第15話 結婚式

  十五話 結婚式


「え? 浩輔兄さんが結婚?」

「らしいにゃー」

 珍しく、俺の家にまで押しかけてきた白姉さんがそういう。

 俺も今ポストを確認したら入っていた。結婚式の案内だ。

「一緒にふけない? めんどくさいにゃん」

 ……確かにめんどくさい。

 智絵も多分ふけるだろうけど……。

「うーん、確かに結婚式はどうでもいいけど……一応従兄だし。まぁ、見届けてから一緒にご飯でもいこっか」

「やったにゃん! えっと、何着ていけばいいんだっけ? ウエディングドレス?」

「主役を食う気か!? 制服でいいんだよ、俺達は」

「あの夏服は可愛いから目立つにゃん……」

「なら冬服でいいんじゃないかな。変にならないよう、俺も冬服で行くから」

「にゃーん! 優しいにゃあ!」



 とか言ってたのに。

「夏服じゃん!」

「えー、夏なのに夏服着ないのはおかしいにゃん」

 ……全く。

 上着を脱いだ。半袖なので、そのままでいい。

 冬用なのでちょっとズボンが暑いけど、まぁ耐えられないほどでもない。冬服と呼んでるけど、冬になると普通に寒いし。

 何にせよ、夏服を着た自分の姉を、有栖はいいなーと眺めていた。

「制服、かわいいなぁー。いいなー、あたしも着たい」

「有栖になら似合うと思うよ」

「えー、なにそれ。ミーは似合ってないと?」

「白姉さんは冬服のイメージだね」

「ま、確かにあれも可愛いにゃん」

 冬服は冬服の良さがちゃんとある。

 どっちかと言えば、可愛いタイプの制服が有栖に似合うというだけだ。

「なんか暇だねー、結婚式って」

「ねー、この後どこ行くにゃん? あ、せっかくだから有栖も来るにゃん?」

「え、抜け出すの?」

「俺が白姉さんを宥めるためだって言うから大丈夫だよ。来る?」

「行くー!」

 となったらしい。

「俺、兄さんに挨拶だけしてくるから」

「いてらー」

「いってらっしゃーい」

「あれ? ついてこないの?」

「あの人苦手」

「同じくだにゃん」

 有栖の方がキッパリと言った。まぁ、熱血だし正直で何事にも口を出すから、デリカシーがないと勘違いされるんだよな。

 とりあえず、道を聞いて、案内される。

「浩輔兄さん」

「おお、紫苑。来てくれると思ったぞ」

「……タキシード似合ってるよ、兄さん」

「そ、そうか? 正直、着慣れないが……」

 顔は整っており、どっちかというとワイルドな風貌の兄さんは、髪を寝かせて、紳士風になっている。

「それにしても、恋人がいたんだね、兄さん」

「ああ。オレにはもったいない人だ。だから、全身全霊を掛けて、あの人に尽くすんだ!!」

 ……こういう人なのだ。

 自分がこうと決めたら、燃え果ててでもそれを貫き通す。

 熱血主人公こと、工藤浩輔はこれから斎藤浩輔になるようだった。

「で、どうやってアプローチしたの?」

「押して押して押しまくった。相手の両親も同じように説得した」

「うわぁ……」

「勉強はできるが、オレにできるのは頼み込むくらいだからな! 押してやったとも!」

「で、来てくれると思ったぞって何?」

「ああ、いや。新郎紹介のスピーチを頼んだ友人が、ドタキャンをしてな。代わりをやってくれないか」

「俺でよければ構わないけれど、いいの? 友人に頼んだりは?」

「あいつらにも迷惑をかけた。これ以上、友人に迷惑はかけられんのだ」

「身内には掛けられるんだ」

「そういうものだろう?」

「確かに。いいよ、受けるよ。その後、俺と白雪姉さんと有栖が抜けるけど、気にしないで」

「ああ、了解。あの二人は、オレが苦手だったからな」

 そう笑った従兄の顔は、確かに、大人の顔だった。



『――続きまして、工藤浩輔様の紹介のスピーチを、代理で、従弟の工藤紫苑様が行います』

 拍手の中で、向こうの家族に一礼、そして、新郎新婦に一礼して、正面を向く。

「従弟の工藤紫苑です。兄を知る方はご存知でしょうけれども、彼は熱血で、誠実な人間です。そんな彼が心から幸せにしたいという人間と出会えて、そしてそれを認めて頂ける皆様という存在に、自分は感謝を申し上げたいと思います。若造ごときが長話をするのも恐縮なので、極めて簡潔に。ここにいる皆様、兄を認めてくださって、ありがとうございます。親族一同、同じ気持ちであると思います。……以上です」

 長くもなく、短くもなく。

 スピーチというのは難しい。

「満点だったぞ、紫苑」

「ども」

「あれ?」

 近づいてきた人影を見て……あ、やっぱりそうだ!

「美空さんのお父さん!」

「やっぱりな。知った顔がいると思ったら、お前か」

「あれ、知り合いなのか、紫苑。オレの先輩と」

「え? そういや兄さん、何の仕事だっけ」

「俳優だが? で、事務所の先輩の片桐栄治さんだ」

「よっす。なんだ、こいつの従弟だったのか、お前。そういや工藤だったな」

「従兄がお世話になっています。俳優だったんですね」

「おう。芸名も片桐栄治だから、栄治さんでいいぜ」

「なら、栄治さん。いつも美空さんにお世話になっています」

「世話掛けてんだろ、こっちの世間知らずがな。……また家に遊びに来いよ。あんま家にいないがな。必要ならヤれ」

「父親が娘に対してゴーサインださないでください……」

 そういえば、ふと思う。

「でも、兄さん。それにしては、カメラとか来てないみたいだけど?」

「これは親族のみのプライベート用。公に出す時には、色んな著名人が来るぜ」

「そうだったんですか」

「そっちの方がいいと先輩に言われてな。ま、退屈だろう。さっさと抜け出すといい。あいさつ回りが始まるぞ」

「げ。じゃあ、白姉さんと有栖を連れて行きますんで」

「ああ、若者同士、楽しくやるといい」

「またな、紫苑」

「はい、栄治さん。お幸せに、兄さん」

 そうして、人込みに混ざり、有栖と白姉さんの手を取る。

「こっそり、行こうか」

「うん」

「……そだね」

 そうして、窮屈な式場を抜け出す。

「んー! 何食べに行くにゃん?」

「有栖は食べたいものある?」

「そうだなぁ。あ、久々にラーメン食べたいな!」

「よし、行こうか」

「あー、いつものあれ?」

「あれ」

「うん、久々だしミーも付き合うにゃん!」



 ラーメン屋に入って、落ち着く。

「……結婚かぁ」

 それぞれ一杯を食べ、替え玉を俺と白姉さんが頼んだころ、ぽつりと有栖がこぼした。

「想像できる? お兄ちゃん、お姉ちゃん」

「ぶっちゃけ想像できないにゃん。いや、家庭を描くこともあるけれど、知識としてはあるけど……うーん、微妙な感じ。でも、しおんちゃんとは一緒にいたいにゃん」

「俺も想像できないけど、まぁ……世の中も変わったからねえ。結婚観に関しては複雑じゃないのかな」

 総理大臣はハーレム王とうわさされている、一夫多妻制許容を進めた男性――楠英雄首相。

 これは大きな波紋を呼んだが、結局、人々は順応していった。特に大きな問題も、今のところ浮上してはいない。

 時折、ドキュメンタリーで一夫多妻制の人を取材してるけど、まぁそんなものだ。

 根強いのはやはり一夫一妻の方。

「とはいえ、こんな世の中だからね。本人たちが幸せなら、一夫多妻制でも問題ないと思うけど」

「よーし、じゃあお姉ちゃんと有栖をお嫁にもらってにゃん!」

「えええええ!?」

 巻き込み事故。やめてやれよ姉さん。

 苦笑を返し、頷いて見せた。

「俺も白姉さんがなんだかんだ……ほっとけないからね。結婚はするかわからないけど、その時、俺を好きだったら俺を訊ねておいで、有栖」

「……う、うん」

「とはいえ、好かれる俺にはまだ遠いから、精進しないと」

「え!? お兄ちゃん、これ以上何を頑張るの!? 完璧じゃん、今も!」

「勉強もだし、仕事先探すのもだし……。魅力的な人脈、財産……人柄に、体形、ルックスの維持……ほかにも山ほどあるよ」

「そういう向上心のあるところが好きにゃん。決して慢心してない人間って、意外と少ないにゃんよ?」

「……ほわー。なんかついていけない。そのままでも充分カッコいいのに」

「ありがとう。でも、もっと頑張らないとね」

 俺は弱いから。――女々しいから。

 だから、強くなるために。

 頑張らないと、いけないのだ。

「あ!」

「どうしたの、お姉ちゃん」

「給料ポケットに入れっぱなしだったにゃん」

「ちなみに、おいくら?」

「六百万ちょいだったにゃん?」

「いや、にゃんって……」

 そんなもんポケットに突っ込んでおくなよ。

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