#14 練習・実力テスト
少しばかり時間をかけて深呼吸をする美浜は、心を落ち着かせる。そして意を決したかのようにゆっくりと口を開いた。
「えっと、私ね? バイトがしたいんだ」
俺も三ノ輪も途中で口を挟むこと無く黙って美浜の話に耳を傾ける。
美浜の話によると、求人広告とかを見ててもなかなかいいものが見つからないらしい。
「それでね? 銀バスにもいる三ノ輪さんに手伝って貰えたらなーって思って……」
「ちょっと待って」
話をある程度聞いた三ノ輪が突然美浜にストップをかけた。
「何故ここにその話を?」
「あ、あははは……やっぱりダメだよ、ね……」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて、何でここを選んだのか、何か理由があるのかを聞いているのだけれど」
やや刺のある質問にシュンと縮こまりながらも、おもむろに三ノ輪を選んだ理由を口にする。
「その……最初は児玉先生に相談したんだけど、児玉先生曰く三ノ輪さんの方がわかるだろうって聞いて……それでここに来たの。ごめんなさい」
「別に謝らなくても……」
二人して空気重くするのやめてくれませんか。物凄く居づらいんですけど。
つか、あの先生絶対俺らの目的とか忘れてるだろ?
この部活は乗合研究部であって何でも屋じゃないんだけど。
いや、そう言えばこいつ三ノ輪を訪ねる際に“銀バス”を何故かワードに出してきたよな? あれは何の意味があるんだ?
「美浜さんもうひとつ質問いいかしら?」
「うん」
「あなた、さっき私を訪ねるときに“銀バス”にいるって言ってたわよね? それとこの料理の話は何の関係があるのかしら?」
どうやら俺の疑問は三ノ輪も同じように抱いていたらしく、率直に質問をぶつけた。
「ほら、銀バスの吉祥寺営業所内に食堂があるじゃん? あそこに三ノ輪さんが何度か中で作業しているのを見たことがあって、仲良くなって紹介してもらおうって思って。けど、私の料理壊滅的だし、どうしようか悩んで先生に相談したらここを案内されたの」
あぁなるほど。こいつの中ではそんな計算があったわけなのか。
バイトをしたいけど見知らぬ所では一人じゃ心細い。けど、三ノ輪を見つけたことによって同じとこでバイトをしたい願望が出るも料理は壊滅的で、面接も受かる自信がない。なら、先生に相談してまずは三ノ輪との接点を取り、ある程度料理スキルを身に付けつつ三ノ輪と仲良くなってそのまま紹介してもらおうと言う計算か。
それはそれで良いかもしれないが……
自らの手で何かをやろうともしないで、流れるように入り込もうとするその考えは甘すぎる。
「……あなた、それを理由にして銀バスの食堂で働こうとしてるの?」
「えっ……うん」
「それじゃぁ何にも身に付かないわよ? 色んなことを自分で経験しないでこれから先どうやって生き抜いていくつもりなの?」
「それは……」
三ノ輪が言う指摘は的確なもので、相手の判断に身を任せようとする美浜には効果的だった。
「簡単な気持ちと覚悟だけで銀バスに入ろうとするのは迷惑にしかならないし、足手まといだわ」
おぉ……随分と辛辣な台詞を思いっきり浴びせたな。まぁ、こいつと同じことは思いはしたけどさすがに口には出さないぞ。後が怖いし……
「なぁ……さすがにいいす───」
「なんか……三ノ輪さんすごいね」
「はっ!?」
「はい!?」
いやいやちょっと待て。あれだけの罵倒を受けて普通ならかなり凹むレベルだぞ?
それをこいつは“すごい”の一言で片付けやがった!
え? コイツには三ノ輪の罵倒が通用しないのか?
今までに無いタイプが出た気がする。
三ノ輪も美浜を突き放す発言をしたにも関わらず、想定外の反応に目を丸くさせ驚愕している。
そりゃそうだろうな。プラスに捉え感動されるだなんて誰が想像できただろうか。
「思っていること、考えていること、自分の意見を何の躊躇いもなしに思いっきりぶつけれるってすごく憧れるんだよね!」
美浜のそんな台詞を受けて三ノ輪は諦めたように大きなため息を吐く。
「はぁ……あなたは別の意味で肝がずっしりとしているわね。わかったわ。あなたのふざけたその考え、考え直させてあげる。一切妥協はしないからそのつもりでいなさい」
「っ! 本当にっ!? 本当にいいの!?」
三ノ輪の返事を聞いた美浜はぱあぁっと明るい笑みを溢しながら三ノ輪に何度も確認を取る。
無理だと判断した場合はそこで諦めるの条件付きとなった。
「……では、まずは面接の練習からよ。あなたが銀バスを選んだ理由は?」
「クラスメイトが働いているからですっ!」
「……」
おいおい。こいつ本気で言ってんのか?
確かに素直に答えることはいいことだが、それでもそんな回答するか? あまりにもアホな答えに三ノ輪も固まってしまっている。
おーい。三ノ輪さーん? 戻ってこーい。
「えっと……そうじゃなくて、あなたが銀バスで働こうと思ったきっかけは?」
「友達が働いてるのを見て私も働きたくなったからです」
「その働きたくなった理由は?」
「お金がほしくなったのと、料理スキルを身に付けたいからです」
「……」
聞き取りが終わった三ノ輪は静かに目を瞑り手を眉間に当てため息ひとつ。
それから、目を開けにっこりと微笑み、不採用ねと告げた。
美浜は何でっ!? とか嘆いているがんなもん当たり前すぎて口に出す気すら起きない。
面接でそんな回答するやつがいるかよ。んなもん即刻不採用、怒られるまである。
「そんなど直球な回答をして採用されるわけがないでしょ。あなたの回答は欲望の塊を押し付けているだけよ」
そう言い放った三ノ輪は面接の解答例を美浜に教えて何度か練習させる。その練習で美浜が覚えたところでその方法で行きなさいとアドバイスをして終了した。
「さて、次は料理実習ね。さっそく食材調達をして調理室に行きましょう」
最初っから思ったことなんだが俺要らないよね?
邪魔物はさっさと消えるべきだと思うんですよ。
そうなればいざ撤収だ。
読みかけの本にしおりを挟み、荷物をまとめていざ帰宅準備完了。後はドアを出てどこにも寄らずそのまま自宅へ直行するだけだ。
「さて、俺は必要ないようだからさ───」
「待ちなさい。どこに行くつもりなのかしら?」
もう少しで出れると言う手前で三ノ輪に呼び止められた。
振り返ると眉間にシワを寄せ訝しげな眼差しを向けてくる。俺ここまで睨まれるようなことしたっけ? うん、わからん。
「は? 家に帰ろうとしてるんだが?」
「あなたはバカなのかしら? 私は帰っていいだなんて許可を出していないのだけれど?」
何で俺は貶されて罵倒されたのだろうか。納得ができない。
調理実習なら三ノ輪だけがいれば十分じゃねぇか。いてもいなくても大して変わらない俺が残ったところで何になるって言うんだよ。むしろ、俺がいる必要性だなんて皆無だろ。
「……俺の役目なんてねぇだろ。むしろ足を引っ張るだけだぞ?」
「あなたにもちゃんと役割はあるわよ?」
「俺に何をしろと……?」
何だろう。嫌な予感しかしないんだが。
「あなたには試食の担当をしてもらうわ」
おふ……。嫌な予感が的中したよ。
ヤバイもんを食わされそうな気がする。
「ねぇ、俺の拒否権は?」
「何を言い出すのかと思えば……」
俺の質問に呆れたように声をあげる三ノ輪。散々罵倒するだけ罵倒はするが一応人権だけは守ってくれるはずだ。
無事に帰宅ができること───
「あるわけ無いじゃない」
「……へい」
───が叶わないことが三ノ輪のニッコリとした笑みと発言によって確定し、仕方なくこいつら二人の調理実習に付き合うことになった。
# # #
食材の買い出しなどを簡単に済ませ学校の調理室に戻ると、二人は調理機材などを取りだし下準備を済ませると調理の実力テストが始まった。
その間、俺は特にやることもないのでどこか適当な席にでも座って本を読んで待つことにした。
最初は美浜がどれ程の料理ができるのかが知りたいと言うことで、まずは一人で料理させることになった。
調理する内容は―――定食で定番の味噌汁である。
「はい。できたよー」
「えっと……」
数分待って出来上がった物はとても味噌汁と呼べるような状況じゃなかった。
確か作っていたものは味噌汁だったたはず。だが、差し出されたのはどす黒くてドロッとしたものだった。
「なぁ……これ大丈夫なのか……?」
「さ、さぁ……ほら、さっさと食べなさい」
「お、おう。つか、お前も食えよ……」
「わかってるわよ……」
お互いそんなことを言い合いながらも中々手を伸ばす勇気が出ない。
「……」
ずっとこうやって自称味噌汁と睨めっこしてたところで事は何も進まない。仕方がない。一口だけ口に含めてみるとしよう。
恐る恐る手を伸ばし口に含めてみる。とても味噌汁とは思えないドロッとした感覚が口の中で広まり、ピリッとした刺激が口の中を支配する。やばい。頭がクラクラしてきた。
「これはひどい……」
「なっ!? 食べれないほどじゃないもん!」
俺の素直な感想に激しく噛みつき、自分で作った味噌汁を口に含む。そのダメージは大きかったらしく一発即KOとなった。
「何これ……一体誰が作ったの?」
お前だよお前。当たり前の様に自分の失敗を他人に押し付けようとすんな。
美浜の実力がわかったところで今度は三ノ輪が手本を見せがら、美浜に同じように作るよう指示を出す。作るものは先程と同じで味噌汁である。
同じ調理台に立ち、三ノ輪の指導のもと作るのだから今回はだ丈夫だと思っていた。
それは恐らく三ノ輪自身もそう思っていただろう。
だが───
「何でこうなるの……」
調理が終わった頃には頭が痛そうに手を当てて深いため息を吐く三ノ輪の姿と、たはは……と困ったように目尻辺りをカリカリとかきながら苦笑いを浮かべる美浜の姿があった。
何が起きたんだ? そう思い二つ並ぶ鍋の中を覗いてみる。
三ノ輪が作ったのは味噌汁の中に出しが透き通っているようにも見えてすごく美味しそうに見える。
鍋の中に投入されたままのお玉で軽く掬い上げてみると、出汁のいい香りが鼻の粘膜を刺激し、サラサラとしてて食べやすく喉ごしも良さそうな出来映えだった。
一方の美浜のは……
「……」
三ノ輪と同じ味噌を使っているはずなのに赤味噌を大量に使ったんですか? と聞きたくなるぐらい黒い。というか焦げている。
味噌汁が焦げるこかあんのかよ。
折角切った豆腐も混ぜるときに力を込めすぎたのか、または勢いよく混ぜすぎたのか、部分的に潰れてしまい悲惨な形になっている。その豆腐も大胆に四等分にでもしたのか三ノ輪のものと比べてもサイズが大きい。
なにこれ。沖縄にある“ゆし豆腐”の味噌バージョンですか。やばい、全く味の想像ができないんだけど。
同じように鍋の中に入ったままのお玉で掬い上げてみると鼻を刺すような塩気の強い臭いと、スープもどこかドロッとしている。
食器棚から味見用などで使われる小鉢を三人分用意してそれぞれの味見をしてみる。
三ノ輪が作ったのは見た目通り安定した味に仕上がっていた。むしろ料亭などに出てきそうな味になっていた。
一方の美浜のは物凄く味が濃かった。
いや、濃いってレベルじゃない。とにかく辛い。塩分が多すぎる。ドロッとしているせいで口の中に残るし、どうするからこんなことになるんだよ。
「うーん……何でこんなことになっちゃったんだろう」
「それは私の台詞よ……」
「やっぱり隠し味にいれた片栗粉とウスターソースが悪かったのかな……」
思わず耳を疑う台詞が美浜の口から飛び出してくる。どうりで味噌汁ではあるまじきドロッとした食間と無茶苦茶塩辛いわけだ。
『はっ!?』
そんな美浜の台詞を耳にした俺たちは思わず二人同時に反応しまった。やだ恥ずかしい。
「おい三ノ輪。お前ちゃんと監視してたんじゃねぇのかよ」
「何を言っているのかしら試し屋くん。私だって一緒に調理していたのよ? あなたこそ不気味でイヤらしい卑猥な顔で私たちのことを舐めるように見ていたんじゃないの?」
「勝手に人の目ん玉をエロティックにすんな。俺に
「あなたの顔はどうでもいいとして、この状況はどうしたものかしら。他に打開策があるとするなら……」
「こいつがこの先何も作んないことだな」
「それで解決させようとしないでっ!? シーマン酷いよ!」
酷いって言われてもこれが現実なんだから仕方がないだろうよ。三ノ輪が一緒に作ってこの状況なんだからもう諦めろとしか言いようが無いだろ。
「何でうまくできないのかな……食べるのが好きだから色々と作れるようになりたいのに……」
こんなんじゃぁ好きな人の胃袋も掴めないじゃん。
最後にボソッと呟かれた小さな声を俺は聞き逃すことはなかった。
なんだよ。本当の目的はそれかよ。
好きな人に自分の手料理を食べさせたい。そして美味しいって言ってもらいたい。
それは恋する乙女の願望であり大きな夢なんだろう。そんなもうひとつの理由と感情を今抱いているのが、目の前にいる美浜美奈なのだ。
そんな彼女に今言えることは何だろうか。
そう思い頭の中で色々と探っているととある疑問が浮上してきた。
“美味しいとはなんなんだ”と。
「真の目的は好きな人の胃袋をつかむことか?」
「えっ……あ、うん……」
「今まで自分で料理とかしたことあんの?」
「うん。今までお母さんが作っているのを手伝ったことは何度かある。自分一人で作ったのは今日が初めてだけど」
「なるほどな。それで思ったんだが、美味く作る必要性ってあるのか?」
「当たり前じゃん! 不味いって思われたくないもん!」
「いやだって料理初心者なんだろ? ロボットじゃあるまいし最初から成功するわけ無いだろ」
「それはそうだけど……」
「それに、味なんかよりも気持ちの問題だと俺は思うんだが」
「気持ちの問題?」
「どういうことかしら」
どうやら俺の言っている意味を汲み取ることができないらしい。美浜はともかくとして三ノ輪が言葉の真意を汲み取れないのは正直以外だった。
「味が問題があったとしてもその人のために一生懸命作ったと知れば自然と嬉しくなるものだ」
「そっか……シーマンでも嬉しくなる?」
「そりゃぁな」
俺の言葉を聞いた美浜はそっかそっかと小さく呟きどこか満足げに微笑む。どうやら得たかった答えを見い出せたようだ。
「だが、味噌汁に入れなくていい調味料を入れてしまうような天然記念物は食堂の厨房には入らない方が懸命だな」
迂闊に食中毒者を出してその店が営業停止になってしまっては俺たちにとってはかなり悲痛な現状となるわけだ。それだけは何としても避けたいところだ。
「だからその天然記念物ってなんだしっ! けど……ありがとう。あとはお母さんの手伝いとかもしながら自分でも頑張ってみる」
そうお礼を言う彼女は直視できないほど可愛らしくいい笑顔だった。
その後、使った道具などを洗い、調理台周りもきれいに片付けて調理室を出る。
美浜は教室に戻ると言って元気よく走り去っていき、俺と三ノ輪は部室の鍵を返すためするため職員室へと足を運んだ。
「これでよかったのかしら……」
鍵を返却し職員室を出るや否やそんな声音を吐き出す三ノ輪。その表情から読み取るあたり納得をしていないようだ。
「いいんじゃねぇの? 本人もあとは自分で頑張るって言ってたんだから」
「でも、どうせなら完璧に作れるようになってほしいじゃない」
「そんなもん人それぞれだろ。最初から上手く行くのであればこの世の中何にも苦労してねっての」
「……私、消化不良なのだけれど」
「知らん。諦めろ」
お前の消化不良なんて俺にな関係ないっての。他人を巻き込むんじゃありません。
「色んなことに諦めていそうなあなたにそんな台詞を言われるのは不快ね」
「うっせ。ムカついたからって俺を罵倒すんのやめろ」
そんなどうでもいい会話を交わしつつ下駄箱へと到着し、「また明日」と挨拶を交わして別れた。
その何気ない挨拶は俺にとっては物凄く新鮮さを感じるものがあった。
今まで避けられてきた俺は誰かと一緒に帰ることなんて一度もなかった。
一緒に帰るどころか殆んど一人だった俺は誰かと話すことすら少なかった。
だからなんだろうか。こんな学校生活も悪くないと俺らしくもないそんな感情が密かに芽生え始めていた。
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