#40 ごはんですよー


「……なんだこの状況」


 営業所から帰ってきた俺は心温の命令に従い夕飯の準備に取りかかっていた。

 まぁ心温から飯を作れって命令を食らうのはいつものことだから問題ないし、今後独り暮らしには必須の行動になるわけだから今のうちに腕を磨くのもありなわけだが。

 おかしな現状が我が家で発生している。


「心温ちゃーん! これはここに置いておけばいいのかな~?」

「あ、はいっ! そこで大丈夫です! 桃夏先輩ありがとうございます」


 何がおかしいのかと言えば、我がマイホームに営業所にいたメンバー全員がこの中にいるってことだ。

 もちろんそのメンバーには児玉先生も含まれている。

 作業が終わって心温に電話すると、何故か美浜と桃内に電話を変わらされ、その後の現状がこれだ。


「心温くん……本当に我々まで同席していいのかね……? 折角の家族団らんの時間に邪魔するわけには―――」

「大丈夫ですっ! 先生たちにはうちの兄がお世話になってるのでそのお礼も兼ねてるので」

「そ、そうか……ではお言葉に甘えて」


 心温ちゃん? 君が大丈夫でも俺が大丈夫じゃないからね?

 帰ってゆっくりしようとしたのに、その時間が消滅した上に家の中が食堂化してるからね?

 ……しかも作るのは俺だし。


 さて、今日のメニューは心温の希望で沖縄料理になった。

 人数が人数だけにそれなりの量を作らなきゃいけないので、卵とスパムポークを焼いただけの“ポーク卵”を作ろうとしたら心温に『せっかく呼んだお客さんにそんなものを出すな』と一蹴されてしまった。

 別に俺が呼んだんじゃないんだよな……

 確かに卵焼きとスライスしたスパムを焼いただけの簡単な沖縄の家庭料理だけど、食堂でも出てるメニューなんだからそんなもの扱いしないであげて? 食堂のおばちゃん泣いちゃうよ?


 ってなわけで、俺が作っているのはゴーヤーチャンプルーとニンジンの細く千切りして卵と炒めたにんじんシリシリと沖縄そば。後は沖縄式炊き込みご飯のジューシー。付け合わせにもずく酢である。

 なかなか量があるな……

 沖縄そばも一人一杯だし、ゴーヤーもにんじんシリシリも大皿に山盛りで入れるし、ジューシーも10合分は炊くことになる。

 ……多すぎる。気が遠くなりそうだ。

 こうしてゲンナリしてても状況が変わる訳じゃないし、ちゃっちゃと終わらせますかね。

 心の中で気合いを入れ、調理行程に取りかかっていると、様子を見にきた三ノ輪達が茶々を入れてきた。


「……シーマンって料理できるんだね」

「私ほどじゃないけど中々な包丁裁きね」

「しょーくん。何で買ってきた木綿豆腐を上から潰していじめてるの? 豆腐が脱水症状起こしちゃうよ? そのままでもいいんじゃない?」


 豆腐いじめって何だよ……。豆腐の中の水分をある程度取り除かないと炒めたときにべちゃってなるんだよ。

 てか、豆腐の水抜の工程を脱水症状に例えるのやめてくれませんかね。表現がリアルすぎるんだよ。

 それにしても何でこの部員たちは俺の作業をじっと観察してるんですかね……

 あんまり見られるとやりづらいんですけど。


「……何だよ」

「あなたが何か変なエキスを入れないか監視しているのよ」

「バカ言うな。美浜じゃあるまいし」

「ちょっとそれどーゆー意味っ!?」


 俺の反応を見た三ノ輪はクスリと笑い、俺に貶されたことにムカついた美浜はプンスカと怒り始める。

 その横で野矢先輩は「ん~~~」と、唸り始めた。

 一際唸ったあと決めたっと突然言い放つ。

 いったい何を決めたんですかね? 帰ることを決めたんですかね?

 お出口は後ろですよ。


「私もしょーくんの手伝いするっ。これは確定事項だからね」

「……俺の拒否権は?」

「ないっ♪」


 うわぁ……すげー言い笑顔で拒否権剥奪しやがったよ……


「あっ、望羽のわ先輩だけずるいっ! 私も手伝う!」

「なら、仕方ないから私も手伝わなければね。断ったら包丁それで削ぐわよ?」


 怖ぇよ……

 人ん家の調理器具で制裁加えようとすんなよ。


 そんなこんなで食事の準備を進めていると、親が仕事から帰ってきてリビングへと入ってきた。

 いつもは残業とかで遅く帰ってくるくせに、何で今日に限って早く帰ってくるんだよ。残業してこいよ。絶対この光景見て後から変な野次を飛ばしてくるだろ。

 特にお袋が目を輝かせて色々聞いてきそうだ……


 二人揃ってリビングに入った瞬間、いつもとは違って賑やかな光景に驚きに満ちた顔になっていたが、すぐにいつものように取り繕い、お袋は先生に挨拶をして談笑へ。

 親父は俺がいるキッチンへと近づいてきた。左手には白いビニール袋がぶら下がっている。


「おい省吾。これお前たちで食べろ」


 そう言いながらずいっと俺の方にビニール袋を突き出した。

 ……何で指先だけでビニールを持ってるんですかね。そんな渡し方されたら受けとる気が失せるんだが。

 中身が何なのかと聞いてみても見ればわかるとしか言われず、謎の物体が入った袋の中に手を入れるのも勇気がいる。


「君たちもよかったら食べてみなさい。なかなか手に入らないものだから」

「ありがとうございます。その……お父様方は召し上がらないんですか?」

「俺たちのことなら気にしなくていい。行きつけのお店から貰ったものだが、俺らは食べれないからな。もしつらかったら無理に食べなくていいから」


 あー……。もう中身がなんなのかわかった気がする。

 嫌いなら貰って来るなよ……俺は好きだから別にいいけど。

 三ノ輪は親父との会話で『辛い』ってワードの真意を汲み取れずキョトンと子首をかしげるが、それでも頭を下げてお礼を告げていた。


 親父から受け取ったビニール袋の中には新聞紙で包まれた物体が二つあり、その一つを丁寧に剥がしていくと、弁当用の使い捨てパックの中に皮付きの赤み肉が姿を現した。

 一つだけでもなかなかずっしりとしているのに、それが五段も重なっている。

 どんだけ貰ってきたんだよ。全部で500グラムはあるぞ。

 どれもスライスされているし、もう一つの方は大量のヨモギが入っている。こいつは刺身で確定だな。

 皿に移し変えたいとこだが臭いの事もあるし、親どもに怒られそうなのでこのまま提供することにした。


 # # #


 三ノ輪たちに手伝ってもらったお陰で夕食の準備は思いの外早く終わり、テーブルに食器や調味料などを並べて席に着いた。

 準備が終わると同時に親父たちは逃げるかのようにリビングを後にし、そのまま外食へと出掛けていった。

 俺らも連れてけこんちくしょー。

 全員が席についていただきますと手を合わせると早速質問が飛んでくる。


「しょーくん。この刺身って何の魚なの?」


 いい質問だけど残念。これは魚じゃないんですよ。


「これはヒージャーですよ」

「ヒージャー? なにそれ?」

「あぁそっか。沖縄の方言で山羊って意味だ」

『山羊っ!?』


 野矢先輩の質問にそう答えると心温以外の全員が驚愕に満ちた顔で聞き返してきた。

 全員がこうも同じ反応だとちょっと面白いな。


「なるほど。どうりでさっきから獣臭さが漂っていたのね。それで、これはどうやって食べるのかしら?」


 始めて食べるものに興味があるのか、どうやって食べるのか実践してみろと言われた。

 人それぞれ食い方は異なるだろうが、俺が食べるとすれば醤油に少し多目に酢を入れて、大量の生姜を投入。

 そこへ山羊刺しをつけて食べるわけだ。トッピングでよもぎも一緒につけて食べるのもまた違ったアクセントがあっていい。

 そんな俺の食べ方を真似てそれぞれ口に運ぶ。すると、おいしいと言いながら目を丸くし噛み締めるかのように味わって食べていた。

 どうやら、ここにいるメンバーはちょっと変わった食材も行ける口らしい。


「少し臭いですけどコリコリしてて美味しいですね。先輩いつもこれを食べてるんですか?」


 なわけあるか。山羊肉が高級食材って言われてるため食べるとしてもお祝い事とかで食べるもんだから滅多に食わない。


「沖縄ではお祝い事で食べたりするから日常的には食わないよ」

「お祝い事で食べる食材だったのね」

「シーマン沖縄出身だったんだっ!?」

「もしかして心温ちゃんも沖縄出身ってことだよね?」

「そうですね」

「だから肌が焼けてるんだね~。でも、肌きれいだし可愛いよね~」

「桃夏先輩には負けますよー」


 なんか女子同士で話に花を咲かせて盛り上がり始めたな。俺にはついていけない世界だ。

 そんな女子ならではの会話についていけない俺と共にもう一人会話についていけない人間が一人。児玉先生だ。


「おかしいな。私も若いのにあのテンションに入っていけない……」


 いや、無理に入ろうとしないでいいです。そのままでいてください。

 そんなハイテンションの光景を横で眺めつつ食事を食べ進めることにした。


 # # #


 塩屋家での食事時間はあっという間に過ぎ、塩屋くんの家を出たその帰り道。

 東小金井駅に向かって私たちは歩いていた。

 最初は塩屋くんが駅まで送っていこうとしてたけど、今回は先生も一緒だから大丈夫と言って断った。

 途中まで桃内さんも一緒だったけれど、家がもう近くにあるからと言って彼女とは途中の交差点で別れた。


「こうやって誰かと食事するのも悪くないな」


 誰に向けられたかわからないぽそりと呟かれたその台詞は先生の口から出たものだった。

 確かに先生の言うとおり、こうして同じ部活のメンバーで食べるご飯も悪くないと思った。

 彼の家でご馳走になるのは今回で二回目だけど、今回が一番楽しかったかもしれない。

 前回は……気の毒だと思うほどぞんざいな扱いをされていた彼は全てを諦めた目をしていた。

 そんな彼をまた見ることになるのかと思うと少し考えさせられる部分はあった。今度は少しでも守りに入らなければと考えるようになった。


 ……それに。私にはまだやっていないことがある。


「こんな時に話すべきではないが……二人ともあの事は話したのかね?」


 先生の言うあの事とは入学式当日の話で間違いないだろう。

 あの日の当事者は彼だけじゃない。

 私たち二人も関わっていることだった。


「いえ……それはまだ……」

「シーマンになんて言い出せばいいかわかんなくて……」


 私と美浜さん。彼と同じようにあの日の当事者であり一番関わりのある関係者。

 何の偶然かは知らないけど、たまたま同じ部活で同じ活動するようになり、少しずつ彼との時間が増えていく。

 それに伴って、あの日の事を未だに言い出せずモヤモヤしている自分がいる。

 時間が経つに連れてどんどん言い出しにくくなり、もうどうすればいいのか自分でもわからなくなっていた。


「なに、深く考えるな。思いのまま、ありのままをそのままぶつければいい。下手に飾らずシンプルにな」


 そう言い放った先生はニコッと笑みを浮かべ何事もなかったかのように前を歩いている野矢先輩と話始めた。

 そうやって手を差し伸べてくれる先生はそうそういない。だからなのか。先生の後ろ姿が物凄くかっこよく見えた。


「そうですね。そうしてみます」


 先生の言葉に簡単に、けど強く返事をした。

 それからは同じ方向の電車に乗車。電車に揺られつつも各自それぞれ家路に着いた。

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