第20話 夏休み

  二十話 夏休み


 理事長の素早い挨拶で、いよいよ夏休み。

 初日から、なんと、温泉地に向かうことになった。

 なんでも、あの思い出すのもおぞましい俺のゲームの売り上げが百万本を突破したらしい。

 泣きたくなるけれども……

「わぁ! 畳だー! ごろごろー!」

 こんな楽しそうな美空を見れたんだから、良い気もする。

 文字通り、ゴロゴロと畳の上を横向きに転がっている美空。

「いい匂いっす。和の心っすね」

 座布団に座って満足そうな瑞葉。

「だにゃー。お土産の抹茶饅頭、食べるにゃん?」

「もう買ってきたの? そしてここで食うの……?」

 相変わらずフリーダムな姉さん。

「こらこらお前ら。運転してきてやった顧問様を崇めろ」

「ありがと、矢車先生!」「どもっす」「ありがとにゃーん!」

「おう、よきにはからえ。紫苑、お茶。猫葉、饅頭くれ」

「はいはい」「はいにゃーん」

 矢車先生は相変わらず偉そうだけど。

 ふと、お茶を淹れている途中で思った。

「……姉さん、まさか一室だけ?」

「そうだにゃん」

 いや、やっべーぞこれ。

「いろいろ問題があると思うんだけど……」

「お前は、襲わないって信じてるぞ」

「……まぁ、いいか」

 処理もしてきたし、大丈夫だろう。

 にしても、誰もいないな、この旅館。

「予約はミーたちだけ。貸し切りだにゃん!」

「え、貸し切りにしたの!?」

「お金は使わないと」

 ……恐ろしい。いくら持ってるんだ、姉さん。

 まぁ小さな旅館だからいいけど、普段一泊してもそこそこするぞ、見た感じ。

「お風呂は混浴だから、みんなで入ろうにゃーん」

「にゃーん!」「にゃー……にゃっ!?」「……みんな?」

 まさか……

 俺も?



 俺もだった。

「こ、ここ、こっちみないでよ、紫苑!」

「壁の方向いてるから」

「せっかく白濁湯のとこ選んだんだから見ればいいのにー」

「猫葉……。ていうかいいように丸め込まれてんじゃねえよ紫苑!」

「だって……あの呪いのゲームの攻略対象としてモチーフにされたって情報をリークするとか言われたら……あまつさえインタビューとか向かわせるとか脅されたら……」

「あー……あのゲームな。プレイ動画見たぞ。まんまお前だったな」

「たまーに声を掛けられます……」

「でもあのゲーム面白かったっすよ。ドキドキしたっす」

「おいこら、こらおい! あれは十八禁!」

「……」

「美空? まさか……君も!?」

「え、エッチなシーンは飛ばしたから! そう白雪先輩にお願いして作ってもらったから!」

「全年齢版だにゃん! でもシーンカットが露骨すぎていつの間にか一線超えてる近さにゃん。エロゲあるあるだにゃん」

「いや、知ったこっちゃないけど……」

 にしても、ここの温泉はいいな。

 ぬるま湯で、適度にとろっとしてて。じんわり染みていくような。

 お肌にもいいだろうな。

 お土産屋の化粧品を少しみておきたい。

「あ、リンス買って来るの忘れたにゃん」

「はい、白雪先輩」

「みそらんちゃんありがとにゃーん!」

「ボディソープないっすか?」

「お前ら風呂なげえな」

 ……。

 何というか。

 本当に紗耶香さんの言う通り、女性の風呂は長かった。



 牛乳一気飲みの儀式と卓球、懐石の夕飯を終え、寝ることになった。

 何故か、俺がど真ん中。右に美空、紗耶香さん、左に白姉さん、瑞葉と続く。

「……」

 甘い香りが部屋中を支配して……。

 ね、眠れねえ……。

「……紫苑、起きてる?」

「起きてるよ、美空」

「……楽しい?」

「……楽しいよ」

「そ」

 男らしい割り切り方をして、彼女は眠ってしまったようだ。



「……紫苑、寝てる」

「昨日あんま寝てなかったからな。そっとしといてやれ」

「誰にも手を出さなかったにゃんね」

「出したら出したでビビるっすよ」

「ま、そうよね」

 ……。

「……好きよ、紫苑」

 そう耳元でささやかれたのはバッチリ聞いていたけど。

 俺は答える勇気はなく、そのまま眠りにおちていった。

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