#16 情報収集


 乗合研究部が発足して3日目、美浜が入部して2日目となった今日の放課後。

 この日の予定は放課後から銀バスの本社に出向き現在運行中の路線と廃止になった路線図の情報の収集を行うことになっている。


 会社の方には連絡済みだ。

 俺と三ノ輪が何度も足を運び社内の手伝いを行うことで、その存在が本社の幹部───いや、代表取締役しゃちょうにまでその存在が知れ渡っている。その甲斐あってか俺のお願いは快く受け入れてくれた。


『知ってる人がいるのであれば、そのまま行けばいいじゃないか』とか思っているやつも一部いるだろうがその行動は好ましくない。

 NGであり、論外に値する。

 知ってる人間だからといって連絡ナシで行けば渋い顔をされるか、怒られるかだけで済むだろうが、見知らぬ社会人がノーアポでいきなり『そちらの路線情報を全てくれ』と言われても応じれないし、応じる気にもならない。


 下手すれば門前払い、後に出入り禁止対象に値するだろう。

 そんな迷惑をかけるわけにはいかないので、事前に連絡をして協力を依頼する形式が一番無難な策になるわけだ。


 この日の授業が終わり放課後になると帰宅する生徒や部活に向かう生徒が騒がしくに動き出す。そんな音を聞きながら部室へと向かい三ノ輪たちが来るのを待つことにした。

 部室の前に到着してドアを開けるとそこには既に三ノ輪が到着していてイスに座りながら本を読んでいた。

 窓際に座る彼女は風でなびく長い黒髪がサラサラとしていて、差し込む光に照らされた肌は白くとても幻想的だった。

 一瞬、中に入るのを躊躇ってしまいそうになる。


「あら、来たのね。太陽にやられて蒸発したからもう来れないかと思ってたけれど」


 黙っていればすごく美人なのに、この毒舌で全てをぶち壊しにする。それがこの女、三ノ輪みのりだ。

 ……なんでもいいが何でこいつ先に到着してんの? 同じクラスで同時に解散したよね?

 ワープでも使えんのかよ。


「俺は吸血鬼じゃねぇんだよ。蒸発なんてするか」

「あなたにあげる血液なんて一滴もないわよ?」

「人の話し聞いてた? 人の血をもらって喜ぶような趣味は俺持ってないからね?」


 ゲンナリする俺を見てクスリと笑う彼女はどこか楽しそうだ。

 このお嬢様は俺を罵倒して楽しむスキルを身につけたらしい。そんなスキル捨てちまえよ。

 そんなくだらない会話をしているとオレンジセミロングヘアの美浜が合流。

 その後、部室の鍵を閉めて学校近くにあるバス停へと向かった。


 # # #


 バスに乗って移動すること数十分、銀バスの本社を構える晴海はるみエリアに到着した。階段で2階へと上がり、建物の中へと入る。そのまま奥の方に設置されている受付カウンターへと歩調を進めた。


「こんにちは。お疲れ様です」


 俺が先にそう挨拶をすると、カウンターの一番近い席に座っていた男性職員がニコニコ顔でこちらに近づいてきた。


「おっ、来たね。もう少し来るの遅くなると思ってたけど、以外と早かったんだね」

「学校が終わってすぐに来たんでね。あんまり遅くなるのも悪いでしょ」

「それもそうか。このご時世、労働時間の制限がますますうるさくなってるからね。俺らの残業時間の事を考慮してくれたのはすごく助かるよ。ところで、塩屋くんと三ノ輪ちゃんの隣にいる子は誰だい?」

 

 そう言うと、俺たちから視線を外し、美浜の方へと興味の視線を向け始めた。 


「ふぇ? あ、はいっ! え、えっと……わ、私は美浜美奈とも、もうしましゅ……。よ、よろしゅくお願いしましゅっ!」


 めっちゃ緊張してるな。しかもカミカミだし。

 高身長の爽やか系イケメンと話すのは湯本で慣れてると思ったんだがな。まぁ急に話を振られれば無理もないか。

 ……あとなんか可愛い。


「そうかそうか、美浜ちゃんか。俺は広報担当の神田です。こちらこそよろしくね」

「はいっ!」

「簡単な自己紹介も終わったことだし、3人とも応接室で少し待っててくれるかい? 井上部長呼んでくるから」

「了解」

「わかりました」

「はいっ」


 受付担当と簡単に会話を交わし奥に設置されている部屋へと進む。

 中に誰かいると悪いので入る前に軽くノックして部屋の中へと足を踏み入れた。

 室内には少し大きめのテーブルに三人は座れそうな大きめのソファーが並んで設置されている。

 俺たちはそのソファーには座らず、ドアから少し離れて立つことにした。


「ねぇねぇ、シーマン?」

「何だよ」

「さっきの神田さんとも仲いいの?」

「まぁな。あの人は元々ドライバーだったんだよ。その頃からの付き合いだな」

「それってどれぐらい前のはなし?」

「半年前ぐらいだな」

「ふぇ……。なんかすごいね。それとも希望すれば本社に入れるシステムなの?」

「いや。バス会社によって多少は違うだろうけど、事務関係の仕事するには大学は卒業してなきゃならん。何かしらの方法を取ったんだろうな」


 そんな感じで立ち話をしていると井上部長が部屋に入ってきた。


「やぁすまない。待たせたね」

「いえ、大丈夫です」


 簡単に挨拶を交わした部長は、部屋の奥のラックから複数の分厚いファイルを取り出し、紙袋に入れて差し出してきた。


「このファイルをそのまま君たちにあげるよ」

「えっ、それはさすがに……会社でも使うんじゃないんですか?」


 想定外の部長の行動に心配になった三ノ輪がそう問いかけると、連絡を受けた直後からコピーを取っていてくれたらしい。

 ただ、そのコピー作業は井上部長自身ではなく、さっき受付で会話を交わした神田さんにやらせたと言う。

 ……ほんと余分な作業をさせてごめんなさい。

 俺たちが必要としている書類を手渡した部長は満足したかのように近くにある部長デスクのイスに腰を掛け、ニヤけた表情を浮かべながらこちらへと視線を向けてくる。何なんだろうか。


「それにしても塩屋くんも隅に置けないやつだなぁ」


 そのセリフを聴いて部長が今何を考えているのかすぐに理解した。

 この男、絶対勘違いしてるぞ。

 どうやらそれに気づいたのは俺だけではなく隣にいる2人も同じらしい。


「こんな美人で可愛い2人の女の子を独り占めするとは……うらやましいよ。いったいどうやって口説いたんだ?」

「―――んなっ!?」


 いや羨ましいのかよ。

 あんたはいったい何を望んでいるんだ。

 そして、こいつらとは部長が思っているような関係になってない。

 あと、俺が自ら口説くなんて愚行に及ぶはずがない。そんな行動は俺にとってはただの自殺行為だ。

 現に美浜は顔を真っ赤にして怒りに打ち震えているし、三ノ輪なんて苦虫を噛み潰したような顔をしてるし。

 これは後で罵倒を受けることになりそうだな。この用事が終わったらさっさと逃げるとしよう。


「井上部長、悪い冗談早めてください。この男に口説かれるのを想像するだけでアレルギー反応が出ちゃいます」


  おいちょっと? お前に嫌われているのはよくわかったが、人をアレルギー細胞扱いすんじゃねぇよ。泣いちゃうだろうが。

 美浜なんて顔を赤くしたままブツブツと何か言ってるし。

 そこまで怒ること? 怒ることですね。はい、ごめんなさい。


「そ、そうですよ! 私なんて口説かれるどころかシーマンとの最初の会話で言われたのが“尻軽”ですよっ!? ひどくないですかっ!?」

「はぁ!? マジで言ってるの?」


 ちょっと美浜さん? いったい何てのを暴露してくれてんの?

 見ろよ井上部長の顔。白い目で俺を見てるじゃねぇか。

 過剰反応をした井上部長に思いっきり軽蔑の視線を向けられちゃってるじゃんか。どうしてくれるんだよこの空気。


 あと、ここで“シーマン”って呼ぶな。


「なんてやつだ……。まぁ、シーマンなら言いそうだな。そんな顔してるし」

「……どんな顔だよ」


 あれ? 俺、井上部長からそんなイメージ待たれてたの? 何か地味にショックなんだけど。

 それとシーマン呼びが確定されちゃってるし。

 まぁ、そんな下らない話を早々に切り上げ、井上部長から貰った路線の資料を学校に持ち帰ることにしよう。

 何よりも、これ以上自分の墓穴を掘りたくない。

 受け取った荷物を持って部長達にお礼を言って、バス会社から学校へと向かった。


 # # #


 学校に戻って部長から貰った資料を3人で仕分けすること数十分。自宅から持ってきたノートパソコンと小型スキャナーを鞄から取り出して、一番古い情報からPCへとデータ化する作業を始めた。

 その作業を始めたはいいが……

 終わりが全く見えてこない。終わりがものすごく遠く感じる。


「ねぇ、シーマン?」

「何だ?」

「……このファイルの中に入っている路線図ってどれぐらいあるの?」

「見る限り千以上はあるんじゃねぇの?」

「ウソでしょ!? これを今から全部データ化するの!?」


 うはぁ~んって悲痛なため息を吐きながら美浜は項垂れた。

 まぁ無理もない。これだけの膨大の量の処理なんて一体どれぐらいかかるのかわかったもんじゃない。

 ましては、貰った情報のデータ化だけではなく、その当時の路線の再作成と路線情報も一緒に作成して整理していくわけだから、途方もない作業になるのは確かなのだ。

 まぁ、一部の路線の情報は既に俺の方で済ませているし、銀バスから貰ってきた情報を編集するだけだ。

 とは言え、その量が半端じゃないんだが。

 俺たちがしばらくの間情報整理に明け暮れていると、不意に部室のドアがノックされた。


「はい。どうぞ」


 三ノ輪がそう返事をすると、開かれたドアの向こう側には児玉先生が立っていた。

 どうしたんですか? 先生がノックするとは珍しいですね。

 三ノ輪がそんな風に口火を切ると、いつもノックしろとうるさいのは君だろうと困ったように笑いながらそう答える。

 先生のことなんだと思っているだとでも言いたげな口調だが、それは口に出さずに飲み込むあたりさすがだなと思わずにはいられない。


 そんな思いとは裏腹に、児玉先生がいつも通りじゃない訪問方法を取るに不自然さに俺は若干の違和感を覚えていた。それに、いつもならずかずかと中へ入ってくるのに今日に限って入ってこないあたりも気になる。

 なんかイヤな予感。

 先生、絶対なにか隠してやがる。

 疑惑の視線を先生に向けていると、先生もこちらに視線を向け口を開いた。


「塩屋。君に客人だ」

「俺に、ですか?」


 はて、一体誰だと言うのか。銀バスの本社の人間がこっちに訪ねて来たのか?

 まぁ、今さっき行ってきたところだし可能性としてはなくはないだろう。

 俺を含む三ノ輪と児玉先生は一応銀バスの関係者だ。だから、この学校にいることも知っている。


 だが、仮に本社の人間だったとして、連絡も一切なしにここへ来るってことはあるんだろうか。一応関係者とは言え学校の敷地内だ。何も連絡なしに他の敷地へ足を踏み入れることはバス会社としてはイレギュラーでない限りまずあり得ない。

 児玉先生に連絡をしていたとしても、先生も関係者だから『◯◯が来た』とすぐに報告してくれるだろう。

 それ以前に、俺らに顔を合わせることなく、伝言だけ先生に伝えて撤収する可能性の方が高い。

 じゃぁ……一体誰が来たんだ?


 必死に脳をフル回転させるも結局思い当たる人物が誰一人浮かんでこない。

 もういい。考えるの疲れたから諦めよう。

 そんな決断に至った俺は考えるのを止めにして、目の前にこれから現れる人物を待ち構えることにした。

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