#34 座席
今日は誰にも邪魔されれずのんびりすることができる。土曜日だから学校もないし部活も今日は入っていない。
銀バスの仕事も来週まで俺の出番はなし。
さて、この至福の時間をどうやって過ごしたものか……
ゲームするのもよし。
ダラダラしながら漫画読むのもよし。
大量に残っている未読のラノベを読むのもよし。
家から一歩も出ずに有意義に時間を過ごすことができる久々の自由時間だ。
あぁ……なんて幸せ。何が幸せなのかと聞かれれば、リビングのソファーからあまり動かなくていいってのが最高に幸せだね。
階段を使わなくて済むし、キッチン近いからご飯の時間になれば勝手に出てくるし、冷蔵庫も近いし。
一日中ここでグータラしていられる自信がある。
「兄さん、家の中掃除するから手伝って」
さて、何から手をつけていこうかね。そう言えばずっと見れてなかったアニメでも見るのもいいし……
「兄さん聞いてる?」
PSPでレースゲームするのもいいな。
何なら全部いっぺんにやっちまうか。時間はいくらでもあるんだ。
どれでも好きなだけやることができる。
そんな風にリビングのソファーでゴロゴロしながら考えていると、何かが首もとに当たり妙に引っ張られている感覚が―――
「だぁっ! 何しやがるっ!」
首もとに接触している物体を払いのけ振り返ると、掃除機のノズルを構えた心温が仁王立ちでゴミでも見るかのようにこちらを見下ろしていた。
え? それで俺のことを吸い取ろうとしたの?
完全にゴミ扱いじゃん。お兄ちゃんそんな酷いことする子に育てた覚えないよ?
「さっきから呼んでるのに聞かない兄さんが悪いんでしょ! 掃除の邪魔だからどっか行ってきて!」
さっきから呼んでたんだな。全く気づかなかったわ。
つか、ひどい言われようだな。俺もここの住民なんだけど。
「……俺も手伝うか?」
「一人でやるからいい。とにかく外で時間潰してきて」
完全に拒否られてしまった。誰だよ心温を怒らせたやつ。俺ですね……はい。
完全にご機嫌が斜めになった心温を手伝うことで機嫌を取ろうと思ったが失敗。これ以上ここにいて心温をキレさせる前に外に待避することにした。
「夕飯までには帰ってきてね。今日は麻婆豆腐だよ」
ほう。今日の晩飯は麻婆豆腐か。こいつが作るんだから甘口なんだろうな。
俺は辛口の方がいいんだが。
「甘口しか出てこないって思ってるでしょ?」
「……んなこと思ってねぇよ」
嘘です。思いっきり思ってました。
なんなら、ラー油をかけようかと思ってます。
つか、何でもいいけど人の心を読むの止めてね?
俺の中の機密情報が漏洩しちゃってるからね?
「そんなに辛いのが食べたいならトッピングでスコーピオンでも添えてあげようか?」
「心温が作ったご飯を美味しく食べさせていただきますっ!」
そう答えるしかないよね。スコーピオンなんて激辛刺激物を口に入れたら、舌どころか内蔵までも狙い撃ちされてしばらく悶絶するやつじゃねぇか。
何の罰ゲームだよ。嫌だよそんな生き地獄。
「とにかく、夕飯までには帰ってきてね?」
「わかったよ」
トッピングでスコーピオンが用意されていないことを願いつつ、ノートパソコンを持って外に出掛けることにした。
# # #
武蔵境駅の近くにある図書館で勉強をしようと家から参考書を片手に出てきたのはいいけど……
今日は何故かどこも席が空いていない。
とある席では過去の新聞を広げてじっと眺める年寄りがいて。
とある席では私と同じ年頃の子が勉強に勤しんでて。
とある席では子供たちが楽しそうに図鑑を眺めていて。
とある席ではカップルが周りを気にせずイチャついてて……
最後のおかしくないっ!? 何で公共の場所で平然とイチャついてんの? 別にここじゃなくてもいいよね?
あと、何で誰も注意しに来ないの!?
そこの席、私が使うので周りが見えていないバカップルはどっか他所でイチャラブチュッチュでもしててくださいっ!
そんなわけで図書館の席がどこも空いてなかったので、仕方なく近くにあるファミレスに入ることにした。
幸い時間はまだ10時30分。本格的なランチタイムにはまだ早いので、店内は空いてるし多少は静かなはず。
それに、ドリンクバーを頼めば好きなものが飲めるし、お腹が空けばそのままご飯を注文して食事もできる。
本当は図書館がよかったけど仕方がない。うん。
「いらっしゃいませ~。一名様でよろしいですか?」
「……はい」
お店の自動ドアを開け、店内に入った私を最初に迎えてくれたのは男性の従業員だった。
「かしこまりました。ご案内します」
そう言って店内の方へと誘導し始める男性従業員。私はそれに従ってついて行くのみ。
黒いベレー帽を被って白いYシャツの上から黒のベストに黒のエプロンを身に纏った50代ぐらいの男性で優しそうな印象が強く見える。少し……いや、だいぶ疲れているようにも見えるけど。
お店の奥の方にも他の従業員とかもいるけど、その人たちはみんな茶色のベレー帽とベージュの上着、茶色のエプロンで統一されていた。
この人は店長さんなのかな? そうなのであれば今のうちに仲良くしていれば、後々コネを使ってここで働かせてもらえるかも……
ここでバイトどうかもまだわかんないけどねっ。きゃはっ☆
そうやって考えているうちに私が座る席に到着。そのまま着席すると同時にドリンクバーを頼んで乾いた喉を潤すためにドリンクバーへと向かった。
野菜ジュースを入れて席に戻ると伝票がいつの間にか置かれていた。
仕事が早いですね。さすがです。
店長らしき従業員の仕事振りに感心しつつ、鞄から教材などを出して勉強に勤しむことにした。
参考書などを開いてからどれぐらいの時間が経ったんだろう。
気がつけば周りには家族連れや学生などで賑やかになっていた。スマホの時間を見てみると13時を示している。
もうこんな時間なんだ。朝から何も食べないで出てきたからお腹が空いちゃったし何か食べよ。
「おっ。なぁなぁあの子可愛くね?」
「うぉ。超可愛いじゃん。ドストライクなんですけど」
どこからかそんな声が聞こえてきた。
誰のことだろう。私のことかな?
もしそうなんだとすれば今ここで絡まれると面倒臭いので無視するとしよう。
テーブルの横に設置されているメニューに手を伸ばして、何を食べるのか決めてボタンを押そうとした瞬間。
「ねーねー、君一人? ここ空いてるよねー? 座っちゃうね?」
「えっ……? いやっ、ちょっ!?」
そんな風に声をかけられ顔を上げるといかにもチャラそうな男二人が私に絡んできた。しかも私の許可なしに勝手に席に座ってくる。
一人は私の向かい側に、もう一人は私の隣に座って距離を詰めてくる。
まぁ、反対側から逃げればもん―――柱があって逃げれない!?
どこにも逃げ場が無いじゃん。私、完全に逃げ場失っちゃったよ。
「今からメシ? だったら俺らと食おうよ。なんなら奢っちゃうよー?」
そう言いながら私の隣に座る男が私の肩に腕を伸ばして、そのままグッと引き寄せた。
何ナチュラルに抱き寄せてるんですか。
下心が丸見えで鼻の下が延びてるのが気持ち悪いので今すぐお引き取りください。
「……女の子に簡単に触っちゃダメですよぉ~」
そう言って男の手を肩から退かすと、今度は腰に腕を回してきた。
触り方も嫌らしいし気持ち悪い。嫌がってるんだから気づいてよ。
「別にいいじゃ~ん。俺たちの仲じゃん?」
は? 意味がわかんない。
私はあなたたちと仲良くなった覚えがないです。むしろ嫌いです。
あと、しつこい。
「メシ食ったらどこ行く~? カラオケとか? あ、俺ら車持ってるからドライブとかも行けちゃうよ? 楽しく遊ぼうぜ」
「あの……私、人と待ち合わせしてるんで」
「マジ? だったらその子も誘っちゃいなよ。一緒に楽しいことしようぜ~」
この人たち、一人の女の子が待ち合わせイコール女友達って思い込んでない? もし彼氏とか男友達だったらどうする気だったんだろう。
「……いえ、遠慮しときます」
「別に遠慮なんかしなくたっていいって。君らはお金は出させないからさっ」
しつこい。本当にしつこい。
中学入った頃から色んな男の子に告白とかナンパされていたけど、ここまでしつこいのは始めてだ。
正直言って怖い。
どうやってこの状況を切り抜けようか……でもいい方法が浮かんできそうもない。
そうやって考えていると、さっき私のことを案内してくれた店長さんが近づいてきた。
お願い、気づいて。
そう願いながら店長に視線を送るも気づいてもらえず、そのままスルーされ柱の隣の席へと行ってしまった。
あぁ……どうしよう。もう完全に逃げれないじゃん。
どうしようか悩んでいると、隣の席に行ったはずの店長が一瞬だけこちらに視線を向け、何やら隣のお客さんと話している。
そして、話終わるや否や迷わず真っ直ぐこちらの席へと近づいてきた。
「お客様、失礼ですがお一人様ですよね?」
普通の接客ならまずあり得ない質問が店長の口から吐き出された。
あ、この人私が困ってるのに気づいてるのかも。じゃなきゃ、そんな質問しないもん。
「はい。ひ―――」
「三人だよ。見てわかんねーの?」
私の返事を遮って声を上げたのは向かい側に座る男だった。
何であなたが答えるんですか? 人の会話に勝手に乱入してこないでよ。
「……知り合いですか?」
「そうだよ。じゃなきゃ一緒に座んないだろ」
はぁ……これダメなやつだ。そんな台詞を吐かれたんじゃ何も言い返すことができない。
結局、逃げ道を完全に塞がれるだけだったんだ。
これ以上お店にも迷惑かけたくないし、黙って従っていれば早く帰してくれるかな……
この状況から解放されることを諦めた私は俯くことしかできず、店長とチャラ男の会話を黙って聞くことしかできなかった。
店長もこれ以上は話しかけれないんだろうな……
そんな風に思っていると―――
「わかりました。とりあえずお二人様は出てってください。女性のお客様は席の移動をお願いします」
―――だった。
これはまた想定外の台詞。まさか別々にしようとすると同時にチャラ男の方は退店命令と来た。
驚きと同時にちょっとした疑問が私の脳裏を巡り始める。
私まで席の移動させる理由は何なんだろう。
そこの二人だけを追い出しちゃえば問題ないような気がするんだけど……
退店命令を言い渡されたチャラ男は私以上に疑問を抱き不満を思いっきりぶつけているのが―――
「あ? ふざけんじゃねーぞっ!? 何で出ていかなきゃなんねーんだよ!」
「さっきから他のお客様の迷惑になってるんですよ。そっちがその気ならこっちにも
怖い怖い怖いっ! 何ですか、ニコニコしているのに体から放たれているどす黒いオーラは! 恐怖でしかないですよ。
……この人、怒らせたらダメな人だ。精神的に殺しにかかる人だ。
絶対に敵に回さないでおこっと……。
「……チッ。クソ……行こうぜ」
そんな店長の空気を読み取ったのか、チャラ男たちは舌打ちをしたあと静かにお店を出ていった。
助かった……店長さんにお礼しなきゃ。
「あ、あの……あり―――」
「お客様、大変恐れ入りますが、店内がかなり込み合ってきまして、こちらの席を空けたいのですが相席をお願いしてもいいですか?」
「は、はいっ!」
私は店長さんにちゃんとしたお礼を言うことができず、店長の要望にそう返事をするしかなかった。
# # #
注文した料理がテーブルに運ばれてくるまでの間、家から持ち出したパソコンを開くことにした。
隣の席で揉めていた奴らも店長によるマニュアルに沿った手順で無事に追い返し、俺の周辺には平和が訪れていた。
他の客がいっぱいいるんだから騒いでんじゃねぇよ。
つか、ほぼ満席状態で来店したにも関わらず、すんなりと席に案内されたのが奇跡だ。席が空くまでしばらく待つのを覚悟していたんだがこれには少し拍子抜けである。
何でもいいけど、他の客らはここで何してんの? 暇なの?
どっか遠くにでも行って遊んでこいよ。それか家でゴロゴロしてろよ。
そんなことを思いつつ、鞄に入れていたポケットWi-Fiを起動させ、ネットが使えるような状況にする。
すると、メールが届いたことを知らせるメッセンジャーのポップが画面の右下に出てきた。
内容を確認するべくメールのアイコンをクリックして起動させた。
「お客様、失礼致します」
新着メッセージを開こうとした瞬間、正面から声を掛けられ反射的に顔を上げた。
そこにはこの店の店長とその隣には見覚えのある少女が立っていた。手元には参考書がありここで勉強でもするつもりなのだろう。
「―――店内が大変込み合ってきたので相席をお願いしますね!」
おいちょっと待て。
こういう時って疑問符が付くのが通常だよね? 店長のその言い方だと半ば強制的に聞こえるのは気のせいですかね?
ここで断るのもなんか後味悪いし、かと言って相席するのは正直居心地が悪い。
なら、俺がこの場から立ち去って席を譲ればいいだけの話だ。
「あぁ、なら俺はこれか―――」
「失礼しまーす! お待たせしました。ミートドリアでーす」
……おふっ。なんと言うタイミングの悪さ。
いつもならもう少し時間がかかるのに何でこんな時に限って早く出てくるんですかね。
「せんぱい、ダメ……ですか?」
ここでそのあざとい仕草を使うのは卑怯だと俺は思うんですよ。
「あっ、知り合いですか?」
「はいっ!」
「なら問題ないですね」
問題大ありだ!
なんで先に座っている俺の意見を聞かずに勝手に話を進めてるんですかね?
つか、この会話周りの席にも丸聞こえだよね? ここで断ったら完全に悪者扱いじゃん。
「……どうぞ」
「ご協力ありがとうございます」
逃げ場を失った俺は、相席を了承するしか選択肢が残ってなかった。
彼女をここに連れてきた店長はニヤニヤしながら下がっていき、目の前に座る少女はニコニコと笑みを溢しながらメニューを拡げ始める。
あの店長の顔……前回一緒に居たのを絶対分かっててやってるだろ。何てことをしてくれてんだよ。
俺の自由の時間を返しやがれ。
深い溜め息を吐きつつ、運ばれてきたミートドリアを食べることにした。
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