#24 遅刻


 午前中の画像整理と路線図作成の作業を終わらせた俺はコンビニで弁当を買ったあと、俺の安らぎの場所である屋上へと向かった。

 ある程度の作業は済ませてあるわけだし、残りの時間を切り抜ければ帰宅時間と言う名の俺にとっての最高の時間がやって来る。

 そして、その最高のコンディションを整えるためには快適な場所での休憩が必要だ。

 ぼっち飯をするための最適な環境にたどり着いたと思ったら―――


『いきなりこんなところに連れ込んで何の用ですか?』

『お前さんがいつまでも調子に乗ってるみたいだから、少し教育してやろうと思ってな』

『ハァー? なに頭の悪いこと言ってんですかぁ~?』

『テメェ! マジふざけんじゃねぇぞ!!』


 着いた瞬間この状況だった。何だあれ。絶対面倒臭いやつじゃん。

 会話的に男子生徒のほうが先輩で女子の方が後輩って感じだな。

 しかも話の流れ的に女子の方は男子のことを明らかに煽ってるし。


 つか、あの女子って……今朝俺に絡んできた生徒会長だよな……

 うわぁ更にめんどくせぇ。

 俺がここにいるのがバレた後のことを考えると正直関わりたくない。

 つか、何であの生徒会長は絡まれてるんですかね。まぁ、何となく想像はつくけど。何でもいいけど生徒を煽っちゃダメだろ。

 とにかく、ここで巻き込まれると面倒だから場所を変えますかね。

 ……その前に先ずはあの手段・・を使うとしよう。 

 俺がとある手段を行使するべく影に隠れてスマホ操作をしている頃、トラブルに絶賛巻き込まれ中の女子は必死に抵抗を試みている。


 恐らく会長にとっては今日は厄日なんだろうな。

 昼飯の時間に男子に人気のない場所に呼び出され、告白だろうと思ったところトラブルに発展したって感じだな。

 だが、端から聞いている感じではこちらにまで聞こえてくる話の内容を聞く限り、男子生徒の方が一方的に呼び出し、勝手にキレているようにしか聞こえない。

 何だそれ。ただの理不尽じゃん。

 そんな風に思考を巡らせつつ視線を口論現場に戻すと、次に視界に写ったのは男子生徒が生徒会長ににじり寄る姿だった。


『これ以上近づいたら先生呼びますよ!!』

『馬鹿かお前? こんな人気のない場所にセンコーが来るわけないだろ』


 ここが校内有数の告白スポットだと言うことを忘れていたようだ。どうやら完全に失念していたらしい。先生が見回らないこの場所に気づかなかったことに今日ほど自分を恨んだことはないだろう。

 もっと仕事しろよ。

 姿の無い先生を恨んだところで何かを変えられるはずもなく、結局どうすることも出来ない彼女は相手を睨むことにする。


そんな様子をしばらく眺めていると、すぐ近くにあるドアが不意に開かれた。


「塩屋はまだここに居たのか。揉め事を観察するとは物好きだな。趣味が悪いぞ」

「……生徒の腹を容赦なく撃ち抜く先生にその指摘だけは受けたくないです」


 階段を上ってきた児玉先生の台詞にそんな皮肉を思わず飛ばしてしまう。

 地味にムカついたんだから仕方がないだろ。


「……思いっきり殴り飛ばしたいところだが今回は目を瞑ることにしよう」

「……そりゃどうも」


 危ない危ない。今のこの状況じゃなかったら間違いなく殴り飛ばされてただろうな。


「先生」

「何だね?」

「この通報を誰から受けたものなのかってのは伏せておいてほしいんですが」

「何だ? 君にとって都合が悪いのかね?」

「はい。とても都合が悪いです」


 もしこの事があの先輩達に知られようもんなら、俺は生きて帰れないかもしれん。

 最低限の予防策は打っておく必要がある。


「わかった。どうにかするとしよう。さて、ここからは見せ物じゃないんだ。君もどこか別のところに移動しなさい。それと、通報ありがとう」


 児玉先生は後はこっちで片付けるとだけ言い残して現場付近にまで歩調を進めて行った。


 男子生徒の方は児玉先生が接近していることに全く気づいておらず、彼女に相手の男子が手を出そうとした瞬間―――


「君たち……ここで一体何をしているのかな?」


 彼女は突如現れたニヤリと口元を歪める乱入者によって救いの手が差し伸べられた。


 # # #


 揉め事を目撃したことにより、仕方なく別の場所で食事を済ませた俺は部室に戻るために廊下を歩いていた。

 曲がり角を曲がると、昼休みにトラブルに巻き込まれてた先輩、生徒会長が居た。


「あ、あのっ!」


 何か話しかけてきたが、俺に話しかけているわけではないと自分に言い聞かせそのまま歩き続ける。

 さて、早く戻らなければ……

 なんて呑気に考えていたら、いきなり襟首をつかまれた。


「グエッ!?」

「ちょっと! 可愛い先輩が話しかけてるのに無視ってなくないっ!?」


 うわ……またこの人自分で可愛いとか言っちゃったよ。

 どんだけ自信があるんだよ。


「他の人だと思ったんですよ……」

「廊下に君以外誰も居ないじゃん!!」


 元気だなぁこの先輩。そしてめんどくせーな……。

 あとうるさい。

 つか、何でこの人は俺に絡んでくるのかね……俺に何の恨みがあるんだよ。


「んで、いきなり人の襟首つかんで何のようですか?」

「言葉のチョイスに悪意を感じるんだけど。まぁ、いいや。昼休みの件はその……ありがとっ」

「何のことですか?」

「えっ? 児玉先生から君が教えてくれたって言ってたんだけど……」


 あんのお喋り暴力教師め……

 こう言う面倒臭い事案が起こるから、俺のことは伏せておいてくれって頼んだのに、何てことをしてくれてるんだよ。

 つか、どうにかするって言ってたじゃねぇか。


「俺はあそこで飯が食えなくなるのが困るから先生に頼んだだけです」

「で、でもぉ……助かったのには変わりないしぃ……」

「そういうの良いんで、そんな風に考えてるならそのあざとい演技やめたらどうですか?」


 俺は率直に思ったことを包み隠さず言い放ち、逃げるようにとっとと先輩の前から立ち去った。


 その時の彼女の顔は素直に驚いたのか目を大きく見開いて口元を押さえていた。

 まさか気づいている人がいると思わなかった。まして、ほとんど初対面で見破られたのだからそれはもう驚くしかない。

 そんな台詞が聞こえてきそうな顔になっていた。


「朝の件もそうだけど、あの子やっぱり面白いね……ますます興味が出てきたよ」


 そんな彼女の独り言なんて当然ながら届くわけがない。

 彼のような人を振り向かせ手駒に出来たらさぞ面白いだろう。考えるだけでワクワクする。

 そして、この日を境に彼を手に入れると固く決心した。


 彼女の決心なんてわかるはずもなく、昼間起こした行動を俺は後悔することになろうとはこの時は知る由もなかった。


 # # #


 面倒くさい生徒会長から解放され、やや急ぎめに部室に戻ると、仁王立ちで腕を組む三ノ輪が待ち受けていた。冷めた目付きで鋭く刺さるような視線でこちらを睨んでいる。

 隣にいる美浜も口をへの字にしてお怒りモードのようだ。

 え? 何でそんなにご機嫌が斜めなんですかね?

 わけがわからず壁に掛かっている時計にふと目をやると14時を15分ほど過ぎていた。

 ……遅刻じゃねぇか。そして、すげぇ嫌な予感がする。


「待ってくれ! 俺は何も悪くない」

「あら。あなたがどう悪くないのかちゃんと説明してくれるかしら?」


 ここで今朝の生徒会長の話をしたらどうなるんだろうか。何を言われるのかわからんから恐怖でしかない。

 だが、ここで嘘偽りを言ったところで何にも生まれない。寧ろデメリットしか生まない気がする。

 適当な言い訳を考えはしたが三ノ輪の口擊による低温火傷する想像しかできない。

 だったら素直に話した方が楽だ。つい最近“ほうれんそう”がなってないと言われたばかりだしな。

 そんな判断に至った俺は昼飯の間に起きた出来事を全て説明した。


「たはは……」

「全くあなたって人は……」


 俺の説明を聞いた三ノ輪は手を額に押さえながら溜め息を吐き、美浜は困ったように笑われた。

 全て正直に話したにも関わらずこの反応だ。

 いや何でだよ。何でそんなに呆れた反応なんだよ。

 なにこれ。俺が悪いの?


「そう言うことならもう少し早く連絡しなさいよ」

「いや、お前の連絡先知らんし……」


 どうやって連絡しろってんだよ。テレパシーでも使えってか?


「とりあえずあなたの言い分はわかったわ」

「お、おぅ。納得してくれて何よりだよ」

「なに言ってるのかしら? 話の内容は理解はしたけど納得はしてないわよ?」


  俺の話を理解した上に納得してないとか言い出しやがった。

 これ以上俺にどうしろってんだ。


「どうすればいいんだよ。さっぱりわからんから教えてくれ」

「そうね。まず、今日の遅刻は私たちにドリンクを供えることで帳消しにしてあげるわ。紅茶なら何でもいいわよ?」


 お供えって……お前は神様か何かかよ。

 何でもいいって言うわりにはちゃっかり紅茶を要求してるじゃねぇか。

 だが、これで児玉先生に変な報告が行かなくて済むのであれば安いもんだ。喜んで差し上げるとしよう。


「わかった」

「それと、今後は休校日の部活によるお昼の自由時間は無しよ」


 おぅ……なんたる不幸。

 学校で唯一と言っても過言じゃない一人になれる時間の廃止だと……?

 これは俺にとってはきつい。死活問題だ。どうにかならないだろうか。


「それって部活の間は終日お前らと一緒ってことなんだよな? 嫌じゃないのかよ?」

「あなたを野放しにして面倒事が起きるよりかはマシだわ」

「そうかよ……」


 朝といい昼といい、生徒会長絡みでの遅刻があった以上そうなるのも無理はない。正直、会長に対する対策も全く無い状態だ。

 ここは素直に諦めて従うことにしよう。

 児玉先生への口止めのために三ノ輪たちのドリンクを買い与えて残りの作業を進めることにした。


 バス会社からもらった路線図をデータ化しつつ、画像を編集しファイルごとに整理すること数時間。

 時計は夕方の時刻を指していて、グランドで元気よくボールを追いかけていたサッカー部の声も、いつの間にか聞こえなくなった。


「そろそろいい時間ね。今日はこの辺にしておきましょうか」


 三ノ輪のその声を合図にファイルなどを片付けて、使っていたノートパソコンもシャットダウンし外からは見えない位置に片付けた。

 部室を施錠して鍵を職員室に返却し、学校の校門を通過。神田駅までもう少しで着くというタイミングで美浜が声をかけてきた。


「ねぇねぇ。頭もいっぱい使ったし何か甘いもの食べない? パフェとか」

「そうね。そうしましょうか。私も甘いものが食べたかったわけだし、行きましょうか」

「ほんとにっ!? やったぁ!」

「美浜さんお願いだから抱きつかないで……暑苦しいからっ!」


 美浜の提案に三ノ輪も賛同し食べに行く気満々の流れになっている。

 どうぞ行ってらっしゃい。俺は帰るから行かないよ?

 二人でゆっくりとユリっこしててくださいな。


「んじゃ俺はこれで―――」

「シーマンも行くんだよ?」


 何事もなかったかのように駅に向かおうとしたのに美浜に肩を捕まれてしまった。


「いや何でだよ。お前ら二人だけで行けばいいだろ」

「シーマンも一緒じゃなきゃダメだもんっ!」

「いや俺はいか―――」

「―――生徒会長……児玉先生……」

「……」


 おいちょっと? そのやり方は汚いぞ。

 俺が今一番触れたくないワードトップを口にしやがって。

 こいつの考えでは俺が言うことを聞かなかった場合は生徒会長をストーカーして部活をサボろうとしたみたいなデタラメ情報を言い出しかねない。

 もしくは、三ノ輪のやつが生徒会長の身が危険だとか言って警察に通報しそうだ。そんなことされたら俺の人生が完全に潰れっちまうだろ。


「塩屋くん? 無言は肯定と見なすわよ?」

「……おう」


 こうして半強制的に近くにある喫茶店に付き合わされパフェを食べることになった。


 # # #


「あれ? 何であの子がここに……てか、女子二人も連れて歩いているし……」


 クラスメイトと一緒に神田駅近くの喫茶店でお茶をしていると、今日の朝と昼に絡んだ男子生徒を目撃した。

 ふーん? あの子モテるんだ?

 だから私に対してあんな素っ気ない感じの態度だったのかな?

 だとしたら、私が奪ったらどうなるのかな~? 男の子って可愛い先輩には目がないもんね~?

 さて、今度あの子の教室にでも行ってみようかな。平日の昼の時間に私が訪ねたらどんな反応のするのかな? 跳び跳ねて喜んだりしてね~☆


「望羽? どうしたの?」


 向かい側に座る友達に声を掛けられて我に戻った。


「ちょっとねぇ~。さっき教えた男子生徒のことでお思いついたことがあって」

「ふーん? あんまり後輩をいじめちゃダメだよ?」


 いじめるってなにさ。私は年下の男の子なんて虐めたこと無いんだからね!


「大丈夫だって~」

「説得力が欠けてるよ望羽……すっごい悪い顔してる……」


 白い目で見てくる友達を気にすることなく、月曜からのドッキリ計画を色々と思い浮かべながら残りのケーキを食べ進めた。

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