#3 生徒指導


「この度はウチの生徒がとんでもないお騒がせを……本当に申し訳ございませんでした」


 新宿駅の事務室から出る歳に、駅員と騒ぎの通報を受け駆けつけた警察に頭を下げる女性職員。どうやら生徒指導の担当らしい。

 俺は悪いことはしてないと考えていたため頭を下げる気なんてなかった。むしろ被害者だと言いたいぐらいだ。

 だが、そんなことを見破ったかのように、先生が頭を下げると同時に後頭部を鷲掴みされそのまま下へと押し込まれた。

 俺悪いことしてないんだけけど。理不尽だ。

 何故こうなった……。


 その後は先生の車に乗って学校へと向かった。移動中の車内は互いに無言で車のエンジン音しか聞こえないという緊迫した空気に包まれていた。結局一言も喋ることもなく学校に到着。車を降りて教室に行かされることなくそのまま生徒指導室へと連行された。

 中に入り、先生がドアを閉めると突然尋問が始まった。


「さて塩屋。一体どういうつもりだね?」

「えっと……何のことでしょう?」


 本当に何のことなのかわからん。

 ……いや。ある程度のことは予想はついているけど。


「惚けるでない。新宿駅での騒ぎの話だ。まさか忘れましたとは言うまいな?」


 あぁ、そのことか。忘れてないよ?ってか忘れられねぇよ。接触キスさせられて、冤罪かけられて、罪人にさせられそうになるとか間違いなく俺のトラウマリスト入りでしょ。


「言っておくが、私も女だがあの子と同じような手には引っかからないからな?」

「何を言っているのさっぱりわかりませんが、俺が先生にやるわけないでしょ。大体歳の差を考えてくださいよ。先生なんてもう───」

「……ふんっ!」

「ぐはっ……!?」


 何で今殴られた!? 殴られる理由が見えてこないんですけど!?


「……これ以上続けるようであればもう一発食らわせるぞ?」


 満面の笑みでロクでもないことを口走る。

 怖っ! この人超怖い!


「はぁ……話を戻すが、被害届が出ていないだけ君は随分と救われているんだぞ?」

「被害届? 救われている?」

「あの女子からも、君が蹴った男性ひとも、駅事務室の備品を蹴飛ばしたのも、何れも(被害届が)提出されていてもおかしくないんだぞ?」

「被害届ねぇ……」


 俺が呻るようにそつ呟くと先生は怪訝そうな顔で覗き込んできた。


「何か言いたいことがあるようだな」

「そりゃもちろん」

「ふむ……聞こうか。但し、内容次第では一発飛んでくることだけは頭に入れておけよ?」


 何で殴る前提なんだよ。怖ぇよ。

 まぁいいや。まずは俺の言い分を聞いてもらうとしよう。


「まず、俺も被害者の一人ですからね?」

「ほぉーう……?」


 この現状でそんな面白い戯言を言うとはいい度胸だ。目でそう訴えつつも手の関節をバキバキ鳴らし、俺の腹部をターゲットとして捉え、右腕を突き動かす準備に入る先生。

 口元は笑っているが目が笑ってない。


「待って! 殴らないで! 俺の話を最後まで聞いて!」


 必死になってそう叫ぶと一応は話を聞く気になってくれたのか、一先ずは拳を下ろしてくれた。


「そもそも、先生はどんな内容で連絡を受けたんですか?」


 多分簡単にしか伝わってないんだろう。そう思った。

 いや、そんな予感がした。

 だからこの質問をまずはぶつけてみた。

 自分の正論を語る上で必要事項だ。聞かずにはいられない。


「お宅の生徒が痴漢をした上に別の乗客に暴行を加え、挙句の果てには駅事務室で暴れまわっている。今すぐ迎えに来てくれと」

「……やっぱりそう言うことかよ」


 俺の予感は見事に的中した。簡単にしか先生には伝えられてなかった。

 新聞記事やニュースなどのタイトルなどと言った簡単で印象が強い部分しか言わず、詳しい内容やその場でのやり取りなんてものは一切明かさない。

 このトラブルを早いこと終わらせたい大人の身勝手で無神経で汚いやり方。

 加害者の言い分なんて一切耳を傾けず、一方的決め付けを押し付ける汚い手段。

 ホント……つくづく嫌気が差してくる。


「……どういうことだ?」


 一方の先生は俺が何が言いたいのか汲み取ることができず渋い顔を浮かべていた。


「俺があそこで発した発言は先生には全く伝わってないし、完全に俺が悪者扱いされてるってことですよ。まぁ、悪者扱いされるのは慣れてるんですが」


 確かに慣れてはいる。

 けど、あの内容は納得できない。

 あの男のあの顔は何だ? 思い出しただけでも虫唾が走る。


「何となく君が何が言いたいのかわかってきたが一応念のためだ。詳しく頼む」


 さっきまで俺のことを殴ろうとしていた先生は椅子に座り込んで詳細を聞かせろと請求をしてきた。

 そんな先生の要望どおり新宿駅に着くまでの何が起きたのか包み隠さず全て話した。


「……なるほど。そういうことか」


 数分間の生徒の演説を聞き終え、タバコに火を点け、煙を吐きながら納得した声を上げる先生の姿があった。

 ……てか、タバコ吸っていいのかよ。今のこのご時世は学校も総合病院も敷地内全面禁煙のはずだろ? 禁煙の二文字はどこに消えたんだよ。


「彼女とキスしてしまったのは事故であり、君の背中を押し続けた人が君に罪を被せようとしたから蹴って、事務所でも君の言い分を一切無視されたから暴れた。そう言う事なんだな?」


 俺の話を全て聞いて、完結的にまとめて俺に確かめてくる。


「はい。その通りです」

「まぁ、彼女に関しては事故だってことを認めよう。だが、残りの二つの行為は正直よろしくはないな。下手すると君が捕まり訴えられる可能性だってある」

「その時は……その時ですよ」


 そんな返事を返すと先生はやれやれと首を横に振りながら大きなため息が零れた。


「君は何もわかってない。君だけの問題だと思ってるのかね?」

「それは……」


 そういわれると何も言い返せない。正直、後先のことなんて考えてなかった。


「例えば、君が訴えられ備品の修理代や侵害賠償、慰謝料などが請求された場合、その請求は直接君のところには行かない。君は高校生であり経済力なんて皆無なんだからな」


 皆無は言いすぎじゃないですかね。バイトしてる他の生徒たちの経済力はどうなるんだ?

 そんなことを思っていると、先生は持っていたタバコの火を灰皿に押し消して話を続ける。


「じゃぁその請求───支払い義務は一体どこに行くのか? 君の保護観察義務である親御さんに行くんだよ。君は自分がやった行動で家族を苦しめるつもりなのか?」


 確かに支払いなどが発生した場合、俺一人だけで支払うのは困難だ。

 よって、間違いなく親に請求が行くことになる。

 それに、誰か一人何か事件を起こせば事件とは無関係な家族まで世間からは白い目で見られ、いろいろと拒絶される。親たちはもちろん学校で楽しく過ごしている心温にまで影響が行く。

 そんなことがあってはならない。


「どうやら私の言っている意味が理解できたようだな。まぁこれからは後先を考えて行動するように。それだけだ」

「わかりました。けど納得はしてません」

「君も頑固だな。まぁいいだろう。この話は終わりだ。次」


 次っ!? え、待って。俺他に何かしたっけ?

 思わぬ台詞に困惑していると先生が右腕を差し出し手で何かを要求している。


「持ち物検査するからカバンを見せなさい」


 何で突然の荷物検査? 一瞬そんな疑問が脳裏に浮上するもすぐに霧消する。荷物検査なんて事前通告して行うよりかは突発的に行ったほうがよっぽど効果的だろう。粗捜しにはピッタリかもしれないな。

 特に見られたら困るものも入ってないし、逆に拒むと余計怪しまれるし素直に見せるのが一番。

 そう判断した俺は何も言わずそのまま先生にカバンを渡した。

 一方で、すんなり渡された先生はどこか不思議そうな顔をしている。


「意外と素直に渡すんだな」

「別に見られて困るものは入ってないんでね。それと意外とって言葉は余計ですよ? 俺なんて素直さの塊でしかないでしょ」

「隈まみれの目つきの悪い男が何言ってるんだか」


 先生? 生徒をそんな風に貶すの止めてくれませんか? ここで首吊りますよ?


「よし。問題なさそうだな……」


 そんなこと言った後カバンの中を漁っていた手が突然止まり何かをじっと見ている。


「どうしたんですか?」

「ん? あぁ……何でもない」


 何だったんだろうか。気になるけど触れないでおくとしよう。


「よし。チェック完了だ。そろそろ行くとしようか」


 そう言ってカバンを俺に返して部屋から出ようとする先生。ん? 行く? どこに行くんだ?


「今度はどこに連行されるんですか?」

「人聞きの悪いことを言うんじゃない。君の教室だよ」


 あぁ。そう言うことですか。気づかなくてすみません。そんな呆れた顔しないでくださいよ。

 生徒指導室を出ようとしたその時、何かを思い出したかのように「そう言えば」と声を少しばかり張り上げてこちらに振り返った。


「君に一つ課題を提出してもらう」

「課題ですか」

「そうだ。内容は将来に向けた活動計画を論文形式で出してもらう」


 論文形式で私生活と学校生活の今後の計画を書けとか何てめんどくさいことを……


「必ず出さないとダメですか?」

「あぁ。必ず出してもらう。別に何枚も書けとは言わない。一枚だけでもいいぞ?」

「ちなみに逃げた場合は……」


 続きを言おうとしたが、先生の右腕が何やら獲物を捕らえるような体制に入っていたので止めた。


「どうしてもコレが受けたいなら別に構わんが?」


 そう言って拳を見せつけながらニッコリと微笑む先生。

 だから目が笑ってないんだって! マジで怖いから!


「そんなに難しく考えなくていい。君がこれからどうしたいのかを書いてくれればいいんだ」


 随分と簡単に言ってくれるが、今後の事なんて何も考えてなかった俺にとってはかなり重大な課題と言っても過言じゃない。

 自分がやりたいことねぇ……

 今すぐ家に帰って体力を残すためゆっくりまったりとゴロゴロ過ごす。

 ……殺されそうだから書かないでおこう。


「さて、伝えることも伝えたことだしそろそろ教室に向かうとでもしよう」


 先生との話し合いが終わって二階にある生徒指導室から出て教室へと向かう。


「そう言えばさっきから気になっていたんだが、君は十分な食事と睡眠は取っているのかね?」


 移動しながら横目でこちらの顔色を伺いつつそんな質問をしてくる。


「また突然ですね。まぁそれなりには」

「そうか。さっきから思ってたことだが、君の顔色があまり宜しくない。あと、目つきがさらに宜しくない」


 最後の一言がスゲー余計なんですが……

 俺の目、そんなに怪しいんですかね?


「俺の目つきのことに関しては触れないもらえますか? この目は元々ですよ」

「なるほど。いや、我が校の生徒の体調を管理するのも我々教師の仕事なもんでな。君の顔色を見て少しばかり心配になったんだよ」


 あぁ、そう言うことですか。

 確かに教員という立場から見れば、生徒の顔色が宜しくなかったら心配にもなるんだろう。


「お気遣いありがとうございます。俺は大丈夫なんで心配しないでください」


 素直に感謝の意を示しそう返事するとどこか安心したように笑みをこちらに向けてくる。

 気に入らないことがあれば殴る! って行為さえなければスゲーいい人なんだけどなぁ……


「そうか。大丈夫なんだったらいいんだ。それと、君には後々には私が指定した部活にも参加してもらうからそのつもりでいるように」

「えっ……何の?」

「君にしかできない部活だ」

「いや説明になってないし。そんな得体の知れない部活なんかに入りませんよ?」

「君に拒否権は与えてないし強制参加だ。逃げた場合はどうなるかわかってるな?」


 えぇー……

 何でそうなるんだよ。部活なんかやらずにさっさと下校して行きたいとこがあるんですけど。

 つか、部活って普通ならば生徒が自由に決めるもんじゃねぇの? 教師指定の部活動ってどんな部活動だよ。


 先生とそんな話をしながら歩いているとドアの前に立ち止まって、着いたぞと俺に知らせてくれた。

 話しているうちにいつの間にか教室の前にまで到着していたようだ。ドア上の看板には“1-9”と書かれている。

 ……これでもまだ一部なんだよなぁ。生徒多すぎだろ。何クラスあるんだよ。


「先生、中に入る前に一つ確認があります」

「何だね?」

「俺が遅れた理由、伏せてくれてるんですよね?」


 この事をネタに変に話しかけられたり絡まれたりするのは面倒臭い。

 そんな面倒事は初っぱなから排除しておく必要がある。


「安心しなさい。他の教員は君が入院してたのは知っているが、生徒にはあの事は話してないよ。話がそれだけなら入るとしよう」


 話に区切りをつけた先生はドアを開けて先に中に入った。俺もその後をついていく様に中へと入った。

 教室内は仲がいいもの同士でグループができているが、一部では独りで本を読んでいたりゲームをしている生徒もいた。あとは二人一組で話に花が咲いて盛り上がってたり。

 とにかく、一年九組は盛大に騒が───賑やかな環境になっていた。


 教室内にいるグループの中ですぐに目についたのが金髪ロングヘアーでオールバックにし制服もボタン全開でピアスをいくつも身に付けている男子。この教室にいる生徒の中で一番声がでかくて、喋り方も一番印象深いため物凄く目立っていた。言うならば、ヤンキーかチャラ男ってやつ。

 見た感じだと後者の方が正しいかもしれない。その男は近くでマンガを読んでいるアニオタ系男子の背後から近づき、覗き込むや否や「なんやこれ、めっちゃ面白そうやんっ!! ちょいと貸してくれやっ!」みたいな感じで読んでいる最中にも関わらず奪い取っていく金髪の男。

 一言声をかけたから大丈夫だと思ってるんだろうが、ほぼ強引に奪われたアニオタ系男子からの“いいよ”といった明確な許可なんてものは出てないし、すごく嫌そうな顔をしている。ハッキリと拒みたいがその勇気が出せず、どうすることもできないといった状態に陥っていた。

 よって金髪男に事実上強奪されたにすぎない。


 なにココ。こんな中で俺は学校生活を送んなきゃなんねぇの? 嫌なんだけど。誰一人馴染めるやつがいない自信がある。むしろそれしかないでしょ。

 面倒くさいことに巻き込まれるのも嫌だし。

 このまま誰とも関わらないで独りでいた方がよっぽど平和だ。

 クラスの空気を実際に見てそんな判断に至り、今後の俺の学校での過ごしかだ。

 授業はちゃんと受けて昼食時間になれば一人になれる場所で飯を食うことにしよう。


「おーし、お前らー席につけー」


 先生が教室内に入るなり語尾が少し延びるような口調で、教室内の生徒に声をかけた。

 えっ? 待って。あんた担任だったの? 俺聞いてないんだけど? てか、この人が担任でかつ生徒指導担当ってことは俺完全に監視されるパターンじゃん。

 ……最悪なスタートだなこれ。

 先生が教壇に着いて黒板に俺の名前をフルネームで書き出して紹介をする。


「諸事情の関係上一ヶ月遅れだが、今日からこのクラスに入る塩屋だ。みんなよろしく頼むぞ」


 先生のそんな紹介に対しわかりやすい返事などは無かったが、各自小さく頷く様子は伺えた。


「じゃぁ、そこの席が空いているからそこに座ってくれ」


 そう言われ指定された席は一番後ろでかつドアが近い席だった。

 うんいい席だ。下手に干渉されることもなく、休み時間や移動の時間、昼や下校になればすぐに逃亡することができる。まさにベストポジションだ。

 但し、あの担任に捕まらなければの話だが……。

 俺が席に着いたのを確認すると午前中のショートホームルームが開始。簡単に出席確認を取り、連絡事項を聞いて後は、俺にとって高校最初の授業が開始された。

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