#13 天然記念物×シーマン


 自販機で先生にドリンクを買ってもらって部室に戻り、残りの時間をどうしようか考えつつも、下校時間になればすぐにでも帰れるようにと簡単に準備を済ませていると、児玉先生が質問をしてきた。


「ところで三ノ輪と塩屋。君らの家にはグッズみたいなのは持っているのかね?」

「随分と唐突な質問ですがバス関係のグッズですよね?」

「そうだ。何か持っているかね?」

「俺は持ってるのは持ってますが……」

「そうか。三ノ輪、君はどうかね?」

「私も一応ありますけど……」

「そうか。では明日この部室にそのグッズを飾るとしよう」


 さも当たり前のようにさらっと言う先生。

 いや何言ってんの? どれぐらいの大きさの物なのかわかってて言ってんの?

 それを明日持って来いとか無理でしょ。


「いや、ちょっ―――」

「待ってください」


 俺が反論しようと声を上げると、それを遮るかのように三ノ輪が待ったの声を上げた。

 どうやら三ノ輪にも今回の先生のこの提案には思うところがあるらしい。


「先生は明日にも私たちのグッズをここに飾ると言っていますが、サイズのことを考えて仰ってますか?」

「それに関しては問題ない。明日の放課後にでも私の車で運ぶからな」

「なるほど。持ち運びの手段は問題ないですね。わかりました」


 持ち運びの手段が先生の車ってのもあってなのか一瞬にして納得してしまった。


「マジかよ……」


 正直もっと渋るのかと思っていたんだが、これは想定外だ。


「副部長の私が持ってくるのに、まさか部長であるあなたが何も持って来ないとは言い出さないわよね?」


 そうは言われてもな……俺が持ってるのなんてサイズが大きめのばかりなんだよな。今まで人に見せたこともないから見せるのも恥ずかしいし。


「何を考えているのかは知らないけど、私が恥ずかしい思いしながらバスのグッズを持ってくるのよ? そんな私にだけ持って来させてあなただけ持って来ないなんて愚行に及んだ場合は一生あなたのこと恨むわよ?」


 怖っ! こいつに一生恨まれるとか生きた心地しねぇじゃねぇか。

 まぁいい。こいつも結局恥ずかしい思いをするんだ。


「はぁ……わかったよ。俺も持ってくる。それでいいんだろ?」

「そう。それでいいのよ」


 渋々返事する俺にどこか満足げの三ノ輪の顔に俺はただただ項垂れるしかなかった。


「よし。それじゃとりあえず、明日のスケジュールは確定だな」


 先生はそう言ってポケットから手帳を取り出し何やら書き込んでいる。その作業が終わるとこれから職員会議があるとか言って先生はそのまま立ち去って行った。


 # # #


 部室内の掃除が終わって特にやることが無くなった俺たちは、鞄から読みかけの本を引っ張り出し読書を始めた。

 二人とも会話を交わすこと無く、室内に鳴り響く音は時計の針の音と運動部の活気溢れる声とページを捲る音だけ。

 そんな俺らの沈黙を破ったのは俺のすぐ近くにあるドアだった。


「どうぞ」


 ドアのノックを耳にした三ノ輪がそう返事すると、やや遠慮がちにドアがゆっくりと開かれ、オレンジ色のセミロングヘアー女子が周りをキョロキョロと見渡しては躊躇しながら室内へと足を踏み入れた。


「えっと……乗合研究部ってここで合ってる、のかなぁ……?」


 自信無さそうにそう確かめてくるオレンジ色の女子。視線は定まらず中に入ってからもキョロキョロと辺りを見渡していた。

 落ち着きのない奴だな。


「えぇ。ここは乗合研究部で間違いないのだけれど……何か用かしら?」

「あっ、えっと……三ノ輪みのりって子に会いたいんだけど……その子がこの部活に所属しているって聞いてここに来たの。その子いるかな?」

「えっと……あなたの名前は……」

「あ、ごめんね? 私は美浜美奈だよ」


 なるほど、個人的な用事ってことか。なら俺が出る幕は無いし、声を発する必要性もないな。


「美浜美奈さんね。覚えたわ。三ノ輪みのりが私よ。ここの副部長をしているわ」


 そんな感じに美浜と言う名の女子に軽く挨拶を交わした。


「そうなんだー! あれ? 三ノ輪さん一人? 部長は帰っちゃったの?」

「部長は……」


 三ノ輪は美浜の質問を言い淀みながら此方へと視線を向けてくる。

 その無言の回答止めろ。

 俺の価値は名前すら呼ばれなくなるレベルなのか。

 いい加減泣くぞ?


「へっ? なに? どうしたの?」


 三ノ輪が無言で向ける視線の先が気になったのか、美浜も同じように此方へと視線を向けてくる。


「ぬぇぇええ~っ!? 何でシーマンがここにいるのっ!?」

「……」


 おい。何だ今のオーバーリアクションは。

 両手を上に挙げ片足も何かを避けるような仕草をした上に、何かヤバい物を見つけたような顔をしやがって。

 それに“シーマン”って誰だよ。俺に向かって言ってきたんだから俺のことなんだろうけど。

 あれか、顔だけは人間で胴体は魚の人面魚とでも言いたいのか。性格が歪んでいて、口も悪くて、何かあるとすぐにいじけ、挙げ句すぐに逃走を図るあの魚か。

 なにその魚。めっちゃ腐ってんじゃねぇか。そんな魚と同等にされているだと? 心外も甚だしい。


 大体俺の性格はねじ曲がっていて、否定発言を連発して、相手の好意を否定から考え、ヤバくなったら即逃走するだけだぞ。そんなんのと一緒にさ―――ダメだ。一緒じゃねぇか。

 何なら俺の方がよっぽど重症じゃねぇか。


 自分で考えておいて悲しくなってきた……

 大体なんでゲームのクセにあの時代で対面式でお喋りなんてもんができるんだよ。

 しかも相手の発言をちゃんと聞いた上で的確な返事が返ってくるし。

 人工知能搭載のAIとかカッコいいな。“AIシーマン”とかかっこよくね?

 ……なんか俺が人工創作物みたく聞こえてきた。考えるだけ虚しくなってくるからもう止めよう。


「残念なことにこの男も部員よ。そして部長を勤めているわ。本当に残念極まりないわ」


 こいつ……さっきから言わせておけば……!


「おいちょっと? 最初と最後の言葉は余計なんじゃないですかね?」

「あら、そういう風に言えば喜ぶのかと思ったのだけれど違ったかしら?」

「さっきも言ったが俺は罵倒されて喜ぶような変態じゃねぇんだよ」


 俺らの会話を客観的に聞いた美浜は目を真ん丸にしてポカーンと口を開けて呆気に取られている。

 ほら見ろ。完全に呆れられてるじゃねぇか。


「なんか……楽しそうだね」


 全くの想定外の台詞が美浜の口から飛び出したかと思えば、どこか羨ましそうな微笑みを向けてくる。


「は?」

「はい?」


 美浜のその台詞に二人同時に反応し美浜へと視線を向けた。

 一体こいつは俺らのこの会話を聞いてどう繋げて変換するからそんな解釈に至ったんだ? 頭の中がお花畑なのもほどがあるだろ。


「美浜さん。あなた一体私たちの会話のどこを切り取った上でその結論が出たのかしら?」


 美浜の解釈によほど不服に思ったのか冷酷な視線で美浜を睨み付ける。


「えっ……? えーっと……その、あ、あれだよ!」


 三ノ輪に睨まれあたふたとしながらも何か思いついたのか手を一回叩いて人差し指を立てて、


「喧嘩するほど仲がいいってよく言うじゃんっ! それだよ!」


 そんな結論を提示してきた。その結論に満足したのか言った張本人は満足そうな笑みを溢している。

 ダメだこいつ。さっきよりもより大きい爆弾を投下しやがった。


「美浜さん、何か誤解しているようだから先に言っておくわ。まず、私とこの男が仲がいいってことは断じてあり得ないことよ。それと喧嘩しているから仲がいいって解釈の仕方は大きな間違いよ」

「え? そうなの?」


 初めて知ったと言わんばかりの驚愕の表情を見せる美浜。その顔にこっちの方が驚きなんですけど。

 え? じゃぁなんだ? 今までそんな解釈をして来たのかこいつ。

 じゃぁあれか、殴り合いの喧嘩をしているもしくは殺し合いをしているやつなんて“じゃれているだけ”と言う認識なの?

 なにこの天然記念物。超怖いんですけど。


「んー……でも私から見る限りでは二人とも心底嫌ってな感じには見えなかったよ?」


 むしろちょっとだけ楽しんでいるように見えたと彼女はそう付け加えた。

 え? マジで? こっちはそんな感じ全くしなかったんだけど?


「それに、シーマン部活ではちゃんと話せるんだね? 教室では静かだし、誰ともしゃべらないし、関わろうともしないし、話しかけられたら不審者みたいな動きしててキモいし、典型的なコミュ症なのかと思ったもん」


 なるほど。俺はこの女にも結局貶される運命ってことなのか。

 まぁ実際そんなもんなのか。今までもずっと貶されてきてたわけだし、騙されて無駄な噂ばっかが広まっていくだけだし。

 当然ながら話しかけられもしないし陰口ばかりだし。

 そうやって陰口を叩くアホにはこの一言に限る。


「……うるせぇよ天然記念物」

「はぁっ!? その天然記念物って何なのっ!?」


 言い合ってる光景を見て楽しそうとか頭おかしいだろ。どんだけこいつの頭の中は花が咲いているんだよ。

 喧嘩するほど仲がいいって話なんだろうが俺と三ノ輪に関してはそんなことはない。

 俺が一方的にやられてるからな。


「はぁ……それで、美浜さんは私に何の用なのかしら?」


 話が全く進まないことに三ノ輪は深いため息を吐きながら再度ここに来た用件を求めた。


「えっと、その……私の願望で言いにくいと言うか……」


 喋りだしたかと思えばバツが悪そうな表情で体をもじもじさせ何やら言いづらそうな雰囲気を出し始める。

 これはあれだな。俺はこの場にいない方が懸命かもしれないな。


「美浜……だったか? 俺がいない方がいいならすぐに席外すぞ?」


 そう一言だけ言って席を立ちドアの方向へと体を向ける。


「待って!」


 一際大きな声と同時に呼び止められ思わず肩をビクリと震わせてしまう。


「私は大丈夫だから……シーマンも一緒に聞いてほしい」


 どこか辛そうに微笑む美浜の顔を見てこれ以上の行動を起こすことができず、美浜の要望通り一緒に話を聞くことになった。

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