#10 避難場所
さて、次の授業は二時間続けてパソコンの授業だ。特に教科書などの準備の必要もなく、授業内容もワードを使って文章の入力をするか、何かしらの調べものをするかのどちらかになる。
そんな授業となれば早速PC室へ行って授業開始前にパソコンでも起動して自主活動でも始めたいところだが、その前に保健室へ行って健康診断と身体測定を受けなければならない。
まぁそんなに時間はかからないだろう。
そんなことを思いながら保健室へと向かいそのまま中へと入った。
身体測定から始まった健康診断は淡々と進められる。全ての測定と検診が終わって問診で終了の段階に入った。
「塩屋くんちょっと痩せすぎだねぇ……。顔色もあまり良くない。ちゃんと食事と睡眠を取ってる?」
「はい……一応は。それと顔色に関しては元々なので……」
まさか保健室の教員にまで顔が悪いと言われるとは思わなかった。俺泣きそうだよ。
「ちなみに、昨日は何を食べたの?」
「朝はそうめんの味噌汁で、昼がサンドイッチが二つ、夜がカレーです」
俺の答えにそうめんの味噌汁? ってな感じで頭に疑問符を浮かべているようだが、そこはスルーしていただきたい。
塩屋家ならではの食べ方なので。
「んー……今日は何を食べたの?」
「朝は何も食べてなくて、昼は焼きそばパンを食べる予定です」
「うん少なすぎだね……君はダイエットでもしてるの?」
「はい?」
いやいや何でダイエットのワードが出てきた?
朝食わないのはいつものことだし、昨日は朝早く目覚めてしまったからそうめんの味噌汁を食っただけだし。
べつに俺はダイエットをしてるつもりはないよ? いやほんと。
「身長に対して体重が少なすぎる。痩せすぎだよ。君の今後の課題は今の体重よりも5キロ増やすことだね」
俺の身長170に対し体重が50キロと言うのはかなり痩せすぎているらしい。あまりに不釣り合いな身長体重にご立腹の様子だった。
「はぁ……わかりました。頑張ります」
最後の問診で怒られ課題まで出された俺は釈然としない気持ちを押さえつつ、保健室を出て授業中であるPC室に入って途中から参加した。
# # #
午前の授業が終わって昼食の時間になると、学校内の生徒が昼食を取るために弁当を持ってきた生徒以外は学食か購買へと足を運ぼうと一斉に動き始める。
俺もその流れに乗り、極力目立たないように存在感を消しながら購買へと向かう。
購買で食べたいものを買って、いざ俺の憩いの場へと足を向けふと窓へ視線を向けると外は雨が降っているのが視界に入ってきた。
なんなんだよ。
この二日間全くいいこと無いんですけど。
なにこれ。俺神様からも虐められてるの?
さて、今日も行き先を失ってしまった。どうしたものか。
そうやって考えていると、ある場所が脳裏に過った。何でよりによってあそこなんだよ。もっと別の場所があるだろうよ。
他にいい場所がないか考えてみるもやはり同じ場所しか浮かんでこない。
あの部屋のホコリっぽいしあまり気分も乗らないんだよな。
それに……何であの部屋と一緒にあの女の姿が出てきた? あの女は関係なくね?
あいつは先生の強制的な決定によって一緒に部活をすることになった被害者だ。部活以外の時間帯にあの部屋にいるはずがない。
まぁいい。とにかく今日は俺の行き先無い以上あの部屋で飯を食うとしよう。ついでに空気の入れ換えも一緒にやっちまおう。さすがにホコリがひどすぎる。
そう決めた俺は本来なら放課後にでも顔を出せばいい程度の部室へと足を向けゆっくりと歩き始めた。
部室は当然ながらドアは完全に締め切られていて、室内の空気はホコリで完全に支配されている。
そう思っていたのだが―――その予想は部室付近にたどり着いて裏切られることになる。
閉め切りごめんのドアは開けられ、窓も全て全開になっている。
先生が来て空気に入れ替えでもしているんだろうか。
そんなことを考えつつ部室の中に入ると、そこにいたのは先生ではなく三ノ輪の姿だった。
「あら……来たのね」
「お、おう……」
口調は落ち着いてはいるものの、顔の表情は目を見開きかなり驚いた様子だった。
一方の俺も想定外の人物がその場にいたことによって驚きのあまりに思わずどもってしまった。
やべぇ……絶対気持ちが悪いとか思われた。つか、言われそうな気がする。
「返事くらいちゃんとしてくれないかしら?」
「……悪かったな」
気持ち悪いとは言われはしなかったが何故か怒られてしまった。理不尽すぎる。
「まぁいいわ。それで、どうして貴方がここに来たのかしら?」
「その……空気の入れ換えをだな……」
「それは私がやっておいたわ」
「そ、そのようだな……」
何だこの空気。ものすごく気まずいんですけど。
……どうやらここも俺の居場所ではなさそうだな。別の場所を探すとでもするか。
「悪い……邪魔したな」
それだけを言って体を反転させ教室から出ていこうとすると、「後ろから待ちなさい」と呼び止められた。
「あなた、居場所がないからここに来たんじゃないの?」
間違ってはないが今日も酷い言い草だ。
「……そういうお前はどうなんだよ」
「私は居場所なんて選ばないわ。ここの方が静かで過ごしやすいってだけよ」
「そうかよ……」
「えぇそうよ。あなたみたいな犯罪臭がプンプンするする人の居場所なんて限られてくるものね」
「ソーデスネ。ゴメイワクヲオカケシテマスヨネー。オジョーサマ」
「……そのカタコトの喋り方、癪に障るわ」
「へいへい、すみませんね。邪魔者は消えますよ」
これ以上こいつと話していても俺の体力とメンタルが削り取られるだけだ。
俺のライフメーターが“E”になる前に早いとこ退散するとしよう。
体をもう一度ドアの方向に向け今度こそこの教室から出ていこうと試みる。
「待ちなさい」
そんな俺の試みは三ノ輪の呼び止めによって霧消してしまった。
「……今度は何だよ」
「この部室が開いているのを見たり、知ってしまった以上、一応部長であるあなたはこの部屋が閉まるまでここに留まらなきゃいけないはずだけれど」
え、なにその掟。俺知らないんだけど。
つか、意味がわからん。
「それ……いつ決まったんだよ」
「たった今よ」
いやいや、たった今決まったことを実行されても困るんだが。それに何で部長のあなたが知らないの? って顔されても困る。
そんなわけで、俺は出ていかせてもらう。
「たった今決まったことなんてもん俺は知らん。それに俺は―――」
「あなたに拒否権があると思っているの? 因みに私の許可無しに勝手にこの教室から出たり、放課後の部活にも来ない場合は児玉先生に報告する事にもなっているからそのつもりでいることね。ここまで聞いて、まだ自分には無関係だと言い切れるのかしら?」
「……ぐっ!」
なんなんだろう。この女に手駒にされていると思うと悔しくてたまらない。
だが、迂闊に逆らえばあの暴力教師に報告が行ってしまう。それだけは避けなければさすがに不味い……
主に俺の命が危ない。
「はいはいわかりました。部室が開いているのを知ってしまった場合はこの教室に留まらなきゃなんねぇし、部活もちゃんとした理由じゃなきゃ休んじゃダメなんだな? んで、俺の拒否権の行使もできないってやつね。わかりました、諦めますよ」
半分投げ槍になり近くにある椅子を引っ張り出して腰を掛けると、驚いたと言わんばかりの視線を俺に向けてきた。
「……何だよ」
「あなた
「うるせーっての……それにこの場合俺は半分脅されてここに座っているようなもんだからな」
会話がストップし沈黙が訪れる。
互いに昼飯をカバンから取り出し、無言で食べ始める。互いに一言も会話することなく食べ終わってしまい、気まずさを紛らわせるためにスマホで調べものをしていた。
「ねぇ塩屋くん」
「あ? なんだ?」
「今日の放課後の部活は来るのかしら?」
さっき俺に強制参加宣言をしておいてその質問はおかしくないですかね?
「……来なくてもいいなら来ないが、ダメなんだろ?」
「もちろんダメね」
「だったら最初から聞くなよ……」
何のための確認だったんだよ。行かなくて済むんだって思わず心のなかでガッツポーズをしちまったじゃねぇか。
俺の純粋な喜びを返せよ。
「まぁ、今日はあなたにキッチリと働いてもらうことになるけれど」
「何するんだよ?」
「今日から部室としてこの教室を使うのよ? いくら空気の入れ換えを行ったとはいえ、埃まみれの環境で過ごすのはあなたも嫌でしょ? 大事な資料にだった埃がついてしまうし」
「まぁ……それは確かに言えてるな」
三ノ輪の言い分は一理ある。これから乗合研究部としての活動を行っていく上で、俺らにとっての大事な資料がこれから先この部屋の一時的に保管することになる。そんな大事な資料が埃まみれになるのは見過ごすわけにはいかない。
それに、そんな環境の中過ごしていたら健康的にも影響が出る懸念もある。
「そういうことだから、まずはこの室内を掃除して整理するとしましょう。それからスペースの確保ね」
三ノ輪の言うスペース確保って言うのは恐らくファイルなどのラックを置くための場所の確保の事だろう。
先生から与えられているミッションの路線情報の収集。
その情報をデジタル化してSDカードとかUSBメモリーなどに保存すればコンパクトに済む。もし容量が足りないようであれば外付けタイプのHDDを導入すればいい。
だが、もし用紙形式でファイリングするとなればそれなりのスペースが必要となってくる。たった一枚の紙切れ自体はごく薄いものだが、それが積み重なれば積み重なるほど厚さが増してくる。故にファイリングを想定しているとなるとスペースの確保は必然となるわけだ。
それに、これから
「つまり、今日の予定はこの教室の掃除とスペースの確保ってことだな?」
「えぇ、そういうことよ」
俺の最終的な質問に三ノ輪はとてもいい笑顔で返してきた。
やべぇ……とても綺麗で可愛い笑顔をしてやがる。俺じゃなかったらうっかり惚れて告っちまいそうになる。
今日の活動内容が決まり、その後は食事をしながらバス関係の話をしていると昼休憩の終わり告げるチャイムが鳴り響いた。教室の戸締りを済ませ午後から始まる授業を受けるため教室へと向かった。
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