#17 客人


 児玉先生が連れてきた客人。

 誰なのかと散々悩んでみたが結局答えが見いだせず、考えるの止めた俺が黙って先生に視線を向けていると、先生の後ろからヒョコっと現れた人物に俺は絶句することになった。


「げっ!」


 次に開口一番出た声がこれである。

 いきなり失礼なんじゃないかって? 思わずそう出ちゃったんだから仕方ない。

 児玉先生の後ろから顔を覗かせたのは、前回中央線で車内事故を起こした中学生ひがいしゃだった。


「げってなんですかっ! 可愛い後輩がお届け物・・・・に来たんですよ!?」


 うん。確かに可愛いけども。

 自分で言うほどのことなのか?

 自分で可愛いと言ってキャピルン的な行動を見せつけて男を落とそうとするあたり随分と残念な思考を所有したやつだな。

 これだからあざといって言われるんだよ。

 あざとさランキングで言えば堂々の一位だよ。おめでとう。誰にも追い抜かれないレベルでトップを独走中だ。

 こいつのあざとさはどうでもいいとして、さっき言ってたお届け物って何なんだ?

 それだけがものすごく気になる。


「シーマンに後輩がいたんだ!?」


 俺がお届け物に関することで思考を回していると美浜が以外だとでも言いたげな声音でそう発した。

 その驚きかたは何なんですかね。もしかして俺には後輩もいない本格的なボッチだと思われてた?

 残念だったな。俺にだって後輩ぐらいはいる。


 ただし。

 俺に付いてきてくれる後輩が果たしているだろうか。

 結論。俺にそんな後輩なんていねぇよ。

 むしろ誰も関わろうとしないまでである。

 脳内でそんなことを考えていると、美浜と自称後輩が話を進めていた。


「はい! 桃内桃夏と言います! 私、この人の後輩なのに全く信じてくれないし、一切認めてくれないんですよね……。酷くないですか?」

「シーマン。それはないよ……」

「あなた、最低ね……」


 おいちょっとまて。何で俺は今思いっきり詰られてるんだ?

 こいつ、俺と関わりあってこうやって話すまでの今までの時間、全く関わりが無かったよな?

 それが何だ? 信じてくれないだの認めてくれないだの好き勝手言いやがって。そんなロクでもないやつをここへ召喚した先生ひとに文句を言ってやろうと思い、なかば睨み付けるような感じで視線を向ける。


「よし。私の役目はこれで終了だな。もし今後なにかあればこの学校の“乗合研究部”に来るといい。詳しい話に関してはあとは君達でうまくやってくれ。私はこれから職員会議だからこれにて失礼するよ」


 そう言うと先生は俺たちの返事を聞くことなく、逃げるようにその場を立ち去っていった。

 おい待てふざけんな! 勝手にここを案内して後はお任せとか完全に丸投げじゃねぇか。

 うまいこと逃げ出しやがって……

 

「私は美浜美奈。ももちゃんよろしくねっ!」

「私は三ノ輪みのりよ。どうぞよろしく」


 女子3人が簡単に自己紹介を終わらせたのを見計らってこいつが言っていたお届け物とやらを聞き出してみることにした。


「んで、桃内だっけ? 届け物って何だ?」

「あぁ、そうでした。これです」


 桃内は肩から掛けていたカバンに手を入れてガサゴソと探ると、手のひらサイズの小さな手帳を差し出してきた。

 何で君がこの学校の生徒手帳を持ってるんですかね?


「これ、落としましたよね? 私が拾って大事に大事に保管してました。もし、私以外の人がこれを拾っていたらきっと悪用されてかもしれないですよ?」


 いや悪用ならもうされてるからね? アポなしでいきなり学校訪問って形で悪用されてるからね?

 ……って思ってはみたが、結局が落とした俺の方が悪いわけで、こいつも俺のこと見たくもないはずなのにわざわざ来て届けてくれてるし。素直に感謝する他ないよな。


「そ、そうか。すまん、助かった。ありがとうな」


 簡単ではあるが桃内にそう感謝の言葉を口に出し、届けてくれた手帳を回収しようと手を伸ばした。

 あと少しって言うタイミングで手帳をひょいと上へと上げられてしまう。

 え? なにこれ。なんのイジメ? 

 自称後輩にまでいじめられるとか俺聞いてないんですけど。


「何ですかせんぱい? もしかして私の手を握ろうとしてました? 私の身体はそう安くはないですよ? ごめんなさい考えが安直すぎて気持ち悪いです」


 いやまて。何でそうなった?

 そして俺は何でフラれた?

 俺と桃内のそんなやり取りを見た他の二人は何やらジト目でこちらに視線を向けてくる。

 やめろ。そんな目でこっちを見るな。

 あと三ノ輪はスマホを机に置け。警察に通報しようとすんな。

 一先ずこいつにはとっとと帰ってもらうとしよう。これ以上ここに留まられると何が起こるかわからん。


「ちげぇよ。何でそうなるんだよ。俺の手帳を届けてくれたことには感謝する。だから、その手帳を俺に渡して、回れ右でお帰りください。良い子はもう下校の時間ですよ?」


 半分宥めるように口でそう言いながら手帳を奪おうと腕を伸ばすも、またもやひょいと避けられてしまう。

 何なんだこいつ……


「せんぱ~い? せんぱいには誠意ってものはないんですかぁ?」


 手に持っている手帳を後ろに回し、前屈みになりながら甘ったるい声音を吐き出す。年上の男に飛びっきりの可愛さアピールをしつつ、媚びる作戦なんだろう。

 それにやられた男は『優しくしていれば俺のものになる』と勝手に希望を抱いて二つの意味で落とされるのは明白だ。


 可愛い後輩との夢物語に落とされ、後に現実を知ることになり不幸に落とされる。

 誰がそんな手に乗るかよ。俺の人感センサーを舐めてもらっちゃ困る。


「あざとい。それにさっき『ありがとう』って感謝しただろ」

「あざくないですっ! それに―――」


 頭から湯気が見えそうなくらいプンスカと怒ご立腹な態度を見せたかと思いきや、顔を耳元にまで近づけさっきまでの妙に甘ったるい声とは一転、突如トーンを低くして続きを囁き始める。


「───そんな態度でいいんですか? 私が見る限り、私たちの前の案件についてはこの二人には知られていないようですし……せんぱいの態度次第ではバラしちゃいますよ?」

「……っ!?」


 本音を言い終えた桃内は俺からパパッと離れて人差し指で自分の頬を軽く指しながらコテンと子首をかしげた。

 こいつ怖っ! どっからあんなドスの効いた声を出してるんだよ。てか、あの事故をネタにして年上を脅すとかマジで恐ろしい。

 やっぱ女ってなに考えてるのかわかんねぇ……。

 もう恐怖でしかねぇよ。


「……何が望みだ」

「あはっ。話が早くで助かります♪ せんぱいには私にご褒美としてデザートをご馳走していただきます!」

「はぁ……。とりあえず部活が終わってその数年後でもいいか?」

「……せんぱい? そんなにおふざけがしたいんですか?」


 やっぱダメですよね……。

 何でもいいが声はすげぇ甘えてるくせに顔が一切笑ってない。怖すぎる。

 これ以上、下手に長引かせるとマジで爆弾を落とされかねん。

 さっさと諦めて言うこと聞くからそんな黒いオーラを出すの止めてください。怖すぎて泣きそうだから。


「はぁ……わかったよ。わかったからもう少し待ってくれ。少なくともこの部活から解放されない限りどこにも行けねぇよ」

「はぁ。仕方がないですね。なら部活が終わるまで待っててあげますよ」


 溜め息混じりでそう返事をしてくれたのはいいんだが、俺の所持金が減る事実は何も変わらないんだよな……

 そんなことを思いながら心の中で深く溜め息を吐いた。


 # # #


「で……なぜこうなった?」


 部活が少し早く終わり、桃内にご褒美を与えるべく学校を出て武蔵境駅近くのサイゼリアまで移動した。何を期待していたのかは知らんが桃内はサイゼリアに連れてこられたことに不満があるらしく───


「何でサイゼなんですか! もっと他にもお店があるじゃないですか! ベルギーワッフルとか! タピオカドリンクとか!」


 ───と、それはそれはもう大激怒。

 ただ、そこまで出せる予算もあまりないのでこいつのクレームは完全無視である。

 つか、サイゼをそこまで否定することないだろ。リーズナブルだがデザートとかもうまいんだぞ。チョコレートケーキとかシナモンフォッカチオとか。


 まぁ、そんなことは今はどうでもいい。

 現在の最大の疑問。何でこいつらがここにいる? 同じテーブルに、しかも向かい合わせに座っていること事態が最大の疑問だ。

 案内の時から疑問には思っていたが特に混んでる様子でもなかったから、四人座れるボックス席に案内されても気にはしなかった。

 座って初めてこいつらの存在に気づいたわけだ。

 いや、マジで何で来たの?


「あなたたちだけにすると問題行動を起こしそうだから、監視をしに来たのよ」

「そうそう! てか、私たちも誘えしっ! 部活仲間同士仲良くしなきゃダメじゃん!」

「美浜さん? 私は別に仲良くなるためにここに来たんじゃ───」

「えっ……? 違うの?」


 三ノ輪に否定されシュンとしながら涙を溜める美浜。それを見た三ノ輪はバツが悪そうに顔を背けた。

 なにその卑怯な手口。

 俺が同じ立場だったら否定できなくなって、結局受け入れて、ズタボロになるパターンじゃねぇか。


「えっと……そうは言って、ないわよ……」

「……本当っ!? やったー! みのりん大好きーっ!」

「ちょ、ちょっと美浜さん!? お願いだから抱きつかないで───はぁ……」


 三ノ輪の返事を聞いた瞬間さっきまで沈んでいた表情はどこへやら、ぱぁっと明るい満面の笑みを浮かべ、そのまま隣に座る三ノ輪に抱き、そのまま頬を擦り始めた。

 一方の抱きつかれた三ノ輪は一瞬抵抗をしはするものの、美浜の幸せそうな笑みを見たからなのか、溜め息を吐きつつ抵抗するのを諦めた。

 三ノ輪さん。美浜に対して甘くないですかね?

 どうやら、普段は強気の三ノ輪も美浜の甘えるスキルには打つ手がないらしい。


 その後、テーブルに設置されているチャイムで店員を呼び出し、俺はドリンクバーのみ、残りの女子三人はデザートのセットドリンクバーを注文した。

 注文したものは2分もしないうちにテーブルに到着し、女子たちは幸せ全開のオーラを放ちながらデザートを食べ始めた。ま、注文したのデザートとドリンクバーのみだもんな。そりゃぁ早いわけだわな。

 美浜たち三人がデザートを堪能している中、俺はパソコンを鞄から取り出し、部室での作業の続きを始めた。

 それと同時に自分で作成しているもやつ・・も一緒に更新させる。

 コーヒーをちびちび飲みながら作業をしていると既にデザートを食べ終わった美浜が口を開いた。


「ところでさぁ、私たちのこの部活って何か方針とかって決まってるの?」

「部活の方針ねぇ……正直、この男と一緒に部活しろと先生に言われて仕方なくやってたから何も考えてなかったわ」


 はい。俺のことが嫌いで嫌いで仕方がないんですね。同じ空間にいてすみません。

 てか、方針なら既に決まってるんだよな。こいつらに話―――てねぇな。

 まぁいい。これから告げるとしよう。


「あれ、言ってなかったか? 方針ならあるぞ」


 きっぱりとそう答えた俺の答えが想定外だったのか、女子三人が目を見開いてこちらへと視線を向けられた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る