#35 マーキング
ファミレスの店長による要望で席を移動し相席することになったのだけど、その相席する相手は私の後輩である心温ちゃんのお兄さん―――私の先輩である。
私にとっては因縁の人物と言ってもいいレベルの存在であり絶対に許さないと決めたひと。
何かしらの嫌がらせや恋愛を妨害するか、私の好きなようにこき使える駒代わりにすると決めた人。
優しくしてあげようだなんて微塵も思ってない。そもそも出会い方が最悪なんだもん。
どっかの牢屋から脱獄した囚人みたいなこの人に、中央線車内で私のファーストキスは奪われた。
普通の人なら私みたいな可愛い子とキスできたとすれば顔がニヤついてて気持ち悪い反応するのに、この人は何故か申し訳なさそうな表情を見せた。
そんな先輩の顔を見た私は何で喜ばないでばつが悪そうな顔してるんだろうと不思議で仕方がなかった。
それから、この人の生徒手帳を拾って、悪用される前にわざわざ学校にまで届けてあげたのに、私を見た瞬間『げっ!』って反応だったし。
女の子にその反応は無いよね。最初から印象は最悪だったけどさらにだだ落ち。
手帳を渡すのと引き換えにご褒美をおねだりしたら、子供扱いしてお家に帰れとか言い出すし。
何なんですかねこの人。人をムカつかせる天才かなんかなの?
けど、それと同時にどこか悔しくて何とも言えない感情が私の中で沸き起こったいた。
私は可愛さでは自信がある。中学に入ってから何人もの男の子に告白されてきたし、外を歩けばナンパしてくる子も多い。
ちょっといい顔しておねだりすれば、みんなホイホイ聞いてくれる。
けど……
この人だけは一切そんなことは無かった。
大体の男の子は私の姿を見ては喜んで、話しかければ幸せそうな顔して私に尽くしてくれる。
だけど、この人は私の姿を目にすると眉間にシワを寄せて身を引いて、話しかければ警戒レベルを引き上げシャットアウトしようとする。
正直、ここまで拒絶されるのは始めてだった。増しては、男の子に拒絶されたことがなかった私にとってはかなり大きな衝撃だった。
何でここまで私のことを拒絶するんだろう。前に会った先輩の部活仲間のどちらかと付き合ってるとか?
でも、あの時の会話的にはそんな風には感じなかったし……
よし。先輩に興味はないけど探りを入れてみるとしよう。
探るのはいいとして……何から聞き出そう。て言うか、どうやって話しかけよう。
今まで私から話しかけなくても、さっきみたいな感じで話しかけてくることが多いから、特に会話を続ける気もなかったし、適当にいい感じで返事をして一方的に私のお願いを聞いてもらってきた。
けど、今回は今までとは違う。
相手は私のことなんで興味を持っていなければ見向きすらしない。近づけば逃走を図ろうとする男。
とにかく今気になっていることを端的に聞いてみることにしよう。
そんな私が一番最初に聞きたかったこと。それは……
「せんぱい、せんぱい」
「……」
「せんぱい?」
「……」
「おーい」
「……」
まさかの無視っ!?
今まで私が話しかければ大体の男は目の色をハートにしてたのに。もっと言えば身体中からハートを滲み出して、犬のように尻尾を振りながら反応してたのに……この人は全く無反応だ。
て言うか、かわいい後輩が話しかけてるのにずっとパソコンと睨めっことかこの人は何してるんですかね。
あれですか? 何かエッチなものでも見てるんですか?
そういうのは公共の場所で堂々と見られるのは反応に困るし気持ち悪いので家に帰ってからにしてください。
「せーんぱいっ?」
「……」
ふむ。こんなに私が呼んでいるのにそれでも無視するとはいい度胸してますねー。
先輩がその気ならこっちにだって考えがあります。
自分が座っていた席を一旦離れて調味料が置かれているカウンターへと向かった。そこからタバスコを手にとってテーブルに戻ると先輩のすぐ近くに立った。
相変わらずパソコンと睨めっこしたままの先輩の近くには先輩が注文したミートドリアが放置されたままになっていた。その放置されたドリアを美味しくしてあげようと、持ってきたタバスコの蓋を開けてかけてあげることにした。
フリフリフリと約20回くらい。かけているうちに酢と唐辛子の臭いが私の鼻に入って思わず泣きそうになる。それぐらいいっぱいかけてあげた。
さぁせんぱいっ! このオリジナルソースたっぷりのドリアをパクッと一口食べてください!
そして、辛さで火を吹く思いをしながら悶絶すればいいですっ!
「……」
……ここまで辛そうな臭いを放っているのに何で無反応なのかな、この人。
私の行動に気づいていないのか、タバスコ入りドリアには一切見向きもせず、ずっとパソコンをいじったままだ。
何かだんだんムカついてきた。そんなわけで、強行手段に出ることにしよう。
私は先輩の隣の席に腰を下ろして、目の前にあるシルバーが入ったプラスチックの箱からスプーンを取りだし、ドリアをスプーンで掬いとって―――
「せんぱいせんぱい」
「ぬぁ?」
「えいっ!」
「むぐっ!?」
先輩の腕をペチペチ叩いて振り向かせ、こっちに顔が向いた瞬間にドリアを口に捩じ込んだ。
よし。これで先輩が悶絶するのは確定だねっ♪
「ごほっごほっ……急に何なんだよ。危うく気管に入りそうになったじゃねぇか」
「ずっと呼んでるのに無視するせんぱいが悪いんですぅ~!」
さて。このドリアを口に含んだ先輩はどんな反応を見せてくれるのかな。
思いっきり悶え苦しめばいいです。それで私のことを無視したのはチャラにしてあげます。
「……」
あれ……?
おかしいなぁ。普通の人なら一口食べた瞬間スプーンを投げ置いてヒーヒー言うはずなのにこの人は全く動じない。と言うか、普通に自分でパクパク食べちゃってるし……。
……もしかして、タバスコって実はそこまで辛くなかったらするのかな?
「……せんぱい、美味しいですか?」
「タバスコの味しかしねぇよ……」
あれれ。悶絶されるどころか「タバスコの味しかしない」ってクレームが飛んできちゃいました。
先輩の味覚おかしくない? 何なの? 味音痴なの?
あっ、タバスコの味を当てたから音痴ではないか。
「……ドリアが運ばれてきたときにすぐに食べればよかったのに……何でずっと放置してたんですか?」
「作業してて忙しかったし、俺は猫舌だから熱いのはすぐに食えないんだよ。ある程度冷ました方が食いやすい」
なるほど。猫舌なんですね。
今度は焼きたて熱々のグラタンをその口に入れてあげますねっ♪
それにしても、あれだけタバスコを大量にかけたのにここまで薄い反応になるとは思わなかった。……マジで辛くなかったりして。
これは検証する必要がありそうだね……。
「はむっ」
「あっ、おい!」
プラスチックの容器から自分の分のスプーンを取って、目の前にあるドリアをそのままパクリと食べた。
もちろん先輩の許可なんてとってない。
そんな私の行動を見た先輩は何か言いたそうにしてたけど、口に入れた瞬間何かを諦め、哀れるような目線を向けてきた。
何ですかそのムカつく目は。先輩にそんな目で見られる覚えなんてないんですけど。
けど、先輩がそんな目線を送ってきた理由を私はすぐに知ることになる。
「ぴぎゃあぁぁぁっ!?」
食べたドリアがあまりにも辛すぎいて自分の口から出たとは思いたくないようなレベルの奇声が店内に響き渡った。
何なのコレ! メチャメチャ辛いじゃん!
こんなに辛いドリアを平然と食べるとか先輩バカなんじゃないのっ!?
あまりにも強すぎる刺激を少しでも和らげようとコップに手を伸ばすも中は空っぽ。
ならば、ドリンクバーで何かジュースを入れようと立ち上がるも、ドリンクバーの前にはチビッ子集団が群をなしていて退く気配がしない。
「ん゛んぅぅぅぅ……!」
喉と舌の刺激に耐えられなくなった私は先輩の隣で悶えるしかなかった。
# # #
……コイツ何してんの? アホでしょ……
人のドリアを横から勝手に食って、自爆し悶絶するアホが約一名いる。
辛いものが平気だと思ったから
うん。やっぱダメだったのね。
多分コイツの考えだとタバスコで思いっきり辛くして俺が苦しんでいるのを見たくてやったんだろうけど、これぐらいの辛さなら何ともないからね。
つか、自分であんだけ入れたんだからどれぐらい辛いのかってくらいは大体想像はできるでしょうよ。
なのにそれを普通食うか? 何なのそのチャレンジ精神。もっと別のことに使いなさいよ。
「うぅ……グスッ、うぅー……グスンッ」
辛さに耐えられなくなったのかついに泣き出してしまった。
いや、泣くほど辛かったの?
……辛いか。俺にとっては何も問題ないにしても、普通の人にとっては辛いのかもしれない。
俺がこれぐらいで辛さが平気な理由は普段からデスソースを使った激辛料理を作って食ってるからだ。それで自分の舌が麻痺してるんだろうな。
そうに違いない。
「はぁー……」
ったく、しょうがないやつめ……
内心そう毒づきながら深い溜め息を吐きつつドリンクバーへと足を運んだ。
ドリンクバーの前にはチビッ子どもが群がっているが、ドリンクを入れる様子は見受けられず動く気配も感じられない。
なるほど。あいつがすぐにドリンクを取りに行かなかった理由はこの状況ってなわけだ。
それにしても参ったな……コップも取れないじゃねぇか。
つか、こいつらの親はどこにいんだよ。子供の面倒ぐらいちゃんと見やがれ。
「ねぇねぇ、だれかきたよー?」
大きさ的に幼稚園児くらいの子供集団の一人が俺の存在に気づいてそう声を上げた。その声につられて他の子供達もこちらに視線を向けることになり、結果的に一斉注目されることになる。
なにこれ。すげーやりずれぇんだけど……
「あーその……コップ、取りたいんだが……」
「……コップ?」
コップが置かれているラックの前に立っていた少女が反応し黄色いコップを俺に手に取って見せ、小首を傾げながら聞き返してきた。
なにこの子。すげー可愛いんだけど。
「そうそう。一つもらってもいいか?」
「……おにーさん、こーりは?」
「え、氷? あぁ、うん。入れるよ」
「じゃいれてあげるっ!」
俺の答えに対し元気よく返事をした少女は近くにあった踏み台を持って移動し、その踏み台に上って氷を入れ始めた。
その際、氷が収納されているボックスの前で集まって騒いでいた男の子達を「ほら、そこどいて。じゃーまっ!」と幼稚園児の女の子から出たとは思えないような辛辣な言葉を浴びせながら、踏み台を使って押し退けてしまってたわけだが。
もう少し優しくしてやれよ……さすがに可愛そうだぞ……。
追い出された一部の子が凹んじゃってるじゃねえか……。
そんな男の子達の様子なんて全く気にすることのない少女はスコップを使ってどんどん氷をふんふんと鼻唄を交えながら入れていく。
楽しそうだね。楽しく入れるのはいいんだが少しでいいんだぞ? そろそろ限界だからもう入れなくていいぞ?
待って、お願いだからストップ!
「~♪」
「……」
俺の願いなんて全く届かなかったわけで、小さい子供用のコップにクラッシュアイスの山が出来上がってしまった。
同じ年代のやつにやられたら思いっきり攻め立てるところだが、小さい子にされてはそういうわけにもいかず諦めるしかなかった。
……これ、ドリンク入らなくね?
「おにーさん、じゅーしゅは?」
「えっ……? あー、じゃぁ一番左にある野菜ジュースを……」
「はーいっ♪」
元気に返事する少女はドリンクバーの前にまで移動し、俺の注文通り野菜ジュースを入れてくれた。並々タプタプの状態で。
それでも、入れることができたのが満足できたのか満面の笑みでこちらに振り返り、いっぱいいっぱいになったコップを手渡してきた。
お店の店員になったつもりでいるのか物凄く楽しそうな笑みを溢す。
「はいっ、どーぞっ!」
「おう……ありがとうな」
溢さないようにゆっくりと受け取り、ドリンクを入れてくれた少女を軽く撫でてやると「やったやったー! ほめられたーっ!」と、ぴょんぴょん跳ねながらドリンクバーから離れて自分の席へと戻っていった。その後を追うように他の子達も一緒に席へと戻っていく。
そんな後ろ姿を見送ったあと、氷ぎっしりタップタプになったコップにストローを刺して俺も自分の席へと戻り、人の一人の時間を奪ったやつの前にそのコップをコトリと置いた。
相当辛かったのかどこか拗ねたような顔をしているように見える。
いや何だよその顔。自爆したのお前だろ……
「……せんぱい、これは何ですか?」
「野菜ジュースだ」
「何の嫌がらせですかねー? 野菜ジュースのシャーベットとか初めてなんですけど」
大丈夫だ安心しろ。俺も初めて見た。
「せんぱいはこんなに可愛い後輩を虐めてそんなに楽しいですか? じゃなきゃこんなことしませんよね~?」
「俺じゃねぇっての。さっきまでそこで溜まっていたチビどもが入れてくれた」
「……へー」
おい、産業廃棄物を見るような目でこっちを見るんじゃない。その目やめなさい。
「つか、何でこっちに座ってるんだよ。反対側に行けよ」
「何ですかそれ。そんなに私の顔を凝視したいんですか? キモいんでやめてください」
うん。誰もそんなこと言ってないよね。
話を膨張させるのやめてもらおうか。
「そんなことより、せんぱいって彼女いるんですか? 誰の許可を得て恋人なんて作ってるんですか?」
え、なにそれ。俺って誰かと付き合うに当たって誰かしらに許可を得なきゃならんの?
だったら一生独り身の方がいいや。面倒臭ぇし。
「俺みたいなやつにいるわけないだろ。もしいたとしても翌日には警察に通報されてるか、ボッコボコにされて土の中に強制睡眠させられるまでだ」
「何ですかその悲しい結末……」
お前が言わせたんだろうが。自分で言ってて悲しくなってきたわ。
これで会話を無事に終わらせることができた。そうお思っていたが、今度は人に指を指しながら首に付いているものは何ですかと質問を重ねてきた。
首に付いてるもの?
自分で首を触ってみるも何かが付いているような感じもしないし特に違和感も感じられない。
コイツの言っている意味が解らず睨み付けるように視線を向けると、鏡を見ればわかると言われ早速洗面台へと向かった。
うーん。鏡を見てみてもいつも通り目付きが悪くて隈が濃い男子高校生と首元に丸い赤紫色の模様―――赤紫の模様!?
えっ、なにこれ。俺の首元にこんなのが付くはずが……
あっ。この場所ってさっき掃除機で心温に攻撃された場所じゃねぇか。
あんにゃろ……絶対いつか仕返ししてやる。
さて、心温のことより今はこの偽造マーキングをどうするかなんだが。どう言っても変な方向にしか話が転がっていく予感しかしない。
なのであれば全力でスルーすることにしよう。この首のことを聞かれてもノータッチノーコメント。よし、そうしよう。
今後の対策を立てた俺は自分の席に戻ることにした。
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