなさい! 桃夏のバーカッ!』
ムッカ!
言われた! マジでバカって言われたっ!
「うるさいなぁー! 誰がバカだっ!」
ムカついた反動で右手を思いっきり振り落とすと、何やら固いものに掌が直撃したのを感じた。
何だろうと目を開いてみると、暴行を受けた白い箱形の目覚まし時計が床に転がっているのが目に入った。
……ん? 何で目覚まし時計がここにあるの?
そもそも、私って目覚まし時計なんて持ってたっけ?
いや。これは私のじゃない。
私がこんなシンプルで可愛いげのないものなんて持つはずがない。
……じゃぁ、これは誰の?
そんなことを思いながら床に転がる目覚まし時計を拾い、何か目印になるものがないかいろんな角度から見てみると、時計の裏に“日付”や“時間”の他に、“録音”“再生”“消去”のボタンがあることに気がついた。
なにこれ?
訳が分からないままとりあえず再生ボタンを押してみる。すると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
『そろそろ起きなさーい? 時間よー?』
あっ、これお母さんの声だ。
でも、何でお母さんのボイス入り時計がここに?
『いつまで寝てるの~? もう時間よー?』
あぁーこれお父さんの時計だ。
うん。きっとそうだよ。
『もうっ! 早く起きなさい! 桃夏のバーカッ!』
イラッ……
なるほど。さっき私が貶されてムカついたのはこの声か。
そして、お母さんの仕業かっ!
朝から娘をこんな形で起こすとか何なの!?
これは一言文句を言ってやらないと気がすまない。
私に暴言を吐いた時計を持って駆け足で階段を降り、リビングのドアを勢いよく開けた。
「ちょっとお母さん! この時計何なのっ!?」
「あっ、起きたのね~おはよ~」
「うん、おはよー……って、そうじゃないっ!」
キッチンでご飯の準備をしながらのほほんとした感じで挨拶をして来るお母さん。
私もつられて何時ものように挨拶しそうになってしまった。
危ない危ない。もう少しでお母さんのペースに流されるとこだったよ。
「これ置いたのお母さんでしょ!」
「そうよ~寝起きの悪い桃夏のために夜中にこっそりとね~」
時計を見せつけて問いただすとあっさりと認めるお母さん。
思春期の娘の部屋に忍び込むとかなに考えてんのっ!? マジであり得ない!
これ、もしお父さんがやってたら一生口利かないレベルだよ!
「スマホのアラームをセットしてるんだから別にいらないよ! てか最後のやつはなに!? 最終手段で娘を貶して起こすとか酷くないっ!?」
「ふふ~ん♪ バッチリ早起きできたらかよかったでしょ?」
「気分は最悪だよっ!」
作戦大成功~♪ とか言いながら小さくガッツポーズをするお母さんはどこか楽しそうだ。
娘をからかって楽しむのはどうかと思うんですよねー……
「それに~この目覚まし時計があれば自分の声で好きな人を起こすこともできるし、好きな人の声で目覚めることもできるんだよ~?」
あり得もしない空想を前提として話を進めないでよ。
静かにご飯を食べながらニュースを見ていたお父さんがピクッて反応しちゃったじゃん。
「そんな人はいませんよーだっ」
これ以上この話で深掘りされて弄られる前に逃げるようにリビングをあとにした。
どっかの先輩が言いそうな台詞で言えば『逃げるが勝ち』ってやつ。
『……桃夏のやつ、彼氏でもできたのか?』
『さぁ~どうなんでしょうね~♪』
『ぐぅ……ついにこのときが来てしまったか……』
リビングから変な勘違いをして勝手に落ち込むお父さんの声と、それを弄って楽しむお母さんの声が聞こえたけど、何も聞かなかったことにしよう。
# # #
朝食を済ませた私は自宅を出て学校に向かう。
学校に近づくにつれて私に声をかけてくる男子が増えてくる。
「桃夏おはよう!」
「あ、うん。おはよ~♪」
「桃夏ちゃんおはよー!」
「おはよ~♪」
こうして色んな男子が声をかけてくるけど、正直言うと名前まではあまり覚えていない。
私のスマホのアドレス帳やラインの友だちリストにはクラス内や他の学年の男子などの名前が大量に登録されている。
けど、そのほとんどが相手から一方的に送ってくることが多く、私から送ることはない。
そんな感じで朝から色んな男子に話しかけられながら学校に向かっていると、学校の正門の前で何やら楽しそうに話をしている男女の姿が見えた。
女子の方は八重歯が特徴的でアホ毛がヒョコっと生えている私の後輩―――心温ちゃんと。
自転車に股がる同じアホ毛を生やす心温ちゃんの兄―――先輩である。
心温ちゃんはともかくとして、何で先輩がここにいるんだろう。
よしっ。ちょっと聞いてみよ♪
「心温ちゃん、おはよ~♪」
「あっ、桃夏先輩おはようございますっ☆」
私の挨拶に元気よく二本指でピシッと軽く敬礼しながら、パチコンとウインクのダブルコンボで返事をする心温ちゃん。
何なのこの子。めっちゃあざとい、けど可愛い!
「あと、ついでにせんぱいもおはようございます」
「お、おう……」
心温ちゃんはしっかりと挨拶してくれたのに、先輩のその挨拶はなんですか。もっとシャキッとしてくださいよ。
トドみたいな声でキモいですよ?
トドの声、よく知りませんけど。
「せんぱいはここで何を……はっ! まさか私のストーカーですかっ!? いくら私が可愛いからって中学校にまで来るのはキモ……気持ち悪いですよ?」
「言い直したところで結局同じ意味じゃねぇか。何でもいいけど俺を犯罪者扱いにすんの止めてくれる? 俺は『私可愛い』のタグ付きのメッキ少女をつける趣味なんざ持ってねぇよ」
何ですとっ!? 誰がメッキ少女ですか!
私が付けてるのは可愛いお面であってメッキなんかじゃないです!
しかもタグ付きとはなんですか。私はお荷物ですか。
マジでムカつくー!
「ちょっと愚兄さん! 私の先輩に何てこと言うの!」
私がそんなことを思っていると、心温ちゃんが代わりに怒ってくれた。
あぁ~、心温ちゃん何ていい子なの。
「えぇ……これ俺が悪いの?」
「当たり前じゃんっ! 先輩にそんなこと言うとかあり得ないよ!」
「あーわかったわかった。俺が悪かった」
「だったらちゃんと謝って」
心温ちゃんにそう言われると悔しそうにしながらもこちらに顔を向ける先輩。
そんなに悔しそうにしなくたっていいじゃないですか。
「あーその……変な言い方して悪かった」
渋々そう謝る先輩はプイッと顔を背ける。
「仕方ないですねぇ~今回は許してあげます」
「おう、そうか……ありがとよ」
先輩は短く返事をしたあと「そろそろ行くわ」と言って自転車を走らせようとする先輩。
「……おい」
「まだ話は終わってませんよ?」
動き出そうとした先輩の前に回り込み、自転車のハンドルを掴んで動きを封じ込めた。
「せんぱいを許す代わりに私に勉強を教えてください」
「いや何でだよ……お前の友達とやればいいだろ」
「だってほら、私って受験生じゃないですか~?」
「……そう言えばそうだな」
「でしょー? だったら受験を見事に突破した先輩に教えてもらった方が得策だと思いません?」
ちょうどウチで前々から塾に通わせようって話になってたんだよね。
これを機会に
「……確かにそうかもな」
「でっしょー? なら早速お―――」
「でも、却下だ」
やったこれで上手くいったと思った矢先、先輩に即却下された。
何なのっ!? 上げて突き落とすスタンスなの!?
やり方が汚すぎて腹立ってきます。
「何でですかっ! 教えてくれたっていいじゃないですか!」
「愚兄さん! 何で桃夏先輩をいじめるの? もう二度と口利かないよ?」
先輩が乗る自転車を前後に思いっきり揺さぶってごねる私と、先輩の態度の悪さに激怒する心温ちゃん。
そんな光景を中学校の正門前ってのもあって、色んな人からの注目がこっちに向けられているけど、今の私にはそんなの関係ない。
だって先輩が悪いんだもんっ!
「だぁーもう! わかった、今度見てやるからこれ以上ここで騒ぐな! 色んな人に凝視されてさっきから俺のメンタルが思いっきり削られてんだよ」
「絶対ですよ? 約束破ったら心温ちゃんに言いつけますからね!?」
やや強引ではあったけど、先輩に勉強を見てもらう約束を作ることができた。
ふっふ~……これで塾に行かずとも無料で勉強を見てくれるいいコマが手に入りました。
そうなればあとは酷使してやるだけです。
「わかったよ……なぁ、もういいか? そろそろ行かねぇと遅刻するんだけど」
ふむ。確かにちょっと引き止めすぎたかもしれないです。
これ以上長引かせると先輩がグレて勉強を見れくれなさそうだから、今はここで解放してあげるとしましょう。
「わかりました。では、次会ったときにはよろしくお願いしますねっ♪」
「はいはい……わかったよ」
面倒くさそうな返事をした先輩は駅に向かって自転車をこぎ始めた。
そんな背中をニコニコ顔で手を振って見送ったあと、私たちもそれぞれの教室へと向かった。
# # #
私たちのクラスは普段から騒がしいと言われているけど、今日は一段と騒がしい。
何かの話で盛り上がっているようで、男女問わず大きな声が教室から少し離れた場所にまで聞こえてくるぐらいだ。
いったい何してるんだろう。
そんな疑問を抱きながら自分の教室に足を踏み入れると「おっ、来た来た!」と、更に騒がしくなる。
えっ……なに? 何事?
教室内で何が起きてるのか分からないまま自分の席に座ると、一人の男子がこちらへと近づいてきた。
えっと名前は……にし……西村?
忘れちゃった。
「桃夏、おはよう」
「うん。おはよう~」
「えっと、すげー聞きづらいことなんだけどさ……」
なに? 私から何を聞き出そうって言うの?
まさか家の住所? それともスリーサイズ?
そんなプライバシーに関わることは絶対教えてあげないよ?
「うん……なに、かな?」
緊張しながら彼の次の言葉を待つ。
もし、住所を教えろとか言われたらどうやって誤魔化そうかな。
「桃夏って彼氏できたの? しかも年上の」
「……はい?」
えっ? この子は何を言ってるの?
私に彼氏? いるわけないじゃん。
「いや……ほら、朝学校の門のところで自転車を掴んで騒いでいたし、それを目撃している人が結構いて噂にもなってるからさ……」
「へ……? ちょっとまって!」
朝のあのやり取りが噂になってるの?
なにそれ、全く嬉しくないんだけど!
私があんなねじ曲がった性格をした先輩と付き合ってるとかあるわけないじゃん!
「あの人はただの先輩だから! 何にもないから!」
「またまた~桃夏にも春が来たんだからそんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃん~」
「そうそう。素直に喜べばいいんだよ」
必死に否定する私をからかうように話を広げようとする友人二人。
しかも、この二人は前に私がサイゼで先輩に悪質なナンパから助けてもらったのと、それから一緒の席でご飯を食べていたのを目撃していたらしく、その話が飛び出すと教室内は更に騒がしくなった。
ねぇ、何でこのタイミングでその話を出したの?
今話さなくたってよかったよね?
何ならずっと触れてほしくなったんだけど。
……余計なことを口走ったこの二人にはちゃんと説教をしなきゃダメだね……
「いいなぁ~羨ましいなぁ~」
「だから、違うってばーーーっ!!」
友人にからかわれ、教室内で騒ぎになっている私は否定の言葉を叫ぶしかなかった。
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