#39 テストラン
心温ちゃんから昨日ラインで教えてもらった情報を元に銀バスの井の頭営業所にまで来た。
多分、朝から営業所に張り込んで写真でも撮るつもりなんだろう。
けど、その先輩はどこ探しても見つからない。
本当にここにいるのかな……
いや。その前に、昨日の心温ちゃんの情報では先輩は“仕事”って言ってた。
あれ……?
高校生ってバス会社でバイトってできるの?
そもそもの話、バス会社ってアルバイトって募集してたの?
バスの運転手なんて私の親みたいに車の免許がいるだろうし、おじさんばっかりだし、受付の人も大人っぽい人ばっかりだったし……
もしかして、先輩は心温ちゃんにも嘘をついてどこかに行ってるのかな?
例えば……メイドカフェとか。
行ってそうだなぁ……先輩モテないだろうし、何考えてるか分かんなくてキモいし、メイドの女の人を見てハァハァしてそう……
うん。なかなかキモいです。あんな顔でそんなことされたら私だったら間違いなく警察に通報しちゃうかも。
そんなことを考えながら営業所の待合室の近くにいると、聞いたことのある声が耳に入ってきた。
『シーマン食べるの早すぎないっ!? あんなに急いで食べることなかったじゃんっ!! 折角美味しく食べてた刺身定食が台無しだよっ!』
『お前らが食うの遅いんだよ。つか、俺が呼ばれたんだからお前らは別にゆっくりしててよかったんだぞ?』
『何を言ってるのかしらこの男は。あなた一人にしたら何をしでかすかわからないじゃない』
『俺が何かをやらかす前提で話を進めるなよ……』
声がした方向へ視線を向けると、“構内食堂”と書かれたドアから先輩を先頭に前に会った三ノ輪先輩と美奈先輩とその他の女子が一緒に出てくる姿を視界が捉えた。
先輩は作業着みたいな服を着ていて、美奈先輩たちの三人はジャケットみたいな上着を着ていて、何の躊躇いもなく営業所の駐車場へと足を踏み入れていく。
……本当にここで仕事してるんだ。しかも、先輩のあの格好は多分修理系だよね?
やばい。ちょっとすごい人に見えてきたかも……
そんな先輩たちは一台のバスの前に立ち止まって少し話をした後、先に乗っていた会社の人に呼ばれて慌ててそのバスに乗り込んでいく。
その後、すぐにエンジンが始動する音が鳴り響いた。
これであのバスが動き出してこっちに来れば私の存在に気づくはず。
まぁ、人間関係から逃げ出そうとする先輩のことだから私のことなんて見て見ぬフリをするんだろうけど……
でも、今回は美奈先輩と三ノ輪先輩もいるし、あの二人なら私のこと気づくはず。
そう思ってバスが動き出すのをじっと待っていたけど、先輩たちが乗り込んだバスは動き出す気配を見せない。
それどころか、『ブオォン……ブオォォォン……!』と、今走っているバスでは聞きなれない古そうなエンジンの音しか聞こえてこない。
何やってるんだろう。遊んでるのかな?
てか、古そうなバスだな……
そう考えていると何やら一気に空気が抜ける音が鳴ったかと思うと、先輩たちが乗っているバスがようやく動き出した。
前のドアを開けたままにし、古そうなエンジン音を鳴らしながら近づいてくるバス。
先輩はどこに座ってるのかな~?
近くにあるガードレールに手を掛け、存在感をアピールするかのように少しだけ身を乗り出し、その車内を覗いた私は―――
「……はぁぁっ!?」
ただただ驚くしかなかった。それに伴って少しだけのはずだった体も思いっきりガードレールから乗り出す形になる。
いやいやいや、どうなってるのっ!?
何で先輩がバスを運転してるの!?
私のすぐ横を通過していくバスはゆっくりと少し奥の方にまで進んでいき、一度右に大きく進んだ後、左側にある建物の中へと入って行った。
これは問いただす必要がありそうですね……
そうと決まれば早速行くしかない!
真相を確かめようとバスが入って行った建物へ向かおうと一歩踏み出した瞬間―――
「ぬぇっ!?」
左手首を捕まれ引き戻されてしまった。
もう誰なの? 邪魔しないでよ!
早くしないと先輩が逃げちゃうじゃん!
邪魔してきた人を睨んでやろうと腕をつかんでいる方へ視線を向けるとそこに立っていたのは―――
「君はいったい何処に行こうとしてるのかね? ここから先は関係者以外立ち入り禁止だぞ?」
―――神田高校の教師、児玉先生だった。
「あー……えーっと……」
どうしよう。何て言えばいいんだろうか。
どう返事しようか悩んでいるとあることに気づいた。
あれ? 何でこの先生は清掃員みたいな格好してるの?
「そ、それより、何で先生はそんな格好してるんですか?」
「あぁこれか。私もここで少しばかり仕事してるんでね。バスの車内清掃員としてここにいるんだよ。私のことはいいとして、君は何処に行こうとしてたんだね?」
ぐっ……! 話を逸らすことができたと思ったのに。振り出しに戻っちゃったよ。
「せんぱいの妹さんからせんぱいがここにいると聞いてきたんです。昨日、せんぱいに変な男から助けてもらってそのお礼がしたいのに全力で逃げようとするんですもん。ってか、何でせんぱいがバスの運転してるんですか?」
「……見たのか?」
「はい。バッチリと」
私の答えを聞いた先生は少々困った顔をしながら頭をポリポリかいた。
そんなにヤバイことをしてるんですか?
「……気になるか?」
そりゃもちろんですよ。先輩が運転するバスに当たり前のように乗り込む三ノ輪先輩とかを見ちゃったら気になるじゃないですか。
「……一つだけ条件がある」
「はい。なんでしょう?」
「この事は他言無用だ」
先生が言うには、先輩たちは法に触れるようなことはしてないけど、下手に噂が流れると先輩たちの立場も悪くなるしこの会社にも大きな迷惑がかかるって理由らしい。
別に法的に悪いことをしてないんだったら堂々としてればいいと思うんだけど……
けど、この世の中はそうはいかないようで、テレビとかツイッターとかでもよく見られるけど、何か怪しいことをしてるって噂を耳にすれば一気に叩いてくるのが周りの反応だったりするわけで、どんなに正当な理由を告示したとしても変な噂はどんどん肥大化して、大きなマイナスを生むこともある。
そんなマイナスなイメージをこのバス会社にも先輩たちにも向けられたくないらしい。
……それもそうだよね。好きで教え子が軽蔑の視線を向けられて叩かれてる姿なんて見たくないもんね。
「わかりました。約束します」
「助かるよ。主任に話してくるからちょっと待っててくれ」
話を早々と切り上げた先生は事務所で仕事している人に話をしに行った。
外でしばらく待っていると、先生が社会見学という形式で立ち入りの許可を貰えたようなので、先輩たちがいる修理工場に一緒に向かうことになった。
修理工場の中に入ると、さっき先輩が運転してた古そうなバスが停まっていて、前後のタイヤにはローラーみたいな物の上に固定されている。
さらに、バスの下からは何本もの太いワイヤーとかチェーンが伸びていて、地面に埋まっている鉄製の太いフックに固定され思いっきり引っ張られるように張り巡らされていた。
……なにこれ。何をしようとしてるの?
これから壊そうとしてるの?
「塩屋なら前の方にいるはずだから一緒に行くとしよう」
先生の声に頷き、先輩がいる前のドア付近へと歩き始めた。
# # #
バスを定位置に停めエンジンを切ると、整備担当の従業員数名がバスの固定作業に入る。
ワイヤーなどの完全固定作業があらかた終わった瀬戸山さんが運転席の方へと近づいてきた。
「省吾。何かお客さんが来てるみたいだぞ?」
客? こんなところに客が来るはずがないんだが……一体誰なんだろうか。
すると、左のサイドミラーに人影が写り、その人影がどんどんこちらへと近づいてくる。
「塩屋。君に客人だ」
「せんぱい、来ちゃいましたっ」
ドアの方に現れたのは俺の担任でここの会社の清掃員でもある児玉先生とキャピルンと効果音が聞こえてきそうな自称後輩の桃内だった。
児玉先生はまぁいいとして桃内はお呼びでない。
そんなわけで、自己防衛が発動した俺は咄嗟にドアのスイッチを動かし立ち入りを遮断した。
『ちょっ、せんぱいっ!? 何でドア閉めるんですか! 開けてくださいよぉ~』
ドア越しに聞こえてくるあざとい叫び声と同時にドアガラスをドンドントと叩いてくる桃内。
ここで媚を売ってないで帰って勉強でもしてなさい。
「シーマンっ! 何でそんなことするの!? ももちゃんが可哀想じゃん!」
「しょーくん、さすがにそれはないよぉ……」
うっせ。自己防衛が発動したんだから仕方がないだろ。
それに、俺としてはあいつとはあんまり関わりたくないんだよ。後々何が起きるかわかんねぇし。
そんな俺の行動を見た先生はバスの正面左側に回り何やらいじり始めた。
それと同時に『プシュー』とエアが抜ける音が工場内に響き渡る。
空気圧を失った自動ドアは意図も簡単に手で開けられてしまい、外にいる二人の侵入を呆気なく許してしまった。
「私たちを閉め出すとはいい度胸だな? 塩屋」
「非常コックを使うのは汚くないですかね……」
「君がドアを開けようとしないからだ。非常コックで開けるのは清掃員特有のスキルだよ」
いやそれをスキルとよんでいいのかよ。いつもやってる業務の一貫じゃねぇか。
「おーい。漫才はもう済んだか?」
俺たちがガヤガヤと騒いでいると、運転席側で待っていた瀬戸山さんに声を掛けられた。
簡単に謝罪をして俺たちはようやく作業を開始することにした。
運転席に座っていた俺はバッテリーのメインスイッチを入れ、鍵を回して再びエンジンを始動させる。
すんなりとかかったエンジンは問題なく回転を続け、失った空気を取り入れようとエアコンプレッサーが作動して、ポンポンポンポンッと一定のリズムで鳴り響かせる。
非常コックの開放状態になってたレバーも元に戻し、抜けた分の空気をさらに入れようと何度かアクセルを踏んでエンジンをふかす。
「おし。点灯チェック始めるぞー!」
正面に立つ瀬戸山さんの声を合図にバスのライトの動作チェックを始める。
右と左のウインカー、ハザード、前を照らすライト。
前のチェックが終わると後ろに回り、同じように両サイドのウインカー、ハザード、ナンバーのところのライト、ブレーキランプ、バックギアーに入れたときのランプ。
一ヶ所を点灯する度に手を大きく上に挙げ異常がないことを確認していく。
その確認作業が終わるといよいよ
「タイヤが動いている間はバスの乗り降りは一切禁止だ。大怪我したくなければそれだけは守れ」
車のエンジン出力テスト中の事故なんてのはたまにあるわけで、バランスを失った車がローラーから落ちて巻き込まれそうになるってこともあるわけだ。
そうならないようバスに乗っている美浜たちに簡単に釘を刺し、そのまま外にいる瀬戸山さんに視線を向ける。
手を上に向かって回す瀬戸山さん。その姿を確認した俺は二秒ほどクラクションを鳴らして試運転開始となった。
# # #
「ひゃっ!? ……ビックリしたぁ……」
何の予告もなしに突如鳴り響いたクラクションに思わず飛び上がるような感じで驚いてしまった。
まったくもうっ! かわいい後輩がいるのにいきなり大音量のクラクションを鳴らしてビックリさせるとは何のつもりなんですかねー。
けど、驚いたのは私だけではなかったようで、近くにいる三ノ輪先輩や美奈先輩、あと……名前の知らない新しい女の人も肩をビクつかせていて、やらかした先輩に批難の集中砲火を浴びせていた。
当の本人は面倒臭そうに「へーへー。すんませんね」と、適当に謝っている。
絶対反省してないよこの人。
これは何かしら罰を与えないとダメですね……
そんな先輩は思いっきりクラクションを鳴らしたあと、左手で棒タイプのギアを前に押し込んだ。
すると、何かが引っ掛かって摺ったまま動いているような低いモーターの音が鳴り始め、何か重いものを引っ張っているようなエンジンの不安定な上下音が鳴り始めた。
……このバス大丈夫? 突然エンジンが止まったりしないよね?
上下するエンジン音はすぐに安定し、それに伴って徐々に高くなった音は、今までに聞いたことのないけたたましい騒音が鳴り響いている。
昔のバスってこんなにうるさいの!? こんなにうるさかったらバスのアナウンスなんて聞き逃しちゃうじゃん。
そんな聞きなれない騒音は先輩が左足でクラッチって名前のペダルをグゥッと押し込むことによって急激に静かになる。
一方の先輩は音が鳴り止むと同時に棒を手前の方に引っ張っている。動かす度にガコッと鳴るギアは定位置に収めるのもすごくやりづらいようで、先輩の腕はプルプルと震えていた。
ようやく定位置の場所にギアを移動させることにできたのか、再び不安定な上下するエンジン音が鳴り響き出す。なんか汽車みたいな音にも聞こえなくはない。
……何で汽車に似てると思ったんだろう。乗ったこともないのに。自分でもわかんないや。
「塩屋。多分こいつは切り替えるときに一回吹かさないとダメだな。なかなか入ってくれないだろう」
「そうっすね。すんなり入ってくれないですね」
運転席に座る先輩とよくわかんない話をする児玉先生。
その二人が話している間もエンジンの音も大きくなっていき、限界ですと言わんばかりの悲鳴を上げる。
すると、先輩のギアチェンジのやり方が変わり、クラッチを踏んで真ん中の位置までギアを戻し、クラッチを話すと同時にアクセルを踏んでエンジンを吹かす。
そして再度クラッチを踏んで別の位置にギアを移動させた。
そんなひと手間を掛けたお陰なのか、さっきまでやりにくそうにしてたギア変更もすんなりと定位置にまで移動させることに成功しさらに加速させていく。
「ほう……ダブルクラッチだとすんなりと入んのな」
そのダブルクラッチってなんですか? 先輩が二回クラッチペダル踏んでたことを言ってるんですか?
そんな先輩の運転の仕方に不満を覚えた三ノ輪先輩が抗議の声を上げた。
「塩屋くん。今のこのご時世ガソリンが高いことぐらい知ってるわよね? 燃料を無駄に消費するような運転するのをやめなさい」
「仕方ねーだろ。ダブルクラッチじゃないとギアがすんなり入んないんだよ」
お願い誰か。私にもわかるように説明してくださいよ……
何もわかんない私に何の説明もないまま作業は進行していき、気がつけばテストランが始まって30分ほどが経過。
整備関係の人が終了の合図出るとようやくバスから降りることができた。
それにしても、すごく古そうなバスだった。
今は何も教えてもらえなかったけど、後で色々と教えてもらおう。
そんな小さな決意を胸に、先に歩く先輩たちの背中を追いかけた。
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