#44 通常運行
小さな子供たちは外に出てキャッキャと走り回り、社会人は休日であるこの日をここぞとばかりにベッドにへばりついているであろう土曜日の11時過ぎ。
しょーくんが密かに企てていた乗合研究部の廃止案を児玉先生が感知し、私によって捕獲、そのまま部室に引きずり込んで、美奈ちゃんとみのりちゃんによって無事に阻止することができた。
後々二人から聞いた話だけど、この部活を抹消して私たちとの繋がりを絶とうとしていたらしい。
ほんとありえないっ!
何で部活を無くしてまで逃げようとするかな。
危うくしょーくんとの旅―――ん゛んっ! 楽しみにしていた合宿先の下見に行けなくなるとこだったじゃん!
これは近いうちにちゃんとした
そんな大きな危機を乗り越えた乗合研究部は、今日の作業を切り上げて、各自それぞれ荷物をまとめ始めていた。
「お腹すいた……。ねぇー何か食べに行こーよ!」
「今はまだ行けないわよ。私たち三人とも本社に来るように言われてるじゃない」
美奈ちゃんの食事の提案を即却下するみのりちゃん。
そう。私たちは今から銀バスの本社がある
昨日、部活が終わる数分前に先生が来て、三人とも本社に来るよう通達があったらしい。
ちなみに、先生も銀バスの関係者らしく、今日はシフトが入っていて先に晴海に行っているようだ。
「別に食べてからでもよくない?」
「ダメよ美浜さん。12時半に来るように言われてるのだからその時間に遅れるわけにはいかないわ」
それに、時間を気にして慌てて食べるよりかは用事を全て終わらせてゆっくり食べた方がいいじゃない。
そうみのりちゃんは最後に付け加えた。
うんうん。確かにせっかく美味しいご飯を慌てて食べたんじゃ味もわからないし体にも悪いもんね。
「……飯食いにいくのは確定なのかよ。俺は
『却下っ!』
「解せぬ……」
解せぬとか言ってるけどそれ、私たちの台詞だからね?
何ですぐに逃走を図ろうとするのかな。
あんまりそんなことばっかしてると、首輪とリード装着して私の側を歩かせるよ?
……うん、止めておこう。また前みたいに通報されちゃう。
通報されてまた警察官に思いっきり笑われちゃう。
そんな何気ない会話をしつつ、部室の戸締まりをして職員室に鍵を返却した私たちは校門を通過して神田駅に向かった。
東京方面のホームに着くとしょーくんが話しかけてきた。
「ところで先輩」
「ん? な~に?」
「吉祥寺方面とは逆方向ですけどどっか行くんですか?」
むっ! 本気でそんなことを聞いているのかな?
それともわざとなのかな?
あっ、この顔はマジでわかってなさそうな顔だ。
「君は何を言っているのかな? そんなの、私も一緒に晴海に行くからに決まってるじゃん」
「は? あんたが何を言ってるんですか? 先輩はお呼びでないので回れ右で帰ってください」
「だから何で私だけ除け者なのっ!?」
ここ最近、しょーくんが先輩であり生徒会長でもある私に対する扱いが雑すぎて悲しいです。グスン……
# # #
電車で東京駅まで移動しそこからはバスに乗り換えるために丸の内北口を出てバス停に向かう。タイミングよく晴海行きのバスが停まってたのでそのバスに乗り込んだ。
んで、神田駅で除け者扱いされただの騒ぎまくっていた野矢先輩は……俺のとなりに座ってご満悦である。
俺としては無関係の先輩にはお帰り願ったんだが、改札を出た瞬間―――
「しょーくん、他の子がいるからって私に対する態度が冷たすぎるよぉっ!」
涙目でそんなことを叫ばれてしまった。
他の乗客とかがたくさんいる改札の目の前で。しかも結構でかい声で……
そんな姿を見て叫びを聞いた美浜と三ノ輪はお怒りが自動的に起動し、俺へのお説教モードとなる。
しかもこの二人もなかなか声がでかかった。
そんなわけで、回りを歩いてた無関係の通行人も何事かと足を止め始める。
「なんでそうやって女の子を傷つけるのっ!?」
「あなたはそうやって女性を深い傷を負わせていくのね。最低だわっ!」
気づいていないのかそれともわざとやっているのか、周りの視線を気にすることなく罵倒してくる二人。
もうヤダこの三人……
そんな会話が周りにも当然聞こえているわけで、『なん股もしたクズ』だの『あんな大人になっちゃダメだよ?』だの、言われたい放題だ。
そんな刺すような視線と聞こえてくる避難の声が耐えきれなくなった俺は野矢先輩も一緒に来るのを了承したわけだ。
こうなってしまえばもう仕方がないんだよ。
ただ、もうあんな公開処刑は止めていただきたい。
今後一切の禁止を希望する。
でないと、俺が安心して外を歩けなくなりそうだ。
「晴海の用事が終わったらどうするの? その周辺で食事にするの?」
何を期待しているのか目を輝かせるルンルン顔の先輩がそんな質問を飛ばしてきた。
そんなにみんなで外食するのが楽しみなのかよ。俺なんて早く帰ってグータラしたいのにその気持ちが全くわからん。
そんな野矢先輩の質問に先に答えたのは美浜だった。
「えー? 晴海って周りに何もないじゃん!」
「その言い方はあんまりだわ美浜さん。せめてコンビニだけはあるわよ。コンビニだけは」
三ノ輪さんや。あなたの言い方があんまりだと俺は思うんですよ。
何でフォローするに見せかけて一緒になってディスってんだよ。
しかもコンビニだけを二回も言う必要あった? その強調いらないよね?
「コンビニなんてどこにもあるじゃねーかよ。だったら家の近くのコン―――」
『却下っ!』
俺の帰宅案を速攻で弾かれてしまった。
せめて最後まで言わせてくれよ……
「シーマンの提案っていつも帰宅ばっかじゃん!」
「んなことねぇよ。たまにバスタ新宿の三階に行ってタピオカミルクティー飲みながら高速バスの出入りを観察計画を考えながら帰ることもある」
「結局何もしないで帰るんじゃんっ!」
「一瞬でも何かあるのかと期待した私がバカだったわ……」
酷い言われようだなおい。
まさか俺のバス観察計画がここまで酷評だとは思わなかったぜ。
別にいいじゃねぇか。計画性があって。
……計画を練るだけで実行には移してないけど。
それに、一人で出るとき何もしないで帰るってわけじゃないからな?
八王子に行けば“八王子ラーメン”を食って帰るし、山梨の甲府に行けば“生ブドウジュース”と“ほうとう”を食うし、東小金井に行けば“宝そば”と言う名の元祖油そばを食う。
最後のは家のとこですね。はい。
とまぁ、そんな感じで少し足を伸ばせば外食をすることは結構あるわけだ。
主に一人だけど。
そしてこいつらには絶対言わないけど。嫌な予感しかしないからこいつらには絶対言わないけど。
「……い」
美浜たちが俺の行動力に非難を浴びせる中、隣に座る野矢先輩は視線を落とし何やらボソッと呟いた。
だが、声があまりにも小さすぎて全く聞き取れない。
「野矢先輩?」
「……ずるいっ」
「……はっ?」
「ずるいずるいずるい~~~~っ!」
この会話の何が不満だったのか、両足をジタバタさせながらずるいと何度も連呼し俺を睨み付けてきた。
何でこの人こんなに怒ってんの?
俺何か変なこと言った?
全然わかんねぇ……
つか、床をバタバタと踏みつけるの止めませんか? バスがかわいそうです。
「何で一人で駅ナカにあるタピオカ屋さんに行ってるのっ!? 私だってまだ行ってないのにっ! 私を誘わないで行くとかおかしいでしょっ!?」
おかしいのはあんたその言動だ!
なんだよそのお嬢様理論。
先輩の中では俺+外食=先輩を誘うってなってるようだが、そんな方程式俺には適応されてねぇよ。
「しょーくん、さっきから私に対する扱いがヒド過ぎるよ……。さっきだって私のことハブろうとするしさぁ……一人でタピオカドリンクを飲みに行って私を誘わないしさぁ……」
目尻に涙を浮かべ睨んでくる野矢先輩。その光景をゴミを見るような視線が前の座席から飛んでくる。主に俺の方に。
またこいつ女の子泣かせたよ。
そんな声が聞こえてきそうだ。
「はぁ……わかりましたよ。今度からは先輩も誘うように努力します」
「……絶対だよ?」
「へい……」
「しょーくん、約束はちゃんと守んなきゃダメだからね?」
「へい」
「……よしっ! じゃぁ~今日のランチのあとにタピオカ屋さんに行こ~う! もちろん、しょーくん持ちでねっ♪」
「へい……はっ?」
最後の台詞に疑問を抱き野矢先輩に視線を向けると、満面の笑みで頬に指を当て小首を傾げる野矢先輩が視界に入ってくる。
クソッ……
残念生徒会長に完全に嵌められたよ。
自然な流れで言うから思わず返事しちまったじゃねぇか……
そんな残念生徒会長に騙された悔しさを滲ませていると、今度は前の座席から抗議の声が上がり始めた。
「なにそれ! 望羽先輩だけずるいっ! 私たちも連れてってよ!」
「いやなんでだよ……。お前らは前回サイゼに連れていったんだから今回は別にいいだろ」
「前回は前回であって今回は別物よ。そんなことも分からないなんて大丈夫かしら? しょーゆくん?」
「もう名前に塩すら入んなくなったよ……」
「あら、
「そういうことじゃねぇよ……」
「兎に角、私たちも同行するわ。あなたのことだからまた野矢先輩のことを泣かせる可能性もあるわけだし。異論反論拒否逃亡は一切許さないわよ」
もうなんなのこいつら……
そもそも、俺も一緒に行く必要性あんの? 無いよね?
女子三人で行けば十分じゃね?
そんなわけで、俺はいらねぇな。
よし。家の用事があると行って撤収するとしよう。
「そういえば、はい。心温さんからの伝言よ」
カバンから取り出されたスマホを画面を点けたまま俺に見せてきた。
ラインが開かれていて、心温とのやり取りのログが残っている。
これ、俺が見てもいいのかよ。
「……どれを見ればいいんだよ」
「一番下よ」
三ノ輪にそう言われ一番下に表示されているメッセージを読んでみる。
『兄さんの帰宅時間は22時指定ですっ! その時間より前に来ても受け取れないのでよろしくでーすっ!』
人の帰宅時間を指定すんじゃねぇよ……
つか受け取れないってなんだよ。俺は荷物かよ。
俺の人権、ちゃんと仕事しろよ。働いても完全スルーされちゃうから無意味だな。
「もう答えは決まったようね」
妹に荷物扱いされ人権を無視されてゲンナリしている俺にニッコリと微笑みかけてくる三ノ輪。
お前ほんといい性格してるよ。
「はぁ……わかったよ。とりあえず飯食ったあとにな」
帰るって選択しが完全に消えてしまった以上諦めるしかない。
これ以上無駄な抵抗をして状況が悪化するぐらいなら早めに諦めた方が俺の財布の中身的にも助かるもんだ。
そんな感じで後部座席がやや騒がしいバスは着々と目的地へと進んでいく。
「なんか喉乾いた~。しょーくんコーヒー飲みたい~」
……こうやって騒がしいく、俺のことを当たり前のように貶して罵倒し、異論反論逃走拒否を一切許してくれないメンバーが所属する乗合研究部は今日も通常運行である。
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