#19 中学アルバム


 武蔵境駅から電車と徒歩で移動すること約20分。俺の自宅である玄関前に到着した。

 今からこいつら(桃内を除く)を我が妹である心温しおんに会わせなければならない。

 面倒臭い。そして、嫌な予感がする。

 帰る前に心温に電話でそう伝えると『えっ!? 兄さんにお嫁さん候補ができたの!? またまた~どうせ居眠りして夢でも見たんでしょ?』とか言われた。

 妹に信じてもらえないとかマジで悲しすぎる……


 信じてもらえないのはこの際どうでもいい。

 今の一番の問題はさっきの電話中の発言にある“お嫁さん候補”が一番重要だ。

 このセリフをこいつらに聞かれるのは非常によろしくない。主に俺の今後の生命活動に危機が及ぶ可能性がある。

 何も起こらなければ一番いいんだが……


「なぁ、本当に中に入るの? 今日は止めて今度にしないか?」

「ここまで来て何を言っているのかしら?」

「先輩ってそんなにチキンな心の持ち主だったんですか~?」

「シーマンチキンすぎるよ!」


 俺の提案なんて一切聞き入れてもらえず一蹴されてしまった。

 俺の唯一のテリトリーを守りたいだけなのに、まさかのチキン呼ばわりだよ。

 桃内は関しては「私のこと……」とか何やらブツブツ言っているがノータッチと行こう。下手に絡むと面倒なことになる。


「早く覚悟を決めなさい。シーチキン君」

「そうだよ! シーチキン早くしてよ」

「おい。人の名前をツナ缶にすり替えんな」


 門の中にも入らず三ノ輪たちと押し問答を繰り返していると突然玄関が開かれた。


「兄さんおそいっ‼ いつまでお義妹ねえちゃん候補を外で待たせてるのさ!」


 勢いよく開かれたドアからご立腹の状態で出てきた心温。

 うわぁ……もう早速言い放ちやがったよ……

 心温の言葉を聞いた瞬間、美浜の顔が真っ赤になってるし、三ノ輪は苦虫を噛み潰したような苦い顔になっている。

 桃内も反吐が出るとでも言いたげな屈辱的な顔になってるし。

 こいつら俺のこと嫌いすぎだろ。何で自分の家に帰ってきてまで俺の心が削り落とされなきゃならんのだ。まったく意味が分からん。


「ウチのバカな兄がすぐに案内しなくてすみません。ささっ、中へどうぞ~!」


 バカなのは俺じゃなくてお前だ。

 お前の発言が原因で俺の今後の生命活動に危機が迫ってるんだよ。


「ヤバい……やっぱ・・・かわいいーっ‼」

やっぱり・・・・塩屋くんと同じ兄弟には見えないわ。元気で明るいしハキハキしてる。いったいどこで拉致ってきたのかしら?」

「人聞きの悪いこと言うんじゃありません。こいつは俺の自慢の妹だ。他のやつには誰にも渡さんぞ!」

「ささ、意味の分からない発言をする兄のことは放置でいいんで、どうぞ中に上がってください」


 放置は酷くないですかね? 泣いちゃいますよ?

 それにやっぱりって何だよ。俺とはそんなに似てないとでも言いたいのか?

 そんなことを悶々と考える俺を放置して、心温に案内された3人はキャッキャと騒ぎながらそのままリビングへ―――かと思ったが、そのまま階段で二階に上がっていった。あいつの部屋でガールズトークに華を咲かせるんだろう。

 であれば俺は必要ないな。元々の話では心温に会わせるのが目的だったからな。満足したらあいつらも勝手に帰るだろう。


 俺はリビングに入ってソファーに腰を下ろし、カバンからパソコンを出して作業の続きを始めた───いや、始めようとした。


「愚兄さん、ここで何してるの?」


 氷点下クラスの冷たい妹の声に作業は強制的に中断させられる。

 振り向くと声と同じくらい冷たい視線が上のほうから降り注がれた。

 名前負けしてるぞ? もっと優しい視線と温かい声をかけなきゃだめだぞ?


「ガールズトークでも始めるんだろ? 俺は用無しだからリビングで作業をしようと思ってたんだが?」


 まさか、家の中にも居ちゃダメだと言いたいのか? そんなのあまりにも酷すぎるぞ!


「兄さん待ってるんだから早く行きなよ」

「いやお前の部屋にいるんだろ? だったら俺が行く必要ねぇじゃん。ガールズトーク楽しんで来いよ」

「何言ってるの? 兄さんの部屋にいるに決まってるじゃん」

「……は?」


 いや待って? 何してくれてるの?

 別に俺の部屋にエロ本なんてもんは無いけどさ。今のこの時代デジタル化してるし。

 そういうヤバい奴は置いてないから大丈夫―――じゃない!

 一番見られるとヤバいもの。一番見られたくないもの。

 それをあいつらに見られたら俺は生きていけない。となれば、それを見られる前に回収してどこかに保管しなければ!


 自室に侵入者がいる危機感に刈られつつも、一応客人でもあるので何も出さないわけにもいかず、コップにお茶を入れて自分の部屋の前に到着。中に入る前に一度深呼吸してドアノブを回し自然を装って中に入った。


「あ、シーマンどこ行ってたの?」

「私たちを部屋に入れて放置なんて、なかなかいい度胸をしているわね?」


 中に入って早々ご機嫌斜めの美浜と三ノ輪からクレームが飛んできた。

 これ俺悪くないよね?

 てっきり心温の部屋にでも入って女の子同士キャッキャうふふでもしてんのかとこっちは思ってたんですけど?


「……悪かったよ。てっきり心温と話をしてるのかと思ってたんでね。何でもいいが桃内は何をしてるんだ?」


 何でこの子は俺の部屋をそんな隈なく探し回ってるんですかね? ここに宝物なんてものは存在しませんよ?


「せんぱいの部屋に卑猥な本があれば処分しておこうと思いまして。心温ちゃんが心配ですし」

「そんなもん俺の部屋にはねぇよ」


 どこを探しても無駄だぞ? 置いてないんだから見つかることもない。

 そんなことを思っていると、今度は三ノ輪に呼びかけられた。


「ところで塩屋くん」

「何だよ」

「これ見てもいいかしら?」


 そう言って俺に見せてきたのは中学のアルバムだった。


「げっ……」


 誰にも見られないように本棚の一番奥に収納してたのに何で見つけ出したんだよ。つか、お前も探し回ってたのかよ。

 頼むから中を見るとか言い出さないでくれ。


「せんぱいのその反応……怪しいですね」

「よーし! 開けてみよーう!」


 美浜のノリノリなその提案にアルバムを見ることが決定し、俺の願いが叶うことはなかった。

 よーしじゃねぇんだよ! 何でアルバムを開けることを提案してるんだよ。

 そんなことされたら俺死ぬんですけど?


「なぁ……それはどっかぶん投げておいてさ。そろそろお帰りの時間だよ?」

「何でですか! まだ来たばかりじゃないですか!」

「まさか、これを開けられるのが怖いってことは、狙っていた子への変態的なメッセージが書かれているとか……」


 変態的なメッセージって何だよ。

 そこまで病んでねぇよ。


「開けられたくないからって解散を提案したの⁉ だからみのりんにシーチキンっていつも呼ばれるんだよ」

「ちょっと美浜さん? 私がいつもこの男のことを呼んでいるような言い方をするのは止めて頂戴」


 俺のこの扱い何なのマジで。

 もう何でもいいや。好きにしてください。

 俺の拒否権なんてこいつらの中では最初から存在しないわけだから、俺が何を言ったところで無意味なのはわかってることだった。


 # # #


 女子3人が俺の横でアルバムを開き、じっと観察していると突如部屋のドアが開かれ乱入者が入ってきた。


「兄さん入るよ~」

「おい、ノックぐらいしろよ」

「兄さんいつもそんなこと言わないじゃん」


 ノックもせずに部屋に侵入してきた心温に注意するとブーブー文句を垂れ始める。

 いや、確かに今まで言わなかったけど、だからってその反応はおかしいからね?


「あぁ~兄さんのアルバムを見てたんですね! すぐに見つけ出せるようにって机の上に出して置いてたんですよ。我ながらいい仕事をしたっ!」


 お前の仕業かよ。ガッツポーズしてるけど全然いい仕事してないからね?

 マジでなんてことをしてくれてるんだよ。

 俺が一番見られたくない黒歴史を凝視されちゃってるじゃねぇか。


「ねぇねぇ、この集合写真にシーマンいないよ?」

「ウチの兄ですか? 兄さんならここにいますよ」


 俺が写っている場所を指さなくていいから。病んでる俺を見たところで何にも面白くないだろ。


「あっ! 本当だ! てかシーマン暗っ!」

「存在感を消しすぎね……」

「人の背中に隠れて背後霊化するとかドン引きです……」

「何でアルバムを勝手に見られた俺がドン引きされなきゃなんねぇんだよ……」


 こうなる予感がしてたから見せたくないし、見られたくなかったんだよ。


「写真だとシーマンの頭しか写ってない」

「これも、これも……全部頭ばかりです」

「授業風景なんて机に伏せてるのばかりだし……あなた、中学時代も大半寝て過ごしてきたの? よく今の高校に合格ができたわね。それとも裏入学って手段でも使ったのかしら?」

「人のことをインチキ入学者扱いするのやめろ。ちゃんと入試も受けたし面接だって受けたぞ」

「せんぱいの面接官とか大変そうですよね……」

「あなたのことだから視姦とかしていそうだものね」

「しっかん……?」

「美浜、そこで聞き間違いスキルを発動させんなよ。“しっかん”じゃなくて“しかん”だ。卑猥な目線で相手を見ることだよ」


 何てことを教えさせてるんだよ。

 つかこういうのは三ノ輪が美浜に教えてやれよ。俺が教えると完全にセクハラになるだろ。

 訴えられて裁判に負けて留置所に行くやつだよ。


「そうなんだ……シーマンキモイ!」

「こんなことを教えた俺が言えた立場じゃねぇが、その反応はどうなんですかね……」


 やっぱロクなことが起きない。もう嫌だ。

 こいつらが帰ったら枕に抱きついて思いっきり泣くことにしよう。


「それにしても、せんぱい全然写ってないですね」

「まぁだろうな」

「何でなの?」

「ウチの兄曰く、俺のことを撮ったら出演料取るぞとか言って、カメラマンから逃げまくってたらしいですよ?」


 心温ちゃん? 何で少しずつ収まってきた炎に軽油ディーゼルぶっかけるの?

 さっきから火傷しすぎてそろそろ灰になる寸前なんですけど?

 それにしても……こいつニヤニヤしやがってめっちゃ悪い笑みを浮かべてんな!

 そんなに兄ちゃんが虐められてるのを見るのが楽しい? そうやって人をおもちゃにするのやめなさい?


「あなた、スーパースターにでもなったつもりなのかしら? あなたみたいな錆びまみれの部品に支払うお金なんて一銭も無いわよ?」

「何でお前から金をもらわなきゃいけないんだよ。いらねぇよ」


 こいつから金なんてものを受け取ったときは、その後に何が起こるかわかったもんじゃない。下手したら命が狙われてしまう。


「シーマンがスーパースターとか全然想像できないね……たはは……」

「あまり調子には乗らないことね。痛い目に遭うわよ?」


 別に調子に乗っているわけではないんだが……

 三ノ輪のその言い草にちょっとムカついてきた。


「お前は俺の何を見て調子に乗ってると思ったんだ? 幻覚でも見てんじゃねぇの? 自分のことが可愛くてしょうがない一人娘のお姫様よ」

「……あなた、いったいどういう意味―――」

「はいっ! そこまで!」


 俺と三ノ輪がヒートアップしつつあるのを感じ取った心温が俺たちの間に割って入ってきた。

 そんな心温は俺の方向に体ごと顔を向いてバツが悪そうにごめんと一言謝ってきた。何でこいつが謝るんだよ。


「こんな事態に発展するとは思ってなかった……でも、兄さん? 兄さんにとって腑に落ちない部分はあったんだろうけど……さっきのは言い過ぎだよ?」


 さっきまでへらへらしてた表情から一転、声のトーンを低くして本気で俺のことを説得にかかる心温の顔がそこにあった。心温に言われたセリフを自分の中で何度も繰り返し、少しずつヒートアップしていた頭が冷えていく。

 何であんなに感情的になったんだろうな。バカみたいだ。

 周りを見てみれば美浜は眉毛をハの字にしてバツが悪そうにこちらに視線を向け、桃内も大人しくなってしまっていた。

 うん。確かにやりすぎたな。


「その……悪かった。言い過ぎた」

「私の方こそごめんなさい……」


 互いに言い過ぎたことを謝罪しこの話は終了。

 その後は雑談を交えつつ、さっきリビングでやろうとした作業の続きを進めた。

 時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば夕食の時間帯に差し掛かっていた。

 心温は俺たちの邪魔をしないようにと部屋から出ていたが、夕食の時間になり呼びに来た感じだ。


「あら、もうこんな時間になっていたのね。そろそろ解散にしましょうか。家に帰って食事も作んなきゃいけないし」

「そうだね。私も帰んないとママに怒られちゃう」

「三ノ輪先輩って自分で食事とか作るんですね」

「自分で作らないと他に誰も作ってくれないもの」

「ん? みのりんって一人暮らしなの? すごいね!」

「そんなことないわよ」


 まぁ三ノ輪からにすれば日常の一部なわけだからこれが普通だと認識になる。

 けど、俺たちみたいな実家に住む人間は環境が違うのですごいとも思うし憧れもする。

 同じ学年である美浜も何か思うところがあるのか「うーん」と少し唸ると、私も頑張んなきゃとポショリと小さくそう呟いた。


「そういうことなら、今日は皆さんウチで食べて行ってください」


 三ノ輪たちがそんな話をしていると心温がここで食べていけと提案してきた。


「実は、抽選で焼き肉用の肉が当たったんですが、量が多すぎてウチでは食べきれないんで……なので、もし皆さんが良ければ今日は食べて帰ってください」

「そう? ならお言葉に甘えてもいいかしら?」

「了解です。お二人はどうしますか?」

「私はみのりんが食べて帰るなら一緒にいるー」

「私も食べて帰ることにするよ。お母さんたちには電話で話しておくから大丈夫」


 心温の提案によりこのメンバーで今日は夕食を食べることが決まった。

 当然ながら俺の拒否権はない。

 緊急避難として外食をしてくると言おうと思ったが、下手に逆らえば今後一生口を利いてくれなくなるリスクのほうが大いにあった。

 どうせ逃げれないんだから諦めるのが一番だな。

 自分の中でそう結論付けてリビングに向かい、ご飯の準備の手伝うことにした。

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