#21 撮影妨害
「兄さん! いつまで寝てるの、起きてっ!」
気持ちよく寝ている俺を心温が全力で揺さぶり妨害してくる。
何だよ。今日は休みなんだからもう少し寝かせろよ。
「もう! 起きてってば! 今日の部活は8時からなんでしょ? 30分もオーバーしてるよ」
……何でこいつがその事を知ってるんだ? そう言えばこいつらライン交換とかしてたっけ。
まぁいい。今日は急用ができたとか言って行くの止めるとしよう。
「……兄さん?」
「何だよ」
「これなーんだ?」
そう言ってベッドで横になっている俺に突き付けたスマホの画面には『みのり先輩』と書かれていた。その下には電話番号も一緒に載っている。
ラインじゃなくて電話だと……? その画面を開いて何をするつもりだ?
「今すぐ起きて部活に行く準備をしないと、兄さんがサボる宣言して動かないって報告するよ?」
「わかった。わかったからその画面を閉じてスマホをポケットに入れろ」
あいつにそんなことを報告されたんじゃ後々どんな罵倒が飛んでくるかわかったもんじゃない。
つか、何でこいつらこんなに連携が長けてるんだよ。ネットワーク構成おかしいだろ。
おかげで俺の逃げ道が完全に塞がっちまったじゃねーか。
これ以上ノロノロとしているとマジで電話されそうなのでさっさと準備をすることにした。
制服に着替えて外に出ようと玄関に手をかけると、後ろから心温に呼び止められた。
みのり先輩から伝言があると言ってスマホの画面を見せてくる。
『私たちのデータに画像もセットにしたいから何枚か写真を撮ってきてちょうだい。あと、撮影を理由に遅れないように。もし遅れるようならどうなるか想像することね』
なんだこの脅迫めいた業務連絡。怖いんですけど。
人に材料調達を命じておいて遅刻は許さんとかどんな上司だよ。
ブラックだ……。完全なるブラック企業だよ。
我が部内でパワハラされてます。
いや、
こんなのに正解したところで嬉しくねぇよ。
そもそも、そういった連絡を心温にするなっての。俺が逃げられなくなるから。
自宅を出て自転車に乗り、走らせること数分で東小金井駅に到着。その後、中央線に乗って荻窪駅で一旦降りることにした。
それから、駅を出て国道に隣接する北口ロータリーの出入口で足を止めた。今日の撮影場所はここである。
中央線沿線で路線バスの乗り入れが多いのが主に八王子・立川・三鷹・吉祥寺・荻窪・中野・新宿・東京駅などである。
では、何で今日の撮影場所が荻窪駅なのかと聞かれれば気分で選んだとしか答えようながない。
あえて理由をあげるなら、学校に行くついでに未撮影だった路線をこの時間で撮影してしまえば、ここの駅の発着する路線は全てコンプリートしたことになるからだ。
別に東京駅や新宿駅でもよかったんだが、あそこの場合一般路線バスだけが走っているわけではない。
高速専用
まぁ、あれだ。深夜急行バスとか中長距離の夜行バスとかだな。
その路線を撮影するには誰かしら保護者が一緒じゃないと無理だ。
そんな話は置いておいて、カバンから一眼レフのカメラを取り出して一日に数本しか走らない路線を撮るためカメラ設定をいじる。
「とっとと終わらせて早いとこ行かないと毒舌の暴風に巻き込まれそうだな……」
そんな独り言を溢しつつ狙っているバスを待っているとタイミングよく大通りからロータリーへと右折しようとしている対象路線が現れた。
よっしゃ! ナイスタイミングだ!
カメラのレンズを覗いてシャッターを切ろうとしたが、信号待ちをしている歩行者が妨げになり、自分が思うように撮ることができない。
自分自身の中では納得がいかず、降車専用のバス停に停車している路線を撮影することに作戦を変更することにした。
だが、今度は高校生ぐらいの少女がバスと被っていて納得の行く写真が撮れなかった。
くそ……。何でこうもタイミングが悪いんだろうか。
ガードパイプに台にしてもたれ掛かっていた少女に気づいてもらうよう
「お、気づいたか」
レンズ越しに目が合い、ずっとこちらを見てくる少女。
さぁ、退いてくれ。あんたにレンズを向けている俺を気持ち悪がってそのまま消えるがいい。そこにあんたがいると後ろに停まっているバスが撮れないんだ。
俺のそんな願いは届かず、それどころか謎の少女は体をこちらに向け足を前に交差させ、ニッコリと微笑んできた。しかもピース付きである。
想定外の行動にシャッターを切ることができず、結果、撮影対象の路線は“荻窪駅行き”から“回送”に行先表示を変えて走り去ってしまった。
「……」
いや何でだよ。普通逃げるだろ。
何で当たり前のようにピースして写ってるんだよ。あとそのポーズあざといから。
バスが行ってしまった以上そこにいてもしょうがない。
仕方なく撮影ポジションを変えて次の路線を待つことにした。
ロータリー内のカーブの途中で足を止めてバスが曲がる瞬間を写真に収める計画に出た。
そこへまたしてもタイミングよく狙っている路線がロータリー内へと進入してきた。
ブレないようにバスの動きに合わせてシャッターを切る。
よし。今度は大丈夫だろう。
そう思って撮った写真をすぐに確認した。
うん。角度よし、手ぶれよし、LEDの表示も途切れることなくきれいに写っている。
カメラの中にあるバス
だが、別の問題が生じている。
「……」
カメラの画像内には先ほどと同じ女子が両手を上にあげてジャンプしている姿が写り込んでいた。しかも満面の笑みで。
まさかと思い顔を上げると、車道側には先ほどの少女が片手をピースにした状態で真横にして顔にくっ付けながらウインクをしてきた。今にもキャピルンと効果音が聞こえてきそうだ。
ねぇ、何でいんの? さっきまでバスの降り場のとこにいたよね?
きれいにバスと一緒に写りやがって。
つか、そこ車道だよ。立入禁止って言葉知ってる? そこにいるとバスの邪魔だから歩道に入りなさい。
つか、そんなに私かわいいアピールで幸せの提供でもしたいのかよ? だったら駅前の歩道でその辺に歩いてる男どもにやってやれ。すぐにギャラリーができんぞ。
俺はそのギャラリーには混ざらないがな。
あざとい行動見たところで何の特も得ない。むしろ、さっきから妨害されて迷惑なだけだ。
撮り直しをするために改めて時刻表に目を通してみるも、撮りたかった路線はもうこの時間には来ない。
未収穫確定の瞬間である。
最悪だ。これ、あいつらに何て説明すればいいんだよ。
これも全部あの女子が邪魔してきたせいだ……!
恨みを込めてモデルごっこがマイブームの妨害マスターの女子を睨み付け、その場から移動することにした。
睨んだ際にハッとした顔をして見せていたが、そんなのは俺には関係ない。
この日の撮影は諦めて学校に向かうため再び中央線の改札を通った。
# # #
東京行きの中央線は、休日の朝ってのもあってかなり空いていて、普通に椅子に座ることができるくらいにまでガラガラの状態だった。
私が写真に乱入した彼はこちらを睨んだあと、そそくさと改札を通過して中央線のホームへ掛け上っていった。なので私も一緒に改札内に入った。
それにしてもおかしいなぁ。私の可愛らしさを全開で提供したのにまさかの迷惑顔だった。
何なのあいつ。私じゃ不満なの?
せっかく可愛らしさ全開で写真に写ってあげたのに何でそんな顔なの?
納得がいかない。私のかわいいアピールで
よし。このまま学校にまで付いていって、近くなったら行動に移すとしよう。
そう決めた私は彼の後ろに少しばかり離れた位置から後をつけることにした。
完全にストーカー行為になるけど、私も神田高校に向かうわけだから何も問題はない。
何でその学校に向かうことを知っているのかと言えば、私も同じ学校の生徒だもん。制服ですぐに分かるし。
て言うか、私は
そんな彼は私がつけていることに気づいていないのか、電車に乗り込むなり空いている席に座ると、カバンからノートパソコンを取り出していじり初めてしまった。
むぅ……ちょっとはこっちを気づけっての。
完全無視じゃん。
もういい。こうなりゃ作戦前倒しにしよう。
私は彼が座る席の近くにまで行き、声掛けを実行することにした。
# # #
さっきの電車もそうだったが以外と今日は空いてるな。平日もこんな感じだったらいいのに。
適当に空いている席に腰を落ち着かせ、ノートパソコンをカバンから取り出して、路線図作成の続きをすることにした。
ところでさっきから思ったことなんだが……
「……」
「……」
何でこの人、目の前にいんの?
いや、同じ方向かもしれない。だが、わざわざ俺の前に立たなくてもよくない?
他にも席はいっぱい空いてるんだからそこに座れよ。それともこの席が特等席なのか?
「……」
怖い。非常に怖い。
何でにっこりと微笑んでくるのか知らんがとにかく怖い。
そんな彼女の視線から逃れようと荷物をもって別の車両へと移動し空いている席に座った。
座って顔を上げると同じ顔が再び現れる。
いやいやナゼにここにいる!? あれか。要らない絵を売り付けにでも来たか? それとも『私の被写体を撮ったんだから金払え。さもなくば殺します』ってやつ?
何その新手な投げ売り。恐怖しかねぇよ。
「おはよっ!」
なんか声掛けてきたし。本格的に金銭的なやり取りでも始める気らしい。
こっちに向いて挨拶してきている辺り返事をしなかった場合余計面倒なことになりそうだ。
「ど、どうも……」
返事をしたのはいいがこの状況をどうやって突破したものか。俺の目の前に立ち塞がっているし、両隣には他の乗客が座ってるし……
完全に逃げ場がないじゃん。
「君、神田高校の子だよね?」
「え? ……はい」
何でこの人俺が通っている高校のことを知ってるの? 同じ学校の人とか?
イヤでも制服じゃなくて私服だもんな。いかにもこれからデートに行きますってな感じの服装だし。
「さて問題です。目の前にいる可愛いお姉さんはいったい誰でしょう?」
行きなり問題を出し始めたかと思えば何を言い出すんだこの人。
しかも自分で可愛いとか言っちゃったし。目の前にいる人物が誰なのか。そんなもん俺が知るか。
「えーっと……わからないです」
「……は?」
え? そんなに驚くこと?
もしかして自分の可愛らしさに自信があって、俺の耳にまで噂が届いているとでも思ったか?
何にしたって初対面である。
「何かの冗談だよね?」
「いや、マジです」
俺の回答を聞いた彼女は先ほどまではいい作り笑顔をしていたが、徐々に眉間にシワがよっていきハリセンボンのように頬を膨らませていく。
それから腕を組んで、何やらブツブツ言っているようだが電車の走行音で聞き取ることができない。
どうやら自分の世界に入っているようなので、俺も視線をパソコン画面に落として作業の続きをすることにした。
電車内で作業すること10分弱。電車は神田駅付近にまで来ていた。
先ほどまで俺に絡んでいた女子もいつの間にか消えていていた。
荷物をまとめて席を立ち、神田駅に到着と同時に下車。改札を通過して学校までの通学路にまでスムーズに進むことができた。
「おーい! 待ってー!」
何やら遠くの方から女子の声が聞こえてくる。どうやら置いてけぼりにされたらしい。
「ねぇー! 待ってってば……!」
どこの誰かわからんが待ってやれよ。泣きそうな声してんぞ?
つか、人の後ろでイチャつくの止めてくれませんかね? ムカついてくるんだよ。
「おーい。何で無視するの? ふーん? そっかー。まだ無視するんだ……そっかー」
え、なんか急に声のトーンが低くなったんだけど? ヤンデレクラスの声のトーンと口調なんだけど?
怖い。マジで怖い。
俺の後ろで殺人事件とか起こさないでね?
「えいっ!」
「ぐうぇっ!?」
突然襟袖を引っ張られ思わず変な声を上げてしまった。
文句の一つでも言ってやろうと後ろを振り返ると、手を腰に当てて膨れっ面をした女子―――電車で絡んできた女子が佇んでいた。
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