第19話 いらない報告

  十九話 いらない報告


「……」

 白姉さんの勤めている会社から、ゲームが送られてきた。

 なんでも、男性一人を攻略するゲームらしいが、俺に送ってどうするんだ。

「……やってみるか」

 やらないと白姉さんがうるさそうだし。



 ダイブして、そのゲームを始める。

「やあ」

 現れたのは……

「なっ!?」

 俺だった。

 寸分の狂いもなくモデリングされている。筋肉の付き方も、表情の動かし方も、何もかもが俺だ。声まで俺に似ている。

「どうしたんだい? そんなに困った顔をして」

 そりゃ仮想空間とはいえもう一人の俺に出くわせば困るわ。

「心配しないで。俺は……君のモノだよ」

 ――ひぃぃぃ!?

「ダイブアウト! ……? ダイブアウト、命令、ダイブアウト! あれ!?」

「ダメだよ。逃がさない。……ちょっとうるさいから、唇をふさがせてもらうよ。唇でね」

「え、ちょ、やめろ、マジで!? ちょ、いやだ! だ、ダイブアウトぉぉぉぉぉ!」



 相談部に駆け込んで、かくかくしかじか。

「……」

「はい、ごめんなさい……。出来心だったんです。でも、会心の出来だから一個記念に自宅に送ろうかと思って間違えちゃって……あ、はい。ごめんなさい」

 とりあえず白姉さんをひっ捕まえて、正座させている。

「何本売った」

「ギクッ」

「これが個人製作なわけないよね。声優まで捕まえて、いくらで売ったんだい?」

「ほ、ほーら、ネットでも大評判! イケメン高校生をデザインして作られた十八禁の……いたいいたいいたいいたい!?」

「反省の色がないんだよなぁ……!」

 ギリギリと片手で彼女の頭をわしづかみにする。

「ご、ごご、ごめんなさい! 発売してごめんなさい! エロゲなのに九十二万本のスーパーヒット商品でごめんなさい!」

「やめんか!!」

「り、利益還元! 還元するからぁぁぁ! 許してぇぇぇぇっ!」

「……ったく」

 もう売ってしまったものは仕方ないし。

 なるほど、街に行くと変な視線が飛ぶなと思ってたらそう言うことか。

「ちょっと、相談部でいいとこに旅行でも行こうか」

「にゃーん! さすが、弟君は優しいにゃん!」

「え、姉さんも来るの?」

「えええ!? つ、連れてってよぅ、弟くーん!」

「冗談だよ。……じゃ、手配は任せた」

「はいにゃーん!」

 まぁ、この人も一応十八歳だし、大人の仲間だし……変な場所にはいかないはず。

 多分。

「……」

「どうしたの、姉さん」

「しおんちゃん。今、楽しい?」

「え……?」

 不意に、ドキリとする。

 女性的なモノを感じた、とかじゃない。

 心の奥底を覗かれてるような――そんな気分だった。

「お姉ちゃんはね、楽しいよ。みそらんちゃんもみずはすちゃんもかわいーし。しおんちゃんとも一緒にいられる。でも、しおんちゃんは? 楽しい?」

「……」

「……貰い子のこと、気にしてるでしょ、最近」

「……よくわかるね」

「血は繋がってないけど、お姉ちゃんだもん。……どうしたの?」

「……最近、楽しくて……時折、ゾッとする」

「何で?」

「俺が……こんな、当たり前のような一家の日常に溶けていいのかって。俺は母さんを――」

「違う」

 ぴしゃり、と彼女は言うが、俺は首を振った。

「……調べてもらった。探偵の人に。俺の母親は、確かに――俺を産んで死んだ。それを父親が捨て蒸発。……俺は、もう誰かを殺してしまってるんだ」

「しおんちゃん……」

「姉さんは、知ってたんでしょ?」

「うん。……ミーも、調べたから。納得がいかなくて」

「だろうね。その質問をしてくるなら、納得がいくよ」

 知られていたことに怒りは覚えない。

 ただ、沼のような罪悪感に、心が沈んでいく。

「……のうのうと、生きてていいんだろうか。父親を無理やりにでも探して、謝罪する方がいいんじゃないだろうか。益体もないことだし、誰も喜ばないけど……つい考えてしまう。もうできないと思っていた子供も生まれているし、俺は……不要な存在なのかって、思ってしまう」

「……」

「必要とされたくて、好かれようと頑張っていても……時折、チラつくんだ。若くして死んだ母さんが、それを恨んでるんじゃないかって。……俺は、やっぱり……楽しんでは、いけないんじゃないかって……」

「そんなこと、あるわけないじゃない!」

 いつの間にいたのか、美空が声を上げていた。

 彼女の瞳には、まっすぐな炎が灯っていた。ごうごうと強く輝き、俺を睨みつける。

「いい、紫苑! 家族ってのは血のつながりがあるようで、実は全然ないのよ! 血がつながった事実があるだけの他人なの!」

「ちょ、みそらんちゃん!」

「死んだ母親くらい何よ! アンタは、アンタじゃない! いつもみんなに好かれてる、優等生の紫苑でしょ!!」

「死んだ母親くらいだと……ッ!!」

 思わず胸ぐらをつかんでいた。

「羨ましいね、ぬくぬくと育ってきて、努力もせずに高校にも入れたお間抜けってこんなに厚顔無恥なんだな! 俺にとって家族は大切なんだ、特殊なんだよ! 知らないからな、今だって新しい家族とは手探りだし、遠慮はするし演じたりもする! 気が休まる場所なんてない!」

「ある!」

「言ってみろ、それはどこだ!」

 逆につかみ返されて、抱きしめられた。

「……ここに、あるじゃないの!」

「……え……?」

 あまりにも唐突過ぎて、頭がついていかない。

 俺は、美空に抱きしめられていた。

 気が付くと、力が抜けていく。同時に、沸騰した脳が落ち着いていく。

「寂しいこと、言わないでよ……! そりゃ、アンタに比べたら……アタシは馬鹿だし、努力もしてないし……でも、ダチ公でしょ! 親友は……相棒は、ダメなところはダメって言って、いいところは褒めあえるの! そりゃ喧嘩もするけど……でも、あの日から……! アタシは、紫苑が大事なの! 楽しいことは一緒にいるともっと楽しいし、悲しいことも二人でいれば半分以下になるの! 紫苑に会って、友達ができて……教わったことが、いっぱいあるの!」

 感情が高ぶり過ぎたせいか、彼女も泣いていた。

 ……『も』。

 そう。俺も……泣いていた。

「……いいのかよ」

「何が?」

「俺は、嫌な奴なんだぞ。本当はネガティブで、人目を気にしなきゃ生きてられないような、弱い奴なんだ。君みたいに、強くない」

「でも、賢いじゃない」

「……」

「アタシは馬鹿で、無知で、気遣いとか……あんま上手じゃないけど、アンタが言うには強い人間よ。いいじゃない、補えてるわ」

「……やっぱり、美空は馬鹿だな。でも……素敵だよ」

 こんな、十七にもなろうという年齢で癇癪起こす俺とは、全く違う。

 素敵な子が、相棒だった。

「ま、そっすね」

 いつの間にか、瑞葉もいた。

「シオン先輩はもう少し口が悪くなった方が釣り合いが取れるっすよ」

「……瑞葉」

「ネトゲでのシオン先輩は、もう一人の自分っすよ。……いいじゃないっすか。もう少しだらしなく生きても。自分らがいるっす。そんな頼りないっすか?」

「……」

「うんうん。もっと頼るべきだにゃん」

「……ありがとう」

 変だな。俺は相談部の部長だったのに。

 ……いつの間にか、相談に乗ってもらっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る