第13話 テスト明け
十三話 テスト明け
「……死んだっす……」
瑞葉ががっくりと肩を落とす。
紅茶――今日はダージリンのアイスティー。濁らないようにするのがちょっと難しい――を差し出し、席に座る。
「そんなにダメだったの?」
「アベレージ、50と言ったところっすかね」
「まぁ赤がないならいいんじゃない?」
「まぁ、そうっすけど……」
「アタシはやり切ったわ。多分、平均点八十じゃないかしら」
「くーっ、羨ましいっス……!」
「白姉さんはちゃんとテストに出ました?」
「ちゃんと出て、書いて、寝てたにゃん」
まぁ、その様子なら問題ないだろう。
メリアも手ごたえがあったらしく、泣いて感謝していた。まぁ、別にいいんだけど。
「にしても、テスト勉強頑張ったっすー。自分にご褒美が欲しいっすね!」
「甘いもの食べにいかない?」
「行くっすー!」
「お、甘い物! 女の子は大体好きだにゃん!」
「……俺も行く感じ?」
「来なかったら工藤家のティッシュ全部に媚薬を染み込ませておくにゃん」
この人が言うと冗談も冗談に聞こえない。
「行くよ……」
「それでいいにゃん」
それでいいらしい。
いつの間にか、美空の紹介してくれたロワゾ・ブリュは俺達のたまり場になっていた。
いつもの奥まった席に陣取り、帽子を置いたりパーカーのフードを上げたり猫耳を置いたりして、自由に過ごしている。
並んでいるのは、店名物の四キロパフェ。一人頭一キロも食わなければならない計算だが、八割減っていた。
思い返すと胸焼けがするので、紅茶を飲む。……良く食えるな。ホント。
「プールでも行きたいわね。実は、行ったことないの」
「そういえば、みそらんちゃん、どこで暮らしてたのにゃん? 一般常識欠落しすぎ」
「白姉さん……」
聞いちゃうのか。いや、俺も疑問だったけど。
「小学校と中学校は、私立の大鷺校だったわ。算数のできない問題児だったけど」
「うおお、全寮制の金持ち学校じゃないっすか! なんでまた天壌我原に?」
「うん、お金で入れる場所ってそこくらいしかなくて……」
「美空の成績なら、数学を無視して入試でも受かるんじゃない?」
「ダメだったの。受験で失敗して……。で、部屋にこもりがちだったから……」
「あー……。なるほど。だから知ってて当たり前のことをあんまり知らなかったんっすね」
そんな背景があったとは。
「そういえば、アンタの話も聞かせてよ」
「俺? 俺の話なんて、楽しくないよ?」
「いや、興味あるっす」
「うんうん」
白姉さんは知ってるだろ、多分。
……思い返す。
「……そうだね。嫌な子供だったな」
「どんな?」
「とりあえず謝れば大体許されると思ってた。子供だからって」
「うわぁ……」
「まぁ、確かに子供の特権っすけど……」
「うんうん、よくお姉ちゃんが暴走した時に謝ってたにゃん!」
「いやそこは先輩が謝るべきっすよ!?」
「それで、俺の従兄に言われたんだ。母方の従兄の方。男たるもの、他を謝らせる人間になれって」
「ああ、そんなのいたにゃんね。暑苦しいヤツ」
「えええ……親族っすよ……?」
「しおんちゃんしか構ってなかったから忘れてたにゃん」
相変わらず興味のないことには徹底して興味がないんだな。
まぁ、従兄は熱血を地で行く、ほら、旧世代の主人公みたいな熱い人間だったから、白姉さんとは劇的に合わないだろう。
「で、他人から謝らせるには完全無欠じゃなくちゃいけない。そんな人間になれたらいろんな人に好かれるかなって思って、完璧を目指しています。以上」
そんなものだ。俺の人生はぺらぺら。他人の言葉で決まってしまうような、しょうもない人生。
「友達はいなかったの?」
「特定の誰かと仲良くすることはなかったかな。白姉さんや有栖、従兄の浩輔兄さんとは仲が良かったけど。いや、白姉さん、俺達は仲がいいの?」
「ベストカップルだにゃん!」
「えー……」
「何で嫌そうなの! こんなに美人なお姉ちゃんなのに!」
「もっと、こう、美人と言えばさ。貞淑で、大和撫子で……」
「それあたしだにゃん!」
「それはない。断じてない」
「えー! そんなことないにゃん!」
「いや大和撫子はにゃんとか言わないし」
「プレイの時ににゃんにゃん言うかもでしょ!」
なぜ下ネタに……。
「プレイ? 遊ぶの? 祈るの?」
「ぐふふ、とても気持ちのいい遊びだにゃん!」
「あ、わかった! かけっこでしょ! あれ、一位になると気持ちいいわよね!」
「……」
まぶしい笑みに、白姉さんが黙ってしまった。
うん、純真すぎ。
「純粋無垢なのは、ある意味罪っすね、これ……」
「でも、純粋無垢な子も頂いちゃいたいゲスな自分がいるにゃん。無垢萌えにゃーん」
「性質悪すぎるでしょ……」
白姉さんの守備範囲半端じゃねえ。
俺は多分罪悪感の方が勝つけど。
「あれ? かけっこじゃないの?」
「かけっこはいいとして。プールだね」
強引に話を修正する。
「いいんじゃないかな。女水入らずで三人で行っておいでよ」
「さりげなく逃げるなっすよ!」
「ナンパ除けにゃん!」
「え、自分がナンパされると思ってるの?」
「思うっす」「思うにゃん」
いや、まぁされてもおかしくないけど。本性をしったら多分八割がた逃げるんじゃないかな。
「なんで遊ぶのに紫苑が抜きなのよ。楽しくないじゃない」
「いやー……三人とも女性だから、目のやり場に困るんだよ」
「どうして?」
「……」
いい機会だ。教えておこう。
「男という人間はだね、可愛い子を見ると性行為に及ぼうとするんだよ」
「性行為って何よ」
「……しおんちゃん、ミーが説明するにゃん」
「お願いします。そろそろ知らないとね」
「?」
店のトイレに入っていく。
十分くらいして、顔を真っ赤にした二人が出てきた。珍しい、白姉さんまで。
「どこまで教えたの?」
「男女の仲から自慰くらいだにゃん。それと、にゃんにゃんについても」
「ああ……」
まるっと教えたわけか。よかった、白姉さんに恥ずかしいって感情があって。
「し、ししし、紫苑! いやらしいわよ!」
「藪から棒になんだよ」
「お、おお、女の子に、その、そういう感情を持つなんて……その、あの……いけないわ!」
「いや、極めて自然なことだと思うけど。近づいたらそういうことしたいなーという感情が芽生えるし。水着姿なんて、ほら。下着とそんなに変わらないでしょ。興奮するよ」
特定の誰かと近しくなると面倒なのだ。
おまけに……気になる女の子三人だし。
いや、正直に白状すると、美空にも惹かれているし、瑞葉も可愛いなーって思ってるし、白姉さんにもドキドキしている。
「……で、でも、紫苑なら……その、嫌じゃないというか……。あ、いや、そういうことをしたいって思ってるわけじゃなくて……その……」
「……」
「アンタは、見たくないの……? アタシ達の水着姿」
何言ってんだこいつ。
「見たいに決まってんじゃねえか」
「漏れてるにゃん。漏れちゃいけない言葉が漏れてるにゃん」
「いや、ぶっちゃけ見たいよ。三人とも可愛いし」
「……じゃ、じゃあ、行けばいいんじゃない!?」
「何で半ギレ?」
というわけで、プールに行くことになった。
七月はまだ来ておらず、立地のせいか人が少ない室内レジャー施設。
人はまばら。そんな中……
「ねえ、君一人? よかったらこっちで遊ばない?」
「いえ、連れを待ってるんです」
「それって男?」
「残念ながら女性です」
「ちぇーっ。気が変わったら声をかけてね」
……逆ナンとか。何気に初めてだな。
「流石っすね、逆ナンとか。初めて見たっす」
「俺もだよ」
隣に来ていたのは、瑞葉。
いつか、白姉さんが揉んだことで発覚した隠れ巨乳。今は細身に谷間がくっきり出ていて、何というか、柔らかそうな体だった。
水着は水色と白の水玉のビキニ。マーブルな柄とフリルが可愛らしい。その上に、いつものキャラパーカーを着ていた。
「……どうっすか」
「可愛いよ。スタイルよかったんだね」
「……ど、どうもっす」
満足そうにして、前を閉じていた。見せてくれたのか。ありがとう、瑞葉。
「はーい、お姉ちゃんだにゃん!」
やってきたのは、白と黒のフリルのビキニに白のパレオといった格好の白姉さん。
抜群のスタイルに、張りのある肌。そして、花のような香りが漂っている。
「似合ってるよ、白姉さん」
「でしょ? このフリルと白黒が可愛くてにゃん!」
ちょっとゴシックで人を選びそうな水着なのだが、完全に着こなしている。さすがだ。
「……美空、遅いな」
「あ、隠れてるにゃん」
「え、どこに?」
「気配がするにゃん!」
「いや、そんな人外的なスキルとかふつう持ち合わせてないし」
言い終わる前に、白姉さんが迷いなくてちてちと歩いて、物陰にいた誰かを掴む。
「ほーら、くるにゃん!」
「いや、だって……あ……」
俺と目が合うと、美空は真っ赤になってうつむいた。
茶色と白の、チョコレートのようなワンピース水着。いつもの帽子もないので、ひどく小さく見える。
「……ご、ごめん」
「何で謝るの?」
「その……白雪先輩や瑞葉みたいに、おっぱい、ないから……」
「可愛いよ。水着、よく似合ってる」
「……そ、そう、かな」
「そうっすよ」
「そうだにゃん!」
ようやく、美空は顔を上げた。
「あ、ありがと!」
そうやって、不器用に笑う彼女が可愛くて、ぐりぐりと頭を撫でる。
「遊ぼうか」
「うん!」「そっすね」「了解だにゃん!」
流れるプール。
「うわぁ! 何もしなくても動いてる!」
「それが流れるプールっすよ」
「うーん、浮き輪が欲しかったにゃん!」
「混むときはやめようね。邪魔になるから」
スライダー。
「うわっ、わわわっ!? きゃあああああ!?」
「どう、美空?」
「こ、こわ、怖いよぉぉぉぉおおおっ!?」
出口から吐き出され、思いっきりプールにダイブする。
美空を引き上げると、きらきらした目でスライダーの入り口を指さした。
「もっかい!」
「……うん、いいよ」
気に入ってくれたならよかった。
波の出るプール。
「お、おおおお! ゆれ、揺れる! これが、波なのね!」
「規則的過ぎるにゃん」
「いや、普通に楽しいじゃないっすか」
白姉さん的に波の計算が不愉快ならしい。
……ビート板で滑る坂。
「ふわああああああっ!?」
変な声を上げている美空に続き、俺も滑り降りる。
「どう?」
「楽しい!」
「……うん、良かったね」
何故か彼女を見ると微笑ましくなってくる。
様々なアトラクションをこなし、ちょっと小腹がすいた。
なんて時も、さすがはレジャー施設。様々な食品が売られていた。
王道のフランクフルト、焼きそば、たこ焼きに加え、ラーメンやステーキなども売られている。
揃えたのは、焼き鳥、フランクフルト、焼きそば、たこ焼き、ラーメンだ。俺だけラーメンを買った。
「あれみたい! ほら、なんだっけ。お祭り、とか、縁日とか、言うヤツに似てる!」
「まぁ、大体は合ってるっすね。ありゃ出店を楽しむものっす」
「いや、お参りはしなよ」
「え、するにゃん? めんどくさいにゃん」
一応しなよ、礼儀みたいなもんだから。
とは思うものの、そこは自由。
俺は豚骨ラーメンをすする。……うん、美味しくはないけど、ロケーションで味が誤魔化されてる感じだ。美味しく感じる。
「ん、美味しい!」
「良かったな、美空」
「うん!」
「ほらほら、お姉ちゃんがエッチにフランクフルトを食べてあげよう」
「食べ物で遊ばないように、白姉さん」
「タコ焼きいるっすか?」
「一個もらうよ」
和気あいあいと食事を楽しんだ後、また一通り回って……。
そして、帰りのバスの中。
「くー……」
「すこー……」
見事に、美空と瑞葉は寝こけていた。
二人とも体力ないし、仕方ないだろう。白姉さんはこう見えてかなり体力あるので心配はしてない。
「くふふ、可愛いにゃん。色々Hな悪戯したくなるにゃんね!」
「俺に同意を求めるな……」
正直可愛いけど、親しい人に劣情だけで手を出すほどゲスじゃないと思いたい。
こうして、美空のプールデビューは楽しい思い出で終わるのだった。何事もなくてよかった。
順位が張り出されている。
この学園は、上位百人の名前が出る。名門らしく、大体の人間が自分の頭脳に自信を持っていて、しのぎを削っているようだ。
「あ、紫苑!」
「美空。どうだった、順位」
「ふふん、三十五位だったわ!」
一学年が二百人なので、かなりいい方だ。
「紫苑は……うわ、トップね。しかも満点」
「演劇をやったから少し落ちるかなと思ったけど、ラッキーだったよ」
「少しは自慢げにしてもいいんじゃない?」
「努力したから順当、と言ったぐらいしかないよ」
「そういうとこ、ちょっと嫌味ね、アンタ」
「そうかなぁ」
と、メリアがやってきた。
「おれは……あ、載ってない」
「また次があるよ、メリア」
「まぁ、全部赤点じゃなかったからいいけどな。お、美空」
「あら、メリア」
「随分と打ち解けたね、二人とも」
「こいつ、まっすぐだからな」
「そういうアンタこそまっすぐじゃない」
似た者同士というか、何というか。
まぁ、仲良くなってくれてよかった。どっちも俺の友達だし。
「ていうかシィ、お前プール行ったんだって? おれにも声掛けろよ」
「ごめん。まぁ、相談部の打ち上げみたいなものだったし」
「そっか。じゃあ次は頼むぜ、相棒」
「うん」
こういうキッパリした部分とか、メリアと美空は似てるよな。
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