#15 一匹狼と二人娘


 一日の授業が全て終わり、運動部の練習の掛け声や吹奏楽部のチューニング音が聞こえ始める時間になった放課後。

 俺と三ノ輪は前日に決まっていたグッズと取りに行くために児玉先生が合流するのを待っていた。互いに会話をするわけでもなく、鞄に忍ばせていた小説を取り出して、先生が来るまで読み更けていた。


 部室内はとても静かで、一定のリズムで時間を刻むアナログ時計の秒針音だけが室内に響く。

 そんな静かな空間に遠くから廊下を駆ける音が耳に入ってきた。


 全くどこのどいつだよ。『学校廊下は走るな』って小学校の時に習わなかったのかよ。

 つか、この謳い文句ちょっと矛盾してるんだよな。

 いや、何が矛盾しているのかと聞かれれば接続詞の部分なんだが、廊下を走らせたくないのであれば“廊下を”といった言い方になるはず。だが、俺がガキの頃によく言われていたのは“廊下は”といった言い方だ。

 俺みたいにちょっと捻くれたクソガキが聞けばまず挙げ足を取りに行くだろう。『廊下がダメなら教室ならいいんだな』って。

 まさしく俺なんですけどね。はい。


 そんな下らない捻くれ文句を脳内再生していると、その足音はすぐ近くにまで迫っており、ドアの前でピタリと音が途絶える。その後ドアが勢いよく開かれ「ハロッピー!」と、ハイテンションで頭の中パーティーモードの美浜が入ってきた。

 その“ハロッピー”って何なの? あの蛙のキャラクターのパチモンなの? それともフロッピーディスクのことが言いたいのか?

 どちらにせよ頭の悪そうな挨拶なこった。


『……』

「あれれ? 二人ともどうしたの? 何か反応してよ」

「……へっ? あぁ、ごめんなさい。あまりにも突然の出来事に思考が止まってしまったわ」

「そーなんだ? あっ、今日から三ノ輪さんのことをみのりんって呼ぶからねっ!」

「み、みのりん……?」


 俺らの何しに来たと言わんばかりの視線を完全無視し室内へどんどん足を踏み入れて来る。その上、三ノ輪のことを今後あだ名で呼ぶと宣言してきた。

 三ノ輪は突然呼ばれたあだ名に困惑を隠せずにいた。突然来ていきなりあだ名で呼ぶ宣言されれば誰だって困惑はするだろうな。

 そんな三ノ輪は軽く咳払いをして、流されかけていた疑問を再度投げ掛けてみた。


「それで、今日はどう言った用件なのかしら? あなたの用件は昨日で終わったはずだけれど?」

「あれ……? 先生からなにも聞いてない? 入部届けを持ってきたんだけど……」

「え? ちょっと待ってちょうだい! 入部届けは私に出されても困るのだけど……」

「あれ? みのりんに出せばいいんじゃないの?」

「そ、その……提出先は私でも構わないんでしょうけど、その入部の申請を承諾するのは児玉先生と……」


 三ノ輪は最後辺りを濁し俺の方へと視線を向けてくる。

 ほとんどの権力を握ってるのはお前だよね? こう言うときにだけ俺に部長権力を与えるとか、やり方が汚すぎませんかね? 丸投げ反対。

 まぁ、こいつがなんて言おうと俺の答えは一つだけなんだが。


「そう言えば、シーマンがここの部長なんだよね!?」


 重要な事を思い出した彼女はクルリと俺へと体を反転させ、さらに体を近づけ顔を覗き込んでくる。

 近い近い! 頭からいい匂いするから離れてくれ!


「シーマンは部長だもんね!? シーマンがOKしてくれれば無事入部確定なんだよね!? もちろんOKだよねっ!?」


 いや何で俺が許可するのが前提で話を進めてるんだよ。そもそも俺はただ・・の部長だ。権力なんて三ノ輪がほとんど握っているし、入退部届けの申請受理するのも顧問である児玉先生の役割だ。俺の仕事じゃない。

 そんなわけで俺の回答はこうだ。


「却下だ」

「何でっ!?」

「俺のテリトリーが無くなっちまうからだ」

「シーマンのテリトリーとか知らないし、あと関係ない。それにシーマンのテリトリーなんて学校ここでは存在しないじゃん!」


 何かさらりと酷いことを言われた気がする。居場所の無いシーマン。大号泣しそうだ。


「こいつが承認しなくても私が承認するから何も問題はないぞ」


 俺らの会話の背後から乱入してきたのはこの部活の顧問である児玉先生だった。ドアに体を預け呆れた表情を浮かべると、そのままつかつかと室内に入ってくる。


「そもそもこいつにテリトリーと言う名のバリアを張らせた覚えはない。こいつ自身これ以上誰とも関わりたくないからそう言ってるだけだ」


 児玉先生のそんな言葉を聞いた美浜はそうなんだーと言いながらぱぁっと花が咲きそうな笑みを咲かせ始める。よっぽど三ノ輪と一緒にいたいんですね。


 その後、美浜の入部手続きがその場で行われあっさりと承諾。

 入部手続きが完了した美浜も加わって、児玉先生の車に乗って俺の自宅と三ノ輪の自宅に立ち寄って、バスのグッズを運び出し部室に搬入。

 壁に持ち込んだ路線図を貼りつけて、俺にとっては家宝と言っても過言じゃない、かつて走っていた今は無きバス会社のシンボルマークを二つほどロッカーの上に飾り置く。

 方向幕はどうすっかな……

 一先ず汚れないように紙で包んで一旦ロッカーの上に置いておくとしよう。

 今度ネットか整備課の瀬戸山さんに話をして巻き取り機を導入するかね。

 ついでに、ファイル保管用のラックと作業用のデスクもネットで注文してこの日の作業は終了した。


「ねぇ、そう言えばさっきからいろいろとこの部室に運び込んでいたけど、この部活って何をする部活なの?」


 いやいや、なんだよその質問は。

 この部活が何の部活なのか知らずに入部したのかよ。

 わけのわからないまま入部したところですぐにつまんなくなって退部するのは目に見えている。

 なら、この部活が何をするのかを明確に伝え活動気分を損なわせればいい。そうすればあっさりと立ち去っていくだろう。

 その方がこいつのためだ。情報収集するだけの部活に時間を使う暇があるのであれば他の事に時間を回せ。


「名前は知ってると思うがここは乗合研究部だ。さっき運んできたものも乗合バスに関する物ばかりだ。主な活動内容は一般乗合バスの情報収集と記録だけ。そんな部活にお前みたいな奴が一緒に活動して満足できるのかよ?」


 俺のストレートな質問に対し美浜はうーんと唸るも、すぐに目の色を変え───


「楽しめるかどうかは入ったばっかだしわかんない。でも、興味はあるよ?」


 ───目をキラキラと輝かせながら俺の質問に真っ直ぐそう答えた。

 ……ったく。そんな目で言われちゃこれ以上何も言えないじゃねぇか。


「そう……それだけわかれば十分だわ。ようこそ。私たちはあなたの事をこの部員として認めます」

「いいのっ!? 本当にいいのっ!?」

「いいも何もさっき入部手続きしたじゃないか。それに、そこにいる捻くれ野郎の大確変プロジェクトを執り行っている最中でな。君みたいなグイグイ行く子も必要なんだよ」


 何より物静かな二人だけじゃ寂しいから、一人くらい明るい子がいた方が自然と明るくなるだろうと児玉先生は補足した。


「そっかそっか! 私、今日からこの部活頑張る!」


 何か女性三人で盛り上がっているのはいいんだが俺の存在消えてね? もう俺ここにいなくてもいいよね?

 もう帰ってもいいよね?

 よし、帰ろう。撤収するには今が最高のタイミングだ。

 自分の荷物を持って教室のドアへと足を向けいざ徹しゅ―――


「シーマン?」


 ―――できなかった。

 くそ……美浜めぇ……

 何でこんなときに俺の行動をいち早く察知するんだよ。


「シーマンどこ行くの?」

「えーっと、帰ろうかと……」

「シーマンこの部活の部長なんだよね? あたしたちと一緒に最後までいなきゃダメじゃん! それとも何か用事でもあるの?」

「いえ……無いです」

「じゃぁ先に帰るのはナシね!」

「えぇ……俺の拒否権は?」


 俺の質問に対し女性三人は顔を見合わせ同時にその回答を提示してきた。


「シーマンに拒否権とかあるわけないじゃん」

「あなたに拒否権があるわけないじゃない」

「君に拒否権なんてあるわけなかろう」


 うわぁ……三人同時にいい笑顔で酷いことを言いやがる。

 何なんだこの部活は。マジで逃げ出したい。


「はぁ……わかったよ。ちゃんと残りますよ」


 深い溜め息を吐き、両手を上げ降参の意を示すしか俺には選択肢が残ってなかったのは言うまでもない。

 こうなった以上俺は諦めて最後まで付き合うしかないわけだった。

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