#23 事情聴取


 ヤバイ……変な女に絡まれたせいでかなり遅れちまった。

 自称生徒会長からようやく解放された今、部室のドアの前に立っている。

 腕時計で時間を確認すると8時30分を示していた。

 逃げるように足早で向かったが、さすがにあれだけ引き留められれば時間もそれなりに掛かる。

 怒られる予感しかしない。

 入りたくねぇ。帰りてぇ……


 でも、ここで帰ったら後でどんな怒られ方するのかわかったもんじゃない。

 ……仕方ない。諦めて今のうち怒られますか。

 ドアの前で深呼吸してスライド式のドアに手を掛けた。


「……よう。悪い、遅くなった」


 そんな感じで部室の中に入ると三ノ輪が怪訝そうな顔でこちらを睨んできた。


「この時間に出勤とは随分と出世したようね? 塩漬けくん?」

「俺が悪かったんで人の名前を下ごしらえの行程にすり替えるの止めてください……」


 はい。ご立腹ですね。

 それはそれはもうすんごく怒ってらっしゃいます。

 まぁ、遅れてきたのは俺だし何も言い返せない。


「そんなことより、例の物は用意できたのかしら?」


 その誤解を生みそうな言い回しはどうにかならんのか。

 俺らが裏取引をしているように聞こえちゃうだろうが。

 別にヤバイ物なんて持ってねぇよ。


「ほれ、これだ。中身は見てもらえればわかる」


 訂正しないでそう答える俺もどうかと思う。端から聴けばもう完全に裏で危ない物の取引をやっているような会話にしか聞こえねぇだろうな。

 そんなことを内心思いつつ、カバンからメモリーカードを取り出して三ノ輪に手渡した。

 三ノ輪はノートパソコンにカードを差し込んでデータ内容を確認し始めた。

 そんな三ノ輪の隣に座る美浜はバスの写真には目もくれず、俺に質問を飛ばしてきた。


「シーマンなんで来るの遅かったの? 寝坊したとか?」

「いや、自称生徒会長に捕まって絡まれてた」

「じしょう? ふーん? なにそれ?」

「わかんないんなら納得したような声を出すなよ……あれだ。相手にはそう見えなかったり認めてもらえてないのに自ら“俺は、私は○□だ”とか名乗っているやつのことだよ」

「そうなんだ。それで、何でシーマンはその人を自称だと思うの?」

「俺が認めたくないからだよ」


 あんなフワフワ系の残念生徒会長がいてたまるかっての。

 俺がそんな風に遅れた理由を話していると、具体的にはどんな感じの人なのかと三ノ輪が質問してきた。

 人にはあまり興味を示さないこいつにしては珍しいな。知らんけど。


「人を駒のように使いたい放題で、使い切ったらそのまま投げ捨てそうなタイプだな」

「コマ? 丸くて上の部分にいろんなデザインがあって真ん中に細い棒みたいなのは刺さってるやつ?」

「おもちゃの話じゃねぇよ……」


 さすが、いろんな間違いを駆使するやつだな。同じ二文字でも全然ちげぇっての。

 美浜の頭の中は誰かと遊ぶことしかないのかよ。ないんだろうな。

 だから天然記念物って俺に命名されるんだよ。

 本人に言ったら確実に怒られるから言わんけど。


「まぁあなたが変なことさえ―――」


 確認作業をしながら俺たちの話を聞いていた三ノ輪は途中まで話したかと思うと突然黙り込み、画面を見ながら固まっている。

 そんな様子を見た美浜がどうしたのと声を掛けながら同じ画面へと視線を向けた。その後すぐに彼女も硬直してしまった。

 ……何してんのこいつら。画面越しで始める新手の睨めっこか?


「……塩屋くん?」

「……シーマン?」


 画面から視線を外さないまま二人同時に声を掛けられた。

 だが、三ノ輪は冷徹なまでに冷たい声を放ち、美浜はキャピルンルン的な明るさ何て一切感じられない、どっから出してんだと思いたくなるようなものすごく低くい声で呼ばれた。こ、怖い……。


「……何だよ」

「これはどういうこと、なのかな……?」

「来るのが遅いと思ったらこんなことをしていたのね。ゴミ屋くん?」

「シーマンキモいっ! フケツ!」


 何の話をしてるんだ? こいつらが何を見て怒っているのかが全くわからない。原因不明である。

 詳細不明の内容で人のことを汚物を見るような視線を向けるのを止めていただけませんかね?

 あと、不潔とか言ってるけど俺ちゃんと風呂に入ってるからね?


「それに、あなたは注文されたこともロクにこなすことも出来ないのかしら? ぼったくりにも限度があるんじゃないかしら。便利屋くん?」

「お前らと金銭取引をしたことなんて一切ないから」


 それと俺は便利屋じゃねぇよ。


「とにかく、注文されたことぐらいはちゃんと遂行してちょうだい」

「お前の場合注文・・じゃなくて命令・・なんだよな……。つか、何にそんなに怒ってるんだよ」

「これを見ればわかるはずよ」


 三ノ輪にそう言われパソコンの画面に視線を向けた。


「げっ……」


 そして、画面を見た瞬間思わずそんな声をあげてしまった。


 俺がさっきまで撮影していたバスのすぐ横に要らない余分な物体がポツリと佇んでいる。

 腕を後ろに回し、前屈みになり小首を傾けながらウインクをして見せる少女の姿。

 自称生徒会長がそこには写し出されていた。

 いやいや俺消したはずなのに何でこの人が写ってんの?

 つか何してくれてんの?

 さっき撮った写真は全部ダメになったから消したはずなのに何で残ってんだ? いや、この写真、今日撮ったのとなんか違う。


 疑問に思いプロパティーから画像の情報を表示して撮影時間を確認してみる。

 日付は半年前になっていた。……つまり、この女子は半年も前から荻窪駅の北口に出没していたわけで

、一緒に紛れて写っていることに当時気づかなかった俺が、そのまま保存していたってことか。

 何で気づかなかったんだよ。

 バカなの? 絶対バカだよね?

 バーカ! ヴァーカ!


「さぁシーマン。そろそろ説明してくれるよね? 何で半年も前からこの人のことをストーカーしてたの? そもそも、何でそんなことしたの?」

「俺がストーカーをしている前提で話を進めるな。それと、三ノ輪は手に持っているスマホをまず置け。通報しようとすんな」


 ストーカー行為を前提で話を進める美浜にツッコミを入れ、三ノ輪の手に握りしめていたスマホを鞄の中にしまわせる。

 何かあればすぐに人のことを犯罪者扱いしやがって、酷すぎませんかね? 俺そろそろ泣いちゃうよ?


「この写真は俺のチェック漏れで残ってしまったバグでありジャンク画像だ。そんでもって、この人がこの画像が物語っている通り、俺の撮影を散々邪魔してきた自称生徒会長だ」


 俺がそう告げると三ノ輪は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに深いため息を吐いて首を横に振った。

 その表情は呆れ返っている。


「あなた、本気で言っているの?」

「シーマン、冗談とかじゃないんだよね?」

「え? お、おう……」


 こいつらの質問の意図が汲み取れない。何を思ってそんなことを聞いてきたんだろうか。

 本気で思うも何も実際問題この人に撮影の邪魔されて、学校に着く直前では思いっきり引き留められて絡まれたわけだ。普通の生徒会長はそんなことはしないはずだ。

 そもそも、俺が疑われる理由がわからん。

 その証拠がこの写真に写ってるじゃねぇか。


「あなた、この学校の生徒会長の名前は知ってるの?」

「……知らん」


 俺がそう答えると深い溜め息を吐き額を押さえながら首を横に振る。


「シーマンってさ、全体朝礼の時って何してるの?」

「バレないように寝てる」

「うわぁ……」

「あなたって人は……」


 さっきから思ったんだが、そんなに呆れなくてもいいじゃねぇか。だって朝礼の話とかつまんないんだから仕方ないだろ。


「塩屋くんがナゼ生徒会長の顔も名前も知らないのかこれでわかったわ」

「おぉ……そうか」

「別に感心するようなことじゃないのだけれど……まぁいいわ。情報力が乏しい居眠り屋くんにこの人のことを簡単に教えてあげましょう」


 教えてくるのは大変ありがたいことなんだが、何でいちいち俺の名前を誤変換する必要性があるんですかね。

 その話に触れると不毛な戦いになりそうだから放置するとしよう。


「まず、この写真に写っている人は“野矢望羽のやのわ”。私たちの一つ年上の先輩。そして、あなたは認めてないし信じていない様だけれど、彼女は正真正銘の私たちの生徒会長よ」


 あれで生徒会長? 何の冗談だよ。もはやこの学校も終わりじゃね?

 当たり前のように薄皮の愛嬌を散りばめて、自分の思うようにいかなければ強引に振り向かせる。

 ものすごくしつこい上にキャピキャピしたただの女子高生にしか見えん。当たり前のように男が寄ってくると信じ込んでいる辺りが怖い。


「……あの人が会長とかこの学校大丈夫なのかよ」

「あなたにそんな台詞を言われるとはこの世も末ね」

「どういう意味だおい」

「冗談よ」


 そういう三ノ輪は楽しそうにクスクス笑う。

 何が楽しいんだよ。

 こっちはお前にボッコボコにメンタルやられてぶっ倒れそうだっての。


 その後、生徒会長が一緒に写っている写真をデータとして扱うにはいかないので、その写真だけ削除し他の写真をパソコンに移動させ振り分け作業をすること数時間。

 どこからか「くぅ~ん……」と、腹の虫が鳴いているのが耳に入ってきた。PCから視線を外し、音がした方向へ顔を向けると、美浜が顔を赤くしてお腹を押さえていた。


「えへへ……お腹が空いちゃったみたい」


 時計を見てみると短い針が1を指していた。結構時間が経ったんだな。そりゃ腹も減るわけだ。

 そう言えば、俺も今日は朝飯を食わないで出てきたんだっけ。


「もうこんな時間になっていたのね。少し遅くなったけどお昼にしましょうか。各自好きなところで食事をして来ていいわよ」


 ほう。食事時間は自由行動していいんだな。

 大体の部活は集団で一緒に飯を食って、チームワークなどを深めたりするのが目的だったりする。

 だが、この部活の場合はそういった計らいはないらしい。

 まぁ、副部長がそう言っているんだから別にいいだろう。俺もそんな馴れ合いなんて求めてないし。


 さて、自由時間になったわけだ。早速家にでも帰って、心温が作った飯でも食って、ゲームをしてごろごろするとしますかね。

 部活の続き? 上限時間も集合時間も何も言われてないからいいんじゃね?

 それに、俺がいなくたって何も問題ないだろ。


「集合時間は14時よ。塩屋くん?」

「……何で俺を見て言うんだよ」

「シーマン、自由行動って聞いた瞬間帰ろうとしたでしょ? シーマン、一度家に入ったら出てこなさそうじゃん」


 うわぁ……。何か俺の計画が全部この二人にバレてるんですけど。

 何でバレたの? やっぱこいつらエスパーなの?


「必ず14時までに集合すること。遅れた場合、児玉先生に報告するわよ?」

「へい……」


 先生を手札に出すのは卑怯じゃね? 俺なんにも逆らえないじゃん。

 部長でありながら一切の権利を与えられてない俺は三ノ輪の決定事項に従うしかなかった。

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