第18話 誰が得するんだそんなモノ

  十八話 誰が得するんだそんなモノ


「お願い! 美術部の士気を上げるため、モデルになってほしいの!」

 そんなことを言われたのは、もう二週間で夏休みに入ろうとしている、夏真っ盛りなそのころだった。

 相談部には職員室のおさがりのエアコンが装備されていて、もともと業務用の広いヤツ専用だったので容赦なく部屋を冷やしていく。二十八度でも少し寒い。

 そんな具合なので紅茶もホットが淹れられる。とはいえ、みんなアイスティーがいいようで、濃くするために最近は茶葉の減りが容赦ない。

「姉さん、出番だよ」

「ミー?」

 頑張れナイスバディ。じっとしてるの苦手そうだけど。

「いや、違うわ。それに、今回はヌードモデルよ!」

 だとしたら……まさか。瑞葉がスタイルがいいことを見抜いているのか?

「だそうだよ、瑞葉」

「え、マジッスか!?」

「彼女でもないわ。プラス、モチーフは天使よ!」

 じゃあ……。

「……美空?」

「い、嫌よ! 好きな人以外の前で肌何か晒さないわ!」

 うん、順調に免疫がついているようで何よりだ。

 最近は少女漫画を瑞葉から押し付けられているようで、何やら少し女の子っぽさが増した気がする。

「彼女でもないわ!」

「……」

 無言で自分を指さすと、こくりと頷かれる。

 マジかよ。

「誰もテンション上がらないだろ……」

「少なくとも私はあがるわ! それに、総数二十一名のうち、二十人が賛成してくれたの」

「一人は男子? 女子?」

「女子よ。何か、刺激が強そうだから遠慮したいという話だったんだけど、甘いわ! エロス! これは美とは切り離せない究極のジャンル! エロス! ああ、エロース!」

 バン、と机をたたく美術部の部長さん。

 目には炎がギラギラと。こんな輝きは太陽だけで間に合っている。

「それに天使ってなんですか。俺は天使なんかじゃないですよ」

「いいの。これはあくまでも妄想を具現するという技術を養う一環だから」

「なんで男のヌードなんだ……」

「あ、完全なヌードじゃなくていいの。パンツは履いて、白い布を被せるだけ」

「……まぁ、それなら」

 渋々、受領する。

 まぁ美空達に投げようとしたけど、絶対止めてたし。

 いざとなったら「だったら俺を書けばいいだろ!」とまではいかなくとも、代役を紹介するつもりだったので、まあいい。

「なになに、ヌード? ヌードぉ?」

「セミヌードだね、姉さん」

「行くにゃん! ついてっていい?」

「いいわよ」

「じゃあ、自分も」

「あ、アタシも行くわ」

「……そんなに面白いもんじゃないよ?」

「「「いいの」」」

「……あ、そう」

 そういうことらしい。



 注目が集まる中、ぱっぱと脱ごうとして、止められた。

「ゆっくり! なるたけ、艶っぽく!」

「……死ぬほど無茶ぶりですね」

 鼻息が荒い一同を見て帰りたくなるけど、まぁやってみよう。

 シャツのボタンを一つ一つはだけさせ、シャツを脱ぐ。

 タンクトップのインナーを、ゆっくりめくりあげながら脱いで、そこに置くと、生唾を呑む音がどこからか聞こえた。

 靴下をぬいで、ベルトに手を掛けたところで、一人目を閉じた。初心だな。

 そしてパンツ一枚と頼りない姿になった俺は寝転がって、その上に白い布を纏う。

「おおおおおお! ブラボー! よし、全員妄想を羽ばたかせろ! 全員三十分、デッサンはじめ!」

 部長だけがエキサイトしているが、全員が真っ赤な顔で俺を見ていた。俺も照れは残るが、微笑んでみる。

「綺麗に書いてね」

「ごふっ」

 一人、鼻血を出してしまった。

「うわ、うわ、お、男の人の裸……」

「お、落ち着くっす。素数を、素数を数えて……一……ああ、だめっす。わかんないっす」

「ちょっと照れてるにゃんね」

 やめて白姉さん。追い打ちをかけないで。

 必死に我慢しつつ、終わるのを待つ。

「デッサン終わり! 一人一人見ていくから、並んで!」

「もう服着ていい?」

「ええ。ありがとう!」

 俺ももぞもぞと服を着て、各々持って来る。

 俺が天使になっていたり、人魚になっていたり、妖精になっていたり……中には狼男もいてビビった。

「これよ! このインスピレーション! 誰もが本来胸に秘めているこの情熱! これが見たかった……!」

 泣いてるし。

 ちょっとついていけないので距離を取る。

 と、数少ない男性部員が近寄ってくる。

「あ、あの、体の維持とかってどうしてます?」

「やっぱ、男でも肌とかに気を付けた方がいいんですか?」

「……そうだね。体の維持は運動と筋トレをコンスタントに続ける。習慣づけられたら最高だね。肌は洗った後乳液で保湿でいいと思うけど、気になったらパックをつかってみるといいと思うよ。あれは三分以上乗せると逆にこっちの水分を使うから気を付けてね」

「お、おっす」

「勉強になります」

「あら、やっぱり手入れはしてるのね」

「自分を磨くことには、頑張ってるつもりですので」

 まぁ、男のくせにというのもあるのだろうが。そこはスルーしておく。



 それから。

「し、しお……ごめん、向こう向いてて」

「え?」

「あ、や、こ、こっち見ないでくださいっす!」

「えええ!?」

「みんな初心だにゃー」

 何故かしばらくの間、美空や瑞葉は視線を合わせてくれなかった。



 ついでに、余談ではあるが。

 美術部勧誘のポスターに俺の大天使妄想の肖像画が使われていて、頭が痛くなった。

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