#45 あまり行かないとこ


 東京駅を出てバスに揺られること数十分。

 目的地である銀バスの本社にたどり着いた。

 先に来ていた先生と合流して一緒に本社の事務所に向かう。

 関係ない先輩を一緒に連れていくわけにもいかず、外にある待合室で待っててもらうことにした。

 最初は何でまた除け者扱いなのっ!? とか騒いでいたが、本社の事務所に入るしどんな話をするのかわからないことを説明すると、とりあえず納得してくれたのか大人しく待っててくれることになった。


 待っててあげるからさっさと行ってこいと上から目線で言われたけど……

 二階の事務所内に入ってカウンターがあるところまで進むと、タイミングよく井上部長が奥の方から姿を見せた。

 軽く挨拶を交わしそのまま部長に応接室に案内された。


「ここまで来てくれて助かるよ。ちょっと待っててくれ」


 部長はそう言うと、デスクの方に向かっていき引き出しを探り始めた。

 探していたものが見つかったのか、手元に探していたものを持って俺たちのところにまで戻ってくる。


「少し遅くなったが、君たちの給料だ。中に明細が入ってるから確かめてくれ。確認したらここにある書類にサインしてくれ。美浜ちゃんはこの書類を書いてね」

「はい」


 そういう井上部長は俺たちに少し厚めの茶封筒を手渡し、一枚の紙切れを俺たちに見せ近くにあるテーブルに置いた。美浜はその近くの椅子に座らされ渡された契約書に目を通し始める。

 あいつ何を見てるんだろう。

 そんなことを思いながら指示通りに手渡された封筒の中身を確認してみると―――


「うわっ……マジかよ」


 思わずそんな声が出てしまうような金額が入っていた。

 俺たちに支払われた金額は約40万。

 過去数ヶ月ぶんの給料がまとめて入っていた。

 いやいや40万ってでかくね? 俺ら学生が持ち歩くような金額じゃないよね? あれ? そう思うのは俺だけなのか?

 そんな疑問を抱きつつ横に立つ三ノ輪を見てみると、彼女も目を見開き明細書を持ったまま固まってしまっていた。

 まぁ、無理もないだろう。今まで何の報酬もうけてなかったのに、いきなり大金をこうやって渡されれば誰だって驚くしビビるに決まっている。

 ……この表現だとこの銀バスが未払金を平気でやってしまう最底辺のブラック企業に聞こえてあらぬ誤解を生みそうだからやめておこう。


「今までの君らは中学生だったら渡すことができなかったが、今の君らは高校生だ。今回はまとめて渡すことになったが、来月からは通常通りに支払うから今度時間があるときに銀行口座を作って持ってきてね」


 わかりましたと短く返事をし、受け取ったことを示す書類に自分のサインをして、あとは美浜の書類待ちとなった。

 ん……? 美浜に契約書?

 あいつ、いつの間に面接なんてしてたんだ? 俺がいない間に面接してたとか?

 まぁどっちでもいいんだが、あいつがよく採用されたな。そっちの方が驚きだわ。


「美浜もここに無事に入れてよかったよ。とは言っても私が部長にお願いしたんだがな」


 おいそこの残念教師。

 あんたのコネで入れたのかよ。

 普通こういうのって自分の力で入ることに意味があるんじゃねぇの?

 それを教える立場である教師がコネを使っちゃダメだろ。

 残念教師の独り言に内心溜め息をついていると、美浜の契約書の手続きが終わったようで、テーブルに広げられていた書類をかき集め鞄の中にしまい始めた。


「今日の用件はこれで終了だ。児玉さんも今日の作業はもう無いから上がっちゃっていいよ。生徒と一緒に昼飯でも食べて帰りなさい」


 井上部長から勤務終了を告げられた先生は「わかりました。ありがとうございます」と言って頭を下げた。

 さて、俺たちの用事はもう済んだんだ。

 これ以上ここにいても邪魔になるだけだからさっさと撤収するとしよう。

 おれはこの後は東小金井にまで戻って寿司屋の魚人うおんちゅにでも行って漬けマグロ丼を頂くとしましょうかね。

 脳内でそんな計画しつつ部長に挨拶をして部屋を出ようとドアを開けると不意に部長に呼び止められた。


「危うく言い忘れるとこだったよ。塩屋くんと美浜ちゃん、三ノ輪ちゃんは今度中学生がインターシップでここに来ることになってるから、そのサポートをお願いね。場所と日付はまた改めて連絡するよ」


 うげぇ……

 何でバス会社に来てまで中学生の相手をしなきゃならんのだ。

 反射的に拒絶しそうになるも、給料をもらった直後ってのもあって口にも顔にも出さなかったけど。……出てないよね?


 それにしてもバス会社にインターシップか。随分と物好きがいるものだな。

 俺と三ノ輪、先生も人のこと言えたもんじゃないが。

 つか、中学生の教育係を俺らがやって問題ないのかよ。

 普通は会社の社員とかがやるべきなんじゃね?


「……了解っす」


 簡単に部長に返事をして俺たちは本社をあとにした。


 # # #


「……遅いっ! しょーくん遅いよっ!」


 私たちが本社の建物から出て、望羽先輩が待っている待合室に着くや否や先輩の口から発せられた第一声がこれだった。

 眉間にシワを寄せ腕をくみ、プクーッとほっぺを膨らませた望羽先輩は完全に拗ねてしまっていた。

 しかも、そのクレームの矛先は私たちではなく、シーマン一人にだけに向けられたいた。

 その一方で、戻るなりいきなり投げつけられたクレームに対し「いやなんでだよ。むくれる場面がおかしいだろ」と、面倒くさそうにぶつくさ文句を言っている。

 うん……。これはシーマンがかわいそうだ。

 そんなご機嫌斜めの望羽先輩も合流したところで、この後の話し合いが始まった。

 話し合いのお題は“お昼ごはん”である。


「さて、今日の作業も用事も全て終わったんだ。早速どこでご飯を食べるか決めるとしよう」

「……何か先生のテンションが高く感じるけど……まぁいいわ。私はどこでも問題ないわよ?」

「なら、解散して各自で食べるってことでい―――」

「それだと他のみんなもどこでもいいってなって何にも決まらない。なら質問を変えよう。君たちは何が食べたい気分なんだね?」


 私の側で「あれ? 俺の意見はガン無視ですか?」って聞こえたけど、何も聞こえなかったことにしよう。

 ここで反応しちゃうとすぐに帰宅提案に走るからそれはなんとしても阻止しなきゃ。


「ん~食べたいものか~何でもいいんですか?」

「あぁ。とりあえずリストアップしてそれから選ぶとしよう」


 なんなら、その地域でしか食べれないものってのも言いかもな。

 先生はそう言いながら楽しそうに笑って見せた。


 地域限定のお店か……

 うんっ! それいいかも!


「あんまり時間もあまりないことだし、とりあえずは23区内の代表的なところを上げていきましょうか」


 みのりんの提案に一人以外が賛成してパッと浮かんでくる有名な場所を上げることになった。


「ここから近いとなると、築地場外市場か豊洲市場とかに行って海鮮系を食べるってのもいいんじゃない?」

「今の時間から行ってもかなり並んでいるはずだしタイムオーバーですよ。それなら江東区にある深川めしはどうかしら? 元々は漁師の賄いだったらしいけれど」

「アサリご飯って自分でも作れるしわりと何処でも食べれるじゃないかな~? それだったら北区王子にある“王子カレーうどん”とかどうかなぁ~?」

「あーカレーうどん好きだし美味しいけど、洋服とか汚れちゃうんですよね……」

「……それは美浜さんの食べ方に問題があるとしか言いようがないのだけど……」


 むっ! みのりんヒドイよ!

 私そんな汚い食べ方してないんだからね!


 それからも色々と食べたい物の候補が上げられていく。

 銀座の寿司。

 月島のもんじゃ焼き。

 門前仲町の寿司。

 両国のちゃんこ鍋。


 もうっ! なんなの!? 半分は寿司屋ばっかじゃん!

 もっと他に候補はなかったの?

 その……池袋のイタリアンとかさ。あそこだったらサンシャイン水族館にすぐに行けるじゃん。


「23区内だとなかなか決まらないわね……」

「もういいんじゃね……? 決まんないんだったらサイ―――」

『却下っ!』

「解せぬ……」


 何も決まらない私たちを見てシーマンが当たり前のようにサイゼを提案しようとしてたけど、私たち全員が口を揃えて却下した。

 意見を容赦なく却下されたことに不満そうな顔になってるけどそんなのは無視だ。

 当たり前じゃん!

 みんなで、あまり行かない地域限定のお店に入ろうって話になってるのに何でどこにでもあるファミレスをチョイスするの?

 確かに高校生の私たちの財布には優しいし美味しいし量も結構あるけどさ。

 でも、今回はちょっとぐらい贅沢してもいいじゃん!


 あっちでもないこっちでもないと色々と候補を上げて話し合っていると、それを見かねた先生が割り込んできた。


「なかなか決まらないようだね。なら、少し足を伸ばして調布市に行くってのはどうだね?」


 調布市か……調布市に何があるんだろう。

 でも、行き先がなかなか決まらないしこのまま話し合いをし続けるよりかは先生の提案に乗った方が一番いいかも。

 そう思ったのは私だけじゃなくて、望羽先輩やみのりんもそう思ったらしい。

 そんなわけで、私たちのこれからの行き先は調布に決定した。

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