#37 メール


 家の手伝いもしない兄さんを追い出して数時間後。

 家の掃除が終わってリビングで冷たいドリンクを飲みながら一息付くことができた。

 何であの兄はこうもダメダメなのかな。あのままじゃ誰にも貰ってもらえなくなっちゃうよ。

 今度の休みの日には絶対何か手伝わせよう。じゃないと、いざ誰かと結婚したとき亭主関白になりそうだ。

 何気なく壁にかかっている時計に視線を向けると時間は午後5時を示していた。

 そろそろ夕飯作り始めなきゃ。今日の夕飯は麻婆豆腐なんだっけ。


「さてと。ある程度休んだことだし、そろそろ始めますか」


 誰もいない室内でそんな独り言を漏らしていると、玄関からガチャリと音が鳴ったのが聞こえた。

 多分兄さんが帰ってきたんだろう。以外と帰ってくるの早かった。まだご飯できてないよ。


「ただいま」

「お帰りー。どこ行ってきたの?」

「武蔵境だ」


 武蔵境か。兄さんのことだからサイゼにでも行ってたのかな?

 私も行きたかったのに一人で行くとか酷いよ。

 でも、せっかく早く帰ってきたし、兄さんと一緒にご飯作るのも悪くないかな♪


「兄さん今から麻婆豆腐作るけど、いっ―――」

「俺は部屋にいるからできたら呼んでくれ」


 人の話を遮った上に手伝う気ゼロだこの愚兄。

 兄弟仲良くご飯作る計画が台無しだよ!


「はぁ~……わかったよ」

「えっ? 何で俺ため息つかれたの?」

「呼んであげるからさっさと部屋に行きなよ。ほらっ、シッシッ!」


 犬を追っ払うようにリビングから兄さんを追っ払い、キッチンに立ってご飯を作る準備を始めることにした。

 すると、キッチンの近くにおいていた着信が入りスマホが鳴り出す。画面には桃夏先輩と書かれている。


「はーい、もしもーし?」

『あっ、心温ちゃん電話今大丈夫~?』

「大丈夫ですよー。どうしましたー?」

『さっきせんぱいと一緒だったんだけど~』


 えーっと……

 桃夏先輩の言う“先輩”って誰のことを指してるんだろう……


『あ、先輩ってだけじゃわかんないよね。心温ちゃんのお兄さんだよ』


 ……はい? 先輩と兄さんが会ってたの!?

 なにそれ。私聞いてないんだけど。

 あとで追い詰―――問い詰めなきゃ。


「桃夏先輩大丈夫でした? うちの兄に何か変なことされませんでした?」

『大丈夫大丈夫。何もされてないから。って言うか、もうちょっとお兄さんのことを信じてあげようよ……』


 信じてあげたいではあるんだけど、桃夏先輩被害者だもん。

 事故とは言えど中央線での被害者なんだもん。そりゃ心配にもなるよ。


『むしろ助けてもらったって言うか……』

「ふぇ? あの兄が? どう言うことですか?」


 兄さんが先輩のことを助けたってどう言うことなんだろう。

 話を聞いていると、しつこく絡んでくるナンパから間接的に助けてもらったんだとか。

 へぇ……あの面倒臭がりの兄さんがナンパ野郎から助けたんだ。ちょっと以外だ。

 何か変なことを考えてなければいいんだけど……

 そんなことを考えていると、桃夏先輩は兄さんに対する不満を私にぶつけてきた。けど、それに関しては私に言われたってどうすることもできない。

 まぁ、その不満の内容がお店が混み始めて相席をお願いしたらすぐに逃げようとしたとか、何度も話しかけても無反応だとか、無視されたことがムカついてタバスコと大量にかけたのに反応薄いとか、タバスコをかけた料理を普通に食べるから一口食べてみたら想像を絶する辛さだったりとか……


 うん。一番最後のは先輩が悪いし完全なる自爆だと私は思うんだよ。うん。


『まぁ、そんなこんなでお礼がしたいから、せんぱいに連絡先を聞いて今度お礼でもしようと思ってたのに、せんぱいったら私が連絡先を聞いても全く教えてくれないんだもん』

「まぁ……あの兄ならそうかもしれないですね……」


 うん。過去に色々あったからね。

 そう簡単には自らは教えないはず。

 そんな兄に連絡先を教えてもらえなかったから、私に連絡して連絡先を教えてほしいと私に頼み込んできたってことか。

 別に私から教えてあげてもいいんだけど、兄さんの過去のことを考えると思うところがある。


「うーん……教えてもいいんですけど、条件があります」

『本当にっ!? やったー……って、条件?』


 私の言葉に一瞬歓喜の声をあげるもすぐに困惑の声に変わる桃夏先輩。

 ごめんなさい。上げて落とすようなことをして。


「はい。うちの兄の連絡先を教えますが、兄を使って悪用するようなことをしないって約束してください」

『悪用って……私そんな違法なことしないよ?』

「いや、そっちの類いじゃないです」


 私が言いたいのは、兄さんとのやりとりを周りに公表して晒し者にするとか。

 何らかの罪を擦り付けるために兄さんをだしにするとか。

 変な噂をばら蒔くとか……

 挙げていくと色々あるけど、兄が傷つくことがないようにしてほしい。


『……せんぱいの過去に何があったかわかんないけどわかった。そう言ったことがないように気を付けるね』

「はい! あと、もし兄に変なことされたらすぐに私に言ってください。あの愚兄を思いっきり叩きまくるので」

『あはは。そうだね。そっち方面にも気を付けなきゃね』


 その後、ほんの少しだけ雑談を交わし電話を切ったあとすぐに桃夏先輩に電話番号とメールアドレスをラインで教えた。

 すると、『教えてくれてありがとう!』の返事がすぐに飛んできた。

 そのついでに明日のスケジュールも聞いててほしいとお願いしてくる桃夏先輩。

 いや、連絡先教えたんだからそこは自分で聞いてよ。

 そんなことを思いつつも、了解ですと敬礼のスタンプを送ってスマホの画面を消しテーブルに置く。

 何だかんだで気がつけば30分ぐらいが経過している。

 ちょっと時間を使いすぎちゃったかな。早くご飯作ってあげよう。

 桃夏先輩に頼まれたやつはご飯を食べながらでも聞けるからいいや。


 そう内心取り決めて、少し遅くなった夕食作りを再開した。


 # # #


 家に帰ってからリビングで心温と簡単に会話を交わし、キンキン冷えた麦茶で喉を潤したあと、自分の部屋に引き込もって心温に呼ばれるのを待つことにした。

 机に設置したディスクトップのパソコンを起動すると、大きめに作られた机の上に三つのパソコンモニターが一斉に光だす。


 ちなみに、俺が普段使っている机はオリジナルのオーダーメイドデスクになっていて、機能などのほとんどは俺が考えたものになっている。

 作ったのは職人さんだけど。

 大きめのモニターが3台横に並べられるように設計されているし、折り畳み式の引き出しを出せばキーボードの置くスペースやドリンクなどを置くスペースも確保できる。

 もちろん折り畳むことで収納も簡単にできるようになっているし邪魔にもならない。引き出しも簡単に壊れないように補強済みだ。

 モニターの上の部分は本棚になっていて、前後に文庫用のスライド式の本棚が設置されていている。

 まぁ、ほとんどがラノベばかりが置かれているがそこは気にしないでおこう。

 そんなハイスペックなマイデスクでバス関係のデータ作りでもやろうかと思ったが、いまいち気分が向かない。


 うーん……暇だな。

 とりあえず読みかけのラノベでも読むか。

 机の近くにあるベッドに横になりながらラノベを開くと、机の上に置いたスマホがブーブー震え始めた。

 俺のスマホにメールだと? 友達がいない俺にメールを寄越してくるやつがいるはずがない。

 最近自分で運営しているサイトに広告でも載せてちょっとでも収益でも得ようとアフェリエイトサイトに登録したが、登録した連絡先はスマホじゃなくPCのアドレスにしたから俺のスマホが鳴るはずがない。

 せっかく横になった体を一旦ベッドから剥がし、スマホを手にとって内容を確認してみた。


『ももちゃんから新着メールですっ♪』


 中身は怪しさ全開の用件に見覚えの無い未登録のアドレスだった。

 うわぁ……

 俺このスマホで変なサイト開いた覚えないんですけど。

 これ、開いた瞬間個人情報が引き抜かれて、拡散されたあげく色んなところからのメール爆弾が来るんだろうな。

 なんだそれ。面倒臭いことになるのが明白じゃねぇか。

 よし。放置するのが一番だ。

 スマホの画面を閉じて机の上に置き、再びベッドに横になりラノベを開く。

 そうしている間も数分置きにスマホのバイブが震えるが無視し続けた。


「兄さーん! ご飯出来たよー」


 ノックなしで突入してくる心温。

 こいつ何でノックしてくんないのかな。

 俺がある動画を見ながら如何わしいことしてる最中だったらどうすんだよ。絶対無いけど。

 大事なことだからもう一回言おう。絶対無いからな。

 ……少なくともこいつが起きている間は。


「せめてノックしろよ……」

「細かいことはいいじゃん。早く食べよっ?」

「へいへい……」


 クレームをさらっと聞き流す心温は役目を終えるとすぐに部屋を出ていった。

 俺も読んでいる途中のラノベに栞を挟み、心温に続いて自室からリビングへと向かった。


 # # #


 リビングに着くと心温はテーブルの席に座らず何故かキッチンで何やら作業を始めてしまった。

 あれ? 飯出来たんじゃなかったの?

 もしかしてまた騙された?


 席に座って大人しく待つこと3分後。


「出来たよー。はいこれね」

「ほぉ……」


 俺の前に出された真っ赤の染まった麻婆豆腐だった。

 だが、今回の主食は米ではなく麺だった。

 いわゆる“麻婆麺”ってやつだ。

 これは少し前の話になるが、品川駅から少し歩いた高架橋ガード下の場所に色んなラーメン屋の店舗、7店ほどが集結した飲食店街があり、その中のひとつに激辛タンメンで有名な店があった。

 一度その店に心温と入ってその店のおすすめ料理であるタンメンを食べたことがある。

 味はそれなりに辛いのに癖になる美味しさが秘められていて、もう一度来たいと言う衝動に駈られるほどだった。

 それに辛いのが苦手な心温がまた食べに来たいと騒ぐほどのレベルだ。かなりのクオリティーだったことには間違いない。

 そのタンメンの中には、たっぷり野菜と一緒に肉は入って無かったが豆腐の唐辛子あんかけが一緒に入ってた記憶がある。


 今回のこの料理も恐らく心温がそれに見立てて作ったものなんだろう。

 店とこの家の違いを上げるとすれば具材に挽き肉が入ってるか入っていないかの違いだけだ。

 店のやつは挽き肉入ってなかったが、この家のは挽き肉入りである。

 ちなみに、俺の麻婆麺は特別仕様らしい。

 ……マジでスコーピオンを入れてないか不安になってきた。


「もし足んなかったら麺食べたあとにご飯でも食べてね。とりあえず新しくご飯炊いてあるから」

「あいよ」


 なるほと。一食で二度美味しいってやつか。

 コイツもなかなかやるな。

 心温も席に着いたところでいただきますと声に出し、一口を食べてみる。

 うん。うまい。

 心温いわく、麻婆豆腐はレトルトではなく最初から作ったようで甜麺醤てんめんじゃんの他に、豆板醤とうばんじゃん大さじ5杯と粉末唐辛子を同じく5杯。他にも黒豆を発酵させた豆豉トウチと中国の調味料、花椒ホアジャオが入っているらしい。

 いわゆる、四川麻婆豆腐ってやつだ。

 スープは味噌ラーメンの味だったが辛味噌と考えれば何とも思わなかった。

 野菜なども柔らかくなっているが食間もしっかり残されていて食べ応えは抜群だった。


 麺が無くなりご飯を入れて食べ進めていると、スープまで食べきった心温がスマホを弄りながら質問を飛ばしてきた。


「そう言えば兄さん明日の予定は?」

「明日? 明日は営業所に行くが……何かあるのか?」

「終わったらキャンベル缶買ってきて」


 えぇ……買い出し命令かよ。

 まぁ、あのスープうまいしな。


「味は?」

「クリームマッシュルーム」

「へいへい……」


 仕方ない。心温な命令となれば買いに行かなきゃならんな。

 食事が終わり食器を運び自室に戻ると、机の上に置いていたスマホが震えているのに気がついた。

 どうせまた迷惑メールだろう。

 そう思って放置するも、スマホは震えっぱなしだった。

 何なんだようるせぇ……

 スマホを拾って画面を見てみると見知らぬ番号からの着信が何件も入っていた。

 なんだこれ……数分置きに着信が入ってるんですけど。

 怖ぇ……。かけ直した方がいいんだろうか。けど何か関わりたくない。本能的に危険を知らせてる気がする。

 そうやってスマホを眺めていると再びスマホが震え始めた。同じ見知らぬ番号だ。

 どうしよう。出た方がいいのかな。

 そうやって悩んでいると、心温がノック無しで再び部屋に突入してきた。


「兄さん、その電話に絶対出てね」


 藪から棒意味不明な発言をする心温。

 なにこいつ。さっきの辛さで脳みそがただれか?


「いや何言って―――」

「とにかく出ることっ! 対応しないと明日からのご飯の中身が変動するからねっ」


 それだけを言い残して出ていく心温。

 えっ。なにそれ。あいつのことだから俺の嫌いなものしか出してこなさそう。嫌なんだけど。


「はぁー……」


 深いため息を吐き未だに震え続けるスマホの着信に仕方なく対応することにした。


「はい……」

『あーーーっ! やっと出た! もう、遅いですよぉ~!』


 電話に出るとあざとい声でクレームが飛んできた。第一声がこれってどうなんですかね。

 つか、この人誰? この人にクレームを言われる覚えがないんですけど。


「はぁ……どちら様で……?」

『はっ? 私ですよ、わ・た・しっ!』


 ねぇ。前にもあったけどワタシワタシ詐欺って流行ってんの?

 男の次は女かよ。

 残念だったな。俺の財産は口座に入っているもの含めて4ケタだけだ。


「ワタシワタシ詐欺なら間に合ってるんで。そんじゃ」

『へっ!? あ、待って待って! 桃内ですっ! 桃内桃夏です!』

「桃内? 知りませんね……かけ間違いだとお―――」

『へぇ~。せんぱいそんな酷いことするんですね。心温ちゃんに報告しますよ?』


 くそぅ……心温を使うとは汚いやつめ。


「……何が目的だ」

『人聞きが悪いなぁ~。せんぱいにお礼がしたいだけですよ』

「はぁ……お礼ならさっき言ってたじゃねぇか」


 こいつが相席してきたときに一番最初に言われた台詞がありがとうだった。

 俺はそれだけで別に十分なんだが。それより、これ以上関わりたくない。


『それでもちゃんとお礼がしたいんです。近いうちにそのお礼をさせていただきます。これは強制なので諦めてくださいね? 今日はその予告の電話をしました。あと、この番号と送ったメールアドレスを登録してくださいね? ラインの友達申請も送っておくのでそれも必ず許可してください。心温ちゃんにチェックしてもらうのでお忘れなく』


 俺が反論隙なんて一切与えてもらえず、一方的に用件を一気に話した桃内はそのまま電話を切ってしまった。

 さっきの怪しいメールも桃内のやっだったのか。何でもいいけど誰からこの連絡先を聞いたんだよ。

 大体想像はつくけど。

 無視したら無視したで心温からのチェックでバレて今後の食生活が悲惨なことになる。

 面倒臭ぇ。何でこんなことになった。


 どちらにしろ、俺に選択肢がないのは明白なので電話番号とメールアドレスを登録し、さらにラインの友達申請を許可をするしかなかった。

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