#6 陰口


 課題を必死になって終わらせた翌日。

 今日は自分で起き上がることができた。いや、いつも起こしてもらってる訳じゃないからね?

 そんな誰も聞いていない独り言を溢しつつ、顔を洗うために洗面台へと足を運ぶ。

 心温はまだ起きていないみたいで、家の中は薄暗く静まり返っていた。まぁ仕方ない。今の時間はまだ5時だもん。こんな時間に起きるやつなんて少ないだろう。

 むしろ、俺も何でこんな時間に目が覚めたのかが不思議なくらいである。


 とにかく、まずは顔を洗って自室に戻って制服に着替えた―――それまではよかった。

 さて……やることがない。どうしたものか。

 リビングのソファーに座って暇になってしまった時間をどうするか考えていると、昨日の昼休みの時過ごした屋上テラスが脳裏によぎった。今日からはあそこで昼飯を食うことにするってそう言えば決めたんだっけ。

 昼休憩の時間になって購買に足を運んで、それから屋上テラスに行くには少々時間のロスが生じる。じゃぁ、誰とも喋ることなくスムーズにテラスに向かうことができる方法は……。


「今日は何か作っていくとするか」


 通学の途中でサンドイッチなり弁当などを買うって手段もあるんだが、今日はこの時間帯に起きてしまったわけだから、弁当を自分で作っていくことにした。

 座っていたソファーから腰を上げ、食品棚や冷蔵庫の中を漁ってみる。残っていた食材、でミートソースとマッシュルーム缶、裂かれたチキンとチーズ、レタスとパンがある。

 よし、今日の昼飯はオリジナルサンドイッチで決まりだな。“チキンとマッシュルームのデスミートサンド”と命名しよう。


「兄さん何してるの?」

「うわぁっ!?」


 突然の低くて冷たい声に驚き、手に持っていた具材を落としそうになったが、どうにかそれだけは阻止することができた。

 声がした方向に振り返ると、眠そうな目を擦る心温の姿があった。

 何て声で話しかけてくるんだよ。心臓に悪いじゃないか。


「お前驚かすなよ……背後霊かよ」

「うわぁ……亡霊みたいな兄さんに言われるとは思わなかったよ……んで、何やってるの?」


 朝からひどい妹だ。兄さんを亡霊扱いするとはなんてやつだ。

 あ、俺もこいつのことを背後霊扱いしてたな。どっちもどっちだな。


「昼に食うもんを作ってるんだよ」

「兄さんが? 自分で? あの兄さんがっ!?」

「お、おぅ……」


 なにその反応。

 一応俺だって飯ぐらいは作れるからね? ってか、家のこともある程度は出来るからね?

 何もできないって心配されているようだけど自分のことはちゃんとやってるからね?


 そんなことを思いつつパンに挟む具材の準備ができ、パン、レタス、チキンマッシュルーム、チーズ、パンの順番でサンドイッチを作り上げた。

 ミートソースとデスソースで作ったチキンマッシュルームが思っていたより余ってしまった。この余ったやつどうしよう。ご飯に乗っけて食べようかな。


「あっ! 何これめっちゃ美味しそう! 兄さんこれ私が食べていい? ってか食べていいよね!?」


 心温が余っていたチキンマッシュルームを見て騒ぎ始めた。

 そんなわけでこれは今から私が食べるねと言って器を手に取る。

 いや俺まだ何も言ってないんですけど。

 てか、それ食べて大丈夫なの? 確か辛いの苦手だったよね?

 レトルトカレーとか麻婆豆腐の中辛で悶えているやつがそれを食って平気なの?

 絶対悶絶するよね?


「おい心温ちょっと待て。それは―――」

「いっただっきまーすっ!」


 俺の阻止を完全に無視して、スプーンで結構な量を掬い取り、口の中へと躊躇うことなくそのまま放り込んだ。

 時すでの遅しってやつ。

 あ~あ……。どうなっても知らねぇぞ?


「ん!? 何これめっちゃう美味しいんだけど!」

「……そうすか」


 多分心温はまだわかってないんだろう。あとから襲ってくるそれを。


「ミートソースをアレンジしたんだ。兄さんにしては考えた、ねぇ……」


 美味しそうに頬張っていた心温の手が突然止まり、美味しい美味しいと騒いでいた声も急に聞こえなくなった。


「どうした?」

「……らい……」

「え?」

「辛いよぉ……」

「……」


 涙をポロポロと流し、口も“うへぇ~”と舌を出しながら悶える心温。

 ……だから言ったのに。いや、言ってはないか。

 けど言おうとはした。よって俺は悪くない。


「何でこんなに激辛仕様になってるわけ!? ってか、何で早く教えてくれなかったの!? そんなに妹を泣かせて楽しいっ!?」


 顔を真っ赤にして涙目になりながら地団駄を踏む心温。

 人聞きの悪いこと言うんじゃない。大事な妹を泣かせて楽しむような兄さんに見えるのかよ。

 あと、いくら辛いからって床を蹴るのは止めような? 床に罪はないんだから。


「別に楽しんでねぇよ……そもそも、俺の制止を無視して思いっきり口に含んだのはお前だろ……」

「そんなこと知らないもんっ! そんなんだから自爆霊とか示唆されるんだよ!」


 なにこの理不尽。てか、俺は自爆霊とか言われてんの? しかも“地縛”じゃなくて“自爆”の方なんだ。

 俺は何? 自殺志願者なの?

 それとも自爆テロリストかなんかなの? ボンバーマンなの?


「わかった。俺が悪かったから……俺が新しくなんか作ってやるよ。何が食いたいんだ?」

「謝罪会見はしないんだね……」

「俺は何の法律に触れたから公的に謝罪をしなきゃなんないんだよ……」


 そもそも俺は有名人じゃないし。マニフェストを掲げてもなければ破ってもいないんだが。


「それはねぇ、心温法って法律に―――」

「あーはいはい。ソレハソレハタイヘンデシタネー」

「うっわでた。もの動く適当な返事。しかも謝る気なんて微塵も感じられないし」


 ムスーッっと不満そうな顔を浮かべる心温。


「何か作ってくれるんでしょ? 私そうめんの味噌汁が食べたいからそれ作ってよ」


 むくれた顔をしながらもちゃんと注文してくるのはちゃっかりしてるんだよなコイツ。


「はいよ……赤か? 白か?」

「両方!」

「へいへい……わかりました」


 鍋にそうめんを湯がきつつ、心温の注文通りに白味噌と赤味噌をブレンドさせた味噌汁を作り、麺が茹で上がったら水で軽く洗い、器に入れて味噌汁を入れればそうめんの味噌汁の完成である。

 超簡単な料理だ。料理と呼べるのか危ういところだが、そこは無視するとしよう。

 二人でそうめんの味噌汁と食べたあと、さっき作ったおオリジナルサンドをカバンに入れて学校へと向かった。


 # # #


 学校に到着して教室に入るも亡霊のような存在の俺のことなんて誰一人気づいていない。まぁそんなのは慣れているからどうだっていい。むしろ話しかけられない方がいい。

 このまま何事もなく昼飯の時間まで時間が過ぎるのを耐えるだけだ。昼になってしまえば屋上テラスという俺にとってのオアシスへ即逃亡するまでだ。午後の授業まで屋上でひっそりと過ごす。

 やっぱ一人行動は最高だな。

 誰にも見られず、誰にも邪魔されず、変に気を使うこともなくゆっくりできる。

 放課後になればダッシュで即帰宅。我ながら最高の計画だ。今日はそれで行こう。

 それにしてもマジでいい場所を見つけた。神様ありがとう。俺はあんたに感謝しきれないよ。

 そんなことを考えながら昼休みの時間を迎えたのだが―――


 予想外の事態が発生。朝はあんなに晴れていたのに、今になって突然の大雨。

 何て日だ……。

 神よ、あんたはいつ悪魔へと転職したんだ……。

 何か恨まれるようなことしたっけ?

 俺に対するイジメだよこれ……。

 行き場を失いどうすることもできなくなった俺は、仕方なく教室で食事を取ることにした。

 今朝作ったサンドイッチをカバンから取り出し、スマホをいじりながらサンドイッチを頬張っていると、教室内がざわめき始めた。


「ねぇ、何か臭くない?」

「確かに。何か鼻を刺すようなキツイ匂い」

「てか、ウチ目が痛いんですけど」

「この臭いの正体、絶対あいつだよね……」

「だよねー。あの死刑囚みたいな顔をしたやつ」

「急に来たと思えば刺激臭を放つとかありえないんですけど」

「ってか、あいつが今食べてるやつって中身がヤバイんじゃないの? 薬が入ってるとか」

「薬? それじゃぁもう薬中じゃん」

「薬中とかウケるんですけど! でもそんな顔してるもんねー」


 コソコソ話にもなっていない会話をしながら嘲笑の視線を向けてくる三人の女子。

 はいはい。どうもすみませんね。

 悪臭漂わせている根元の俺は出ていきますよ。

 やっぱりこの教室に俺の居場所なんてもんはない。結局昨日と同じように急いで食事を済ませ、居心地の悪い空間から逃げ出そうとしたとき俺の前に一人の金髪男子が立ちはだかった。


「えっと、君は確か……シオガマ君だったよね?」

「……」


 シオガマ? 誰それ。

 俺はそんな名前じゃないんだけど。

 その前にこいつ誰?


「あぁ。悪い。自己紹介がまだだったね。俺は湯本裕二だ」

「塩屋省吾」

「そうか。よろしくな」


 そう言って手を差し出してくる湯本。

 よろしくって言われてもな。イケメンで誰にでも優しくて爽やか系男子ですよってタイプのやつ。こういうタイプ一番嫌いなんだよな。

 ケンカしないでみんな仲良くしていこうよとか言っていそうな脳内お花畑タイプだな。

 俺に話しかけてきたのも一人になっているのを見て哀れになって、同情しながら近づいてきたんだろう。

 そんな同情いらねーよ。

 そっちに引き込まれて無駄に気を使って体力を消耗するぐらいなら、一人でいた方がマシだ。


「さっきの臭いの原因ってシオガマか?」

「藪から棒御挨拶だな」


 しかもさっき名前ちゃんと教えたよね? その上で間違えるってどう言うこと? 絶対わざとだろ。


「あはは……すまない。けど、匂いがちょっと強かったと言いたかっただけで……」

「ケンカ売ってんのか?」

「イヤそうじゃなくて、君が今食べているサンドイッチの調味料、何を使ったのか知りたいだけなんだよ」

「それを知ってどうするんだ?」

「あそこにいる子達に説明して納得してもらう。さっきまで君の食べ物の中身が薬まみれとか言ってたからね。そんなレッテルだけは剥がしておきたい」

「なるほど」


 ま、その会話はこっちに完全に聞こえてたんですけどね。


「俺が使ったのはデスソースってやつだ」


 仕方ないから素直に教えてやることにした。

 正直釈然としないが仕方がない。


「デスソースってハバネロとかジョロキアとかを使った唐辛子の調味料か?」

「あぁそうだ」

「なるほど。それでだったのか」


 湯本は納得したように頷き再び俺に視線を戻す。


「内容はわかった。けど、今後はその匂いが強い食べ物はこの教室では食べない方がいい。正直に言うとあまりいい顔されてなかったからね。そんな視線を向けられている君の姿を見たくないんだよ。これは君のためなんだ。わかってくれ……」


 君のため? 何を言ってるんだか。

 そうやって声をかけておけば問題も解決できてクラスの人間から優しくて頼りになるとみんなから思われれば一石二鳥だろ?

 わかりやすいんだよ。お前の考えてることなんて。


「そーですか。それは悪かったな。んじゃ、悪臭の原因は消えるから、後はよろしくやってくれよ」

「え? あっ、ちょっ……」


 湯本の声を無視するかのように立ち上がってそのまま教室を出た。

 取り残された湯本は元いた場所に振り返り困ったような顔で笑うしかなかった。


「ちょっと! 今のあいつの態度なんなの!?」

「せっかく裕二くんが優しく接してたのにさっ!」

「結局変人に対して何しても変人には変わらないってことだよね」

「確かにそうかもね。救いようがない顔してたもん」

「何それウケるんですけど」

『あはははっ!』


 コソコソ話をしていた三人組の話し声と大きな笑い声が教室の外にまで漏れていた。

 なんなんだあの女ども。いい性格してやがるな。人気者と一緒にいるってだけでよくあんなにでかい顔をできたもんだ。一周回って感動を覚えるよ。

 ほんと……反吐が出る。

 教室から出て、俺が入っても問題なさそうな場所を探していると数メートル先に図書館が見えてきた。

 屋上には行けないし、今日は図書館で本を読んで時間でも潰すか。

 ドアを静かに開けて中に入り、一番奥の端っこに誰もいないことを確認し、その席を確保。時間になるまで本を読んで時間を潰した。

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