#20 ほうれんそう


 一つ屋根の下に一人の男と我が妹を含めた四人の女子。

 リビングに集まった一同はそれぞれ椅子に座り食事を取ろうとしている。

 俺から見て左側に手前に心温、隣に桃内。

 右側には手前に三ノ輪でその隣に美浜が席についている。

 テーブル上にはカセットコンロと部分的に穴の空いた鉄板、レタスと蒸しブロッコリーのグリーンサラダに焼き物ようで用意した野菜と、抽選で当たった大量の牛肉。

 今日の晩ごはんは焼肉である。


 んで、俺の席はと言うと……無い。

 元々四人掛けのテーブル。通常使われているイスは心温を含む女子が座り、俺はキッチンを背中にして立っている状況だ。

 正直、俺も座りたいんだが生憎予備の椅子が無い。故に、立ったまま食事をしなきゃいけなくなったのだ。


「さて、お腹も空いたことですし食べましょうか」


 心温の呼び掛けに全員で手を合わせ、いただきますと挨拶をして食事が始まった。

 サラダはセルフで取り分けてもらってるが、肉や野菜に関しては俺が焼いてあげる事になっている。てか、心温にそうしろと釘を刺された。

 お客さんなのに自分で焼かせるのは無いと心温が頑なに拒んだ結果こうなった。

 いや確かにゲストに焼かせるのは失礼に当たるんだろうけど、世の中セルフサービスって言葉もあるんだよ? 別に問題なくね?


 そんな台詞を吐いた瞬間「もしそれをこの家で実行したら二度と口利かない」と言われ、やむ無く従うことになった。

 兄を脅すとか何て恐ろしい妹だ。


 そんな恐ろしい妹は、自分では焼かずに俺が鉄板で焼いた肉を美浜たちの皿に配っていった。俺が食べる分の肉を自分の皿に入れていると、それを横から奪い取り自分自身の口にも放り込んでいく。


「心温ちゃん。私たちは自分で取るから大丈夫だよ? そんなことよりあんまり横から取っていくとシーマンの食べる分が無くならない?」

「ウチの兄ことは気にしなくて大丈夫ですよー。どうせ後で何か食べると思うんで。兄さん? 食べてばかりいないで焼かないと、みんなのが無くなっちゃうじゃん」

「……へいへい」


 俺があまり食べれてないことに気づいた美浜が心配そうに心温に声をかけるも、心温は問題ないと一蹴し、俺にひたすら肉を焼かせる。


 うーん……さすがにこの現状は思うところがあるな。

 いや、別に俺が焼いてあげる分には別にいいんだよ。ただ、俺はどうせ後で何か食べるから今は食べれなくてもいいって発想はどうかと思う。

 同じテーブルで飯を食うんだったら俺も食べたいわけで。

 別にみんなで飯が食いたいかと言われればそういう訳じゃないんだが……

 何だろう。俺ここまで邪険に扱われるようなことしたっけな。わからん。


「そう言えばお二人は兄とは同じクラスなんですか?」


 そんな思いに見向きもしない心温は美浜と三ノ輪にそんな質問を投げ掛けた。

 その質問に元気よくそうだよと答える美浜と、ナゼか悔しそうに残念ながらその通りと応える三ノ輪。

 そんなに俺と同じクラスが嫌でしたか。そうですか。


「同じクラスが嫌なんじゃなくてあなたと同等にみられるのが嫌なのよ。それぐらい知っておきなさい。怠け屋くん?」

「俺の名前を怠け者扱いすんじゃねぇよ。あとそれだと心温も同じ怠け者ってことになるからな?」

「ほ? お兄さんは何を言ってるの? 私がお兄さんと同じ扱いになるわけないじゃん」


 えっ、なにそれ。

 実は俺と心温は実の兄弟じゃなかったとでも言いたいのか? 大問題じゃねぇか。

 あと、何で三ノ輪は俺が考えてることがわかったんだよ。お前はエスパーかよ。


「それで、ウチの兄は学校ではどんな感じなんですか?」


 何でこいつは俺の学校生活のことを興味津々で聞き出そうとしてるの?

 俺の学校のことを聞いたことろで何にも面白いことなんてないぞ?


「学校でのシーマンは休み時間になれば誰とも関わらず伏せて寝ているかな」

「自分の嫌いな数学の授業を散々詰って、隣にいる開南くんを巻き込む自爆テロを起こしたり」

「自爆テロッ!? シーマンかえちゃんのこと怪我させたの!?」

「……んなわけねぇだろ」


 何でこいつは自爆テロってワードに過剰に反応するんだよ。

 そもそも、俺がそんなこと出来るわけねぇだろ。

 あの時は開南も一緒に怒られはしたが、物理的被害にあったのは俺だけだ。……だよな?

 つか、人のことテロリストみたいな扱いすんの止めてね? 俺そんな悪どいやつじゃないからね?


クラスメイトでもある二人からそんな証言を耳にした心温に、クラスメイトを巻き込むとか最悪だよ。これだからミジンコ系の男は……とか、残念なやつを見るような目で言われた。


 ミジンコ系の男ってなんだよ。お前の兄貴は微生物かよ。


「まぁそんな兄ですが、この前女の子に壁ドンしたらしいですよ?」

「───っ!」

「───っ!?」


 ちょっと心温ちゃん? 何でその話を今ここで暴露した? 言う必要性なかったよね?

 ムフーッてな感じにいい仕事した顔してるけど余計なことをしてるだけだからね?

 お前の爆弾発言に驚いていた美浜と三ノ輪に睨まれながらドン引きされてるんだけど、どうしてくれるんだよこれ。

 心温がこの話を切り出した瞬間、黙って黙々と焼き肉を食べていた桃内が一瞬ニヤリと顔を歪めたのを俺は見逃さなかった。

 あ、これ悪化するやつだ。


「そうなんですよぉ。私の初めてを……せんぱいは……っ!」


 ここぞとばかりに便乗し、眉毛をハの字にしてワタシ困ってますアピールをする桃内。お前はなに被害者顔してんだ。

 いや、実際被害者ではあるんだが。

 つか、何で変な伝え方してんの? 主語が抜けてるぞ。

 主語抜けまくりの桃内のセリフを聞いた途端、二人は軽蔑の視線をこちらへと向けてきた。そのうちの一人は手元にスマホが握られている。


「待て。とりあえず落ち着け。そして三ノ輪は手に持ってるスマホをカバンに入れろ」

「シーマン? 何か遺言はあるかな?」

「お前はいったいどこの殺人犯なんだよ。そんなハッタリ効かねぇぞ?」

「あら? 私は通報しないと本気で思っているのかしら?」


 三ノ輪はそう言いながらスマホの画面を俺に見せてくる。ご丁寧に“110”と入力されていて、あとは発信ボタンをタップすれば繋がるような状態になっている。

 思ってません!

 どっちかと言うとお前が一番怖いんで止めてください! また警察に尋問されるとかもうごめんだ。


「お前らの本気度はわかったから説明させてくれ!」


 こうなってしまえば俺に残された手段は、必死に説得して俺の話を聞いてもらえるように懇願するしかなかった。


 # # #


 桃内との間に何があったのか一部だけ説明すると、頭痛を押さえるかのように眉間に手を当てて首を横に振る三ノ輪と、顔を真っ赤にして頭から蒸気が出そうなほど怒り心頭になる美浜の姿がそこにはあった。


「全く……あなたの普段の行いが悪いからこうなったのではないかしら?」

「そーかもしんないけど、でもそのおっさんが悪いんじゃん! これシーマン悪くないじゃんっ!」

「いいえ美浜さん。悪いことは一つしてるわ」


 一番悪いのはおっさんだと俺を庇う美浜に、一つ悪いことをしていると言い張る三ノ輪。

 はて、俺がいったい何をしたって言うんだろうか。

 あぁ、俺があのオヤジを思いっきり蹴ったことか。確かにムカついたから思いっきり蹴ったが、俺としては別に悪いことしたとは何とも思ってない。

 例え、謝罪しろと言われたとしても俺は一切頭を下げる気はない。それどころか、あの時と同様に思いっきり蹴り飛ばして追い返してやるまでだ。

 だが、三ノ輪が口にしたのは俺の考えとは大きく逸れた台詞だった。


「“ほうれんそう”が、なってない。それがあなたが犯した罪よ」


 ほうれんそうの単語を聞いた美浜は「何で緑の葉っぱの食べ物?」と、素晴らしき間違いスキルを発揮をしたがそんな話ではない。よって、ノータッチといこう。

 そんなことより、俺の事故トラブルをこいつらに話す理由がわからん。その情報共有は何の意味があるんだ?

 別にこいつらに直接被害が行くわけじゃなかろうに。

 なら、こいつは何を問題視しているんだろうか。


「今はここにいるメンバーだけでこの話は止まっているけれど、今後この話が広まった場合どう対処するのよ? あなたの立場が悪くなるのは確かだし、部としての存続も危ぶまれるのよ? 部長であるあなたはそんな危機に晒したいのかしら?」


 俺の立場が悪くなるのはこの際どうだっていい。だが、俺が原因でこの部活の活動自体が危機に迫られるのは宜しくない事案だ。

 活動危機になることで何が発生するか、同じ部員である美浜と三ノ輪にまで攻撃のターゲットにされてしまうってことだ。

 そんなのは俺だけで十分だ。


 この部活とこいつらを守るには情報共有が必然になってくるのだろう。


「なるほど……。三ノ輪の言い分はわかった。これからは何かあったら話すようにする」

「そうしてくれると助かるわ」

「シーマン一人だけだと危ないもんね」

「そうね。ポンコツ部長が原因で廃部に追いやられるのは癪だわ」

「ひでぇ……」

「それに、センパイって自爆テロとかよく起こすじゃないですかぁー? ちゃんと監視は必要ですよねっ☆」

「おい。人のことをテロリスト扱いしてんじゃねぇ!」


 あと、前にも言ったがお前を後輩にした記憶はない。


 俺の返事を聞いて安心したのかにこやかに微笑み、この話は終わりにしましょうと三ノ輪によって終止符を打たれた。


 俺へのお説教が終わった女子たちはガールズトークに華を満開に咲かせ大いに盛り上がっていた。

 心温のやつ話に夢中になってて全然肉が減ってないじゃねぇか。新しく焼く前にその肉から食った方がいいな。もったいねぇし。

 そう思って心温の方に腕を伸ばすと俺の行動に気づいた心温が睨んできた。


「てか、兄さん?」

「何だよ」

「何で私の皿から肉を取ろうとしてるのさ」

「お前ら話に夢中になってただろうが。このままだと肉が干からびちまうだろ」

「こっちは私が食べるんだから別にいいの! 新しく焼けばいいじゃん」


 あぁそう。そう言うことなら新しく焼いて食うとしよう。

 新しく肉を何枚か焼き始めて、ある程度焼けたので腕を伸ばして取ろうとするとまたしても横から奪い取られてしまう。そのあとも何度か焼いては奪い取られての繰り返しが続いた。


 ……もういいや。どうやら俺はこの場で食事をすることを認めてもらえないらしい。

 食べることを諦めた俺は自分の箸を置いて、トングだけを手に取り、食べることを諦め、焼くことに専念することにした。

 一枚一枚丁寧に焼いてそれぞれの皿に入れていく。


「ほれ焼けたぞ」

「あ……はい。ありがとうございます」

「え、えぇ。ありがとう……」

「うん。あり、がとう……シーマン───」

「もしなんだったら、こっちでビニールとタッパを用意しておくから、余った肉を持って帰ってくれ。ここでは処分に困るからな」

『……』


 三ノ輪の困惑した声を無視して、美浜の声も遮って強引に俺に話しかけさせないようにした。俺のことを気にかけさせないようにした。

 そんな同情は要らないんだよ。俺は久々に楽しい食事ができると思ってたわけだが、どうやら思い違いだったようだ。

 寧ろ、こいつらを巻き込んで困らせてしまっていることに罪悪感が芽生えてくる。

 とにかく、今の俺には負の感情を出さないよう圧し殺すのが精一杯だった。


 # # #


「ねぇ、みのりん」

「何かしら?」

「シーマン大丈夫かな……?」

「わからないわ。ただ───」


 塩屋くんの自宅でご馳走になった帰り道。

 駅に向かって夜道を歩いていると、隣を歩く美浜さんに不意にそう問いかけられた。

 確かに、心温さんのやり方は余りにも塩屋くんのことを邪険に扱いすぎている。

 私も彼に対して多少は罵倒したり詰ったりしてはいるけど、完全にねじ伏せるほどまではしたりはしない。

 けど、心温さんの場合は完全に彼のことを駒として扱い、食事も横から奪い取り、楽しむと言う概念を剥奪しているような印象が強かった。

 帰り際に流れでというか、勢いに負けて連絡先を交換をしたけれど、これから先どうやって接すればいいのか正直困る。


「……端から見ていていい光景ではなかったわね」

「うん……見ていてシーマンがかわいそうだった」


 そう。一言で表すなら“気の毒”の一言だった。

 本当なら止めるべきだったのかもしれない。あのとき止めていれば、彼はあんな辛そうな笑みを浮かべることなんでなかったはず。

 でも、止めることができなかった。

 明日、彼が部室に来たときには優しく接してあげようかしら……

 あっ。そう言えば、私は彼の連絡先を知らない。明日の連絡事項もできていないのに。


「明日の部活どうしましょうか……」

「あれ? やらないの?」

「やりたいけど、塩屋くんの連絡先を知らないわ」

「なるほどね。ちょっと待ってて!」


 美浜さんはそう言ってスマホを鞄から取り出し電話をかけ始めた。塩屋くんの連絡先を知っているんだろうか?


「あっ、ももちゃん? 急にごめんね? 実はね───」


 なるほど。送迎をかねて一緒にいる桃内さんに電話をかけたのね。

 ……いつの間に連絡先を交換してたの? そっちの方が驚きだわ。


「───うん。ちょっと待ってね? みのりーんっ! 何か伝言ある?」

「そうね……未撮影のバス写真を何枚か撮って8時までに部室に来るように伝えてくれる?」


 わかったと返事をした美浜さんは私の伝言を代わりに伝えてくれた。

 その後もハイテンションのまま少し会話を弾ませる美浜さんはどこか楽しそうにしている。

 さて、彼は明日来てくれるかしら。

 もし来なかった場合は後日思いっきり罵倒してあげるから覚悟なさい?

 そんな細やかな希望を胸に抱きながら私たちは帰路についた。

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