#8 共通点


 何の事前説明もなく、真っ白な看板を掲げた教室に誘導されて、その教室の中には同じ年の少女が既に椅子に座って待っていて、挙げ句には部活設立宣言をされる。

 しかも、俺たちの意見なども一切聞くことなく唐突な発案───ほぼ強制執行である。

 元々帰宅部の俺にとっては願い下げな発案であり、今後の俺の中のスケジュールが一気に狂いかねない。

 ここは、何としても阻止しなければ……


「先生、何言ってるんすか?」

「部活をやれと言ってるんだ」

「俺とこいつが?」

「そうだ」

「他に部員は?」

「君ら二人だけだ。正式な部活ではないので公にはできないが、この教室を部室として使ってもらう」


 俺のそんな質問に毅然とした態度で当たり前のようにそう返答された。

 あんた気は確かか!?

 未使用の教室、密室の空間に男女二人だけって普通考えないよね? 何もしないが何かあった場合どうする気なんだ?

 先生の提言に不服を覚えた彼女は、部活動として同じ時間を過ごさなければならないと言うことに対して反論をし始めた。

 俺のことを指差しながら。


「何で私がこの男と一緒に部活をしなきゃなんないんですか? いろいろ危なそうだし」


 おいちょっと?

 一緒に部活をするのに疑問を抱くのは俺も同意するが、余計な発言がいろいろ多くないですか?


「まぁまぁ、そう言うな三ノ輪。理由は共通点だ」

「共通点? 私とこの男のどこに共通点があると言うんです?」


 不満そうにそう反論するこの女の名前はどうやら"三ノ輪”って名前らしい。俺の顔だけ見て判断するとはとんでもなく失礼なやつだ。

 そんな三ノ輪を無視するかのように先生は話を進める。


「君たちにしかない共通点がある。まずはそのカバンに付いている物だ」


 そう言いながら先生は俺らが持っているカバンを示した。


「これですか?」

「そうそれだ。そのバッジがまずは共通点だ」


 バッジ? これが共通点だ?

 そんなバカな……。

 そう思い三ノ輪のカバンを見てみると俺と同じバッジが持ち手の一番端の部分にくっつけられていた。

 三ノ輪も同じように疑ったのか、俺のカバンを見るなり驚愕に満ちた顔をしている。


「どうやら二人とも私が言っている共通点の意味がわかったみたいだな」


 どこか満足そうな笑みを浮かべる先生。第一通過点突破と言ったところなんだろうか。

 その一方で三ノ輪はいまだに信じられないのかさらに食って掛かる。


「そ、そんなはずがありません! 今まで一回も会ったこと無いんですよ?」


 ましてはこんなヤバイ人がいたら目立つでしょと最後に付け足す。

 ホントいい性格してるよお前。


「そこなんだよ。同じ会社にいて同じ営業所にもいるにも関わらず、今日が初顔合わせみたいな反応なんだもんな。こっちの調子が狂っちまうよ」


 同じ営業所?

 いやいやそんなはずが無い。

 だが、もし先生が言ってることがもし本当なら一回は会っていてもおかしくないはずだ。ましてはこんな藪から棒暴言毒舌を吐き散らかす女がいるとなれば、俺のほうが覚えていて関わらないように逃げるはずだ。


「あなたが今までいた───いえ、今の担当はどこなの?」


 一回も会っていないってことに気になったのか、三ノ輪がそう質問を切り出してきた。

 何でもいいんだが、何でこの子は俺のことを睨んでるんですかね……


「俺は板金の手伝いと事務所内の2階本社での路線に関する話し合いと給油の作業だが……そっちは?」

「私は回数券・定期券の販売と食堂の手伝いよ。それと、私の名前は三ノ輪みのりよ。ちゃんと名前で呼べないとは頭の中で随分と醗酵が進んでいるようね。塩辛くん」


 何で俺は初対面の女子にこんなに罵倒されてるの? 意味がわかんないんですけど?


「人の名前を酒のあてに摩り替えるな。俺の名前は塩屋省吾だ」


 つかさっき普通に呼んでたじゃねぇか。


「あなたにもちゃんとした名前があったのね。わかったわ。ちゃんと覚えたから。アジシオくん」


 こいつ絶対わざとだろ……なんてムカつく女だ。


「んで、何で先生が俺とこいつが同じ場所にいるってわかったんですか?」


 三ノ輪との会話を強引に切って今回最大の疑問をぶつけてみた。

 さすがにバッジだけではわかるはずが無い。まさかの誘導尋問か?

 俺の質問に対し先生が答えようとした瞬間、三ノ輪の反論と暴言に阻害される。


「あなたさっき名前を教えてもらったにも関わらずもう忘れたの? これだから脳内醗酵が進んだ男は……」


 うぜぇ……。

 話が全く進まねぇよ。

 もやは言い返すのもめんどくさくなり、先生に早く答えるように視線を向けた。


「私が何で二人のことを知っているのかというと、私も同じ営業所にいるからだ」

「は?」

「はい?」


 本日二度目の同時の返事と同じ反応である。

 今回も何か言ってくるだろう。その前に俺のほうから先に言ってやる。


「先生、いくらなんでも馬鹿にしすぎなんじゃないんですかね?」

「そうですよ。この男はともかくとして、先生と同じ顔を見たとしたら私だって覚えてます」


 何でこいつは一々俺のことを罵倒するの?


「そんなに疑い深いかね?」

「はい。全く信じられないです」


 俺の返事を聞いた先生はそうかと簡単に返事をしスマホをポケットから取り出し操作し始める。そして、俺らに視線を戻し再び口を開いた。


「三日後に車番133と1201が三ヶ月点検。それと入れ替わりで新しい車両が予備車で入ることになっているはず。その予備車を車庫に入れる担当者は塩屋。それと、一週間後に営業所内食堂、改装工事及び清掃作業があるはずだが?」

「―――っ!」

「―――っ!?」


 今言われた番号は俺らが所属している営業所に止まっている車両のナンバー。その二台が三日後に三ヶ月点検と言う車検みたいな作業に入る。

 そして、二つ目に言われたのは食堂が一週間後に改装工事が入ってその後に開店前の清掃作業が入る内容だった。

 おまけに、俺が入れ替わりで入ってくることになっている予備者を運転して車庫に入れる内容まで把握している。

 ここまで内容を知っているんじゃぁ信じるしかない。

 一方の三ノ輪は先生の証言に対して驚いているって言うより俺のことで驚いているようだ。目をまん丸にしその内容は事実なのかと答えを求めるような顔を向けている。


「あなた運転ができるの?」

「まぁ……一応」

「でも、普通なら大型免許が必要となってくるはずよ!? それに法律上―――」

「それは問題ないぞ三ノ輪」


 三ノ輪が最後まで言い切る前に先生は遮り、三ノ輪が頭の中で考えているであろう危惧を否定した。


「三ノ輪が想定しているような問題は起きない。但し、ぶつけたりしなければな。第一、公道に出て運転しているわけではない。それに塩屋が運転している場所は会社の駐車場だ。コンビニとか観光地の駐車場、ショッピングセンターなどのいろんな人間が来る場所とは違う。基本的に関係者以外立ち入り禁止になっているわけだしな。一般道である公道や不特定多数が行き来する”みなし道“でなければ何も問題は起きないんだよ」


 先生がわかりやすく説明するが、それでも納得のいかない三ノ輪はさらに食い下がる。


「でも、年齢的な問題は―――」

「では聞くが、サーキット場で行われているキッズモーターレース。一般公開されているし募集も行っている。誰でも参加可能となっているが、君はどう否定するのだね?」

「……」


 児玉先生にキッズレースをどうやって否定するのか問われると、三ノ輪は反論するどころか完全に押し黙ってしまった。公道ではない道路、レースをするためだけに作られた道路―――サーキット上での運転、キッズレースが一般公開されていて、誰でも使用ができるとなれば、反論する余地などないと判断したのだろう。


「入試を高得点で通過した君ならこれ以上の説明は要らないだろうし、納得もしてると私は思うんだがどうかね?」


 三ノ輪は諦めたかのようにため息を吐き、わずかながらの自分の意見をぶつける。


「はぁ……わかりました。けど、私はこの男がバスを運転するのは反対です。今も、これから先も」


 何で俺はこいつに運転手反対運動をされなきゃならんのだ。意味がわからん。


「ほう……それは何でなんだ?」

「だって、せっかく新しく導入したバスがこの男によってサビだらけにされそうです」


 ジト目で俺を睨みながらそんな批判を飛ばしてくる三ノ輪。

 俺は塩害なのかよ。別に台風とか低気圧の風に乗って塩ミストなんて振り撒いてませんけど?

 つか、俺もちゃんとした人間だからね?

 あんまりそんなこと言ってるとこっから飛び降りるよ?

 そんなくだらない言い争いを見かねた先生がポンと手を叩いて注目させる。


「さてっ! 話が大きく脱線してるから戻すぞ? さっきも言った通り君らの共通点を生かした部活動を行うことにする。顧問は私で部活名も“乗合研究部”で決定済みだ」


 決定済みだじゃねぇよ。なにドヤ顔で部活名まで勝手に決めちゃってるの?

 この先生バカなの? 直接本人には言わないけど。


「それで、この部活において目標を二つ設定した」


 しかも目標まで勝手に掲げてるし。何でもいいけど二つもあるのかよ。

 いったい何をさせられるんだろうか。不安でしかない。


「一つ目はより多くの路線情報の収集と記録。二つ目が君らのコミュニケーション力と対人スキルのアップだ」

「ちょっと待てっ!」

「待ってくださいっ!」


 二つ目の目標を耳にした瞬間、同時にストップの声を上げた。

 そんな声を聞いた先生はめんどくさそうにしている。


「今度は何だね……」

「何で私がコミュ力と対人スキルをアップさせなきゃいけないんですか。この男と同等に見られるなんて不快でしかないです」

「バッカ、俺はこう見えてハイスペックなんだよ。何ならPC関連で言うサーバーと言っても過言じゃないぞ」

「あなたの場合どうせレンタルサーバーなんでしょ? 記憶のメモリー容量なんてフロッピー程度しかなさそうだもの」


 俺の記憶力の限界容量はフロッピー程度だとよ。

 俺の記憶容量少なっ!

 脳内記憶媒体がフロッピーとかどんだけ古いんだよ。昭和時代かよ。


「何言ってんだ? 俺の記憶媒体なんてSSDの最新型だぞ? その容量も32テラと大容量だ」

「なら、アジシオ君の大容量32テラのSSDに入っている記憶容量なんて1ビット程度なんでしょうね」

「俺の記憶はそんなコンパクトサイズじゃねぇよ」


 何でもいいけどナチュラルに人の名前を家庭用調味料にすり替えるな。


「ハイハイ、そこまでだ!」


 俺たちの会話を黙って聞いていた先生が、痺れを切らしたのか手を二回ほど叩いて俺たちの会話を強引に終わらせた。


「よくわからん話ばかりしやがって……」

「よくわからない話って……私たちはパソコンの単位の話をしてたんですが……」

「そういうことを言っているのではない。言い争っているのか漫才をしているのかどっちかにしろと言っているのだ」


 眉間にシワを寄せ腕を組んで口調を荒くしそんな不満を溢しているが、口元は緩んで体もプルプルと震わせ、必死に笑いを堪えているのが見てわかった。

 どうやら俺らのくだらない会話が気に入ったらしい。


「さて、二人の部活がこれで決まったわけだが―――」

「え……? 俺の拒否権は?」

「拒否権? さっき私のことを酷く傷つけおいて何を言っているのかね?」


 目の下をピクピクと動かしながらもいっきり俺のことを凄んでくる。

 これは迂闊に“ノー”とは言えないやつだ。

 下手に口答えをすれば俺の今後の人生が消し飛ぶまでである。


「あなた……先生にいったい何したの? まさか……っ! 先生のことを脅して私のことをっ!?」


 先生の反応を見た三ノ輪は、自分の体を抱き抱えるような仕草を見せ、ヤバイやつに目をつけられてしまったと言わんばかりの反応を示した。

 先生は傷つけられたとか言ってるけど、俺の方が被害者だからね?

 肉体的にも精神的にも殴られて刺されているのは俺だからね?


「おい、冗談で言うにしても限度ってのがあるだろ。何で俺が好き好んでこんな歳の離れたバ―――」

「ふんっ!」

「―――グハッ!?」


 俺が全てを言い終わる前にコダマストロングパンチが飛んできて俺の腹部に命中させた。俺の体を海老反りさせ満足したのか、元の場所へとその伸びた腕は戻っていく。


「これで君に傷つけられたのは三回目だ。しかも今回は“ババァ”と付け加えようとしたな?」

「す……すみません、でした。以後気を付けます……」

「たった今私の心を傷つけたんだ。償いだと思って私の命令を聞きたまえ」


 そのパターンできたか。こうなった以上俺には逃げ場はないな。潔く諦めるとしよう。


「……わかりました。んで、俺は何をすればいいんですか?」


 思いっきり殴られた大ダメージからようやく回復し、先生の命令を聞くための体制をとる。


「早々に素直になるとはな。良いことではあるがかえって不気味だな。コイルかバネの如くぐるぐるとネジ曲がった君の性格を知る私から見ればあれだな。気持ちが悪い」


 見も蓋もないことを言うのやめてもらえませんか? つか、何で素直に聞き入れようとしただけでここまでディスられなきゃなんねぇんだよ。

 俺の性格なんて素直さの塊でしかできてないんですけど。

 あと、俺の性格をコイルやらバネに例えるのやめてください。俺の性格は伸縮自在じゃないんで。

 つか、伸縮自在な性格ってどんな性格だよ。


「それで、君にやってもらうことはこの部活の部長をやってもらう」

「……はっ?」


 あまりにも平然と言うから一瞬何を言われたのか分からず間抜けな声をあげてしまった。

 俺が部長?

 何の冗談だ。

 人と一緒にいるより一人でいることを好む俺が部長なんて務まるわけ無いだろ。俺から色々と指示を出すだなんて無理な話だ。ましては、俺の目の前にいる女の子、三ノ輪に対して指示を出すとか無理があるだろ。何かひとつでもこいつに向かって指示を出せば容赦ない罵声を浴びせられるか、瞬時に抹殺されそうだ。

 俺の中でそんな考えをまとめ上げ、俺は部長にはならないと断ろうとした瞬間、先に抗議の口を開いたのは三ノ輪だった。


「何で私がこの男の下に? 私は嫌ですよ! この男と一緒にいたら、いつか強姦されそれを録画されて売られそうです」

「……しねぇよそんなこと。大体お前の体なんて興味無ぇよ」

「……それはどういう意味かしら?」


 鋭い眼光でこちらを睨んでくる。“内容次第では殺すわよ”と聞こえてきそうなほどの怖い視線だ。

 ヤバイ……。どうやら地雷を踏んだっぽい……。

 つか、こいつの目怖いんですけど。ここは当たり障りの無いことを言って逃げるか。


「えっと……その……あれだ。俺は別に見た目重視じゃないって言うか……体目的で女子と一緒にいることは無い。寧ろ、今すぐここから逃げ出したいぐらいだ」

「あら、何で逃げ出したいのかしら?」

「俺にとっては女子って生き物は怖いイメージなんでね」


 俺の答えを聞いた三ノ輪は以外だわとでも言いたげな表情になっていた。


「何だよ」

「私が抱いていたあなたに対するイメージと違ったからよ。もっと女の子に飢えているのかと思っていたのだけれど違ったのね」

「……お前のイメージ通りじゃなくて悪かったな」


 何の謝罪なんだよこれ。俺別に悪いことしてないだろ。

 何でナチュラルに俺が謝る流れになってるんだよ。俺が勝手に謝っただけだけど。


「私のことも怖いかしら?」

「あぁ怖いな。正直、何を考えてるのかわかんないからな」


 そうきっぱり言い切ると三ノ輪はなぜか機嫌がよくなったようで、あまり膨らんでもいない胸を張りながら「女の子ってのはみんなそういう生き物よ」と彼女はそう付け加えてきた。


「部長の件はもう確定だな。それで、三ノ輪には副部長と監視役をやってもらう」

「私がこの男の下ってのは癪に障りますがいいでしょう」


 不服そうに腕を組みながら渋々と了承する三ノ輪に児玉先生は大丈夫だと言わんばかりに微笑みかける。


「ちなみに、部長、副部長ってのはあくまでただの肩書きだ。権利や決定権などは三ノ輪に任せる」


 せんせ~い。言っている意味がわかりませ~ん。

 強引に部長をやらされて権限も決定権も一切与えられないって何だよそれ。

 俺タダの飾り扱いじゃん。

 畑とかにカラスを寄せ付けないためにあるカカシみたいなもんじゃねぇか。


「……何でまたそんなことを?」

「考えてみろ三ノ輪。今すぐにでも逃走する宣言をした塩屋コイツに部長としての権限を安心して任せることができるかね? 今すぐにでも廃部にして逃走しかねんやつだぞ?」

「……確かにそれはあるかも」


 うわぁ……俺まったく信用されて無いじゃん。


「だから、部長の権限は塩屋ではなく三ノ輪に任せる。それと、こいつのこの捻じ曲がった性格をどうにか叩き直してくれないか?」

「それは棒みたいなもので叩いても構わないってことでしょうか?」


 平然とした顔で何を口走ってるの? 当たり前の様に物理的攻撃をしていいかどうか聞かないで?


「あぁ。やり方は君に任せる」

「わかりました」

「いやいや止めて? わかりましたじゃねぇよ。ただえさえ先生の攻撃を何回も食らって、お前の暴言毒舌でズタボロなのに、人のことをブラウン管テレビのような扱いをしようとしないで?」


 もう何なんだこの現状。泣きたい。

 俺の必死の懇願を聞いた三ノ輪はクスクスと笑っている。何が面白くてそんな笑ってるんだよ。


「平気そうに見えて意外と軟弱なのね」

「うるせーよ」

「それで、副部長をやるのはいいんですけど、このなんちゃって部長の下につくことで私に何かメリットはあるんですか?」


 三ノ輪にそう尋ねられた児玉先生はそうだな……と声を漏らしながら少し考えると、何か閃いたかのように顔を上げた。


「ではこうしよう。まず、路線の情報が500路線を越えたら遠征合宿でもするとしよう。それと……」


 先生は途中まで話したかと思うと三ノ輪の耳に顔を近づけ何やら耳打ちをしている。

 いったい何を話しているんだろうか。そうやってコソコソされると不安になる。


「……なるほど。わかりました。そうすることにします」


 へっ……? なに? 何の話?


「随分と気になっているようだな」


 先生にそう言われながら易しい視線を向けられ、


「あなたには教えないわよ? これは女同士の話なんだから」


 と、悪戯っぽく微笑む三ノ輪。

 そんなこと言われると余計に気になるんですけど。俺これから先なんかされるの? 恐怖でしかないんだけど。

 俺の不安と疑問が解消されることなく、この日の部活は終了となった。


 # # #


 学校から帰宅して玄関を開けて中に入ると、心温が仁王立ちで待ち構えていた。

 ……コイツ何してんの?


「おかえり、兄さん」

「お、おう……」


 いつに無く冷たく低い声に棘のある口調で俺のことを迎え入れる心温。何かあったか?


「兄さん、昨日の話し覚えてる?」

「昨日の話し?」

「私の先輩の話」

「あぁー、ファーストキスがどうのこうのってやつか」

「そうそう。……で、兄さんは何でしたの?」

「はっ? いったい何の話しをしてんだ?」


 突然の尋問にそう答えるしかなかった。だって分かんないんだもん。


「そっか。じゃぁ……この人は誰でしょう」


 心温の意味深なセリフと同時に、心温の後ろに隠れるように一人の見覚えのある少女がそこにはいた。


「なっ―――!?」


 俺の視界に入ってきたその少女は、新宿駅で接触してしまった子だった。何でこいつがここにいるんだ!? つか、何で心温にバレた? いや全くバレ無いとは思わなかったけど、それにしても早すぎね?


 話しによると学校で俺の話になり、その子がどんな感じの人なのか気になると言い出したので、自宅に帰ってからアルバムを見せたところ、“私のファーストキスを奪った人だ!” と指を指しながら叫び、心温に経緯を話した結果今のこの現状が生まれたって事だ。


「兄さん、先輩にちゃんと謝ったの?」


 そう言われてみるとまだちゃんと謝ってないような気がする。あの時は俺の方も頭に血が上ってたからな。


「いや……まだ……」

「はぁ? 事情は先輩から聞いたけど、事故とはいえファーストキスを奪っておいて謝罪なしってどういうことなの?」

「その……色々もみくちゃになって、謝るタイミングを逃しました……」

「ふ~ん? じゃぁ、今兄さんがするべきことは何なのかわかってるよね?」

「……どうもすみませんでした」


 精神性を払って頭を下げ心温の先輩に謝罪をした。

 まぁ、事故とはいえ不快な思いをさせたのは確かだし。この子に対してちゃんと頭を下げるのが筋ってもんだろう。

 だが、心温の怒りはこれだけでは収まらず、その子の前で正座させられ一時間ほど説教されることになった。

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