#25 アポなし訪問


 週が開けた月曜日。

 いつものように中央線に乗って学校に登校した俺は教室に着いてすぐに机に伏せていた。


「学校に登校して早々死んだフリして学校の備品に塩水を含ませないでくれるかしら?」


 授業が始まるまでの間、少しだけリフレッシュしようと伏せた瞬間この台詞が飛んできた。

 俺にこんなことを言うのは一人しか知らない。


「……俺は海水か何かかよ」

「あら。海坊主が目覚めたわ」

「人のことを妖怪扱いするんじゃねぇよ……」


 俺は別に船を襲ったりとかしないからね?

 大体船を襲って何の特があるんだよ。デメリットしかなくね?

 自分で操縦できるわけでもないし、仮に操縦できたとしても浅瀬に座礁させる自信があるぞ。

 金目の物なんて奪ったりしたら確実に窃盗罪で逮捕されて少年院行きだ。俺は海賊みたいな生活はしないしならない。

 平和が一番だし何なら自分の家から出ないのが一番である。


「それはそうと、今日の昼食は部室に来るように」

「……何でだよ」


 今日の天気は晴れ。俺のマイスペースである屋上でのんびりと飯を食うには最高の天気だ。

 ……二日前は思いっきり妨害が入ったがな。


「食事をしながらでいいから、部活の今後のことで話がしたいのよ。まさか、部長のあなたが不参加ってことは無いわよね?」


 部活の今後、ね……

 正直なにを話すのか大筋見えているわけだが、この場で口に出すべきではないんだろうな。


「……わかった。顔出すことにする」


 溜め息を吐きつつ短くそう返事すると、彼女は満足そうに頷き自分の席へと戻っていった。


「塩屋くん、おはよー」


 三ノ輪と入れ替わりで話し掛けてきたのは俺の隣の席に座る開南かいなん楓。見た目も声も名前も女の子っぽいが本人曰く男子だという。

 まぁ、開南の場合は性別なんて関係ないけどな。


「おう」

「三ノ輪さんと何かあったの?」


 どうやら教室に入ってくるときに目撃したらしく、自分の席に座るなりそんな質問を飛ばしてきた。


「何か部活の今後のことで話したいんだとよ。放課後でもいいじゃねぇか」

「あはは……大変だね。あれ? 塩屋くん部活やってるんだ?」

「……一応な」


 正確にはやってる・・・・じゃなくてさせられている・・・・・・・の方が正解だな。

 俺が希望して始めた訳じゃないし、何ならつい最近までは帰宅部だったわけだ。

 児玉先生の目論見によって強制的に始めた部活なんだから自らやってるとは言いがたい。


「何の部活なの?」

「……乗合研究部だ」

「始めて聞く名前だね」


 だろうな。俺も始めて公表した。

 あの二人がこの部活の話しているのかどうかは知らんが。


「どんな部活なの?」


 開南が興味津々ので聞いてくる。正直ここまで食いつくとは思わなかったから内心驚いている。

 俺達がどんな活動をやるのかを大まかに説明してやると、開南の目はさらに輝きを見せた。全く知らない世界に興味を示し、何よりも楽しみにしている子供のような目だ。

 やばい。めっちゃ可愛い。

 この楽しそうに笑う笑顔を守ってやりたい。


「ねぇねぇ! 今度外に出て活動するとき僕も一緒に行っていい?」

「お、俺は別に構わんが……一応、三ノ輪にも聞いてみないと何とも言えん」

「本当っ!? やった!」


 なにこれ。すげぇ嬉しそうじゃん。

 こんな笑顔が見れるのであれば案外この部活も悪くないのかもな。


「それと、塩屋くんにお願いがあるんだけど……」


 さっきまで大喜びしていたのから一転し急に顔を赤くしながら視線を下に向ける。

 はて。お願いとはなんだろうか。

 何か重要なことを言い出そうとしているのか、履いているズボンをぎゅうっと握りしめ必死に勇気を絞り出そうとしているのが見てとれた。


「あの……塩屋くんがよければでいいんだけど、さぁ……」

「お、おぅ……」

「な、名前で呼んでいい?」

「……は?」


 え? 名前?

 もしかしてそんなことを言うためにそんなに悶々としていたのか?

 なにそれ超可愛いんだけど。

 こんな可愛いお願いされたら断れるわけがない。


「やっぱ、ダメだよね……」

「やダメってことはないし別に構わねぇが……」

「本当!? 本当にいいの!?」

「お、おう。大丈夫だ」

「やったー!」


 俺の答えを聞いた開南はやや興奮ぎみに喜びはしゃいでいた。

 本日二度目のやったーをいただきました。

 これだけこいつの笑顔を見れれば俺はもう十分満足に生きた。いつ死んでもいいぞ。


「それじゃぁ、省吾も僕のことを名前で呼んで・・・ね?」


 はい?

 なにそれ。そんな交換条件聞いてないんですけど?


「ダメ、かな……?」


 別にダメでもないし嫌ってわけでもない。

 俺の今までの人生の中で下の名前で呼ぶのは家族か親戚だけで、それ以外に下の名前で呼んだことは過去に一度もない。

 だからこういきなり『はい、下の名前で呼んでね』とか言われると俺としては反応に困るわけだ。

 あと、はずかしい。

 だが、今にも泣き出しそうな開南の顔を見ているとそんな自己中心的自己主張なんて何処かに飛ばすしかないのだ。


「か……楓」


 家族以外で下の名前を呼ぶ機会なんて無かったため、思わずどもった感じで呼んでしまった。

 だが、俺が一言呼ぶだけで、ぱぁっと満面の笑みを浮かべて嬉しそうに何度も頷く。


「やった! 呼んでもらえた! これからもよろしくね」


 もしも、こいつが女子だったら俺はイチコロだったんだろうな。

 そんなことを考えながら会話をしていると児玉先生が教室に入ってきて、ショートホームルームが開始された。


 # # #


 今日も何事もなく午前中の授業が終わり昼の時間になると生徒達は一斉に行動を開始し始める。

 俺も三ノ輪との約束が控えているためコンビニであらかじめ買っといたパンと自販機で買ったドリンクを持って部室へと足を運んだ。

 ドアをノックしてドアを開けると、中には既に三ノ輪との美浜が定位置に着席して話に華を咲かせていたようだ。


「あら、やっと来たわね」

「シーマン遅いっ!」


 えぇ……結構早く来たつもりなのに何でこんなにクレームの嵐を受けなきゃならんの?

 そんなこと思いつつ俺も定位置の席に腰を落ち着かせ、コンビニ袋からパンを取り出してかじることにした。


 今回こうして集められ話し合うことになった内容は俺たちの部活―――乗合研究部の具体的な活動内容だそうだ。

 うん。やっぱ放課後でよかったよね? 別に昼に集まらなくたってよかったんじゃね?


 そんな話し合いの中で出てきた内容、先ずは集めたデータをネットに掲載することらしい。

 三ノ輪いわく、他のサイトを参考にしているサイトがあり、そのサイト自体は個人で運営しているようだ。


 ほう。それはそれで興味があるな。

 実際、俺も個人でサイトを運営している身としては掲載方法やデザインなど、参考ができるものがあるかもしれない。

 三ノ輪もそのサイトのファンのようで、俺たちにサイトを見せてくれた。


「何か色々載ってるし情報がいっぱいだね! しかも分かりやすいように写真付きとか最高じゃん!」


 サイトを見た美浜はバラエティにとんだジャンルと見やすさにやや興奮気味になっていた。

 一方の俺は―――


「……」


 サイトを見て唖然とするしかなかった。

 サイトのタイトルが『ANBlines network』。

 まさかの俺が運営しているサイトだった。


 こんなことってあるのかよ。しかも三ノ輪がこのサイトのファンだとは考えもしてなかった。

 さて、この現実をどうやって打ち明けよう……

 そのままストレートに言ってもいいんだろうが、まぁ信じてもらえないだろうな。下手すれば罵倒されるのが目に見える。


「……因みに、このサイトを基本ベースにするとして、他にどんなのがあればいいんだ?」


 一先ず、こいつの要望を聞いてみるとしよう。それを聞いてこっちで編集して然り気無く暴露してみるとしよう。

 うまく行けばバレずに話が進んで行くかもしれん。


「そうね……今のこのサイトでは過去と現在の路線図と画像しかないから映像もほしいところね」

「映像? バスが走っている姿とかか?」

「それもいいけれど、一番理想的なのは前面展望―――起点から終点までの道のりを、前方の車窓を映したやつがいいわね」


 なるほど。今流行りの車載カメラ的なのをやりたいってことか。

 確かにそれはそれで面白そうだ。

 ただし、時間とお金は結構かかるがな。


「他には何かあるのか?」

「そうね……」


 三ノ輪の提案を耳に傾けつつ、しまっていたノートパソコンを起動させ自分のサイト編集アカウントへとアクセスする。

 見つからないうちにトップページの編集画面に切り替えて、“前面展望映像”のジャンルを追加した。

 必要な材料が無いのではまだアクセスできない状態だ。

 だが、これは俺もやってみる価値はあると思い、今後は映像も載せることで確定した。


「―――今のところはこれだけかしら」

「そうか。ほれ」


 作業用の画面を見えなくしてサイトの最新の状態を二人に見せてみた。

 編集完了したサイトはカテゴリー一覧に『前面展望映像』の文字が入っていることに気がついたのか、三ノ輪は驚きに満ちた表情になっている。

 美浜に関しては驚きのあまりに固まってしまった。

 俺が何も言わないで勝手に更新して、しかも今の要望のカテゴリーが今こうして反映されてるんだから驚くのも無理はないだろう。


「これはいったい……?」

「どうなってるの? 何で私たちが今話してたのがこのサイトに反映されてるの?」

「俺が編集したからだ」

「は?」

「へ?」


 俺の答えを聞いた瞬間さらに驚愕の眼差しをこちらに向けてきた。


「シーマン、このサイトの人のこと知ってるの?」

「人の話聞いてた? 俺が編集したって言ってんの。俺が管理者なんだよ」


 その答えを聞いた美浜は「えー!?」と叫び、何がヤバイのか知らんがヤバイを連呼し興奮し始める。

 一方の三ノ輪は顔を俯かせなぜかフルフルと震え始めていた。

 あ。これは作戦失敗だな。思いっきり怒られるぞ。


「……塩屋くん」

「……何だよ」

「どうしてこの事を黙っていたのかしら?」


 氷点下の冷たい眼差しが容赦なく俺のことを突き刺してくる。

 怖い。マジで怖い。


「あなた、ほうれんそうの話をついこの前話したのにもう忘れたのかしら?」

「いやいや、これは論外だろ。そもそもこれは俺のために作っていた自己満足のサイトだ。誰かのためとかじゃない」

「それでも、こういったサイトを運営しているのであれば報告すべきじゃないのかしら?」


 そこまでする必要あんのか? いや無いだろ。


「この部活のサイトを作るのに俺のサイトは関係ないだろ」

「言ったはずよ? 重要な参考になるサイトだと」

「参考にはなるんだろうが結局俺が管理者なんだから参考も何も問題ないだろ」


 別に報告する義務はなかったと主張する俺と、重要参考対象であり管理者なのであれば報告は当然だと主張する三ノ輪。

 どちらも引かず、言い合いをしていると不意に部室のドアが開かれた。


「こんにちは~。塩屋くんここにいたんだね~」


 言い争い中の横から思わぬ妨害が入り、開かれたドアに視線を向けると、先日俺に絡んできた年上の女子が佇んでいた。

 三ノ輪も話の最中に乱入されたことに癪に障ったのか、不服そうにドアを睨み付けるもすぐに驚愕の顔に一転した。


「うわぁ……残念生徒会長が現れたよ……」

「残念生徒会長っ!? 君、第一印象からそうだけどほんとに先輩に対して失礼だよねっ!?」


 俺の一言にムキーって怒りながらズンズンと室内に足を踏み入れる会長。

 いや仕方がないだろ。俺も同じようにあんたの第一印象は最悪だっての。


「まぁいいや。この子借りてくね~」


 そんな会長は俺から視線を一旦外し、俺から少し離れた二人にそう宣言した。


「えっ……? まだ話が終―――」

「ほら行くよ~? 君には生徒会の手伝いをしてもらうって決まったんだからね~」


 座っている俺の左腕にしがみつき、そのまま自分の胸元へと引き寄せる会長。

 つか、この人今生徒会の手伝いとか言ったよな?

 嫌なんですけど。何で俺がそんなことしなきゃならんのだ。断固として断る。

 あと、そんなにくっつかないでください!

 さっきから当たってる! 当たってるからっ!


「ちょっと!? 俺はまだ―――」

「うるさいよぉ~? 生徒会長の言うことはちゃんと聞かないとダメなんだからね~?」


 俺の反論なんてもんは一切聞き入れてもらえず、半ば拉致されるような感じで部室から連れ出された。


 # # #


 生徒会長とシーマンが部室を出て行くのを見送った私は何もすることができなかった。


「塩屋くん……」


 どうやら違ったみたい。私だけではなくみのりんもどこかスッキリしない様子だった。

 だよね。さっきまでの話ちゃんと終わってないもんね。


「シーマン、連れてかれちゃったね……」

「そうね……」


 どうしよう。会話が全く続かない。

 お互いどう会話をすればいいのかわからず、会話らしい会話ができなくなっていた。

 シーマン、このまま戻ってこないのかな? あの様子だと生徒会に強引に引きずり込まれて、そのまま奴隷として使われてそう……

 ……シーマンにもう会えないんだ。あの時のまだ恩返しも出来てないのに会えなくなるのは嫌だな……

 私がそうやってマイナス思考に走り始めていると、沈黙を破るかのようにみのりんが突然声を上げた。


「そうよ……奪還よ。奪還すればいいんだわ!」


 だ、だっかん……?


「もし、またあの生徒会長が塩屋くんのところに来て何か要求するのであれば、私たちも一緒に行って手伝えばいいのよ。そうすれば早く返してもらえるわ」


 あぁそっか! 一緒に生徒会の手伝いをすればシーマンと過ごせる時間も増えるもんね。

 みのりんさすがだね。そんな発想浮かんでこなかったよ。


「あの備品おとこは私たちのものよ。備品の長期貸し出しは請け負ってないわ。絶対に返してもらうわよ」

「みのりん……さすがに備品扱いは可哀想だよ……」


 シーマンは私の恩人なんだからあんまり虐めないであげて?

 まぁ、シーマンもみのりんとのやり取りを心底嫌がっているようには見えないから大丈夫だとは思うけど。

 一応……ね?


 そのあと、午後の授業開始の予鈴がなるまでの間、私たちはご飯を食べ進めながらシーマンだっかん作戦を練った。

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