#4 独りの時間


 午前中の授業は特にこれといった出来事は起きず、何とか無事に昼飯の時間になった。

 さて……昼飯を食べるために購買か学食に行こうと思ったんだが場所がわからない。

 だったら誰かに聞けよって? バカを言うな。俺にそんな友達がいるわけないだろ。

 じゃあどうするのか。

 答えは簡単だ。購買や学食に行くやつに付いていけばいい。そうすれば、引き攣った顔をされながら場所を聞くリスクも負わなくて済む。

 ちょうど目の前に学食に行こうとか騒いでいる男子生徒がいるのでそいつらの後ろを歩いて行くとしよう。


 情報収集の手段が追跡とはあまり誉められたやり方ではないが、どうにか学食にたどり着くことができた。向かっている最中に購買と自動販売機の場所も確認できたし、これで明日からは誰にも頼ることなく行くことができる。

 食堂内はコンビニが6件ほど並んだくらいの広さと言ったところだろうか。

 いや、それだと例えがよくわかんねぇな。

 もし例えるなら大型ショッピングセンターのフードコートぐらいの広さと言ったところが正しいだろう。それに付け加えて席が三階まであるんだから学食にしてはかなりのスケールと言っても過言じゃない。


 食堂のカウンターも色んなのがあって、和食、洋食、ラーメン、そばうどん、鉄板料理、丼物、イタリアン、海鮮物までありやがる……

 マジでショッピングセンターみたいなラインナップだな。

 ここ本当に学食なのかよ。

 まぁ時間をかけていろいろと食べていけばいいだろう。幸いにも入学が2ヶ月ほど遅れただけで、途中から編入してきたわけでもないし。

 時間ならいくらでもある。

 そんなわけで、今日の昼飯はラーメンを食べることにしよう。


 自分の中でそう決めて、ラーメンが提供されるカウンターへと並んだ。

 ラーメンカウンターの前にメニューが出されていて、スープベースがトンコツ、鶏ガラ、魚介、ラーメン屋では珍しい牛骨もスープ間取り扱っているんだとか。そのスープベースと味付けが醤油、味噌、辛味噌とお好みの味を作ることが出来るようになっている。

 その他にも、油そば、つけ麺などもあり、トッピングもいろいろと取り揃えてある。


 さてと。正直何味でもいいんだが……どれにしよう……

 そうやって悩んでいる通常のメニューとは別に“期間限定”と書かれた特集が記載されているが目に留まった。

 ほう。冷やし中華と柚子塩冷やし中華ってのがあるのか。柚子の方はあんまり食べたことないから、そっちにしてみるのもありかもしれない。


 自分が注文するものを決めカウンター越しにいる人に注文すると、整理券が発行されそれを手渡された。周りを見渡すと所々にモニターが設置されており、自分が注文した料理が出来上がれば、持っている番号がモニターに表示される仕組みになっているようだ。

 なるほど。これだけの広さがあるんだ。マイクを使うって手もあるんだろうが、番号を表示させ自分で確認させた方がトラブル防止には確かになるだろう。

 それにしてもあれだな。

 学食のわりにはスゲーハイテクだな。

 注文して整理券をもらってから数分後、モニター付近に設置されているスピーカーからピーンポーンと少々高めのチャイムが鳴り響くと同時に俺が持っている番号がモニターに表示された。待たされた所要時間、約1分。

 いや早くね!? もう出来上がったの!? 

 予め作ってたの? それともスーパーマンなの?

 その辺に売っているカップラーメンに負けない早さじゃねぇか。


 昼食の時間帯で学生が混み合う時間帯なのにも関わらず驚異的なスピードで提供されたことに驚きつつも、空いている席を見つけてそこに着席をし食べ始めた。

 うん。いい感じの塩加減に柚子の風味が効いててうまい。

 そうやって学食の料理を堪能していると近くで陰口を叩いている声が耳に入ってきた。


「ほら、あそこにいるやつ」

「え、なに? どれ?」

「虚ろな目で隈だらけの人」

「あ~」


 あ~じゃねぇよ。何に納得してるんだよ。

 話しているのは女子で大体4人ぐらいだろうか。他のやつらの声は聞こえない。


「ね? ヤバイでしょ?」

「確かにヤバイね! 誰からも相手にされないからきっと病んじゃったんだよねー。確か先生が最初に話してた事故ったやつもあいつでしょ? 誰からもお見舞いに来てもらえなかったんじゃん?」

「あの顔じゃ無理でしょっ! 事故ったのも本当は自ら飛び出したんじゃないの? んで、誰にも相手にされなかったとか」

『わかるーっ! あはははっ!!』


 何が“わかるぅ~”だ。全然ちげぇよ。この顔は元々だっつーの。

 あと、聞こえないように喋ってるんだろうけど全部丸聞こえだからな?

 まぁお前らみたいな女子に関わることなんて無ぇから安心しろよ。

 人の事故の話をネタに笑ってるやつらなんざ寧ろこっちから願い下げだ。


 そもそも、その話は伏せておくように頼んだのに何でこいつらが知ってんだよ。


 明日からこの食堂でご飯を食べようと思っていたが完全にその計画は廃止だな。

 陰口を言われるのは慣れてはいるが、無駄に視線を感じながら不快な思いしてまでここで飯を食おうとは思わん。

 それに俺の体力が無駄に奪われてしまう。人間視線を感じるだだけでも聞くだけでも体力は消耗するわけだから、こんなクソどうでもいいことで体力なんて消耗したくない。そんなことをするぐらいなら、独りで飯を食って静かに過ごしている方がましだ。

 そうと決まればまずは場所探しからだな。


 自分の中でそんな計画をたてて、その計画を実行するため器に残っていた残りの冷やし中華を急いで食べ終わらせ、食器を洗い場へと繋がっているレールに乗せて居心地の悪い学食を後にした。

 場所探しするのはいいとして、俺にとって最適な場所は何処があるんだろうか。

 頭に浮かんだ場所を自問自答形式で探ってみる。


 学食───うるさい上に無駄に視線を感じるから却下。

 廊下の階段───確実に邪魔物扱いされる。

 グランドの横───風が吹けば砂埃は発つし雨が降ったときなんて最悪だ。

 体育館───暑いし汗臭い。

 図書館───あそこは本を読む場所であって飯奥う場所ではない。

 保健室───食ってすぐに寝れはするが怒られそう。

 職員室───何で先生達に睨まれながら食事をしなきゃならんのだ。

 生徒指導室───俺があの担任にサンドバッグにされちゃうっ!

 教室───論外だっ!


 歩きながら最適な場所の候補をあげてみるもいい場所がなかなか浮かんでこない。

 困った。初日から早速詰んだか? それからも悩みながらちょこまかと歩き回っているとあることを思い出した。しかも一番メジャーで誰もが知っているあの場所を。


「そうだよ。屋上だよ。何でもっと早く気づけんかったんだよ。バカじゃねぇの?」


 ヤバイ。かなり大きな声で独り言を言ってしまった。

 気がつけば周りには人が足を止め何事かとこちらに視線を向けている。

 恥ずかしさと気まずさのあまりに逃げ出すようにその場を立ち去り、学食に向かう途中で見つけた購買でパンを買って、自販機でモーニングショットを買い屋上へと向かう。


 学校が8階建てってのもあって、校内には建物の両端と中央に6台づつエレベーターが設置されていた。そのエレベーターで6階まで上がってそのあと階段で屋上まで上り、閉ざされたドアを開ければそこは解放感に満ちた景色が広がっていた。

 学校の近くに高層ビルが立ち並んでいるため景色最高とは正直言いがたいが、少なくとも3階や4階から見る景色よりかは断然いい。

 風が吹けば心地いし、ベンチもちゃんとあるし、何よりも他に誰もいないってのも最高である。

 誰も座っていないベンチに腰を掛けてさっき買ったパンとモーニングショットを開け、時間になるまでゆっくりとそこで休み時間を過ごした。


 # # #


 時間になって教室に戻り、午後の授業が始まる。

 特に誰かと接触することなくこの日の授業は終了。

 帰る準備を済ませてモーニングショットを補給すべく自販機に立ち寄り、その後はどこかに寄り道することなくそのまま帰宅した。


「ただいまー」


 自宅の玄関を開けて中に入ると心温の靴があることに気がついた。

 あいつ帰りが早すぎませんかね・・・・・・俺が遅いだけか。そう思っていると心温の靴とは別の靴が隣に並んで置かれていることに気がついた。ん? お客さんか?

 そんなことを考えながら靴を脱いでいるとリビングから心温が出てきた。


「あ、兄さんお帰りー」


 玄関に入ると、麦茶が入ったコップを手に持ちながら俺に声をかけてきた。


「おうただいま。ところで心温、誰か来ているのか?」

「うん。先輩が来ててテスト勉強を教えてもらってるんだよ」

「ふーん。そっか」

「どっかの誰かさんは妹が可愛く頼んでも勉強を見てくれないし」

「仕方ないだろ。俺だって忙しいの」

「いつもパソコンと睨めっこしてるか、テレビを見てるか、本を読んでいるか、寝てるかのいずれしかないくせに何を言ってるの?」

「全部やってるから忙しいんだよ」


 俺がそう言うとジト目でこちらを睨んでくる。

 おいやめろ。俺を廃棄物を見るような目で見るな。


「だったら少しぐらい私の勉強を見てくれたっていいじゃんっ!」

「断る」

「もうっ! 可愛い可愛い妹が助けを求めているって言うのに何でそんな反応なの!? 兄さんのバカ! だから亡霊みたいな人とか周りから言われちゃうんだよ!」


 えっ? 俺亡霊扱いされてんの?

 中学時代やさっきまでの時間は“不健康で友達いなそう”とか“犯罪とかしてそう”ってのは何回も陰口で聞かされてきたけど、妹から見た俺は亡霊なの?

 なにそれ。悲しすぎる……


「確かに心温は可愛い。俺みたいに隈がなくて輝きに満ちた瞳をしているからな。だがあいにく俺の性格は元からこうだ。だから諦めろ」

「うっわぁ……私のことを素直に可愛いって言ってくれたのは嬉しいけど、自分のことを悪く言われているのにそこを開き直るのはどうかと思うよ?」


 そう言いながら本気で引いた顔をする心温。何なら体も少しばかり後ろへと引く姿を見せつけてくる。

 そんな反応されちゃうと兄さん傷ついちゃうでしょ? 止めなさい。


「開き直ってるんじゃない。諦めてるんだよ」


 悲しすぎる諦めかただねと溜め息まじりでそう溢す。妹にこんな扱いされている兄の方が十分悲しいんですけどね。もう嫌だ。この話終わりたい。


「そういえば、兄さん今日学校はどうだった?」


 俺の願いが届いたのか話題は別の方へと舵が切られた。だが、学校のことなので結局俺が罵倒されるのは目に見えてるんだが……


「学校? うーん……まぁ普通……?」

「普通って……しかも何で疑問系? もっと他に無いの? 例えば友達とどっか遊びに行くとかさー」

「んなもんあるわけねぇだろ。そんなイベントが発生しようもんなら全力で逃げるわ」

「どんだけ拒んでるのさ……じゃ、今日一日何してたの? あ、授業を受けてたとかはなしね」


 うわぁ……早速逃げ道塞がれたよ。


「それと学校に行って帰ってきたってのもなしね」


 そう言って心温は舌を出してテヘペロってな具合で悪戯っぽく笑う。

 兄の逃げ道を塞ぐとかこいつ悪魔だろ。そんなに俺を追い詰めて何が狙いなんだ。


「さぁ兄さんっ! 正直に答えるがいいっ! 兄さんは学校で授業以外の時間は何をして過ごしていたのか!?」


 ノリノリでグイグイ迫りながら質問をしてくる。

 何でそんなにテンションが高いんだよ。つか、どこの司会者なんだよ。

 お前のそのテンションに兄さん恐怖でしかないんですけど。マジで怖いです。


「えーっと……休み時間は寝たふりをして、昼は学食にいたけど逃亡して屋上にいた。帰りは当たり前だが授業が終わると同時に速攻で帰ってきた」


 何これ。自分で言っていてすげー惨めになってくるんですけど。

 豆腐メンタルが踏み潰されそうな気分ですよ。


「じゃぁ明日からは誰か一人でもいいから話をすること。それが今の兄さんの宿題ね。んで、誰と話したのかを私に報告すること。あぁ……女子だったらいいなぁ。お義妹さん候補とか……うへへへ」


 何を期待してるんですかね。俺が女子と話せるわけ無いでしょ。

 てか女の子がそんなみっともない顔すんの止めなさい。


「……てかお前、先輩待たせてるんだろ? 行かなくていいのか?」

「あっ! 兄さんのせいで完全に忘れてたよ!」


 そう言って心温はバタバタと二階へとかけ上がっていった。

 何でもいいけど人のせいにするの止めてね? 昔を思い出しちゃうから。

 慌ただしい心温を見送りつつ、俺はリビングへと入った。

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