#12 活動方針
残りの作業を3人で一気に片付け、ほうきとモップを使って室内を掃除して、先ほど部室の隅に追いやった長テーブルを二つほど引っ張り出して部屋の真ん中に並べて設置。
職員室から持ってきてくれた余ったキャスター付きのイスを3台ほど置いて部室内の大掃除が終わった。
長テーブルの両端に分かれるように俺と三ノ輪が座り先生はその真ん中に立って両手を腰にやって満足そうな笑みを浮かべていた。
「うむ。随分とキレイになったな」
あれだけ大量にあった学習用の机とイスは全て撤去された室内は二人では広すぎるほどのスペースが生まれた。これからここにいろいろと物が増えていくんだろうな。まぁほとんどがファイルとかがメインになるんだろうけど。
「俺、喉乾いたから自販機行ってくるわ」
「私も一緒に行くとしよう。ちょうどコーヒーが飲みたかったな」
三ノ輪から「わかった」との返事を聞いた俺たちは部室を出て、自動販売機がある1階に向かった。
部室を出て少し歩いていると、先生が何かを思い出したかのように口を開いた。
「そう言えばさっき聞き忘れたんだが……」
「何ですか?」
「乗合研究部の発足にあたって、何か活動方針とか決めてるのかね?」
活動方針ねぇ……
はっきり言ってしまえば何のための部活なのかはわからないってのが現状だ。
他の誰かと競い合うような大会があるわけでもない。
コンクールに参加するどころか存在すらない。
自分の好きなものを没頭して追求する時間でしかない。まぁ、俺の場合は大いに助かってはいる。現に、同じ部活仲間が目の前にいても何も気にすることなく自分のやりたいことを更新することができる。
ん? 更新……あぁ。それか。
俺が今まで集めてきた情報をデータベースとして残し、かつ分かりやすくファイルに振り分けて保存する。保存方法も写真、映像、用紙化、データ化、ネットワーク化の五つを全て駆使して保存していく。
一部のマニアは誰とも情報を共有せず、物としてもデータとしても残すこともなく、頭の片隅に焼き付けることで自分にしかない記憶の引き出しを増やして満足してるのかもしれない。
だが、それは後々大きな損失にも繋がる。
記憶の抹消だ。
年を追うことによって伴ってくる記憶は期限ってものがあり、古い記憶データやインパクトの弱い記憶ほど自動消去の期限も早く切れる。期限切れになって自動消去された脳内メモリーにデータが復元されることはないだろう。
もし何らかの形で復元されたとしても、気づいた時には消えてなくなっている。新たに新規保存するしかない。
しかし、新規保存したデータもいずれは抹消される。
そんな不毛な労力を費やして同じサイクルを辿りマイナスしか出ないなら別の方法に労力を使う方が効率がいい。
では、俺たちの活動方針、それは───
「記憶が無理なら記録する。それが俺たちのモットーです」
俺の答えにどこか共感できる部分でもあったのか先生は「ほぉ……その発想に至ったか」と、ボソリと言葉を溢した。
「念のために聞くが、その活動方針になった経緯はなんだね?」
「俺たちの活動は半永久的な情報収集が必要となるものが対象となってます。時間が進むにつれて情報も増えるわけですが、現状維持の記憶のままでかつ新しい情報の記憶も60年、70年と覚え続けられると思います?」
「……さすがにそれは難しいんじゃないか?」
理解が早くて助かりますよ。
先生を納得させることができたと思ったのもつかの間、「だが……」と言葉を濁す声が耳に入ってくる。
「……あいつが納得するかね?」
「あいつ?」
「三ノ輪のことだ」
いや、何でそこで三ノ輪が出てきた?
この話では関係ないよね? 先生の言っていることが汲み取れない。
下手に考えるのをやめにして素直に聞き出してみることにした。
# # #
私の言っている意味がよくわかっていないのか、眉間にシワを寄せ質問を飛ばしてくる。
「何でそこであいつが出てくるんすか」
「三ノ輪は頭がいいからだ」
私のそんな発言に対し塩屋は心底嫌そうな顔を浮かべた。
……私の言い方が悪かったか? まぁあとで弁解するから今はよしとしよう。
「……何すかそれ。学力を使った格差運動ですか?」
「何故そうなる……私が言いたいのはそうじゃなくて、それなりに頭のいいやつ程考え方も頑なだってことだ」
三ノ輪のように頭のいいやつは大概が大体が自分独自のルールを設けているやつが多い。
その自己ルールに縛られた者のほとんどは他人からの意見や話に耳を傾けようとせず、仮に聞いていたとしてもそれを全面否定した上で、自分が保有する知識を豊富に使って正論をぶつけ、正当化しようとする。
それは、歳を重ねていく毎に悪化していき、他人の意見を否定し続け自分の意見を押し通す傾向がある。
受験時のテストの点数をトップで通過する彼女は確かに頭はいい。だが、誰にも頼らず誰にも近づけず、一人で動こうとする柔軟さがない彼女は、今後の事を考えるとあまり好ましい傾向とは言えない。
そんな彼女を変えてほしいってのが教師である私の願いだ。
情けない話だが、私にできることには限界がある。
なら、年相応で彼女と同じ共通点を持った塩屋に頼むという手段しかないのだ。
「……それで、三ノ輪の反論を受ける可能性があるってことですか?」
「結論を言えばそうなるな」
「だったら最初っから三ノ輪に方針を決めさせればよかったのでは?」
「それでもいいんだが……三ノ輪の場合は今までの環境や容易から言って周りの私情を知りすぎている。それに伴ってこの活動事態を否定しかねん。でなければ“隠れオタク”なんてやってないだろう?」
顔立ちがよくて品格のある性格をした三ノ輪が実はオタクなんですって知られたら、周りからの風評被害は間逃れないだろう。
それが“イジメ”に発展する可能性だってある。
その最悪のケースだけは避けたいのが私の本心だ。
「あっそう……なら―――」
私の声を聞いた塩屋の顔は口元を歪め不吉な笑みを浮かべていた。
いったい何を企んでいるのか……? こいつの心境を掴むことができない。
「この件、俺が独断で決めさせてもらいます。周りを気にして活動をコソコソとやる奴には口を閉ざしてもらいましょう」
ロクでもない事を言われることを覚悟していた私にとっては心底意外な回答だった。
面倒だと一言で片付け周りの人間関係をぐちゃぐちゃにして終わらせそうな気がしていたが、そうではないらしい。
「さっき“記憶が無理なら記憶”と方針を固めましたよね?」
「そ、そうだな……」
「その方針の真相―――
塩屋が提示した方針の内部であり心臓部。その中身を打ち明けると言ってきた。
はたして、どんな内容なのか。
そんな彼の次なる言葉を待っていると、意を決したような目付きでこちらを見据え静かに口を開いた。
「バス好きの、バス好きによる、バス好きのためのサイトの作成、データーベースの設置。これが俺の想定しているメイン部分です」
ある有名人の台詞を丸パクリ感が否めないが、それでも、この言葉に隠された心情と熱意を私は否定する気にはならなかった。
「なるほどな。よくわかった。けど、それをどうやって三ノ輪に伝えるつもりいるんだね? 私の口から告げることもできるが?」
どんなに強い信念があろうとも、結局いい負かられることは生きていれば嫌ってほどある。
今回は塩屋がその鏡面に立っている状況だ。
ならば、私は教師らしく彼から紡がれた方針とその内容を伝えることぐらいはできるだろう。
私からの発言であれば彼女も強くは否定はしないはず。私はそう考えていた。
だが―――
「これは俺の口から直接言います」
―――先生は何も口を出すな。
そんな意味が含まれていそうな塩屋の口から想定外の台詞が飛んできた。
てっきり私任せにするのかと思っていたが……どうやら私の読み違いだったようだ。
「具体的なプランとかはあるのかね?」
「方針を伝えるのにプランとか要らないでしょ。アリのままを伝えますよ」
「そうか。では君の任せるとしよう」
歩きながら話していると気がつけば自動販売機の目の前にまで来ていた。
ポケットからICカードを取り出し、二つ分のコーヒーを買って片方を塩屋に渡した。
それを受けとると、申し訳なさそうに財布を取り出そうとするが、それを制止して財布をしまわせた。
「さて、いい感じて方針も固まったし、一旦部室に戻るとしよう」
買い物を済ませた私たちは三ノ輪が待つ部室へと歩調を早めた。
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