#7 課題


 午後の全ての授業が終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。号令をして放課後となったこの時間はそれぞれが自由気ままに動き始める。

 一秒でも早く帰るため帰り仕度を授業終了と同時に済ませていた俺は号令が終わるとすぐに教室の外へと逃亡した。

 教室から一番近い階段を使って一階へ降り玄関へと向かう。

 よし。あと少しで学校から出れ―――


「―――っ!?」


 ―――ませんでした。

 あともう少しというところで学校の外に出れると言うタイミングで誰かに右肩を掴まれた。

 ポンッと置かれるような感覚じゃない。獲物を仕留めた鷲とか鷹みたいな掴み方。鷲掴みってやつ。

 すると今度は親猫が子猫を捕まえるような感覚で俺の首根っこを鷲掴みされ完全に動きを封じ込められてしまった。


「しーおーやー? まさかこのまま帰ろうと言う気ではなかろうな……?」


 ものすごい低い声で呼び掛けながら顔をにゅるっと出現させる児玉先生。笑っているのに目が笑ってない。オーラなんてどす黒いものが悶々と漂ってるようにも感じられるほどの殺気だ。

 怖いっ! めっちゃ怖い!

 俺このまま首を潰されちゃうんじゃねぇの!?

 俺なんか食っても美味しくないんでこのまま逃がしてください!


「……まさかだと思うが、忘れてたのか? それとも持ってこなかったのか?」

「ちゃんと持ってきてます。ただ、今日提出ってことを完全に忘れてただけで……」

「全く……昨日言ったやつはちゃんと出来上がってるんだろうな?」

「はい……出来てます」


 俺がそう答えるとため息を吐いて肩と首から手を離してくれた。助かった……。


「ならいい。今すぐ生徒指導室まで来なさい」

「……ここで渡すんじゃダメですか? 俺これから帰―――」

「何か言ったかね? んん?」

「い、いえ。何も……」


 有無を言わさぬ強烈なオーラが児玉先生から滲み出てるのが目に見えた気がしたので黙ってることにした。

 これは下手に口答えしたら生きて帰れるかわからないやつだ。今日やりたかったことを全て諦めて素直に従うことにしよう。


 # # #


 生徒指導室に二人で入って話題を渡すと先生はすぐに目を通し始めた。だが読み進めていくごとに先生の顔がどんどん険しくなっていくのが見てわかる。

 課題を渡してから数分が経った。


「で? これは一体なんだね?」


 俺は先生から課題について咎められ始めた。

 俺が出した課題のことで咎められるようになった理由。それは―――


『将来へ向けた活動計画。俺たちの今後の生活における活動計画を目標にし行動をするための設計図みたいなものだ。その内容も人それぞれで、大手IT企業に勤めて給料もたんまりと受け取ろうと考えている者、人助けのために医師や弁護士などと言った職業を考える者、プロのスポーツ選手を目指し自分の体を酷使する者。どれも聞いた感じではとても魅力的ではあるが、所詮“夢物語”にしか過ぎない。仮にその夢物語を掴み取ることができるんだとしても、極わずかな人数程度だろう。何故、わざわざ自ら高い壁やハードルを設定して挑むのかが俺には疑問を抱くしかない。増しては、チームプレイを必要とする職業がほとんどなわけで、一人行動を基準に考える俺には到底無理な職業ばかりである。そんなわけで、俺の今後の活動計画は自分の家でも仕事ができる物にする。いわゆる在宅ワークってやつだ。それなら周りに変に気を使うこともないし、トイレに行く時間もご飯を時間も気にしなくて済む。なりより、会社に勤めてしばらくして倒産などを理由にリストラされて収入が0になるぐらいなら最初っから一人でこつこつ積み上げてった方がマシだとも言える。故に、俺の今後の活動計画は孤立化活動計画をこの文章に提示する』


「―――誰が学校生活を大きく飛躍して将来の孤立化計画を立てろと言った?」


 で、今に至るわけだ。

 おかしい。言われた通りちゃんと自分の今後の生活設計を建てたって言うのに何でこんなにも青筋を立てられているんだろうか。解せぬ。


「最初の文章はまともなことを言っていると認めよう。だが、残りの文章はなんなんだ? 誰がボッチ生活を推奨しろと言った? もう少しだな―――」

「先生だってそうなんじゃないんですか? 今は高校とかの教員とかができてますけど今後どうなるかなんてわかんないじゃないですか? 先生ぐらいのその歳になってから解雇になった場合こ―――ぐほっ!?」


 何で俺は今殴られたの? 俺全くわかんないんだけど?


「……君は私のことをいくつだと思ってるんだね?」

「えっ? そりゃもうさん―――ぐはっ!?」


 質問に素直に答えようとしたのにまた殴られた。なにこの暴力教師。恐怖でしかないんですけど。


「私はまだ20代だっ! ちゃんと覚えとけ! それともまだ愛のムチが必要か?」

「愛のムチ? 冗談は顔だけにしてくださいよ。大体先生の場合は鎖と鉄球の───だあぁ、待って! 殴らないでっ!」


 減らず口を黙らせようと再度右拳を構える先生。必死の懇願で発動は間逃れた。


「全く君は……君の頭の偏差値がどれぐらいなのかはまだわからんが、もう少し頭を使って話すことをすすめるぞ? とりあえずこの課題は受け取った。それと、前に君にしかできない部活に入れるって話をしたはずだが、他に何か入ろうとしてる部活はあるかね?」

「さっきの論文を読んでそんな質問飛ばしてきます?」


 俺の正論が的確だったのか押し黙り少しばかり考え込む先生。


「それもそうだな。よし、ちょっとついて来なさい」


 少し考え込んだあと、どこか納得する部分があったらしく、俺の皮肉めいた言葉をそのまま飲み込んだ。

 そして、何か思い付いたのかついてくるよう命じてきた。


「え? 俺この後やりたいことがあるんですけど」

「今日はすぐに終わる。だからついて来なさい」

「はぁ……わかりました」


 すぐに終わると言ってるし、とりあえず黙ってついて行ってみることにした。

 児玉先生と一緒に生徒指導室を出て、別の場所へと移動を開始する。

 行き先はもちろん知らない。

 ついていけばわかると思ってあえて聞かなかった。


 # # #


 学校内をしばらく歩くと、先生はある教室の前で立ち止まった。

 その教室の看板は空白になっている。どうやら今は使われていない教室らしい。


「よし、入るか」


 そう言って先生は教室のドアを開けて先に教室内へと足を踏み入れた。俺もその後を追うように中へと入る。

 教室内は高く積み上げられた机と椅子があって、その前には数個ほどの机と椅子が乱雑に置かれていた。その中の一つに一人の女子が机を別の場所へとどかし、椅子に座って本を読んでいた。


「先生、入るならノックくらいしてください」


 中に入るなりそんなクレームを飛ばす少女。腰辺りにまで伸びた黒髪は手入れが行き届いているのかさらさらとしていて、顔の輪郭も整っており、二重の目にはスカイブルーの瞳、小さめの鼻と口でとても上品な印象を持たせる風貌だった。

 はっきり言葉で表すのであれば美人である。


「ん? あぁすまないね。気を付けることにするよ」


 何だろう。ちゃんと謝ってるんだけどどこか投げやりな感じに聞こえるのは気のせいだろうか。

 絶対繰り返すぞこの人。


「はぁ……まぁ、いいんですが。そんなことより人のことを呼び出しておいて30分も遅れて来るのはどうなんですか?」

「それに関してもすまなかった。ちょっと所用があったんでな」


 たぶんこの人の所用ってのは俺のことなんだろう。

 すんません。俺が原因で到着が遅れたようで。


「はぁ……わかりました。で、そこの隣に居る人は?」


 先生から視線を外し俺を見るなりそんな質問を飛ばしてくる。多少なり予想はしていたが突然だったためビクッとしてしまう。


「あぁ、こいつは塩屋省吾だ」

「どうも……」

「……どうも」


 こっちから簡単に挨拶をすると一応返事はちゃんと返ってきた。今のところは無視されることはなさそうだ。

 それにしても、俺の名前を聞いた瞬間一瞬だけ目を見開いたように見えたが気のせいだろうか。うん。面倒臭いからあとで考えよう。


「それで、何で塩屋くんがここに?」


 まぁ当然の疑問だわな。俺も何でここに連れてこられて同じ教室にこの女子と会っているのかがわからん。

 俺らが説明しろと言わんばかりの視線を送っていると、先生は腕を組んでごく普通に、さも当たり前のように口を開く。


「そうだな。君らには今日から一緒に部活を行ってもらう」

「……は?」

「……はい?」


 あまりにも唐突な命令に、俺と目の前の少女は同時に同じ反応を示すしかなかった。

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