#5 ワタシワタシ詐欺
自分の荷物を部屋に置いてリビングへと向かうと、お袋がキッチンで夕食の準備をしていた。
その間に俺は読みかけの小説を引っ張り出して続きを読むことにした。
「省吾、そろそろご飯にするから心温を呼んできて」
気がつけば30分以上が経過していて、既にご飯の準備が出来上がっていた。
「わかった」
簡単に返事をして心温の部屋に向かおうとするとタイミングよく心温がリビングへと入ってきた。
「あ、兄さんどこに行くの?」
「ちょうどお前を呼びに行こうとしてたんだ」
「なるほど。じゃぁタイミングがよかったんだね」
ほんとナイスタイミングだったよ。折角こいつの先輩とやらを見れると思ったのに。ほんのり残念気分である。
「あら? 心温の先輩はどうしたの?」
「先輩はさっき帰ったよ」
お袋の質問に心温は簡単に返事を返す。
なんだ。こいつの先輩が来てたのをお袋は知ってたのか。
「あら残念。夕飯食べていけばよかったのに」
そう言いながら残念そうにするお袋。食材とか多めに買ってきたんだろう。
「今日はこの後用事があるからって言ってたよ?」
「そうなのね。じゃぁ仕方がないわね。いつになるのかな? 省吾が友達か彼女を家に連れてくるのは」
ニヤニヤしながら話題を俺に振ってくる。俺にそんなのを期待すんなよ。
「俺にそんな機会が来ることはねーよ」
「またそんなこと言う。これだから
「うるせーっての。それに変な単語を作るな」
「まぁ省吾にも期待しないで待ってるわ。さて、そろそろ食事にしましょうか」
家族全員が揃って席に座り、“いただきます”と挨拶をして夕食が始まった。
今日の我が家の晩御飯は鰹だしベースの沖縄そばと麩を溶き卵でふやけさせキャベツ、モヤシ、ニンジンなどで炒めたフーチャンプルーともずく酢だった。
大皿に入っているおかずを自分の取り皿に入れ食べていると心温が突然口を開く。
「そういえば兄さん、さっきまで来ていた先輩いるじゃん?」
「あ? 急にどうした?」
「何かファーストキスを電車の中で奪われたらしいよ」
慣れた手つきで大皿に入っているフーチャンプルーを取り分け用のスプーンで一気に取って、自分の皿に入れながら話す心温。
「へぇー。随分と大胆なことをするやつもいるんだな」
あまり興味がなかったので適当に返事をしていると、心温の口から聞き捨てならない台詞が飛び出す。
「しかも全く知らない人にだよ? 年は高校生くらいだって。その高校生に突然壁ドンされて、首を横に振ったにも関わらずちゅーてしてきたんだって。ひどいよねっ!?」
えっ……? は? いやちょっと待て。何でこいつの口からその話が出てきた? 先輩とか言ってるから同じ中学なのかと思っていたんだが。
まさか……。
「……その子はどこでそんな目に遭ったんだ?」
たまたま同じ話題になっただけだと、俺自身の勘違いであることを願いつつそう訪ねてみた。
「んーと……確か中央線の新宿駅でとか言ってたかな」
勘違いなんかじゃなかった。完全に俺の今朝の話である。
こんな偶然ってありかよ。マジで怖いんですけど。
そう言えばあの子新宿で降りたんだったよな……ん? 同じ中学なのであればなんで新宿で降りたんだ? しかも通学の時間帯に。
「その先輩って同じ中学なんだよな?」
「そうだよー」
「……なんで新宿?」
「何か親の忘れ物を届けに行ってたみたいだよ?」
なるほど。これで俺の疑問は解消された。
不安は解消されないままだけど。近所に住んでいるとなればいつか遭遇してしまうリスクはかなりある。今後は慎重に行動しなければ俺の命が危ない。
心温にメンタルをズタズタにされて自殺しそうだ。
はぁ……俺の黒歴史が増えたよ。
「先輩が遅れて学校に向かっていると新宿でそんな目に遭ったって聞いたときはビックリしたよ。まぁタイミングが悪かったと言うか運がなかったんだろうね。ところで兄さん」
「……何だ?」
「さっきから目が泳いでるけどどうしたの?」
マズイ……。心温に感づかれたか? 頑張って冷静を保っているつもりだったんだが……。
「なんでもねぇぞ。気にするな」
「うーん。本当かなぁ?」
そう言いながら俺の顔を覗き込んでくる。
何かめっちゃ睨まれてるし。兄のことを疑いすぎなんじゃないですかね? 泣いちゃうよ?
「まぁ、兄さんがそんなことできるとは思わないし、っていうか度胸も根性もないと思うから心配はしてないんだけどね~」
そう言いきって自分の皿に入れたおかずを頬張り、至福そうな笑みを溢す。
俺の疑いが晴れたのは喜ばしいことなんだが、その疑いの晴らし方はどうかと思うんだよ。
それと同時に妙な罪悪感も残る。事故とは言えどあの子とキスしちまったのは事実だしな。
……やっぱり当分は慎重に行動すべきだな。その方が俺にとって一番安全かもしれない。
# # #
食事が終わり、シャワーを浴びて自室にもどってパソコンで作業をしていると、ノックされる。簡単に返事をすると心温が部屋に入ってきた。
「兄さん電話だよー」
「俺に? 誰から?」
「神田高校の先生としか聞いてないからわかんない」
えっ。なにそれ。教師なのはわかったが何で名前を名乗らないの? これは新手のテロリストかなんかなのか?
居留守を使う手もあるんだが電話の向こうの人間には完全にバレているだろう。現に心温は保留にすることなく子機を持って俺のことを呼んでいるわけだし。完全に筒抜け状態だ。
……ダメだ、策が全く見つからない。諦めて電話に出るとするか。
心温から電話を受け取って受話器に耳を当てた。
「はい……電話を変わりましたが」
『あぁ、塩屋か。私だ』
聞き覚えのある声。学校で俺に課題を出してきた先生であり、それ以前に新宿駅まで俺のことを迎えに来た先生だ。
そんなことより、教師である人間がよく名前を名乗ることなく“私”だけで話を進めようと思ったな。一昔流行った“オレオレ詐欺”の次は“わたしわたし詐欺”なのか?
名前を名乗らない先生には少しばかり現実を突きつけてみるとしよう。
「わたしわたし詐欺なら間に合ってるんで切ります。あとこの電話は自動的に録音されデーター上に記録されてるので、そのまま警察に出させていただきます。それじゃぁ」
そう言って電話を切ろうとすると電話の向こうから慌てた声が聞こえてきた。
『待て待て待て! 君は教師に対して冷たいそんな態度を取る上に脅迫までするのかね?』
「……教師を謳うのであればまずは名乗るのが当たり前だと思うんですがね?」
『確かにそうだな……すまなかった。私は君の担任で生徒指導を担当している児玉だ。自己紹介が遅くなってしまって悪かった』
俺の指摘に対し電話越しに平謝りする児玉先生。普通怒る立場も謝る立場も逆なんだけどな。
「それで……児玉先生が俺に何か用ですか?」
『あぁその事なんだが、君に出した課題なんだが、あれを明日の放課後までに提出するように。それを伝えるために今回電話したんだ』
「明日っ!? 今日貰ったやつなのに明日出せとか鬼だろっ!!」
『本当は三日前までの期限だったんだが、君の退院の日付も締め切り一日前に聞いてたんでな。それで期限を君限定で明日まで延ばしたんだ。難しく考えなくていいし文章も長くなくていい。とにかく明日の放課後までには出してくれ』
本当の締切日が三日前だったてのも俺の都合に合わせて期限を延ばしたとか知らねぇし……。
だったら入院している間に持ってきてくれよ。そうすればここまで焦んなくてすんだだろうよ。
はぁ……何で学校初日からこんなことになった。
『あ、それと君の携帯番号を教えてくれ』
「……何する気ですか」
『人聞きが悪いな。私のことをなんだと思ってるんだね……。何かあったときのためだ。固定電話だと君が家にいなかったらなんの意味もないし、携帯に電話した方が手っ取り早いだろ』
先生の正論に負け俺は携帯の番号を教えることにした。
携帯にかけ直すと言うことになり一度電話を切って再度かかってくるのを待っていると、ポケットに入っているスマホがブーブー震え出した。手に取って画面に見てみると未登録の番号が記載されている。
出たくないな……そんなことを考えながらも出ないと後が怖いので、電話に出ることにした。
「はい、もしもし」
『児玉だが塩屋の携帯かな?』
「はい。そうです」
『そうか。無事に電話が繋がってよかったよ。君の場合嘘の番号を教えそうだからな』
信用しなさすぎじゃないですかね。もう少し生徒を信じてもいいと思うのは俺だけですかね?
『それはさておき、今さらの話だが無事に退院して学校にも来れるようになったが、あれから体の具合はどうかね?』
「あれからは特には問題ないです」
生徒だからってのもあるのか俺にそんな質問を投げ掛けてくる。
入学式当日、強盗事件の逃走劇によって信号待ちをしていた幼い男の子が車道に突き飛ばされた。
運悪く車がすぐそばにまで接近していることに気づいた俺は咄嗟に道路に飛び出し―――一緒に巻き込まれた。
その後入院し、最初に病室に駆けつけたのは妹の心温で、その次が警察から連絡を受けた児玉先生だった。
先生は俺が入院中何度か足を運び、学校の状況を教えてくれた。
因みに、左の手足の骨折の全治2ヶ月の怪我。
入学が遅れたことに伴い、華の高校生活スタートに失敗が確定した。
先生の話によると、逃走中に男の子を突き飛ばした犯人は結局逮捕され、取り調べを受けているらしい。
つか思ったんだが、俺が入院しているときに何回も見舞いに来てくれたじゃねぇか。何でその時に課題も一緒に持ってこなかったんだよ。
『特に異常がないなら安心したよ。それと、今君の携帯に表示されている番号が、君の担任である児玉の番号だから登録しておくように。それじゃ』
登録しておけとだけ告げられ一方的に電話を切られてしまった。
まぁ電話番号を登録するのはいいとして、一番の問題は課題である。
……チクショー。あまりにも時間が無さすぎる……。
出さないわけにはいかないだろうし、っていうか出さないで逃げたら確実に児玉ストロングパンチが飛んできそうだし……。
さっき思いついたやつでも書くとするか。
子機を元の場所に戻し自室で与えられた課題を大まかに書き終わらせ、この日はベッドに潜り込んだ。
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