#46 深大寺


 銀バスの本社からバスで東京駅まで戻り、中央線で三鷹駅まで移動。

 そこから、調布駅行きのバスに乗って揺られること約20分。

 先生にここで降りようと言われてバスから降車。少し歩いてたどり着いた場所は調布市内にあるお寺―――深大寺である。

 ……何で深大寺? 俺たち飯食いに来たんだよね?

 何かお祓いでもしてもらうのか?

 だったら別こここじゃなくてもよくね?

 神田明神とかでも十分だろ。

 まぁ、俺はここから家がそう遠くないから問題ないけど。何ならここでお祓いでもしてもらおうかな。

 今日の俺は厄日みたいだし。


「深大寺に到着だな。早速お参りをしていくとしよう」


 先導して歩いていた先生が深大寺に着くと意気揚々とそんなことを言ってきた。

 何でそんなにワクワクしてるんすか。ここでお参りすると何かいいことあるのか?


「ここは縁結びや安産祈願の屈指のお……あっ」


 あっ、じゃねぇんだよ。

 あんたが深大寺に行こうとか言い出した理由はこれかよ。


「……先生。まさかだと思いますが、それが理由で私たちをここに連れてきたんですか?」


 三ノ輪の的確な指摘に焦り始める先生。


「いやー……ここにこれば君らの縁も結べるんじゃないかと思ってなっ! ……それに、私だって早く彼氏でも作って結婚したいんだもん!」


 おい。後半は完全にあんたの欲望でしかないじゃねぇか。

 先生の私情に生徒を巻き込むのはどうかと思うんですよ。

 そんなことを聞かされてしまっては、怒る気力もなくしもはや苦笑いを浮かべるしかなくなる。

 先生の隣に立つ三ノ輪も額に手を当てて呆れたように首を左右に振りながら溜め息を吐いていた。

 うん。これはあれだ、先生に結婚どころか彼氏もできないのは生徒を私情に平気で巻き込むまでのその願望が強すぎるからだと思います。

 本人には絶対言えないけど。


 俺と三ノ輪が溜め息を吐く一方で、全く違う反応を見せる人物がいた。


「へぇー! いいじゃんっ! これで本当に好きな人と結ばれたら最高にロマンチックじゃん!」

「うんうんっ! これで好きな人とずぅ~と一緒に居られたら幸せだよ~」


 恋愛脳に花を咲かせ盛り上がる美浜と野矢先輩。

 こいつら本気でそんなこと思ってるのか?

 縁結びなんて迷信だろ。神に願って簡単に恋人ができるんだったら苦労なんてしてねぇよ。

 主に俺が。

 よって、これは迷信だ。

 今までイタズラと勘違いの恋愛をしてきた俺と、そこで結婚したいとか吐露している先生がそう断言する。

 あ、先生はここにお参りするために生徒を巻き込んでるから除外だな。


「私は別に行かなくいいから、行ってき―――」

「えぇ~!? みのりんも行こうよー」

「そうだよ~! みのりちゃんもいい人見つかるはずだよっ?」

「私は別にそんなこ―――」

『行くのっ!』

「わかった。わかったから二人とも引っ張らないでっ!」


 どうやら女子四人が参拝するのが確定したようだ。

 俺? 迷信だのなんだのってほざいていたやつが行くとでも?

 そんなわけで、俺は敷地の外で待つとしようかね。


 敷地外に出ようと体を動かそうとした瞬間、右腕を美浜に、左腕を三ノ輪にガッチリホールドされ、両肩を野矢先輩と先生に捕まれてしまった。


「シーマン?」

「あなたまさか……」

「逃げようって」

「考えてないよね……?」


 えっ。なにこの四人。

 何でそんなきれいに連携して言葉を繋いで俺を脅してくるの?

 声のトーンも低いし恐怖でしかないんですけど。


「い、いや……女子四人で行ってくるんじゃ……」

「しょーくん、意味のわかんないこと言ってるからこのまま連行するね?」


 野矢先輩の宣言通りそのままお寺の前まで連行された俺は、強制的に一緒に参拝を参加させられることになった。


 強制参加の参拝が終わって線香を上げるブースを見つけた俺たちはついでにそこにも立ち寄ることになった。

 賽銭を入れてから線香を手に取り火をつけて線香を立てた。

 噂で聞いた話だが、こういった場所での線香から出る煙を浴びたりすると縁起がいいと聞いたことがある。

 そんなわけで、頭の中が残念な美浜に効くようにと、煙を染み込ませるように頭を軽くポンポンとしてやった。

 まぁ、結果として美浜には顔を真っ赤にしながらプンスカ怒られ、野矢先輩と三ノ輪にはジト目を向けられながら両頬を思いっきりつねられた。


 # # #


 参拝を終えて近くの通り沿いにまで出てくると、木々が生い茂っている場所に差し掛かった。

 太くて頑丈そうな木が立ち並び、横に広がった枝と葉っぱによってさんさんと照り付ける太陽を遮ってくれている。

 木のトンネルって言うやつだ。

 そんな木のトンネルを進んでいくと、木造造りの建物がチラホラと見え始めた。

 そのほとんどの建物が蕎麦屋になっているようで、駐車場の出入口にも“生そば”と書かれたのぼりが設置されている。


「ふむ。この道は車で何度も来ているが、歩いて通るのも中々いいものだな。木陰が心地よくて癒されるよ」


 そんなことを言う先生はどこか楽しそうに笑みを浮かべる。


「確かに、室内のクーラーよりもこういった自然に囲まれながら過ごす時間も快適ね」


 三ノ輪も同じくこの環境を満喫しているようで、辺りを見渡しながら時折顔を綻ばせる。


「見て見てっ! あそこに風車・・があるよ!」

「お前が言っているあれは水車・・だ」


 建物のすぐ側に設置されている水車を指差しながら興奮気味に騒ぐ美浜に冷静に突っ込むと「知ってるよ! わざとだからね!」と、なぜか怒られてしまった。

 わざと間違えるってなんだよ。よりたち悪いじゃねぇか。

 それにしてもあの水車でけーな……。

 建物の二階くらいの高さがあるように見えるがいったい何メートルあるんだ?

 それに、ゆっくり動いているってことは稼働させてるんだな。

 客に見せるためにあれだけのデカいやつを動かすとなれば、モーターもデカいだろうし電気代も高そうだ。


「やっぱほとんどのお店が閉まっちゃってるね~。どこも準備中の看板ばかりだよ? 入れるところあるのかなぁ」


 俺たちが深大寺を出た時間は14時を過ぎたあたりだ。これぐらいの時間帯になってくると閉める店も増えてくる。ラストオーダーも終わっていて、店内の片付け作業に入っている頃だろう。

 まぁ最悪、俺は東小金井で食うから別にいいんだけど。

 そんな感じ開いているお店を探すこと約五分。

 美浜の「あっ!」の声で俺たちは立ち止まった。


「ここ、何か雰囲気よさそうじゃない?」


 美浜がそう言うお店に視線を向けると、木造一階建ての建物に竹造りの柵と門構えに石段の入り口。

 門とドアの間には竹造りの腰掛けがあり座面には赤い布が敷かれている。

 門に掛かっていたのれんも“深大”を右から読ませる感じで年季のかかった白い生地に色褪せた藍色で書かれている。

 入口からは中庭も見え、外で食べることができるようにテーブルが設置されている。

 ……随分と上品な場所を選んだな。俺らが入っていいのかよ。

 俺のそんな心配を他所に先に踏み込んでいた先生がドアを開けて中にいる人に声を掛け始めた。


「すみません。5人なんですけど時間まだ大丈夫ですか?」


 時間も14時半を過ぎていてラストオーダーも終わっている頃。

 外の看板は“商い中”ってなってるが、さすがに断られるんだろうな。

 もしダメだったら俺は一人で別のとこに食いに行くから別に問題ない。

 だからもう解散でよくね? 解散にしようぜ。


「5名かい? 大丈夫じゃよ。お上がんなさい」


 中にいた人の声で俺のわずかな希望が一瞬にして霧消し、このお店で食事することが確定となった。

 対応してくれたのは腰が曲がった高齢のお婆さん。

 片付けの途中立ったのか、下げていた食器を一旦別のテーブルに置いて俺たちを快く招き入れてくれた。


「テーブル席と座席、両方空いとるから好きなとこ座んなぁ~」


 店内を見てみると、他の客は誰も居らず俺たちだけがいる状態になっている。

 お婆さんの言葉に甘え窓側にある座敷に腰を下ろすことにした。

 メニューとお冷やを持ってきてくれたお婆さんは直ぐに店ので入口へと向かい、外で見たのれんを持って中に入ってきた。

 あ、俺たちで最後だったんですね。なんかすみいません。


 メニューを広げそれぞれが食べたいものが決まったタイミングでお婆さんが注文を取りに来た。

 三ノ輪たちが天ぷらのせいろ、俺がとろろせいろの特盛と山菜天ぷら盛り合わせを注文した。

 注文を受けたお婆さんが厨房に向かっていくのを見送ったあと、改めて内装も見てみる。かなり年季が入っているようだ。木造だからなのか老舗旅館のごとくいい雰囲気が出ている。

 入り口の近くにも石臼があったから、昔はあの石臼で仕入れたそばの実を潰して粉から作ってたんだろうな。

 そんな感傷に浸っていると美浜が疑問をぶつけてきた。


「そういえば、ここのお店のメニューとか他のとこでも見たんだけど“深大寺そば”って何でそう呼ばれるよになったのかな?」


 深大寺そばの由来ねぇ。

 正直考えたこともなかった。気にすることもなかったけど。

 どうせあれだろ。深大寺をブランド化して世に知れ渡らせれば名物となり、お参りついでに立ち寄ってもらえるって考えだろう。


「あまり考えたことないけど……いきなりどうしたのかしら?」

「いやね? スーパーとかに行ったときにいろんな名前の蕎麦があるじゃん? 正直どれも同じな気がしてさー」

「ん~全て一緒ってのは言いすぎじゃないかなぁ……」


 確かに心温の命令でスーパーに買い物を行かされたときに、何度か麺コーナーにある生そばを見たことあるが、どれも一緒だと思ってる。

 十割そばとか二八そばとかあるが、その数字が何を意味してるのかもさっぱりだ。


「それは蕎麦粉が深大寺産だからじゃよ」


 俺たちの会話が聞こえたのか、お婆さんが話に参戦しながら注文していた料理を運んできてくれた。

 三ノ輪たちが頼んだ天ぷらせいろ。一人前のもりそばに海老、シソ、しいたけ、ししとう、ナスの天ぷらが入っていて結構ボリュームがあったが……


「いやいやマジかよ……」


 俺が頼んだ特盛とろろせいろは三ノ輪たちのおよそ三倍はあるそばの量が運ばれてきた。

 やべぇ……。これ食いきれるかな。


「それで、さっきのお宅らが話しておったここのそばの由来じゃが―――」


 お婆さんいわく、遥か昔に深大寺城の境内で栽培した蕎麦を当時の王に献上したことがあり、それを食べたときに風味が他と格段に違って美味かったと他の人々に度々吹聴したことによって有名になったのがきっかけ。

 それから時は経過して、幕末官僚が巡視している道中、そばを食べて大絶賛。それから更に深大寺のそばが知名度が上がったどころか、客人に持て成しの最適な食べ物として、飲食店やお土産用としてもお墨付きにもなったんだそうだ。

 水捌けや良質な湧き水など、そば栽培する為の自然環境が最適だったこともあって、それからは石臼などを活用してそば粉を引き、本格的に来客用の蕎麦屋開く店舗が増えていった。

 だが、神代植物公園の開園に伴い深大寺城跡も譲与。そば畑は消滅したらしい。


「しばらくは別の地域からそば粉を仕入れておったが、それを危惧した人々が公園内の城跡で深大寺そばの栽培を始めたんじゃ。今では公園とここのそば組合、地元の小学校が共同で栽培し、管理もやっておるよ」

「……なるほど。かなり歴史が深いんですね」

「お城があったってのがまず驚きだよっ……!」


 食べながらでいい言われていたから食べながら耳を傾けていたが、随分と面白い話が聞けた。

 水捌けがよくて湧き水も出るってことは、さっき見たあの水車も水の力で動いてるってことだよな?

 ……見せつけのために電気で動かしているとか考えてた俺が情けなくなってくる。


「おっ、出来たな。ほれ、山菜天ぷら盛り合わせとこれはサービスじゃ」


 そう言ってお婆さんが差し出してきたのはさっき注文した天ぷら盛り合わせと、別皿に数本ほど乗せられた海老天だ。


「えっ? 私たち海老天は頼んでないですよ?」


 注文した覚えのない海老天の登場に困惑しながらそう告げる先生。


「ワシの話を聞いてくれた礼じゃ。どっちにしろ今日までしか使えない海老じゃったから、捨てるぐらいならお宅らに食べてもらった方がええからのぉ」

「そうですか……そう言うことなら有り難くいただきます」


 先生が申し訳なさそうにサービスで出された海老天も一緒に受け取り食べ進めた。

 そばはコシがしっかりしててなかなか食べ応えがあった。つゆも鰹などの出汁が効いていて香りもよく上品な味わいだ。

 天ぷらもカラット揚げられていて油っぽさもなく、塩と一緒に美味しく食べた。


 その後。

 バスで三鷹駅にまで戻り、今日はそのまま解散だと駅の中に入ろうとすると、再度四人に確保され食後のデザートを奢らされた。

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