マイノリティ・リスペクター

Monjiroh

マイノリティ・リスペクター

「手を上げろ! SF警察だ!」


 薄暗い部屋の中、僕がモニタを前にタイプしていると、突然むくつけき男が踏み込んできた。『ミスト』のトーマス・ジェーンがサングラスをかけて警官の服を着たらこうなる、そんな容貌の男だ。


 その男は片手で銃を構え、片手で手帳を突き出し、


「貴様の書いた小説は重度のSF設定罪で過疎ジャンル送りとする! 何が一人称語りで読みやすいファンタジー作品だ、ラノベのフリしやがって! ガチガチの科学考証、シーンだけを積み重ねて説明するミステリー構成、トんだSF野郎だ! 貴様、『たったひとつの冴えたやり方』に『サバイバル・オブ・ザ・デッド』の文法を仕込んだな!?」


 何故、それを……。


「甘く見るな!」


 銃床でしたたかに僕の頬を打ち付けるSF警察。それから僕のこめかみに銃口を押し付け、


「『順列都市』は?」


 下巻が最高。


「それがいかんのだ!」


 SF警察の再びの殴打で、僕は床にはいつくばった。仰向けになった僕の眉間に突きつけられる、SF警察の銃口。『レポゼッション・メン』に出てきそうな、大雑把な造形の銃。


「諦めろ、貴様には骨の髄までSFの血が流れている。腰どころか頭までSF沼にズッブズブだ。お前の小説は大衆に好まれない。だからSFという過疎ジャンルでひっそりするしかないんだよ」


 僕はただ、多くの人に読んでもらいたかっただけなんだ。


「言っただろう。シーンを積み重ねるミステリーの構成、そんなものに科学的な味付けをしてみろ、明らかなマニア向けだろうに」


 SF要素を組み込まれた娯楽作品だって沢山ある筈だ。一体何がいけない。宇宙を舞台にしただけでSFだと言い切るのは乱暴に過ぎる。


 僕の言葉にSF警察は手帳を投げ捨て、僕の体の上に圧し掛かった。それから僕の頬を殴り、


「『EP7』のことは言うな! 掴みとしての構成を重視して尺を間違えただ!? よくそんなことが言えるな! 貴様もカイロ・レンの素顔を見てがっかりした口か!?」


 アダム・ドライバーはサム・ライミの映画に出てきそうな顔をしているな、と思っただけだ。彼の本領が見たいなら『ブラック・クランズマン』をオススメする。スパイク・リーは分かってる。


「『EP9』は詰め込みすぎだと?! ルーカスじゃないんだから当たり前だろう! ドキュメントの手法で情感を抑え、一定のテンポで叙事詩として見せる、それが『EP1~6』だ! 個人に焦点を置いた『EP7』に旧作のような俯瞰図を求めるな! 『EP8』を観れば一目瞭然だろうに!」


 エイブラムスは僕にとって薄味だが、レンズ・フレアはわりと好きだ。


「レンズ・フレアは『ST』だけで充分だ!」


 激昂しながら僕の頬を殴るSF警察。振りかぶった拳が積みかさねられた映画の山を崩し、ソフトが床に散乱する。タイトルは『ミスター・ノーバディ』、『わたしを離さないで』、『グッド・キル』、『アルファヴィル』……。


 SF警察は僕の体の上で落ち着きを取り戻し、


「そもそも、貴様の小説はプロットが駄目だ。序盤でさっさと俺TUEE感を出さなければ、読者は安心を得られない」


 そんなことは僕だって分かっている。ヒーローは苦戦しない、カート・ウィマーの持論は組み込んだ筈なんだ。それに、活躍の場を見せるには準備が必要だ。段階を踏ませるための尺を、僕は無駄とは思わない。


「努力を必要とする娯楽を、大衆は認めない」


 銃を床に放り投げ、煙草に火を付けるSF警察。


 やめろ、僕の部屋は禁煙だ。


 僕が言うと、SF警察は舌を出し、その舌に煙草を押し付け火を消して見せた。『イースタン・プロミス』のヴィゴ・モーテンセン……。


「貴様がこの一年で最も勃起した作品を言ってみろ」


 ニール・マーシャルの『ヘルボーイ』だ……。


「そら見ろ」


 SF警察は下卑た笑いを浮かべ、煙草の吸殻を床に捨てた。


「まだ勘違いをしているようだな。貴様にとっての男の映画は?」


 スコット・クーパー監督、チャンベール主演の『アウト・オブ・ザ・ファーナス』とジョー・カナハン監督、リーアム・ニーソン主演の『ザ・グレイ』だ。


「ご丁寧に監督と主演も付けやがって。そんな新しい映画で俺が騙されると思ったか? ミーハーぶるな、原点を言え」


 キャロル・リードの『第三の男』……。


「思った通りだ。どれ、貴様の腐った性根を白日の下に晒してやる。『ドラゴンボール』はどんな話だ、言ってみろ。知ってるだろ? 『ドラゴンボール』だ」


 絶滅の危機に瀕した宇宙人が我が子を小さな宇宙船に乗せ、宇宙に脱出させた。赤ん坊の辿り着いた星は地球。赤ん坊は気のいい老人に拾われ、地球人として育てられた。赤ん坊は少年になり、一人の少女との出会いを通じて社会を知る。しかし、異星人としてのフィジカルとメンタル、何よりも周囲の環境が少年を地球人として生きることを許さなかった。そんな悲しい戦闘民族の生き様を描いた大人気作品……。


「そら見ろ! お前さんは何も分かっちゃいない!」


 嬉しそうな雄たけびを上げ、再び僕を殴り始めるSF警察。


「頭カラッポの方が夢詰め込めるんだよ!」


 ひと際重い一撃を浴び、僕の意識は朦朧とする。そしてSF警察はポケットからメリケンサックを取り出し、その右手に嵌めて見せた。メリケンサックは金ピカで、十字架の意匠が彫ってある。


 SF警察はその拳に口付けをして、


「極楽に行かせてやるぞ。これは『GS美神』か?」


 ああ、違う。

 そして僕は諦めたように目を閉じる。


『コンスタンティン』だ……。

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