#18 事実確認
部活方針について『方針ならある』と断言した俺の台詞に真っ先に反応したのは三ノ輪だった。
「塩屋くん、私達の部活を尊重できるような方針なんてあるわけないじゃない。私達は情報をかき集めて仕分けしていく。ただそれだけよ」
キッパリそう言いきる三ノ輪は呆れた表情を見せてた。
ずいぶんと否定的な反論が帰ってきたな。もう少しまともな反論が出るかと思っていたがそっちの方が想定外だ。
闇雲に否定しているようにしか聞こえない。
「本当にそれだけか?」
「それだけとは?」
「そのまんまの意味だ。つか、学年トップクラスで入学した生徒が吐く台詞かよ。思考と決心は固くても発想は柔軟じゃねぇのな」
俺のやや挑発するかのように三ノ輪にそう投げ掛ける。
すると、よほど不快だったのか眉間にシワを寄せ、苦虫を噛み潰したような表情を作り、すぐに食って掛かってきた。
「……何が言いたいのかしら?」
俺にバカにされたことに苛立ちを隠せない三ノ輪はいつもより低めの声で質問してきた。
かなりムカついたらしい。
だが、結果として俺にとってはいい感じに食いついてくれた。こんな安い挑発に反応するってことはよほどプライドが高いのだろう。
多分、こいつスゲー悔しいんだろうな。
そう考えると思わず歪んだ笑みが溢れそうになる。それだけは抑えないとあとが怖い。絶対殺される。
三ノ輪の隣で俺たちの会話を聞いていた美浜は「たはは……」と困ったように笑い、俺の隣に座る桃内に関しては驚きと恐怖が混ざっているのか、顔を強ばらせ何も言えずに押し黙っていた。
「じゃあ聞くが、神奈川の一部と町田市に拠点を置くとあるバス会社で現在も走っている約900路線と、かつて走っていた廃止路線の全てを間違いなく覚えられるか?」
「えぇ。問題ないわ。一つも間違えることなく答えられるわよ?」
何当たり前なことを言っているのかしらと聞こえてきそうな感じで、毅然とした態度で三ノ輪は答えた。
違うな。毅然とはしているけど、なぜかどや顔になりつつある。そんなに自慢したかったのかよ。
それに俺たちからにすれば当たり前なんだろうけど、他のやつらからにしたら異常だからな?
見てみろよ。桃内なんでお前の回答を聞いて目ん玉が飛び出そうになってるじゃねぇか。
あと、ドヤってるとこ悪いが俺の質問はまだ終わりじゃないからな?
「じゃあ、都内を含めたバス会社にまで範囲を増やした場合はどうだ?」
「問題ないわ」
「廃止路線も含まれてるんだぞ?」
「えぇ、フロッピーぐらいの容量しか記憶に残らないあなたとは違うもの」
こいつ……いちいち俺を貶さないと落ち着かないのかよ。
あと、俺の記憶容量はそんなにちっちゃくないからな?
「じゃあ───」
そこまで言い掛けると、一呼吸をおいてこの話の核心に触れてみることにした。もしこの質問に対し自信をもって問題ないと回答してきた場合は俺は全力で逃げるとしよう。急いで亡命国探さなきゃな。
「時間が進むにつれて情報も増えるわけだが、現状維持のままでかつ新しい情報の記憶も60年、70年と続けられるのか? 今と同じ台詞を言えるか?」
「そんな先の事を何であな───」
「いいから答えろ」
「……それは───」
「難しいんじゃないんですかね?」
質問に答えようとする三ノ輪の声を遮り割って入ってきたのは、俺たちの会話を聞いて唖然としていた桃内だった。
「だって60年70年後の話ですよね? つまり計算上でいくと75歳、85歳ってことですよ? 人間って年を取るごとに思考も判断力も記憶力も薄れてくるって聞きましたよ?」
「ふ~ん? ……それで、あなたは私に何が言いたいのかしら?」
少し棘のある返しに桃内は怯んでしまい俺の腕をガッチリと掴んできた。
ここに大人げない高校生がいるよ……。中学生相手に何やってるんだよ。
あと桃内さん? 俺の腕を掴むついでに爪を立てるのをやめてくれませんか?
皮膚に食い込んで痛いから。
三ノ輪の凄みに完全に怯んでしまった桃内の姿を見た美浜が中半宥めるように口を開いた。
「つまり、一生の記憶は無理ってことなんだよね? ももちゃんはそれが言いたかったんだよね?」
美浜の助け船に小刻みに首を縦に振る桃内。その手は俺の腕を掴んだままである。
「私の記憶力に関しては問題ないって言ってるじゃない」
「そーじゃなくてね? 人間っていつ消えるかわかんないじゃん? びょーきかもしんないし、事故に遭うかもしんないし、殺されるかもしんないし」
アホ系天然記念物の割にはまともなことを言ってるけど、例えかたがいちいち物騒なんだよ。
何だよ殺されるって。そんな恐ろしい時代なんかに生まれたくなかったよ。
「もし、それが実現したとして、脳内記憶なんて
「そんなとこだな。半世紀に渡る記憶を一切間違えないなんて無理だ。それができるのはターミネーターぐらいだろ」
うん。美浜にしては随分と考えをまとめたな。俺が言いたかったこと大筋当たっているぞ。
「なるほどね……。それじゃ、私たちの活動方針って……」
「
「記憶より記録……その方法は?」
「用紙・データ・画像・映像を行使し、かつネット上に残す。そうすることによって、何年経とうが手元には残る。それにネットに残したのをデータベースとして区切り半永久的に残すことによって、今までなかったバス関係のウェブが完成し新情報が入るたびに更新されていく。これはバス好きのバス好きによるバス好きのためのサイトになるってことだ」
ハッキリと断言すると三ノ輪は何度も小さく呟き始めた。
「……それなら記憶はできずとも記録は出きる。しかも永久保存が可能となると悪くない話ね。遺憾ながら私にはその発想は浮かばなかったわ」
どこかしっくり来たのか、スッキリした顔で俺の方に視線を向けてきた。
三ノ輪のこの反応には正直驚いた。もっと噛みついてくるのかと思っていたが……これはまた以外な反応だな。
プライドが高いであろう三ノ輪があっさりと俺の言葉を認めた。俺の意見をすんなりと受け入れるとは思わなかった。
「たまには部長っぽい台詞も言えるのね」
「うるせぇっての……」
皮肉っぽい褒め方だがなぜか嫌な気分にはならなかった。
ただ、今まであまり褒められたことがなかった俺にとっては、どこかムズ痒く感じる。俺の顔は熱くなっていて真っ赤になっているかもしれない。
そんな顔を見られたくなくて、逃れるかのように顔を背けることしかできなかった。
「さて、そろそろいい時間だし、解散にしようか。夕飯の時間もあるし、ももちゃんもあまり遅くまで外につれ回すのもヤバイでしょ?」
帰宅の提案をしてきたのは美浜だった。まだ中学生である桃内のことを配慮した上での早めの帰宅を提案してきたのだ。
つか、夕飯前に間食するのもどうかと思うんだよ。
美浜の提案に三ノ輪も合意し、伝票を持ってレジへと向かう。ポケットから財布を取り出すと、俺の肩をチョンチョンと突っついてきた桃内が声をかけてきた。
「せんぱい、ご馳走さまです」
「お、おう……これくらい大したことない」
「さすがせんぱいですっ!」
彼女は両腕をガッツポーズを決め、全力で嬉しいですアピールを見せつけてきた。
あざとい。本当にあざといよこいつ。
「塩屋くん」
「シーマン」
「あ?」
『ご馳走さまでした』
「……はっ!?」
いや待って? 何言ってんのこいつら。
「そのご馳走さまってどういう意味なんですかね……?」
「あら、食事を終えた人が口にする日本独特の挨拶よ? そんなことも知らないで今まで生きてきたのかしら?」
「そういうことを聞いてるんじゃねぇんだよ。何で俺がお前らの分まで払うことになってるんだってことだ」
「桃内さんにだけ払って私たちには何もないって、それこそ不公平でひどい話だと思わないのかしら?」
「シーマンの癖にひーきとかマジキモいっ!」
え、やだ何これ。何で俺が悪いみたいな流れになってるの? 俺何も悪くないよね?
それに俺は桃内に対して
別にお気に入りって訳でもないし、寧ろ今後関わり会いたくないタイプである。
「あなた部長なのよね? 上司が部下に対してご馳走するのは社会的において当たり前なことよ?」
「ももちゃんだけ特別扱いとかない! 私たちも同等に扱え!」
俺は桃内を特別扱いしてないしお前らのことを部下だと認識した覚えもない。
そもそも普段から部長扱いをしてないくせに、こう言うときにだけ社会的適合を行使するとか汚いぞ。
活動とかの全ての権限は握ってるくせに食事会の時にだけ上司に支払い命令とかろくでもない部下だ。そんな部下なんて、今すぐにでも解雇してやろうか。……後々どんな報復が来るかわかんないから直接は言えないしできないがな。
よって、俺が諦めるしかない。それで全てが丸く収まる。平和って大事だな。
「はぁ……今回だけだぞ」
ため息を吐きながらそう答えると、ぶーすか怒っていた自称部下の二人も上機嫌に。支払い途中の俺を放置して先に店の外へと出ていってしまった。
俺のことを上司だと思ってんならせめて会計が終わるまで待ってろっての……
「……なんか、大変そうですね」
会計を担当してくれた身長が少し小さめのお兄さんに苦笑されながらお釣りを受け取った。もう嫌だ。恥ずかしすぎる。
「最悪な部下を持っちまいましたよ。まだ高校生ですけど」
「そうなんですかっ!? てっきり大学生かと……」
あれ? まさかこの男性店員から老けてみられてた?
本日何度目かわからないダメージを受けた。俺のメンタルゲージFからEにつきそうだよ。
「まぁ、俺が老けてみられるのはよくあることなので……」
「あ、いえいえ! そう言うことじゃなくて、大人っぽい雰囲気だったので思わずそう口走ってしまっただけです。気にしないでください」
「はぁ……そりゃどうも」
うん。結局はあの店員より年上に見られているって言う事実には何にも変わらないんだよな。
そんなことを思いながら踵を返して店のドアの方へと向かうと「ありがとうぞざいましたー! またお越しくださいませ!」と、元気な声に見送られながら店を後にした。
# # #
店の外に出ると、さっき俺から食事代をタカった二人の自称部下が俺のことを何故か睨んでいた。
あれ? こいつら今さっきまで上機嫌だったよね?
何で腕を組んでご機嫌斜めなんですかね?
こいつらが不機嫌になっている理由が全くわからず、隣に立っている桃内に視線を向ける。
視線が合うと彼女は舌をほんのりと出して自分自身にポコッっと軽いげんこつをし、子首をかしげていた。
テヘッ。やっちゃった☆
そう聞こえてきそうな仕草を見せつけてくる。
なにこの腹立つ女子中学生。やっちゃったじゃねぇんだよ。何したんだよ。
「シーマン! どういうことなのっ!?」
「通報されたくなければ納得いく説明をすることね」
「何の話か知らんがちゃんと説明するから落ち着け。あと、三ノ輪はスマホをカバンに入れろ。通報しようとすんな」
一先ず不機嫌少女を一旦落ち着かせて、何の話になったのか聞き出すことにした。
「んで、何の話になってあぁなったんだ?」
「あなた、前に桃内さんを自宅に引き込んでいたそうね? そんなに通報されたいのかしら? 拐い屋くん?」
「人の苗字を不名誉なネーミングに改名すんな。あと、桃内がウチに来るのは妹が一緒にいるときだけだ」
間違ったことは言ってない。まぁ怪しまれるだろうけど。
最悪、心温に来てもらえばいいか。
「あぁ、シーマン妹がいたんだっけ。普段から一人行動だから家でも一人かと勘違いをしてたよ」
「ちょっと美浜さん? 何さらりと酷いことを言ってるの? 俺泣いちゃうよ?」
あれ……?
こいつらに妹がいる話したっけ?
「あのハキハキしていて元気な子が、本当にこの男の妹だったのかしら。今でも信用できないわ」
「だったら確かめに行こうよ」
確かめに行く? この子バカなの?
んなもん俺が許可するわけないだろ。
「却下だ」
「何でだしっ! ねぇ~みのりんも行こーよー。シーマンの家とか見てみたくない!?」
「私は別に……その……」
やや興奮気味の美浜に抱きつかれ三ノ輪はタジタジになっていた。
嫌なら無理にこいつの我が儘に付き合わなくてもいいんだぞ?
むしろ断ってくれ。
「先輩の妹とは思えないくらい明るくて可愛いですよ! それに、お家も広いですし」
「おい。余計な情報を流すな」
俺の反応を見てニヤニヤと顔を歪める桃内。
こいつ、わざとやってるだろ。
「いや、まだ家に───」
「───ほら、ももちゃんもそう言ってるし! そんなわけでみんなで行こー!」
「だから私は……お願い美浜さん、抱きつかないで……自分で歩けるから!」
「お願いだから俺の話を聞いて……?」
ここにいる女子三人が集まり口を開いてガールズトークに花を咲かせれば、俺の存在なんて瞬時に抹消されていた。
美浜に抱きつかれたままの三ノ輪は抵抗精神力がみるみるのうちに削り落とされ、最終的には抵抗力が完全に消失していた。
「ももちゃんはどうする?」
「私は時間まだ平気なので一緒に行きまーす」
「じゃあ決定だねっ! 早速行こうっ!」
「ねぇ……俺の拒否権は?」
俺のそんな質問に対し先に行こうとした三人が振り返る。
桃内は両腕を後ろに回し前屈みに。
美浜は人差し指で俺のことを指し。
三ノ輪は両腕を腰に当てて。
一言にまとめて返してきた。
「先輩に拒否権なんてあるわけないじゃないですか」
「シーマンに拒否権とかあるわけないじゃん」
「あなたに拒否権があるわけないじゃない」
三者三様、同じ意味合いの台詞をそれぞれの言葉で一斉に放ちやがった。
三人から俺の拒否権を封印されたことにより、抵抗する術を失った俺は小さくため息を吐いて諦めるしかなかった。
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